「雫音殿、甘味を食べに行きませんか?」
「……え?」

 今日も今日とて、縁側に座ってぼうっと空を見上げていた雫音は、訪ねてきた与人と他愛のないおしゃべりを楽しんでいた。与人の愛馬である夜叉丸の数々の功績を聞いていたのだが、脈絡もなく予期せぬお誘いを受けてしまい、一拍遅れて疑問符を返す。

 与人の後ろには千蔭も控えていて、雫音と目が合うと、軽やかに笑いながら頷いた。与人の提案については、千蔭もすでに把握していたらしい。

「実は行きつけの喫茶店で、新メニューのチョコレートパフェが出たらしいのです。その店の甘味はどれも絶品なので、ぜひ雫音殿にも食べて頂きたいと思いまして」
「えっ。そのお店には、パフェがあるんですか?」

 驚いた雫音は、ぱちりと瞳を瞬く。

 純和風建築の内装に、着物に、忍びという存在。何百年も前の時代を彷彿とさせる世界の中で“パフェ”というワードが飛び出てきたことに、違和感を覚えたからだ。
 けれど天寧が、風之国では外来からの文化も取り入れていると言っていたことを思い出した。横文字の言葉が混ざり合っていても不自然ではないのだろう。

 だけど、やはりどこかちぐはぐで可笑しな世界だと、雫音はそう思った。クラスメイトたちが話していた、乙女ゲームとやらの世界だからそういう仕様になっているのだろうか。

「もしや雫音殿は、パフェを食べたことがあるのですか?」
「はい、何度か」
「おぉ! さすが雫音殿。情報をお耳に入れるのが早いですな」

 きょとんとしていた与人だったが、雫音の返答にぱっと笑顔を咲かせる。この口ぶりから察するに、風之国でパフェが食べられるようになったのは、つい最近のことらしい。

 雫音がパフェを口にしたのは前の世界での出来事だったが、それを言うと話がややこしくなりそうだったので、あえて勘違いを正すようなことはしなかった。

「雫音殿は、甘いものはお好きですか?」
「そうですね、……はい。甘いものは、好きです」
「でしたら、ぜひ食べに行きましょう! その後に夕霧の里の町も案内しますので」
「夕霧の里っていうのは……?」
「此処、風之国の要の場所。首都になるね」

 千蔭が補足してくれる。要は、日本でいう東京のような場所ということだ。風之国とはいっても、その範囲がどれほどのものなのか、雫音は知らない。

(今度、地図を見せてもらうのもいいかもしれない)

 そう思いながらも、前のめりで瞳を輝かせている与人に完全に飲まれた雫音は、半ば反射で頷き返した。雫音が了承したと受け取った与人は、嬉しそうな顔で立ち上がる。

「それでは、支度をしなければなりませんね! 女中を呼んできますので、雫音殿はこのままお待ちください」

 後ろで結われた長い三つ編みを尻尾のように揺らしながら、与人は部屋を出て行ってしまう。姿が見えなくなるのはあっという間で、雫音が口を挟む隙もなかった。

「別に、嫌なら嫌って言ってもいいんだからね」
「え?」
「本当は外、行きたくなかったんじゃないの?」

 まだ部屋に残っていた千蔭は、雫音が嫌々誘いを受けたと思っているようだ。

 確かに雫音は人混みが苦手だし、人目を気にしてしまう節があるので、好んで外出をする方ではない。けれど表情や態度に出しているつもりはなかったので、千蔭に指摘されるとは思っていなかった。

「いえ、別に……嫌ってわけではないです」
「そうなの? ……アンタって、本当に何考えてるのか分かりにくいよね」
「はい。よく言われます」
「……忍びの才能、あるかもよ」

 感情の読み取りにくい雫音の顔をジッと見つめていた千蔭は、いつもの貼りつけたような笑みを浮かべる。そして、本気なのか冗談なのかよく分からない言葉を残して、与人の後を追いかけていった。