よく晴れた春の朝。爽やかな風が髪を揺らす。
大学に入学してちょうど一年が経過した今日、約2ヶ月ぶりに大学に行く。
すでに一年通ったはずの学校だが、なぜか新たな環境に飛び込むようなそんな漠然とした少しの不安を飲み込み、家の扉を大きく開く。
 大学に着くとそこは見慣れた景色で、30分もすれば元の感覚が蘇ってきた。
見知った友人たちと軽く挨拶を交わし、前から6列目、右から4番目のいつもと変わらぬ席につく。
 講義が始まり50分が経過した頃、少し凝り固まり窮屈に感じ始めた体を軽く伸ばしていたとき、見慣れない男が視界の片隅に写った。
前から2列目のど真ん中の席につき、教授の話を真面目に聞いている。
この講座は教授の話が面白くないことで有名で、前列で話を聞いている学生はほとんどいない。
講義が終わったら話しかけてみよう。
少しの興味を感じながら重くなり始めた瞼を静かに閉じ、体を少し冷たい木製の机に体を突っ伏した。

 頭の中に聞いたことのある声が響いてくる。
「耀介講義終わったぞ〜」
あぁ最後まで寝ていたのか。枕にしていた腕に軽い痺れを感じながら体を起こす。
「ありがと。なぁ、あの前に座ってるちょっとがたいある男知ってる?」
礼を言いながら先程見つけた男のことについて聞いてみる。
「噂では転入生じゃないかってさ。まだ誰も話したことないっぽいな。」
「ふーん、そっか。じゃあまた明日。」
友人に別れを告げ、荷物をまとめ前列に向かう。近づくにつれて大きな背中に少し威圧感を感じる。なにかスポーツをしているのだろうか。
「はじめまして。名前聞いていい?」
隣に座りながらスムーズに声をかける。自然に喋りかけられていただろうか。
すこし不安だったが杞憂だったようだ。その男は想像通りの低めの声で答えた。
「朝野悠雅っていいます。はじめまして。」
「転入生って聞いたんだけどほんと?どこから来たの?」
「ホントですよ。よくわかりましたね。同系列の大学からですが、一体どこから情報が漏れたのやら笑」
おそらく彼の反応から見ると、どうやらこの大学に来て話をしたのは本当に僕が初めてなのだろう。
情報の出どころは自分も友人から聞いただけでわからないし、こういうことは下手に言わないほうがいい。
特に何かは言わないでおこう。
「君の名前も教えてもらっていいですか?」
「耀介。晝間耀介です。よろしく。」
言葉がつまらずにスルスルと引き出される。
ありきたりな話しかしてはいないが、それでも滑らかな会話に心地よさを感じる。
「耀介は2回生?せっかくだし、よかったらタメで話そう。」
「2回生だよ。そうしようか。」
 このあと僕たちは食事を共に学食で済ませた後、午後の講義を隣の席で受けた。
講義の形式や教授について把握しきっていない悠雅に簡単に説明をして、当たり障りのない雑談をしていると、時間はすぐに過ぎた。
 
 午後の講義終わり、悠雅が同じ講義を受けていた前列に座っている一人の女の子について聞いてきた。
「俺も喋ったことはないからなぁ。名前は宵宮美夜。自己紹介みたいなことしてたときに言ってた。」
猫背でうつむきがちだが、それでもある程度は分かるほど女の子にしては高めの身長。
目元が隠れるほどの前髪に胸のあたりまで伸びたサラサラのロングヘア。
人と話しているところを見たことがないし、はっきり言ってほどんど何も知らない。
「彼女がどうかした?」
「いや、なんか見たことあるかもって思ったんだけど、名前も聞いたことないし、多分勘違いだわ。」
「なるほどね。まぁ似てる人なんか結構いるしな。ちなみにどこで見たの?」
悠雅が見たことがあるかもしれないということに少し興味が湧き深堀りしてみたが、なんとなく見覚えみたいなものを感じただけで、そこまでは、というふうに悠雅は言った。

 転入生の朝野悠雅と、今までまったく気にしていなかった宵宮美夜、新たな季節に新たな出会いを、桜の柔らかな匂いと共にほんのり感じた。