「そうですね。でも急激に視力が落ちてきていて、突然今まで見えていたものが、一瞬だけ見えなくなったりするんです。自分の席も、あなたが座っていてくれたので目印になって場所がわかりました。でも来月はどうなっているかわからない。だからあなたと今晩でお別れの可能性があるので、お伝えするために残っていただきました。すみません」
眼鏡を外した彼の目は前と同じに見えた。いつも優しく私を見つめるあの目だった。私はその瞬間声に出していた。
「これから……あなたが見えなくなったとしても、私があなたの目になって支えます」
彼は息をのんだ。そして私の顔を見てふっと笑った。
「気を遣ってくれてどうもありがとう。お気持ちだけ頂きます」
「……そんなの嫌です」
「え?」
「あなたと毎月ここで会ってお話して、コンサートを聴くのが私の最近の楽しみでした。今までクラシックの話をこんなに楽しく話せたのはあなたが初めてです。どんなことを話しても話が弾むし、分かってもらえて嬉しかった。名前を知りたい。連絡先を交換したい。そう思っても、あなたには彼女がいるから決してそれ以上は踏み込まないと決めていました」
「……君……」
「あなたが私をどう思っていたかはわかりませんが、今日こうやってわざわざ個人的な事情を説明するために私を誘ってくれたんですよね。不謹慎かもしれません。でもとても嬉しかったんです」
彼は驚いたんだろう。眼鏡を取って目を抑えた。手を放すと目は少し潤んで見えた。
「僕も正直に話します。君と毎月ここで会えるのを実はとても楽しみにしていました。最近は前日に君の顔が頭に浮かぶくらいだった」
「私もそうでした!」
二人で笑った。
