流星に生意気だと思われていたことに驚く。

 「私があまり喋らないから?」
 「え? 明紗はおしゃべりでしょ?」

 私に歩み寄ってきた流星は傍で立ち止まると、腰を曲げ余裕たっぷりの笑みで顔を顔に接近させてきた。

 「ここが」

 流星は自分の目元に人差し指をトントンとあて、更に笑顔を深くした。
 コーヒーにミルクを多めに注ぎ込んだような綺麗な瞳に私を映している。
 私の目がおしゃべりって、どういうこと?
 接近した顔に釘付けにされていると、お兄ちゃんが流星の腕を引っ張って私から離した。

 「おい、流星。あまり明紗に絡むなよ。ほら、部屋行って勉強するぞ」
 「はいはい。わかってますって。じゃあね、明紗」

 結局、私のなんで別れたの質問には流星は答えてくれないまま。
 その答えは今でも聞いていない。
 しかも、その後は彼女を作っていないという。
 問いかけてもいないのに、不定期にやってくる流星が自分のことを私に教えてくれるのだ。

 「明紗。俺、家族は母親しかいないんだよね」
 「明紗。俺、天音のおかげで学年末の成績よかったの」
 「明紗。俺、左利きなんだけど」

 たまに自宅にやってくるお兄ちゃんの友達。
 それだけで距離が近づくわけでも、かといって遠ざかるわけでもないまま私の中学校入学式の今日を迎えていた。
 それだけじゃなくて一つだけ……。

 「明紗は俺のこと呼び捨てにしないとだめ」
 「流星さんは年上だからそんなの出来ない」
 「やだ。でないと、天音に嫌がらせする」
 「どういう脅迫だよ。明紗、流星のことは気にすんなよ」

 流星が余りにもしつこく懇願してくるから私は”流星”と呼び捨てしなければいけなくなった。

 入学式の翌日、私が在籍している1年1組の教室前の廊下には休み時間のたびに大挙して生徒が押し寄せてきていた。
 上級生、同級生、男子も女子も問わず。

 「弓木明紗ってどの子……ってあれか!」
 「うわっ! 入学前から噂で聞いてたけど想像以上に美少女じゃん」
 「あれで中1? 高校生に見える」
 「新入生代表にも選ばれるって頭も良いの?」
 「あの子、なんでも出来るんだって」
 「あれが弓木先輩の妹?」
 「兄妹そろって、やっぱり美形なんだね」
 「やば。遺伝子、勝ち組すぎだろ」
 「榊くんが昨日入学式で挨拶の時に壇上から話しかけたって」
 「え? なんで? 榊くんの彼女?」
 「榊くん、去年のクリスマス頃、速見さんと別れてから彼女居ないもんね」
 「おまえ、話しかけに行って来いよ」
 「いや、無理だって。入学早々先輩に目つけられたくない」
 「俺も1組だったら良かった」
 「こっち向いてくれないかな?」

 ”弓木”って苗字のためか、私はこのクラスでは出席番号が最後になり、廊下側の一番後ろの席になってしまった。
 教室の後方出入り口にほど近い席になってしまったため、鼓膜に容赦なく届いてしまう様々な声、無遠慮な視線の数々。
 ある程度、人目に立つのは慣れているつもりだったけど、やっぱり落ち着けなくて。
 小学校最後の1年は特に平和だったから、中学に入学したばかりで慣れない環境って以上に疲れていた。
 まだクラスメイトとは休み時間に話したりできていない。
 給食の時間になって、担任の教師の指示通りに近くの座席で机を寄せ合って食べることになった。
 早く交流を深めてほしいって意図だと思う。
 私は違う小学校だった男子2人女子1人、それに同じ小学校だった女の子の計5人だった。