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 私は月曜日も学校を休み、流星のお通夜にも足を向けられなかった。
 故人との最期の別れなんてできるわけがない。
 私って毎日どうやって過ごして、どうやって生きていたんだっけ?
 それすらあやふやになってくる。
 私はもう流星が生きていた頃の私には戻れない気がしてきた。
 ベッドに身体を横たえたまま、スマホで検索すると、流星が死亡した事故のネットニュースが出てきた。

 『7月7日夕方、東京都中央区の路上で下校途中の中学校3年生の男子が大型トラックにはねられる事故がありました。男子中学生は意識がない状態で病院に搬送されましたが全身を強く打っており、間もなく死亡しました。警察は車を運転していた49歳の男性を過失運転致傷の疑いで現行犯逮捕しました。現場は見通しのいい片側1車線の直線道路で、警察は容疑者から事故当時の状況を聞くなどして詳しい事故の原因を調べる方針です』

 関係のない人にとっては毎日のように日本のどこかで起こるニュースのひとつにしか過ぎなくて気に留めることもないだろう。
 流星が自分の誕生日に死亡したことなんて知ることはなく。
 私と待ち合わせしていたことだって知ることはなく。

 「流星……」

 スマホをベッドに落とすと、また涙が出てきた。
 こんなに唐突に。こんなに突然に。
 日常はひっくり返ってしまうんだと。
 流星が死んだって夜は来るし朝も迎える。
 容赦がないほど時間は止まってくれない。
 お父さんもお母さんも私の部屋に顔を出してくれるけれど、私は意思をもたない人形のように対応できずにいた。
 きっと、こんなに二人を困らせている私は成長してから初めてだろう。
 22時を過ぎた頃、私はシャワーを浴びた後に部屋に戻ろうとした。
 もう何日もまともに食べていないのに、食欲というものが不思議と全くわかない。
 そのせいか体内のものが一度デトックスされたようにやけに身体が軽かった。
 リビングに明かりがついていなかったから、誰もいないのかと思ったらソファーに座っている後ろ姿がぼんやりとシルエットで見えた。
 お兄ちゃんだ……。
 流星のお通夜から帰ってきていたのだろう。
 制服を着たまま、いつから電気もつけないでそこに座っていたんだろう。
 何となく声をかけるのがはばかられた。
 ソファーに座り背中を向けているだけなのに、不穏な気配が伝わってくる。
 自分の部屋に戻ろうとした時だった。

 「──明紗」

 いつもよりも低い声に名前を呼ばれて、びくっと肩がはねた。
 物音なんてたててなかったはずなのに、お兄ちゃんは背中を向けているのに、私に何で気づいたんだろう……。

 「……なに?」

 答えてもお兄ちゃんは振り向かなかった。
 背中を私に向けたまま、身体は動く様子がない。

 「──俺も実感なかったんだよ、流星が死んだこと。今日お通夜に行くまで、何か現実味の薄い悪い夢でも見てんじゃないかって思ってた」

 わずかだけど、お兄ちゃんの声が震えている。

 「けど、だめだよな。祭壇に飾られている流星の写真見たら……、ああこれ流星が死んだからこうなってんだって実感わいて……」
 「……」
 「みんな泣いてた。流星、人気あるから。通夜の列、ぜんぜん絶えなくて……」
 「……」
 「祭壇の骨壺見たら、流星こんなに小さくなっちまったんだって……」
 「……」
 「流星の遺体にすら対面させてくれないって何なんだよ……」

 お兄ちゃんはそこまで言って、嗚咽を漏らし始めた。
 お兄ちゃんが泣いている。
 幼い頃は見たことあったけど、中学生になってからなんて初めてだった。

 「何で待ち合わせなんてしたんだよ」
 「……え?」
 「あの日! 流星が死んだ日! 流星と明紗がSL公園で待ち合わせなんてしなければ、流星は死なずに済んだだろ!!」