ジャージ姿の女子3人組に「ありがとう」とアイドルさながら手を振り返して愛想よく答える流星。
 始業式は明日だとお兄ちゃんに聞いているから、恐らく午後からの部活動に参加するために登校してきた2年生だろう。
 流星やっぱり人気があるのか。
 今、流星は私に話しかけてきていたのに……。

 「あ、流星。こんなとこに居たのかよ。って明紗と母さんじゃん」
 「天音」

 昇降口から出てきたのはお兄ちゃんだった。
 お兄ちゃんの名前は天音(あまね)
 長身家系の弓木家の血筋か、お兄ちゃんもすでに中3にして180センチを越えている。
 流星と同じくらい。
 生徒会副会長のお兄ちゃんも流星同様入学式に駆り出されていた。
 ということは、流星のあの代表挨拶を聞いていたわけで。

 「流星。お前、ほんっと入学式で何してくれてんだよ。明紗が困るだろ」
 「今の今まで散々先生たちに囲まれて説教食らってきたんだから、天音まで追い打ちかけんのやめて」
 「面白かったからいいじゃない。天音は堅いんだから」
 「母さんが緩すぎんだよ」

 入学式の主役は今日入学した私のはずだ。
 けれど私を置いてきぼりにして流星とお母さんとお兄ちゃんが会話を進めていく。

 「どんだけ明紗が中学生になるのを俺が心待ちにしていたと思ってんだよ」

 流星が私に視線の先を流す。
 流星って軽く見えるのに、どうも仕草や言葉のひとつひとつが意味深げに思わせるところがある。

 「天音、覚えてるよな? 俺に言ったこと」
 「……覚えてるよ」

 そう流星に答えたお兄ちゃんは少し言いづらそうな様子だった。

 「そうだ。バレー部の顧問から流星を職員室に呼んで来いって言われてたんだった」
 「マジかよ。顧問からも説教かよ」
 「自業自得だろ。母さん、明紗。俺も帰るところだから一緒に帰ろう。母さんは午後から仕事なんだろ」
 「そうなのよ。商談2本も入っちゃって。ありがたいことね」

 相変わらず3人で進む会話の聞き役になっていた。
 普段から私は口数の多いタイプではない。
 相手の話を聞くことに集中していると、自然と自分の口を開く機会が少なくなった。
 けれど、それ以上に流星に何を言ったらいいのかわからなかった。
 文句ならお兄ちゃんが言ってくれたし、それにお兄ちゃんが流星に言っていたことって何なんだろう。

 「明紗。また明日。学校でな」

 私の肩に軽く手をのせた流星は昇降口に吸い込まれるように、また校舎内へと入っていった。
 明日からは同じ校舎に流星が居る。
 そう思うだけで平常心が乱された。
 お母さんとお兄ちゃんと横並びになりながら、校門をくぐって帰路に着く。

 「明紗の新入生代表挨拶、良かったよ。頑張ったな」
 「ありがとう、お兄ちゃん」

 私の欲しかった言葉を的確にくれるお兄ちゃん。
 お兄ちゃんと流星は去年の10月、生徒会で一緒になってから親しくなったという。
 それまでは同じ中学校でも部活も違えばクラスも違い接点がなく話したこともなかったらしい。