丁寧にお辞儀をすると、万雷の拍手が私を包んでくれた。
 壇上を降りて自分の席まで戻る。
 腰かけたのと同時に胸を撫でおろす。
 失敗しなくて良かった……。
 私は自分が思っていたより緊張していたんだと、無事に終わってみて初めて気がついた。

 『続きまして、在校生による歓迎の言葉……』

 司会を担っている男の先生は淀みない口調で式を進行していく。

 『在校生代表 生徒会長 3年4組 (さかき)流星(りゅうせい)

 その名前を鼓膜が受け止めた途端、私の心臓は思い切り跳ね上がった。

 「はい」

 低いのによく通る声。
 私の知っている流星の声とは少し違う余所行きの声音だった。
 中2の秋から流星が生徒会長を務めてるのは知っていたけれど、入学式で在校生代表の挨拶をするなんて本人からもお兄ちゃんからも聞いていなかった。
 そわそわと落ち着かない感覚を胸のうちに閉じ込めながら、私はさっきまで自分が立っていた檀上に上がる流星の姿を見つめていた。

 「あの人、めっちゃかっこいい」
 「ほら。バレーで有名な榊先輩だよ」

 周りが小声で流星について話している。
 確かに学ランを着こなし、バレー部のエースなだけあって180センチを超える流星は誰が見てもかっこいいだろう。
 地毛だという薄いブラウンの髪に端正な顔立ち。
 流星は口を開かなければ、アイドルのように見える。
 口を開かなければだけど……。

 『ただいまご紹介に与りました3年4組 生徒会長の榊流星です。
 新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます……っと、挨拶の前に……』

 壇上の流星としっかり目が合った。
 気のせいかと思ったけど、流星は私を真っ直ぐに演台から見つめている。
 途端に流星は人好きする笑顔を作った。

 『明紗ー! 入学おめでとう! 新入生代表の挨拶めっちゃ良かったよ!』

 私に手を振りながら、あろうことかマイクを通して私信をしゃべり始めた流星。
 困惑して、硬直している私に構わず、流星は続ける。

 『青中の制服めっちゃ似合ってる。これから改めてよろしくねー』

 ざわつき始めた周囲から無数の視線のナイフが私に容赦なく突き刺さってきた。
 この人、いったい何を言い始めてくれたのか……。
 目の前が遠くなっていく。

 『こら、榊。真面目にやりなさい』
 『もう終わり。今から真面目にするんだって』

 司会の先生から注意されたのを軽くいなして、流星は表情を切り替える。
 同時に波紋のように広がっていたざわめきもピタリと止んだ。
 これだけの人数が顔を揃える場の空気を流星1人が掌握しているみたいだ。

 『新入生の皆さんはこれから始まる中学校生活に期待と希望を抱いているのと同時に不安も抱いていることと思います』

 さっきまでのおちゃらけた流星とは違い、ごく自然に当たり障りなくスピーチをこなす流星。

 『これからの3年間、長いようであっという間に時間は過ぎ去ってしまうと思います。気がついたら卒業式を迎えていたのではなく、1日1日を何となくやり過ごさず、誰かではなく自分自身の力でそれぞれの学校生活を彩っていってほしいと思います』