その後も、シルヴァは色々な場所を案内してくれた。行きつけの茶屋や、反物や小物が売っている店。それに、様々な薬草を取り扱っている店。そのどれもが、雫音には新鮮だった。
 そして、軒を連ねる茶屋通りを外れた二人は、開けた山裾までやってきた。そこで雫音は、気になるものを見つけた。緑之国を訪ねるまでの道中、山の中でも目にしたものだ。

「あの……これって、(こけ)ですよね?」
「あぁ、そうだ。正確には、ヒカリゴケという。夜間に軽い衝撃を与えると淡く光ることから、そう呼ばれているんだ」
「ヒカリゴケ……これは、どうして色が違うんですか?」
「ん? 色が違うのは当たり前だと思っていたが、本来は同じ色をしているのか?」
「えっ、と、私が知っている苔は、大体緑っぽい色をしているものが多かったです」
「なるほどな。これは色によって、効能が変わってくる。この黄色いのは、腹を下した時によく効くんだ」
「えっ。これって、食べられるんですか?」
「ああ。緑之国じゃ、漢方としてもよく使われているな。味は中々のものだが」

 シルヴァは、黄色、紫色、と順に指をさしながら、煎じた時の薬の効能について説明してくれる。雫音は興味深く聞き入っていたが、近くの茂みが揺れる音に身体を震わせた。

「長。少しよろしいでしょうか」
「あぁ。どうした?」
「実は――」

 茂みから現れたのは、シルヴァの護衛の者だった。声を潜めて話を終えると、シルヴァはすまなそうな顔をして雫音に向き合う。

「雫音。俺は屋敷の方に戻らなければならない。すまないが、案内はここまでだ」
「分かりました。お忙しいのに、わざわざすみませんでした」
「いや、俺がしたくてしたことだ。謝罪なんていらないさ。だがまぁ……どうせ貰うなら、謝罪より別の言葉が欲しいな」
「……あっ。えっと、ありがとうございました」
「あぁ」

 お礼を伝えれば、ふっと柔く微笑んだシルヴァは、雫音の頭をぽんと撫でる。

「ここからは、保護者殿に付き添ってもらってくれ」
「保護者、ですか?」

 離れたところから見守ってくれている天寧のことを言っているのだろうか。
 雫音はそう思ったが、気配もなく雫音の前に姿を現したのは、千蔭だった。

「千蔭さん? どうして此処に……」
「少し前に天寧と交代してたんだよ。……シルヴァ様は、そのことに気づいていたみたいですけど」
「あぁ、もちろん気づいていたぞ。……お前は、雫音のことを大切に思っているんだな。雫音のそばにお前のようなものがいると知れて、少し安心した」
「……まぁ、これも仕事ですので」

 地面に片膝をついている千蔭は、シルヴァに対して恭しく首を垂れている。
 陰になっていて、その表情を窺うことはできない。

 天寧と千蔭がどのタイミングで入れ替わっていたのか、雫音は一切気づかなかった。むしろ、はじめに付いてくれていた天寧が、どこで雫音を見守っていてくれたのかさえ、把握することはできなかった。
 忍びは隠密活動に長けている。気配を消すことが得意だ。そのため、一般人の雫音が気づけなくても仕方のないことなのだが……ほんの少しだけ、悔しいとも思ってしまう。

「そうか。では、後のことは任せたぞ。雫音、また夕餉の席で会おう」

 愉しそうに笑ったシルヴァは、自身の護衛を引き連れて、屋敷へと戻っていった。