「そうじゃなぁ。まずは、どうしてわらわが、雨女神様がやってくることを預言できたか、についてじゃが……雫音は、この世界に存在する精霊については知っているかのう?」
「はい。ほんの少しだけ、話を聞いたことはあります」
「うむ。精霊というのは、動植物から人工物、無生物まで、さまざまなものに宿っているとされる、自然的な存在なんじゃ。精霊は、時にわらわたちに試練を与え、導を与え、力を貸してくださる。じゃが、実際に精霊の姿を目にしたり、声を聞いたりできるのは、ほんの僅かな人間のみじゃ」
「藤霧の巫女様は、その精霊の姿を見ることができるってことですよね?」
「あぁ、もちろんじゃ。精霊の姿をはっきり見ることが出来るし、対話も可能じゃ。わらわはすごい力を持った巫女じゃからのう。雫音のことは、精霊たちからも教えてもらったんじゃ」
藤霧の巫女は、得意げな顔をして胸を張っている。
シルヴァは、精霊の声を聴くことが出来る者でさえ、極僅かだと言っていた。実際にその姿を捉え、対話ができる藤霧の巫女は、言葉通り、とてもすごい人なのだろう。
「この世界の物質は、火・風・水・土の四つの元素から構成されていると云われていてのう、精霊たちも、大きく四種に分かれている。四つの国では、その土地特有の精霊たちの力で満ちていて、それによって諸国の均衡が保たれているともいわれているんじゃ。例えば此処、緑之国は、地の精霊“大地の番人であるノーム”が多く存在しているしのう」
雫音は、シルヴァが言っていたことを思い出した。
雫音が山賊に襲われていると、勘違いされた時。精霊が、雫音の悲しそうな声を感じ取ったのだと、確かにそう言っていた。――この地に存在しているという地の精霊は、雫音が悲しそうにしていると、そう思ったのだろうか。
「まぁ、精霊についての話はここまでにするとして、じゃ。……雫音に一つ確認しておこうかのう。おぬしはこれから、どうするつもりなんじゃ?」
「どうするっていうのは……」
「このまま諸国を巡り、雨を降らせる旅を続けるのじゃろう? その後はどうするつもりじゃ? 元いた場所に帰りたいのか。それとも、この世界で生きていく覚悟があるのか」
元いた場所に、帰る。
……自分は、帰りたいのだろうか。
あの日、あの場所で、雫音の世界は確かに暗転した。帰ったところで、雫音の居場所があるのかどうか、この命が無事であるのかさえ、分からない。――けれど。
「帰りたいのかどうか……自分のことなのにおかしな話かもしれませんが、正直、分からないです。覚悟も、あるだなんて自信を持っては言えません。でも……今はただ、雨の降らない国を回って、困っている人たちの助けになれたらなって……それしか考えていません。なので、その後のことは、その時にまた考えようと思います」
先のことなど、何も考えていない。未来のことは分からない。けれど……今はただ、この力を、多くの人のために使いたい。そして、諸国に雨を降らせる旅を終えたその時には、また風之国に行きたい。優しくしてくれた与人に会って、たくさん話がしたい。雨上がりの晴れ渡った空を、見てみたい。
――それが雫音の、今を生きる理由だ。
それでいいのだと、千蔭に教えてもらったから。
「……そうか。相分かった。では、もう一つ質問じゃ。雫音。おぬしはこの旅の先にて、辛く、苦しい目に遭うことがあるじゃろう」
藤霧の巫女は険しい顔をして、雫音に言い聞かせるように言う。
「それでも、このまま旅を続けるというのか?」
褐色の目は、雫音の心の内を見透かそうとしているかのように、凛々しく鋭い。
――辛く、苦しい目に遭う。
雫音はこれまでも、そのような感情に苛まれて生きてきた。孤独感や、劣等感といった負の感情。
この旅では、どんな苦痛が待ち受けているのか。それは分からない。けれど、それを聞いても尚、雫音は旅を止めたいとは思えなかった。
雫音は藤霧の巫女から反射で目を逸らそうとしたが――けれど、そうしなかった。ここで逃げては駄目だ。自分の意志は、自分で決める。そこから逃げていては、何も変われない。
「……はい。旅を、続けたいです」
雫音は褐色の目を見返して、はっきりと、そう口にした。



