「ありがとう」

 彼は座った。時間がないが、私は意を決して話しかけた。

「今日はやはり曲目がマイナーすぎてお隣の彼女はいらっしゃらないんですか?」

 現代曲もあり、あまり知られていない楽曲構成になっている。

「ああ……違います。曲に関係なく、おそらく彼女はもう来ません」

「え?」

「彼女と別れたんです」

「……あ、え?す、すみません。なんか……」

 彼は私の方を見ながら言った。

「いえ、それには明確な理由があって……」

 彼は私の方を見ると、薄い色の入った眼鏡を外して優しいいつもの微笑みを浮かべた。

「今日は眼鏡をされているんですね。初めて見ました」

 その時、リーンゴーンと後半の開始を知らせる鐘の音が鳴った。

「もしよかったら、コンサートのあとで少しだけお話しできませんか?僕は来月からここに来られないかもしれないので……」

「え?あ、はい。じゃあ終演後……」

 そう約束して後半の演目を聴いた。