流れ星を追いかける君と、輝く夜明けに。

 ***

 「明紗って流星と付き合ってる?」

 22:36 お風呂を済ませ、自室でもう寝るだけって状態で塾の課題をやっていた私の元にお兄ちゃんがやってきた。
 お兄ちゃんも後は寝るだけなのだろう。
 いつもワックスでさりげなく整えられている黒髪は髪が下ろされていて、部屋着のお兄ちゃんは学校での硬派な空気が和らいでいる。

 「付き合ってないよ」
 「噂にはなってるだろ」
 「入学式のあれもあったし、昼休み半分一緒に過ごしてるから」

 お兄ちゃんは私が答えると、「へえ、”まだ”なんだ……」とひとり言のように呟いた。
 
 「明紗は学級委員になったんだって?」
 「推薦されてて、いつの間にか」
 「中学入ってから嫌な思いとかしてない?」
 「うん。大丈夫」
 「何かあったら俺に言えよ」
 「ありがとう、お兄ちゃん」

 自分でも今のところうまくやれていると思う。
 お兄ちゃんが私の部屋の扉を開放していたからか、

 「天音、明紗。まだ起きてたのか?」

 と、仕事から帰宅したばかりであろうスーツを着込んだお父さんが顔を出した。

 「お父さん」
 「明紗。中学は慣れたか?」
 「うん。だいぶ」
 「天音。何かあったら明紗を守ってやれよ」
 「ああ、わかってる」
 「本当に明紗はかわいい。俺の自慢の娘だよ。天音もな」

 お父さんが私の後頭部をゆるりと撫でる。
 40代後半に差し掛かったお父さんは185センチを超えた上背に端正な顔立ちには年を重ねるごとに渋みが増して家族の前でも完全に隙を見せるタイプじゃない。
 いつだって仕事が忙しいのか帰宅も遅くて、今は東京勤務だけど、だいたい2.3年スパンで国内や海外に単身赴任をしてしまって完全に不在の時だって多かった。
 お父さんが悪いわけじゃないのに、かわいいって言われると苦い記憶を思い出す。
 この日の夜、私の夢には昔の私が上映された。
 私は昔から自分の意思とは関係なく、注目が集まることが多かった。
 自分で言いたくはないけど、無自覚を装うには無理のあることが多すぎた。
 物心ついた頃からよく好きだと告白されて、どんな場所でも誰が相手でも容姿や能力に称賛を浴びた。
 短距離も長距離も女子では常にトップだったけど、小学校低学年のうちは男の子よりも速かった。
 学習塾に通っていて予習復習も欠かさなかったから、どの教科でもテストはほぼ満点だった。
 ピアノを習っていて毎日練習も重ねていたから合唱の伴奏も頼まれた。
 ダンス教室の発表会では4歳で始めたジャズダンスからきっちり柔軟と基礎を叩き込まれた土台があるおかげか、ソロパートを多くもらえた。
 目立つ立ち位置にいたくなくても、周りから依頼されて、息をしているだけで注目を浴びる。
 あれは徐々に思春期に片足をつっこみ始めた小学校4年生の頃だったと思う。
 私は3月生まれの割には身体の成長も早く、同年代の子より身長や手足が早く伸びて、胸が服を押し上げるのも早かった。

 「明紗ちゃんって本当にかわいいよね」

 同級生の女の子たちが、よく私に言ってくれた。
 お礼を伝えれば「明紗ちゃんはかわいいからって調子にのっている」
 否定すれば「明紗ちゃんっていい子ぶってる。私たちへの嫌味なのかな」
 そう言われてしまうことがあった。
 結局、どっちに転んだって私への悪口の原因を作ってしまう。

 「明紗ちゃんに沢井くんのこと好きだって打ち明けてたの。だけど沢井くんね、ずっと明紗ちゃんのこと好きだったんだって」
 「ええ、つらいね……」
 「男子たちが明紗ちゃんだけ他の女子と何か違うって言ってたよ」

 私には相手の話をちゃんと聞こうとする余りに相手の目をじっと観察してしまう癖があったみたいで、何となく男の子相手にはそれをしてはいけないんだと、その頃には悟っていた。
 男の子には必要以上に近づかない、見つめない、自分から話しかけない、関わらない。
 けど、男の子だけじゃない。

 「明紗ちゃん。何でユミちゃんたちと遊んでたの?」
 「明紗ちゃんはアヤたちのグループと1番仲良しだもんね」

 女の子も特定の子と仲良くしすぎたりすると、私を独占しようとされたりして。
 それで周りで喧嘩が起きたのは一度や二度じゃなかった。
 だから友だちもみんな同じだけ距離をとるようにして。
 関心をもたれてる分だけ、私は何か言葉にするのも、何か行動するのも、怖さを感じるようになっていた。
 私があまり喋らなくなって、感情を表情にのせなくなったのはこの頃からだった。
 積極的にしてもいけないし、かといって消極的になりすぎてもいけない。
 絶妙に微妙なラインで距離を保っていることが反感を持たれず、平和でいるためには重要で大切。
 そう心がけていたら、小6になる頃にはだいぶ落ち着いて過ごせるようになった。

 ――弓木明紗はこうあってほしい

 どこにいても周囲が私に望む期待を察知して応えようとしてしまう。 
 それはお父さんやお母さん、お兄ちゃんの前でも同じかもしれない。
 私はワガママをいうこともないし、家族にとっても優等生でいい子だと思う。
 特に両親には仕事に干渉しない理想の娘でいられてると思う。
 本音を言えば私は目立ちたくない。
 入学式の挨拶も学級委員も、やらなくて済むなら……とも思う。
 誰かに自分を観察されるのって、すごく苦手。
 でも、それは私がコントロール出来ないことだし、こんなこと誰かに言ったら、自慢だと良く思われないことも知っている。

 『明紗のことは生意気だとは思ってるよ。最初から』
 『え? 明紗はおしゃべりでしょ? ――ここが』

 だから、私を生意気なんて言えるのも、私をお喋りだと言えるのも流星しかいない。