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 冷え込みが強まり、吐き出された息が白く視界に映りこむ。
 木々の葉は剥がれ落ち、私は制服の上から紺色のピーコートを羽織って登校するようになった12月の初週。
 後期の中間考査の最終日。
 午前中で考査の全日程が終了し、重圧から解放された私は下校後そのまま蓮先輩と電車に揺られていた。
 今日は第二アリーナのメンテナンスがされていて、春高に向けて日々練習に励んでいる男子バレー部は休息日。
 蓮先輩と二人で学校以外の場所に出かけるのは初めて。
 笹沼先輩と柚乃と一緒に出かけたことはあったけれど、完全に二人で外出したことは今まで一度もなかった。
 そんな私たちが二人で出かけた目的は流星のお墓まいり。
 正確には流星の先祖代々も眠るお墓がある墓苑。
 お兄ちゃんに教えてもらったその場所は隣の県にあり、三高の最寄り駅から電車を2度乗り換え、トータルで1時間ほど乗車した先にあった。
 駅前のフラワーショップで仏花を購入し、蓮先輩と手を繋いで5分ほど歩いた先に広がる大型霊園へたどり着く。
 林立する墓石の一画にあった榊家のお墓。
 墓誌の最後に刻まれた戒名に続く文字。
 令和●年七月七日
 俗名 流星
 行年 十五才
 その文字を確認したら、ここが本当に流星のお墓なんだと実感してきて鼻がつんと痛くなった。
 墓苑から借りてきた桶と柄杓(ひしゃく)で墓石の上から水を流し、置かれていた二つの花立に水をいれる。
 買ってきた花を花立に挿し、水鉢に水を入れ、自宅から持ってきた線香にライターで火をつけて、線香置きをお墓へと戻した。
 白檀(びゃくだん)の香りが冷たい風にゆらりと舞う。
 今日、私は髪をポニーテールにしてこの場に来ていた。
 流星をSL公園で待っていたあの日以来、初めて。
 私の通学リュックの中には流星に渡せなかったユニフォーム型のお守りが入っている。
 蓮先輩と私は少し長すぎるとも思える間、お墓に手を合わせていた。
 借りていたものを返却し、お花を包んでいた包装紙や輪ゴムを所定のゴミ箱へと片付け、私と蓮先輩は墓苑を後にした。
 住宅が立ち並ぶ歩道を蓮先輩とまた手を繋いで駅に向かって歩いていく。

 「蓮先輩は何を流星に伝えていたんですか?」

 学校を出た時から、墓苑を去るまでの間、どちらからともなく会話が控え気味になった。
 蓮先輩との間の沈黙は少しも気詰まりにならない。

 「生前のお礼と、春高への誓いと、明紗のこと」
 「私?」
 「流星くんが大切にしていた明紗のことは責任もって俺が守りますって」
 「流星は私の父親じゃないです」
 「わかってる」

 目線が絡まって、蓮先輩と微笑みあう。
 少し前から私たちの通学リュックにはそれぞれ同じおにぎりポリスのキーホルダーがつけられていた。

 「明紗は?」
 「私は……何も言葉に変換できなかったです」
 「……」
 「だから、合掌している間ただただ流星を想っていました」

 じんと目の辺りが痺れ出す。
 私が泣きそうになったのを察したのか蓮先輩と繋がれた手に力がこめられた。
 蓮先輩が居たからこそ、私は初めて流星の死に直面しなければいけない場所へと来ることができた。
 ――一人じゃない。
 生きている私。
 死んでしまった流星。
 だけど、流星と過ごした時間も、流星と交わした言葉も、私の記憶の中で息衝いている。
 あの頃、確かに流星は生きていた。
 
 「お兄ちゃんが冬休みに帰省するんですけど、蓮先輩に会いたいって言っていました」


 【流れ星を追いかける君と、輝く夜明けに。】end