流れ星を追いかける君と、輝く夜明けに。

 スタートの合図を切られたように、勢いよく(きびす)を返して私は駆け出した。

 「明紗!」

 とにかく、この場から居なくなりたい。
 一心不乱に足を前に踏み出して、駆け抜ける。

 「明紗。待てって!」

 腕を後ろから掴まれて、否応なしに足を止められる。
 口から熱い吐息が漏れて自分が息切れしているんだと自覚した。
 いつの間にか本校舎の廊下の端にまで到達するほど走っていたようで。

 「明紗、足速すぎ」

 私の腕を掴んだ蓮先輩でさえ、ひとつ大きく息を吐きだした。
 整わない呼吸が言葉の邪魔をする。
 目のあたりに痺れる感覚が襲う。
 泣きたくないと思うと余計に喋れなくなった。

 「今、言われてたのって本当か?」

 蓮先輩の声色がいつもより低く感じる。
 そのままあの人たちの言葉を鵜呑みにしないところが真摯な蓮先輩らしい。
 私は顔を俯かせたまま、更に深くゆっくりと頷いた。

 「俺、流星くんのこと知っている」

 私の腕を掴んだまま、蓮先輩が言葉を続ける。
 いつもより言葉を選んでいるとわかるペースを落とした口調だった。

 「この間の雑誌に載っていた俺が憧れている選手っていうのも……」
 「流星……なんですよね?」

 顔を上げれば、蓮先輩の硬質な眼差しと視線が絡まった。
 無言だったのに、それが肯定だってことは知っている。
 私が流星を”流星”と呼ぶことは、蓮先輩にとって言葉以上の意味を持っただろう。
 このままだと涙が溢れてしまいそうで、私から絡んだ視線を解く。

 「……今日は帰ります」
 「ああ、俺も試合抜けっぱなしだから」

 蓮先輩は私の腕をそこで離した。
 力が入れられず、私の腕はすとんと体の側面にぶつかった。

 「──明紗と話がしたい」

 そう蓮先輩に言われてから特に会話を交わさなかった。
 第二アリーナに戻り、蓮先輩は試合に戻って、私はキャットウォークの柚乃と居た場所に置いてあった通学リュックを引き取って帰宅した。
 柚乃はいきなり帰ると言い出した私と、同じ時間帯にコートに戻ってきた蓮先輩の様子に何かを感じたんだろう。
 名残惜しそうだったけど、送り出してくれた。
 そういえば買った麦茶はどこに行ってしまったんだろう。
 それすらわからなくなるほど、内心は取り乱していた。
 蓮先輩に流星とのことを知られてしまった。
 蓮先輩には知ってほしくなかった。
 蓮先輩だけには……。
 帰宅して、自学自習して、少しピアノに触れて……。
 ピアノに触れた瞬間、蓮先輩に”ライラック”を弾いた日のことが強烈に思い出されて、すぐに鍵盤の蓋を閉じた。
 何となく何もしないといろいろ考えてしまうのが怖くて、更に勉強する。
 夜は塾に行って、家に戻ってきた時、蓮先輩からチャットが入っていた。

 [電話とも思ったけど]
 [やっぱり明紗の顔を見て話したい]
 [明紗が話したくないことは話さなくていい]
 [俺と話したくなったら連絡して]
 [それまで俺からは明紗に関わらないから]