どんなに慌てたところで電車が速度を増してくれるわけでも、停車駅を飛ばしてくれるわけでもない。
 電車のロングシートに座りながら、先走りそうな心を何とか落ち着ける。
 会場で観戦している柚乃から準決勝は2-1で負けてしまったと連絡が入った。
 次の試合に勝って開催地代表の3枠目に入らなければ、春高出場の夢はまた泡沫のように消え去ってしまう。
 世界屈指とも呼ばれるビッグターミナルの駅で乗り換えた。
 試合はどうなっているんだろう。
 蓮先輩は……。
 逸る気持ちと都心から離れていく電車の速度が比例しない。
 私が観戦したところで結果が変わるわけでもない。
 だけど、どうしても蓮先輩を応援したい。
 この気持ちだけは蓮先輩に届けたい。
 もう蓮先輩が私のことを何とも思っていなかったとしても、生きている私が今、この瞬間に感じていることを蓮先輩に伝えたい。
 乗り換えてから約1時間、会場の最寄り駅に到着した。
 改札を出てすぐ目の前にまだ建てられてからそんなに月日を経ていないのか新しい大きな体育施設があった。
 ずっと電車の中で動けずにいた私は息せききるほどに走って、エントランスホールを入ってすぐの階段を駆け上がる。
 メインアリーナから次々と届く大きな歓声の渦中に飛び込んだ。
 2面で同時に進行している試合は真っ只中。
 第1、第2代表決定戦に開催地代表決定戦。
 ほぼ席が埋まった観客席はそれぞれのボールの行方を追いながら快哉を叫んだり、落胆したり。
 ……間に合った。
 私は三高男子バレー部の観客席へと急ぐ。
 途中で電光掲示板を確認すれば、今は最終の第3セット、23-23。
 このスコアだけでもこれまでの熱戦が伝わってくる。
 バレーは25点先取だから、終盤も終盤。
 相手のスパイクが決まり24点目が入ったところだった。
 あと1点とられれば負ける。
 三高の最後のタイムアウトがとられ、それぞれベンチに集う選手たち。
 その中には黒いユニフォーム7番の蓮先輩も居た。
 大きく肩で息をして、差し出されたドリンクボトルで吸水しながら、肩からかけたタオルで汗を拭いていた。
 どれだけ必死に戦ってきたのかその姿だけでわかってしまって……。
 私は観客席の階段を一気に駆け下りた。

 「え……明紗?」

 観客席に居た柚乃が階段を下る私の姿を見つけて驚いていたことも気づかないほど必死で。
 タイムアウトが終わり、コートに戻ろうとしている蓮先輩に、

 「蓮先輩!!」

 自分の中で出したこともない大きな声で呼びかける。
 蓮先輩だけじゃなくて、三高の周りの選手も振り返って、観客席に居る私を見上げた。

 「明紗……」

 汗をかき、息遣いが大きくなったままの蓮先輩は私を認めると目をみはった。
 試合中で時間をとらせるわけにはいかない。
 だから、邪魔にならないよう手短に本当に伝えたいことだけ……。

 「勝ってください!」

 インターハイ予選の時にも伝えた言葉と、もうひとつだけ。

 「私、蓮先輩が好きです!!」

 周りがざわついたのも、気にならないほど蓮先輩しか見えなかった。
 蓮先輩は私を黙って見上げていたけれど、クールに口元に弧を描いて、私に拳を突き出した。

 「絶対、勝つ」

 唇がそんな動きをして、蓮先輩はコートへと戻っていく。
 コート上の蓮先輩の眼差しが、これから獲物を狩る肉食獣のように鋭く相手コートに据えられている。
 ここまで余りにも必死すぎただけに私は力がいれられなくなってきた。

 「明紗!」

 後ろから柚乃に抱きしめられ、柚乃の誘導で階段を上がり観客席の一席に腰を落とす。
 相手のあと1点をしのがなければならない大事な局面。
 相手のサーブがネットにかかったと思ったら三高のコートにネットインして落ちていく。
 三高の選手がコート後方から滑り込むようにワンハンドでボールを上げた。
 かろうじて拾われたボールは体勢が崩れたまま、レシーブで上げられる。
 崩れた状態だったけれど蓮先輩は高く飛び上がり、ボールを強打した。
 蓮先輩にスパイクされたボールは突き刺さるように相手コート内に叩きつけられる。

 「やったー!!」

 柚乃が私に抱き着いて、喜んでいる。
 柚乃だけじゃなく周りの観客もみんな、あと1点の緊迫感から解放されてその場に飛び上がっていた。
 24-24。
 デュースに突入する。
 その後も両者譲らず一進一退の攻防が繰り広げられ、三高は29-27で勝利をおさめ春高の出場枠を見事に獲得した。