この曲は知らないからつまんないという彼女の声がしていたからだ。

 来月は特にあまり知られていない演目が続くので、クラシックが好きじゃない人はなかなか足を運ばない。つまり、彼はどんな演目でも来るクラシックオタクなのだとわかった。

 私の同類だ。

 彼は前を向いて舞台を見ながら話し出した。

「この座席は全体的にバランスよく音が響く場所だと思うんです。定期会員は今年で二年目なんですが、定期会員になる前はあちこち座ってました。一番いいと思ってたどり着いたのがここだったんです。今年はもうここでずっと聞くと決めました」

「私は今年からです。クラリネットをやっていたことがあるので、まずはそれが良く見える位置を選んでます。音響はその次の選択肢だったんですけど、お話伺ったらここにして正解だったようでうれしいです」

「そうなんですか。もしかして一発で的中?すごいですね。いつもおひとりなんですか?」

「そうです。一緒に来てくれるような素敵な人もいないですし、前に好きだった人とクラシックのコンサートへ来て、終演後演奏の感想を言ったらうんちくくさいって言われてしまってそれで懲りました。ひとりが一番です」

「あはは……耳が痛いな。隣の彼女に似たようなことをいつも言われています。彼女は僕に付き合ってついてきているだけなんです。彼女は有名曲しか知らない。先月はラフマニノフのピアノコンチェルト二番が目当てだったんです。スケートなどで最近は有名ですよね。今日はベートーヴェンの運命が目当てらしい。来月の演目だと彼女は難しいから来ないと思います」

 その後女性が帰ってきて、私たちの内緒話は終わった。

 * * * 

 それからというもの、彼女が席を外したときや、彼がひとりで来た時に、休憩時間は彼と演目やクラシックの話をすることが多くなった。彼がひとりで来ていた時は、ロビーで一緒にお茶をしながら話をした。

 彼はとても気さくな人で、私と歳も近いのがなんとなく話していてわかった。個人的な話は一切しなかった。彼女がいるというのがわかっていたし、彼も私に深入りしないようしているのかもしれないと思った。