***
7月7日に降る雨のことを催涙雨と呼ぶという。
雨で1年に1度の再会が叶わなくなった織姫と彦星の涙だという説もある。
今日の天気は曇天だけれど、かろうじて雨が降り出すところまではいかない。
このまま1日織姫と彦星が会うことができて泣くのを持ちこたえてくれることを願う。
「──明紗。気を付けてこいよ」
「うん。流星も」
一緒に過ごした昼休みは流星とそんな言葉を交わして別れていた。
待ち合わせの19時が近づくにつれて、そわそわふわふわと雲の上を歩いているような落ち着かない感覚が強くなっていく。
17時20分から始まった塾での授業時間が終了すると、いよいよ緊張はピークになっていた。
流星が調べてくれた駅からSL公園までのバス。
駅のロータリーにはバス乗り場が多いから、間違えないようにしないと19時に間に合わなくなる。
バス乗り場に向かう前に、ふと思いついてお手洗いに立ち寄る。
手洗い場の鏡と向かい合い、私は黒いヘアゴムで胸元まで伸びた髪をポニーテールに束ねた。
『俺は明紗の黒髪ストレート大好き。明紗に似合ってるし、王道って感じでたまらない。体育祭でポニーテールしてたでしょ? あれ、またしてきてよ。ああ、やっぱりいい。俺の前だけにして。他の奴らに見せたくない』
流星が見たいって言っていたのを思い出したから。
乗りなれないバスに揺られて、”柳が丘郵便局前”というバス停で降りる。
SL公園はバスを降りて、郵便局よりもすぐに見つかるほど近くにあった。
頭上の星ひとつ出ていない空は分厚い雲が覆っているのが暗くてもよくわかる。
公園の中に足を踏み入れると大きめの外灯が幾つも立っていて、車の通りにも面しているし、そう暗くなくて少し安心した。
奥に展示されているSLはスポットライトを浴びていて、ひときわ夜の闇に映えている。
特に遊具もなく、SLの存在感があるだけで他は何もない敷地。
今は人影がないけれど、昼間はここで子どもたちが駆け回って遊んでいるんだろう。
流星はまだ来ていない。
スマホを確認すると18:51と画面表示されていた。
何か、緊張してきた……。
SLの前に置かれていたベンチに座って、手のひらで胸をトントンと軽くたたく。
こんなことしても心音がおとなしくなるわけではないのはわかってるけど、そうでもしないと緊張でどうにかなりそうだった。
入学式の新入生代表挨拶の時でもこんなに緊張してなかったのに……。
流星、早く来ないかな……。
待ち合わせ時刻を過ぎても流星は現れなかった。
音もなく時間だけが経過していくたびに焦りと不安が緊張を上塗りしていく。
スマホを確認すると、すでに約束から1時間が経過し20時となっていた。
こんな時間に中学生が一人で居たら補導の対象になってしまう。
流星の部活が長引いている?
でも、それだったら連絡のひとつくらいはしてくれるだろう。
さすがに1時間経ってるし私から連絡してみようか。
電話は繋がらなくて、チャットを送る。
”流星、何かあった?”
と、一言。
既読にならないかと、ずっとスマホの画面を見ているけれど、既読表示はつかない。
どうしたというのだろう……。
当たり前のように流星が待ち合わせ時刻に現れると思っていただけに、焦燥感でいてもたってもいられなくなる。
青中に行ってみる?
