近くに座っていたクラスメイトの女の子2人が柚乃に注意するけど、柚乃は我関せずで私の胸の中ですりすりと顔面を押し付けてくる。

 「明紗ちゃんはみんなの明紗ちゃんなんだから、柚乃が独占しないの」
 「明紗ちゃんは上級生の間でも”三高の姫君”とか”三高の女神”とかいわれてて有名だって」
 「明紗はユズのもの!」
 「けど、明紗ちゃん本当によく告白されてるよね?」
 「”弓木明紗 みんなでフラれれば 怖くない”なんだって」
 「何その交通標語みたいなの」
 「明紗ちゃんにはみんなフラれてるから、自分がフラれたとしても傷が少なくて済むらしいよ。記念告白的な」
 「告白してフラれたとしても、明紗ちゃんと数分でも一緒にいられるならってことね」
 「ユズの国宝級美人な明紗に近づこうなんて、図々しい。身の程をしれ、愚民ども」
 「柚乃って、見た目と中身にギャップありすぎるよね」

 私は柚乃とクラスメイトの女の子2人の会話に黙って耳を傾けながら、心の中でだけ嘆息した。
 確かに絶えず呼び出されている。
 もう高校に入学して1ヶ月経ったから、そろそろ落ち着いてほしいのも本音。
 柚乃が言うように私は誰とも付き合う気はない。
 校内に昼休憩終了のチャイムが鳴り響いた。

 「ほらー。今日も明紗とユズの時間少なかったー」

 柚乃が唇を尖らせて文句を言う。

 「明紗、放課後は? 一緒に帰ろうよ」
 「放課後も何か呼び出されてて」
 「えー、また? でも、そういえばユズも今日は図書委員の仕事があったっけ」

 柚乃と並んで廊下のロッカーへ6限の授業の教科書とノートを取りに行く。
 柚乃って、少しだけ私に対するノリが流星と似ている。
 そのせいか、たまに胸の奥が乱れる。
 本当だったら、この三高に流星が居たかもしれないと。
 昼休みは中学の時と同じように流星と過ごしていたかもしれないと。
 気が緩むと迷い込む出口のない迷路みたいだった。

 放課後になり、3年生から呼び出されていた告白を断った後は真っすぐ帰宅した。
 三高から高校の最寄り駅までは徒歩5分ほど。
 あとは乗り換えなしで地下鉄で4駅、10分ほど電車に揺られているだけで自宅マンションが直結している駅に着くから通学しやすかった。
 高校は部活強制じゃなかったから特に所属せず、月曜から木曜の週4で19時から21時まで学習塾、金曜の19:30からはダンス教室に通い続けている。
 どちらも自宅の駅併設の商業施設に入っているから通いやすい。
 ピアノは中2の修了時に受験勉強と並行することが難しくて辞めてしまったけれど、今でも自宅にあるピアノには毎日触って感覚がなまらないように気を付けている。
 いつも塾が始まる前までは課題や自習をこなしていた。
 自宅で取り組む時もあったし、塾の自習室に行く時もある。
 今日は自宅で勉強していこう。
 やっぱり三高は難関を潜り抜けて合格した人ばかりで周りのレベルが高い。
 少しでも気を抜くと成績が一気に落ちると思う。
 高校でも入学式に新入生代表挨拶を頼まれるとは思っていなかった。
 今、この家には実質お母さんと私しか住んでいない。
 お父さんは1年前からスペインに単身赴任で行っている。
 お兄ちゃんは剣道の強豪校である東海地方の全寮制の高校に進学して中学卒業と同時に家を出てしまった。

 『明紗のせいで流星は死んだんだよ!!』

 あの夜からお兄ちゃんとは自宅で顔を合わせても、お互い目を逸らし会話という会話すら交わしていない。
 そんな気まずい状態のまま、お兄ちゃんは家を出てしまったから余計に関係が絶たれてしまった。
 あんなにお兄ちゃんは私に優しかったのに……。
 目頭が熱くなってきたのを、ぐっと堪える。
 もう泣かないと決めた。
 私には泣く資格すらない。
 やっぱり塾の自習室で勉強しようと荷物をまとめた。