そう言った蓮先輩と目が合えば、どちらからともなく微笑みを交わした。

 「戻りたくねぇ」
 「みなさんを待たせたら申し訳ないです」
 「わかってる。でも、まだ明紗と一緒に居たい」
 「私もです。けど、今は蓮先輩、行きましょう」

 私が手を差し出せば、「ん」と蓮先輩はその手を握り返してくれた。
 エレベーターに向かって、一階フロアを並んで歩いた。

 「私、蓮先輩と手を繋いでもいいんですよね」
 「いいに決まってるだろ。急にどうした?」
 「夏祭りの日、蓮先輩と手を繋ぎたくても繋げなかったことを思い出しました」
 「俺も繋ぎたかったけど、あの時、俺は明紗にフられてたし」
 「わかってます。私も言えなかったです」
 「これからはいつでも俺に言えよ」
 「はい。だから、こうして今、蓮先輩と手を繋げていることが嬉しくて」

 見上げた先にある蓮先輩の目。
 綺麗で鋭くて、それでいて大切なものを見つめるように私を見返してくれることがたまらなく嬉しい。

 「明紗に言われる前に俺から繋ぐ」

 大切な相手に気持ちを伝えられること、手を握り返してくれること。目と目が合うこと。
 どれも当たり前じゃないと思い知らされている。
 ここにある体温は温かくて当然じゃない。
 だから、今を大切に生きよう。
 二人で乗り込んだエレベーターが上昇していく。
 2階のエントランスホールに着いたら、人は多いし扉が開く時には繋いだ手を離さないといけない。
 
 「明紗」
 
 扉が開く直前、蓮先輩は私に不意打ちでキスをした。

 「……蓮先輩?」
 「――俺のほうが明紗のこと好きすぎてどうしようもねぇよ」

 低く甘美な声を潜めて、私にそう言った蓮先輩は開いたエレベーターの扉の先へと何ごともなかったかのように先に降りる。
 熱を帯びた頬を隠している余裕もないまま、私も蓮先輩に続いて足を踏み出した。