「──都合よく撮ってるわけねぇだろ」

 久瀬先輩はスマホを制服の腰ポケットにしまい込む。
 その仕草だけでモデルのように(さま)になっているのはスタイルがいいからだろう。
 180センチ……それより、もっとお父さんと同じ185センチくらいは身長がありそうだ。

 「すみません。ありがとうございました」
 「別に。聞こえてきて俺が不快だっただけ」

 久瀬先輩は近くのベンチに腰を落とす。
 ベンチの背もたれに両腕を広げるようにかけて座る久瀬先輩はさながら不遜なプリンスのように見えた。
 久瀬先輩は面立ちこそ、とんでもなく整っているけれど、どこか鋭利で近づいてはいけない雰囲気を纏っている。
 久瀬先輩に近づきたくない理由はそれだけではないけれど。

 「自分でもはっきり断れよ。一発殴ってやれば良かったじゃねぇか」
 「殴るのは普通に犯罪だと思います」
 「強引に迫られてるんだから正当防衛だろ。そんなにイイコでいなくていいって」

 ベンチに座っているから、私を見上げるように久瀬先輩から鋭い視線が突き刺さる。
 ──”イイコ”……。
 心臓が嫌な音をたてた。
 その単語をここで使うの?
 特別な意図があるわけではないのはわかっているけれど。
 特に私と面識があるわけでもないのに、私の奥底まで見通されそうな感覚に胸がざわつく。

 「本当にありがとうございました。さようなら」

 もう一度深く頭を下げて、屋上庭園を早歩きで立ち去る。
 2年の久瀬先輩が三高で一番かっこよくてモテるというのは聞いていたけれど、威圧的なオーラで近づきにくいとも言われていた。
 確かに語調もきつめだし、久瀬先輩には好きな()も居るみたいだし。
 とにかく私には関わりのない人だ。
 1年A組の教室に戻ってくると、

 「明紗、やーっと帰ってきた」

 と、私の腕に体を寄せながら、柚乃は私を廊下に連れ出す。
 A組ゆえに本校舎の一番奥に位置している教室だったから、廊下の端の非常階段前まで私を連れてきた。
 廊下では三高の生徒が思い思いに過ごしているけれど、この辺りまでは距離がある。
 柚乃は私に大事な相談があると言っていたけれど、教室で話せないほど、内密なことなんだろう。
 私の腕にずっとしがみついている柚乃。

 「明紗。あのね……」

 柚乃は私の腕に自分の両腕を絡ませたまま、私を上目遣いで見遣った。

 「実はユズ、高校に入学してから気になる人がいて、図書委員で一緒になった2年の先輩なんだけど」

 柚乃が耳まで赤くしながら私に一生懸命話しているのが、かわいくて仕方ない。

 「当番が一緒になるうちに本の趣味があうことに気がついて」

 柚乃の本の趣味って国内外問わずのミステリー小説のほうだろうか。
 いわゆるエログロと呼ばれている過激な類のものだろうか。

 「昨日の放課後、図書当番が一緒の時に告白されたの」