お兄ちゃんは声を荒げて立ち上がり、私の前へと足を進めてきた。
 涙に濡れたお兄ちゃんの瞳が憤怒に塗れている。
 背筋が凍るような感覚が私を襲った。
 何で待ち合わせしたかって、それは流星に誘われたから。
 でも、元々は……。

 『流星。SL公園って知ってる?』
 『青中から10分くらい歩いたとこにあるSLが展示されている公園のこと?』
 『そこのSLの前でどちらかの誕生日に告白して付き合った2人は永遠の愛で結ばれるって』
 『え? 明紗そういうの信じるタイプじゃないでしょ』

 私が流星に話してしまったから?
 あの時、私が流星にそんな話をしなければ……。

 「明紗のせいで流星は死んだんだよ!!」

 お兄ちゃんは私に怒鳴るようにそう言うと、踵を返して大股で部屋へと帰っていく。

 「天音。明紗。大声だしてどうしたんだ?」
 「いったい、どうしたの?」

 お兄ちゃんの声が大きかったからか、お父さんもお母さんも部屋から出てきた。
 お兄ちゃんはそれに答えることなく、いささか乱暴に扉を閉めて自室へと消えてしまった。

 「何でもない……」

 お父さんとお母さんに答えて、私も自分の部屋へと戻る。
 扉を閉めた途端に体の力が抜けて、その場に座り込んだ。
 全身が小刻みに震えている。
 私のせいで流星が死んだ……。
 お兄ちゃんが言った通りだ。
 私があの時あんなこと言ったから。
 ぜんぜん深い意味なんてなかったのに。
 そもそも私があんなことさえ言わなければ。
 SL公園で待ち合わせなんて流星は言い出さなかった。
 流星があの道をあの時間に通ることがなければ。
 今も流星は生きていられた。

 『ずっと頭に思い描いてきた。春高で三高の黒いユニフォーム着て、プレーしてる自分の姿』
 『三高行って、心強い仲間とバレーできて、そこに明紗まで居たらほんっと最高だよな』

 流星の未来を私が奪ってしまった。
 得体のしれないおぞましさが這い上がっては全身に血液のように巡る。
 後悔したってどうにもならない。
 どれだけ泣いたところで過去には戻れない。
 一度口から零れた言葉は取り消せない。
 救いの手なんて誰も持っていない。

 「うっ……ひっく……」

 一晩中、泣きじゃくるって言葉がぴったりなほど声をあげて泣いた。
 みっともないとか、かっこ悪いとか、すべて忘れて延々と泣く。
 ひとしきり、涸れることも飽きることなく涙を流し続けて、今日も新しい朝を迎えた。

 ──ある決意を固めて。

 「あら。明紗、今日は学校に行くの?」
 
 制服を着込み、身だしなみを隅々まで整えてリビングに居る私の姿を認めて、お母さんは声をかけてくる。

 「うん。お母さん、心配かけてごめんね。仕事、大丈夫?」
 「もちろんよ。明紗は大丈夫なの?」
 「”何”が?」

 お母さんにゆるりと微笑んで答える。
 どこか驚いたように数秒黙って私を見つめていたお母さんは間をおいてから微笑み返してくれた。

 「ちゃんと朝ご飯食べていきなさいね。明紗ただでさえ細いんだから」
 「スカートゆるゆるになっちゃった」

 私は決めた。
 ──もう泣かない。
 私はもう二度とイイコの仮面を外さない。
 こうあってほしいと誰もが望むような弓木明紗で居る。
 どこまでもイイコで理想的な弓木明紗で居る。

 『俺だけに見せて。俺だけに聞かせてよ。そういう儚げな明紗』

 流星の前でだけ見せていた私は絶対にもう誰にも見せない。
 流星以外には見せないし、他に誰も知らなくていい。
 もう二度と弱くて儚い私は誰にも見せない。
 流星だけが知っている私はもう居なくて構わない。