流れ星を追いかける君と、輝く夜明けに。

 「ピアノ?」
 「嫌だったら、いつでも止めてくれて構わないです。私、弾いてます」

 リビングの隅に設置されているアップライトピアノと向き合い、椅子に座った。
 ふわりと鍵盤の上に軽やかに指を添える。
 私は両手の指をあそばせ弾き始めたのは『ライラック』という曲。
 私が奏でる『ライラック』のピアノの音だけが蓮先輩と私の空間に響き渡る。
 蓮先輩を自宅に誘ったのは外だと疲れてるし、どんな場所でも人目があって落ち着けないだろうと思ったのもあったけど、いつか蓮先輩と約束したピアノを聞いてほしいと思ったから。
 きっと蓮先輩は私からのどんな慰めの言葉も励ましの言葉も求めていないし、きっと私はうまく伝えられない。
 だから、せめて私の奏でる音が少しでも蓮先輩に届いたらいいと。

 「……っ」

 指を動かしたまま、目線の端でソファーを確認すると、蓮先輩は下を向いていた。
 黒い髪に顔が隠されてわからない。
 でも小刻みに震えていた。
 ──泣いている。
 私はあえて見えていない振りをして、ピアノの鍵盤へと神経を集中させた。
 同じアーティストの違う曲を続けて3曲ピアノで演奏する。
 そして、最後にもう一度『ライラック』を弾いた。
 時折、蓮先輩の声を喉に詰まらせたような嗚咽が聞こえた。
 時間にしては20分にも満たないくらいだったと思う。
 『ライラック』を弾き終えた後、鍵盤からふわりと両指を上げ、膝の上に置く。
 私が紡ぎだすピアノの音が途絶え、リビングの中を圧倒的な静寂が包む。
 時間の経過とともにリビング内は暗くなり始めていた。
 立ち上がった私はソファーに座る蓮先輩の隣へと座る。
 俯いて黒い髪に隠され表情が見えない蓮先輩。

 「──勝ちたかった……」

 そうたった一言、低く蓮先輩が零す。
 顔を下に向けている蓮先輩に見えないとわかっていながら、私は一つ頷いた。

 「ありがとう、明紗」

 次に顔を上げた時には蓮先輩は笑っていた。
 どことなく、すっきりとしたいつものクールな笑みだった。
 蓮先輩には断られたけれど、駅の改札まで蓮先輩を見送ってそこで別れる。
 夕ご飯を一緒に食べたほうがいいのかとも考えたけど、大会を終えたばかりの今日は引き延ばされても困るだろう。
 自宅に戻ると、お母さんが帰宅していた。

 「誰か、来てたの?」

 リビングのテーブルに出したままだったグラスとお皿を見て、お母さんに聞かれる。

 「うん。少しだけ」
 「明紗の来客なんて珍しいわね。お友だち?」

 一瞬、言葉が詰まる。

 「うん。友だち」
 「明紗のお友だち、会いたかったわ」

 蓮先輩を友だちだと表現したことに得体のしれない負い目を感じた。
 ご家族に私が彼女だと蓮先輩は伝えてくれていたからなのかな。