でも、私はここで流星を待っているって約束している。
”帰る”って選択肢はないまま、もう21時を過ぎた。
その時私のスマホが着信を告げ始めて、私は驚きの余りに地面にスマホを落としてしまった。
それくらい自分には平常心が失われていたのだとわかる。
震える手でスマホを拾うと着信の相手はお兄ちゃんだった。
「もしも……」
『明紗!!』
私が言いかける前にいつもは穏やかなお兄ちゃんが電話越しでもわかる狼狽した声で名前を呼んだ。
「お兄ちゃん?」
『お前、今どこにいる!?』
「流星と待ち合わせしてる公園に……」
『流星が、』
私は続いたお兄ちゃんの言葉を聞いた途端、全身の力が抜けてスマホは地面に滑り落ちていた。
『──車に轢かれて、死んだって』
7月7日に降る雨のことを催涙雨と呼ぶという。
雨で1年に1度の再会が叶わなくなった織姫と彦星の涙だという説もある。
今日の天気は曇天だけれど、かろうじて雨が降り出すところまではいかない。
このまま1日織姫と彦星が会うことができて泣くのを持ちこたえてくれることを願う。
「──明紗。気を付けてこいよ」
「うん。流星も」
一緒に過ごした昼休みは流星とそんな言葉を交わして別れていた。
待ち合わせの19時が近づくにつれて、そわそわふわふわと雲の上を歩いているような落ち着かない感覚が強くなっていく。
17時20分から始まった塾での授業時間が終了すると、いよいよ緊張はピークになっていた。
流星が調べてくれた駅からSL公園までのバス。
駅のロータリーにはバス乗り場が多いから、間違えないようにしないと19時に間に合わなくなる。
バス乗り場に向かう前に、ふと思いついてお手洗いに立ち寄る。
手洗い場の鏡と向かい合い、私は黒いヘアゴムで胸元まで伸びた髪をポニーテールに束ねた。
『俺は明紗の黒髪ストレート大好き。明紗に似合ってるし、王道って感じでたまらない。体育祭でポニーテールしてたでしょ? あれ、またしてきてよ。ああ、やっぱりいい。俺の前だけにして。他の奴らに見せたくない』
流星が見たいって言っていたのを思い出したから。
乗りなれないバスに揺られて、”柳が丘郵便局前”というバス停で降りる。
SL公園はバスを降りて、郵便局よりもすぐに見つかるほど近くにあった。
頭上の星ひとつ出ていない空は分厚い雲が覆っているのが暗くてもよくわかる。
公園の中に足を踏み入れると大きめの外灯が幾つも立っていて、車の通りにも面しているし、そう暗くなくて少し安心した。
奥に展示されているSLはスポットライトを浴びていて、ひときわ夜の闇に映えている。
特に遊具もなく、SLの存在感があるだけで他は何もない敷地。
今は人影がないけれど、昼間はここで子どもたちが駆け回って遊んでいるんだろう。
流星はまだ来ていない。
スマホを確認すると18:51と画面表示されていた。
何か、緊張してきた……。
SLの前に置かれていたベンチに座って、手のひらで胸をトントンと軽くたたく。
こんなことしても心音がおとなしくなるわけではないのはわかってるけど、そうでもしないと緊張でどうにかなりそうだった。
入学式の新入生代表挨拶の時でもこんなに緊張してなかったのに……。
流星、早く来ないかな……。
待ち合わせ時刻を過ぎても流星は現れなかった。
音もなく時間だけが経過していくたびに焦りと不安が緊張を上塗りしていく。
スマホを確認すると、すでに約束から1時間が経過し20時となっていた。
こんな時間に中学生が一人で居たら補導の対象になってしまう。
流星の部活が長引いている?
でも、それだったら連絡のひとつくらいはしてくれるだろう。
さすがに1時間経ってるし私から連絡してみようか。
電話は繋がらなくて、チャットを送る。
”流星、何かあった?”
と、一言。
既読にならないかと、ずっとスマホの画面を見ているけれど、既読表示はつかない。
どうしたというのだろう……。
当たり前のように流星が待ち合わせ時刻に現れると思っていただけに、焦燥感でいてもたってもいられなくなる。
青中に行ってみる?
でも、私はここで流星を待っているって約束している。
”帰る”って選択肢はないまま、もう21時を過ぎた。
その時私のスマホが着信を告げ始めて、私は驚きの余りに地面にスマホを落としてしまった。
それくらい自分には平常心が失われていたのだとわかる。
震える手でスマホを拾うと着信の相手はお兄ちゃんだった。
「もしも……」
『明紗!!』
私が言いかける前にいつもは穏やかなお兄ちゃんが電話越しでもわかる狼狽した声で名前を呼んだ。
「お兄ちゃん?」
『お前、今どこにいる!?』
「流星と待ち合わせしてる公園に……」
『流星が、』
私は続いたお兄ちゃんの言葉を聞いた途端、全身の力が抜けてスマホは地面に滑り落ちていた。
『──車に轢かれて、死んだって』



