終演後。
近くの喫茶バーに入った。時間的にお酒も出しているようで、少し賑やかだった。
二人で向かい合った。彼は何も話さない。
周囲の笑い声が浮いて聞こえる。私は身構えた。何か様子が変だ。
下を向いてカップの中をスプーンでぐるぐるとかき回している。
「僕は……先月交通事故にあったんです。その影響なのか、最近視力が極端に落ちてきているんです。まぶしい光も辛くて、こんなサングラスみたいな眼鏡をかけているんです」
「……え?」
私はあまりのことに驚いて何も言えなかった。
ようやく彼は顔を上げた。その目は眼鏡で見えない。だが、声をかけられないくらい寂しげだった。
「彼女と別れたのはそのせいです。想像以上に後遺症がではじめたので、結婚願望の強い彼女と一緒にいるのがつらくなりました。彼女は僕が見えなくなったら支えていくだけの覚悟はないとはっきり言いました」
「そんな……」
「耳は聞こえます。前より聴こえるかと勘違いするくらい。目が見えないと他の五感がとぎすまされるといいますが、僕は特に音が良く聴こえるようになりました。今日の演奏会は今までと全く違って聴こえた。耳を澄ましているつもりはないんですけどね」
「あの……」
「え?」
「目が見えなくなると決まったわけじゃないですよね?」
