思わぬ誘いに美哉(みや)は驚いた。

「でも、今、夜中だし、皆とカラオケボックスで……」
「二時から六本木ヒルズの映画館で上映するんだ。タクシーで行ったら間に合うよ」
「で、でも皆は……」

 すっかり寝入ってしまっているクラスメイトたちを見る。

「見終わって、また帰ってきたらいいよ。皆が寝ている間に映画を観に行くって面白くない?」
「う、うん……」

 確かに、皆が寝ている間に映画に行ったと話したら、どんなに驚かれるだろう。
 行成(ゆきなり)がいたずらっぽく微笑む。

「久しぶりに東京に帰ってきたから、ちょっと冒険してみたくて」
「そ、そうだよね」
「あ、(おご)るから心配しないでね」
「そんな! 悪いよ」
「いいの。俺が誘ったし……臨時収入もあったから遠慮しないで!」

 美哉はドキドキしながらバッグを手に立ち上がった。

(早瀬くん、ってこんなに行動力のある人なんだ……)

 高校時代の物静かな彼からは想像できない提案だった。
 カラオケボックスを出ると、まだ熱のこもった空気がふたりを包む。
 タクシーに乗り込むと、隣同士に座った。

「六本木ヒルズまでお願いします」

 行成が慣れた口調で運転手に告げる。

(信じられない……。あんなに憧れていた早瀬くんと今から映画に行けるなんて……)

 何より、自分が真夜中にタクシーに乗って都心を走っていることに驚く。

(なんだか、夢みたい……)

 道路がすいていたせいか、あっという間に六本木ヒルズの前に着く。

「わー、東京に来た、って感じがするね、この光景」

 行成がそびえたつヒルズの建物を見上げて笑う。

「そ、そうだね。東京タワーも見えるし」
「なんか俺、お(のぼ)りさんみたいだな」

 美哉はまだ実感がわかず、ふわふわした足取りで映画館に入った。
 夜中だったが、金曜日のせいか少ないながらも人がいた。

「やっぱり終電を逃した人たちなのかな……?」
「すいているから、とか、特別感を味わいたい人もいるかもね」
「確かに!」

 いつもと違う時間に映画館にいるというだけでわくわくする。
 ふたりはチケットを購入してスクリーンに入った。

 人がまばらでゆったり観られそうだ。
 ふかふかのシートに沈むと、ドッと眠気が押し寄せてくる。

「これ、寝ちゃいそうだな……」

 行成の言葉に思わずふきだしてしまう。

「私も、そう思ってた」
「いいんじゃない。それも体験だよ」

 行成の言葉に気が楽になる。

(でも、彼の隣にいるなんて、ドキドキしてきっと眠れないよ……)

 予告が終わり、上映が始まる。

(あ……小説で描いていた世界だ……)

 イメージがぴったりの導入に、あっという間に映画の世界に入り込む。
 時折、かたわらの行成の横顔を盗み見る。
 行成も眠らずに映画に見入っていた。

(早瀬くんと憧れの映画館デート……。まさか大学生になってから叶うなんて……)

 嬉しさに胸がいっぱいになる。
 一時間半の上映が瞬く間に過ぎ去った。
 場内が明るくなり、ふたりは顔を見合わせた。

「お、面白かったね!」
「役者さん、うまかったなー。いい意味でびっくりした!」

 ふたりはロビーに出ると、映画の話を夢中でした。

「思い切って来てみてよかったね」
「うん!」

 気づくと、ロビーにいるのは美哉たちだけになっていた。

「そろそろカラオケボックスに戻る? 皆びっくりするかな? 映画館に行ってたって言ったら」
「あ、ちょっと待って」

 行成が慌てたように声を上げた。

「もう少し話していいかな?」
「う、うん」

 行成の改まった口調に、急に胸がドキドキしてくる。