天寧の話によれば、夜襲を仕掛けてきたのは、シルヴァたちを良く思っていない山賊らしい。結託して屋敷を取り囲み、誰彼構わずに銃や刀を振りかざしてきているようだ。

 シルヴァたちの戦部隊に比べれば、山賊たちの数は当然そこまで多くない。しかし、山賊はそれを見越してか、近隣の町にまで赴いて、暴れまわっているそうだ。シルヴァの指示によって、人員はそちらにも割かれている。
 また、今朝方に確認された不審な狼煙や御旗も、もしかした、山賊たちによるこちらの人員を減らすための作戦だったのかもしれないということが分かったそうだ。

「でも、逃げるっていっても……どこに逃げるんですか? 屋敷は山賊に囲まれているんですよね」
「うん。でも、こっちが有利であることには変わりないし、すぐに鎮圧できるよ。でも取り逃がした連中が入ってこないとも限らないから。念のために、何処かに隠れていて」

 誘導してくれる天寧の後に続いて走っていれば、シルヴァの姿が見えた。雫音に気づいて近づいてくる。

「雫音、すまない。巻き込んでしまったな」
「いえ、私のことは気にしないでください。それより……大丈夫なんですか?」
「あぁ、すぐに終わらせるさ。それまで雫音は身を潜めていてくれ。それと、フィシも一緒に連れて行ってはくれないだろうか」

 シルヴァの後ろにいたフィシは、不満そうに口を尖らせる。

「何でだよ! おれも一緒に戦う!」
「だめだ。お前ではまだ足手まといになる。事が済むまで、雫音と隠れていろ」
「っ、でも、「これは長からの命令だ」
「……分かったよ」

 フィシは唇を噛みしめて俯く。シルヴァの言い分に納得していない気持ちが、痛いくらいに伝わってくる。けれど、長からの命令に逆らうことはできない。
 シルヴァが立ち去るのを見送ってから、雫音はフィシの手を握って、再び天寧の後を追いかけた。辿り着いた先にあったのは、庭の奥まったところにある小さな土蔵だった。

「あの、八雲さんはどうしたんですか?」
「八雲は前線に駆り出されてるよ。俺は蔵の周りを見回ってくる。すぐに戻るから、二人は此処でジッとしてて」

 天寧はその場から音もなく姿を消してしまった。
 雫音は、フィシと共に土蔵の中に入った。中には米俵や酒が置いてある、此処は食料の保管庫の一つとして使われているようだ。

「とりあえず、奥の方に隠れていよっか」
「……」

 黙ったままのフィシの手を引いて、奥の方に移動する。そして、その場で屈みこんで息を潜める。
 耳をすませば、遠くの方から聞こえてくるのは、波のような怒号だ。戦になど縁のない生活を送ってきた雫音は、恐怖で耳を塞いでしまいたくなった。隣にいるフィシの手を握りしめて、更に身体を縮める。

(……天寧くん、戻ってくるのが遅い、よね)

 此処に身を潜めてから、すでに十分以上は経っている。けれど、すぐに戻ると言っていたのに、天寧が戻ってくる気配は一向にない。
 雫音は胸騒ぎを覚えた。天寧が強いことは知っている。一瞬でその場から姿を消すことができたりと、彼が優秀な忍びであることは確かだ。しかし、もしかしてということもある。

(でも天寧くんには、此処でジッとしているようにって言われたし……)

 自分が出ていったところで、出来ることなど何もない。むしろ、却って迷惑になる。足手まといになるだけだ。けれど、そんな雫音の意思とは正反対のことを口にする者がいた。

「雫音。おれ、外の様子を見てくるよ」
「え。……だ、駄目だよ。天寧くんも、此処でジッとしているようにって言ってたでしょ?」
「でも、全然戻ってこねぇじゃん。何かあったのかもしれないだろ?」
「そ、それは、そうだけど……でも、私たちが行ったところで……」

 仮に、天寧が敵と交戦中だったとして。
 ろくに戦う術もない自分が間に入ったところで、恰好の的になるだけだ。もしかしたら人質になって、天寧にとって不利な状況を作ってしまうかもしれない。

「できることなんてないって言いたいんだろ? 確かにそうかもしれないけどさ、でも、此処にいることの方が、ただの役立たずで終わるだけだろ。出来ることがあるかもしんねぇのに、ただジッとしてるだけなんて、おれは嫌だ」
「フィシくん……」
「別に、危ないことをするつもりなんてないよ。様子を見てくるだけだ。……おれだって、皆の力になりたいんだ。何もしないで後悔するのだけは、絶対に嫌なんだよ」

 フィシの目は真っ直ぐだ。暗闇の中でも、強い意志を宿してきらめいているのが分かる。
 それでも、雫音の意思は変わらない。やはり、此処でジッとしているのが得策だと、そう思ってしまう。けれど……仲間の力になりたいと、自分にできることをしたいのだと、真っ直ぐな思いで訴えているフィシを止めることも、できそうになかった。

「……分かった。でも今回の目的は、外の様子を見に行くだけだからね。だから、絶対に危ないことはしないこと。万が一、山賊たちと対峙するようなことがあっても、戦ったりしようとしないで、すぐに逃げるか、どこかに隠れること。……約束してくれる?」
「おう。約束する!」

 フィシが頷いたのを確認した雫音は、懐に忍ばせてきた“あるモノ”を確認するように、着物の上からそっと撫でる。

「……あれ? 雫音、何か目の色が……」

 何かに気づいたフィシが、不思議そうな顔をして雫音の顔を覗きこんでくる。

「どうかした?」
「いや、今、雫音の目の色が変わったように見えたんだけど……気のせいみたいだ!」

 雫音の顔をまじまじ見たフィシは、ぱちりと目を瞬いて目をこすった。

「……よし。それじゃあ、行こうか」
「おう!」

 フィシが大きく頷いたのを確認して、雫音も覚悟を決めた。

 ――そこに、かつて暗い牢の中で、暗く澱んだ目でうつむいていた少女の姿は、もうない。

 雫音とフィシの二人は、隠れていた土蔵から足を踏み出した。