「実は俺、作家デビューしたんだ」
「えっ……小説を書いてたの?」
「うん。去年、苦しかったとき、夢中で書いたんだ。それをコンテストに出した」
「すごい!」

 受験勉強をしながら、小説の執筆までしていたらしい。

「大学に入学してすぐ受賞のお知らせが来て、編集さんと手直しして、先月発売されたばかり」
「もしかして、さっき言っていた臨終収入って……」
「うん。印税が入ったから、気軽に東京に来られたんだ」
「どんな本なの? タイトルは?」

 尋ねると、行成(ゆきなり)の顔が赤くなる。

「やっぱり森下(もりした)さんに言うのは恥ずかしいなあ……」
「なんで?」
「終電から始まる物語、ってタイトル」
「……! まさか……」
「そのまさか。恋愛小説で……高校時代に好きだった子と再会する話……」
「読みたい!」
「うう……」

 耳まで赤くなった行成が可愛くて、愛しくて、胸がいっぱいになる。

「高校三年のとき、俺が夢みてたことをベースに書いてるから照れくさいな……。次は全然違う話を書くことにするよ」
「ミステリとか?」
「書いてみたいね」

 ふたりは顔を見合わせて微笑んだ。

「ずっとこんな風に、森下さんと話したかったんだ」
「私も……」
「名残惜しいけど、そろそろ戻ろうか」

 行成がそっと手を差し出してくる。
 美哉(みや)はその手を握り返した。

 映画館を出ると、もう外は明るかった。
 夜が明ける。
 電車が動き出し、街が目覚めていく。

「どうしたの?」

 目を細める美哉に、行成が尋ねる。

「ううん。新しい朝を一緒に迎えられて嬉しいだけ」

 きゅっと握る手に力が込められる。

「俺も」

 朝陽を浴びながら、ふたりはゆっくり歩き出した。