「シルヴァさんは、お若いのにすごいですね」
「そうか? まぁ俺は、この国の民が幸せに過ごせるように、大平な世を作るのが夢だからな。そのためなら、どんな苦難も乗り越えてみせるさ」
そう語るシルヴァの横顔が、離れてからまだ数日ほどしか経っていない与人の顔と、重なって見えた。
「シルヴァさんは……私の知り合いの方に、少し似ています」
「俺が雫音の知り合いに? それはどんな奴なんだ?」
「あ、えっと……私がつい最近までお世話になっていた、緑之国の領主の方、なんですけど」
「緑之国か。確かあそこの領主も、まだ若かったはずだ。俺は長になってから日が浅いから、相見えたことはないがな」
「はい。まだお若いのに、国の人たちのことをとても大切に思っていて……そういう優しいところが似ているなって、そう思ったんです」
雫音の言葉に瞠目したシルヴァだったが、すぐに眦を下げて、嬉しそうに笑った。
「……そうか。緑之国の長とも、いつか会って話してみたいな」
シルヴァと与人。
己が国を、民を愛する心を持つ二人は、きっと仲良くなれるだろうと、そう思う。
しかし戦乱の時代が、この環境下が、それを簡単には許してくれない。それが雫音には、少し、悲しいことのように思えた。
「雫音は、風之国にいた時から、あんな対応をとられていたのか?」
「え?」
「今朝方、忍びの一人に冷たく当たられていただろう?」
シルヴァは今朝方のことを思い出しているのか、不機嫌そうに眉根を寄せている。どうやら、八雲の雫音に対する態度を気にしているようだ。
「いえ、あれは……私が悪いんです。私が無知で、役立たずで……皆さんに、迷惑をかけてばかりいるので」
雫音が本音を吐露すれば、シルヴァは怒りと悲しみを綯い交ぜたような顔をして、その言葉をきっぱりと否定する。
「それは違う。雫音は役立たずなんかではないぞ。こうして、この地に雨を降らせてくれた。この国の民たちを救ってくれた。大勢の役に立っているだろう? 雫音は雨女神様としての責務を全うしてくれている」
シルヴァは、真っ直ぐな目で雫音を見つめる。それらの言葉全てが、雫音を元気づけるためだけに紡がれたものだということは、理解していた。
けれど雫音は、何故かその言葉を素直に受け取ることができなかった。
“雨女神様”
そう呼ばれて、感謝されて。誰かの役に立てることは、嬉しいはずなのに。
――日を増すごとに、何故だか心が、ずしりと重たくなる。
自分と雨女神様を、どうしても結び付けられない。受け入れることができない自分がいた。
これまでの人生、不遇な環境下で息を潜めて生きてきた雫音にとって、あまりにも大きすぎる感謝の念は、却って雫音の心を押しつぶす。
自分は、神様などではない。清らかに澄んだ目を向けてもらえるような、崇高な存在ではないのだと。
しかしそんな些末な事情を、この世界の者たちが知るはずもなかった。
「……はい。ありがとうございます」
だから雫音は、固くなっている表情筋を駆使して、下手くそな笑みを浮かべる。そして、受け入れた振りをする。そうすることしか、できなかった。



