「さっきも言ったがもう会えなくなるかもしれない。それでも連絡先を交換したい?」

「ええ、もちろん」

 彼の名前は河合凌也。年齢は私のふたつ上の29歳だった。仕事は美術館の学芸員だという。私もよく行く美術館だった。

「じゃあ、僕も君のことを聞いてもいいかな?」

「私は福原萌乃、27歳です。金融関係の事務をしています。美術館の学芸員は、視力が落ちると困るんじゃないですか?」

「そうなんだ。正直、見えないと仕事にならないと思う。今後仕事もどこまでやれるかわからない。今のところでは、絵や彫刻を見ることができなくなると学芸員も辞めるしかないかもしれない。知識だけではおそらく通用しないからね」

「あの……」

「何?」

「私はあなたと趣味の合う友人でいいから、もっと親しくなりたかった。先ほどのお話を聞いても気持ちは変わりません」

「僕もあなたとはとても話が合うし、会う度にそう思っていたんだ。あなたは僕の彼女に気を遣って、いつも個人的なことは聞かないようにしてくれているのもわかっていた。僕だって君と連絡を取れるような関係、せめて友人くらいにはなりたかった。でも彼女がいるから気持ちにブレーキをかけていた。いくら言っても今更だな」

「今更じゃないです!今からはじめませんか?今夜から……」

「え……?」

「友達からでもいいんです。でも、彼女と別れたとおっしゃるなら、私はその空いた席を目指したい。あなたの隣にいることを許される存在になりたい。私があなたの目になります」

「君……」

「それに、私は音楽だけじゃなくて美術も大好きなんです。河合さんの美術館にはしょっちゅう行っているのに、会ってないのが不思議なくらいです。今月から始まった印象派の特別展も行くつもりでした」