山登りの道具から、脱出に使えそうな工具類、ソリに使える鉄板をおじさん達は運び回っていた。
 漂着町の出口に最低限の物資が集められて、脱出の準備が進む。
 技術職経験のある加藤さん達はこの間にバギーのメンテナンスをしてくれていた。

 一方で俺達は蝉谷さんに一隻の沈没船の中を案内される。船内を歩きながら、彼から直接作戦内容が伝達される。

「ダンジョンを、爆破する!?」

 破壊と聞いて想像はしていたが、改めて聞く衝撃は避けられなかった。

「メタンハイドレートほどではないが、クリオス結晶も可燃性物資だ。爆発を起こす程度わけない」

「ボクも普段使ってたけど、そんなに爆発するの?」

「漂着町近辺の物は純度が低いが、下層の結晶は可燃性が段違いだ。引火してここが燃え尽きるには十分な量もある」

「下層で爆発させるったって、そんな大規模爆破なんすか」

「分かりやすく言えば、粉塵爆発の要領もある。上昇気流で良い触媒が大気中に満ちている」

「けどさ、それだとここに居る人も全員焼けちゃうんじゃ」

「だから避難を済ませる。例の出口から脱出する直前に火をつけ、この場所を残さず燃やす」

 船内の一室に辿り着くと、蝉谷さんは急いで研究資料を詰めながらデスクに数枚の紙を置く。

「クリオス結晶の鉱脈が、この最下層に眠っている可能性がある」

 それはダンジョン全体の地図だった。

 漂着町からスズカの家、鯨の発生地域までを記した二次元地図や、深さごとに階層分けした立体図まで。地質学者ならではの正確な測量だった。

 中でも俺は行ったことのない最下層への経路図は有難い。
 地図に引かれた赤い線を辿っていると、横からユキが声を上げた。

「ここって、風の門だ!」

「風の? ユキ、それって何だ」

「スズカとよく一緒に行ってた場所。穴からの風が強いから風力バッテリーの発電したり、洗濯物を乾かすのに使ってた」

「事情知ったら随分リスキー過ぎる生活活用法だな!」

「でもオッサンの言う通り、山の噴気孔より結晶が集まってキラキラしてたのは覚えてる」

「信憑性も増してきたようだ。地下空間を吹き飛ばす算段に関しても問題ないだろう」

「けど、どうやって爆発させんすか? 火付け役とか、明らかに巻き添え食らいそうっすけど」

「私が緊急時の脱出方法を私が用意していなかったと思ったか?」

 蝉谷さんがニヤリと口角を上げて手元のスイッチを押した。
 次の瞬間、船体が大きく動き出す。

 歯車が噛み合い、油が回って、金属がけたたましく軋む音。大きな揺れと爆音に翻弄されていると、船の高さが徐々に上がっている事に気付いた。
 甲板から船の下部を覗いてみると、いくつもの車輪が雪から這い上がってくる様子が見える。

「マジっすか、この船!」

「脱出用に改良した緊急離脱船だ」

 バギーの比ではない七十トンクラスの鉄くずが、大地の上で息を吹き返した。
 ジャッキアップされた船体は脈のようにモーターの駆動音をかき鳴らす。

 俺もユキもミカさんも、言葉を失うほど仰天した。
 特に間近で船を見ていた筈のゲンさんは、この改造戦を見るやひっくり返って驚いていた。

「先生、あんたいつの間にこんな……」

「なぜ地質学専攻の私が、君達に副産物を提供できるほどガラクタいじりをしていたと思う?」

「頭の良い人の考えなんざ分かるわけないだろう」

「しかし船とは名ばかりだ。せいぜい簡易シェルター……いや、鉄の救命ボート程度に思ってくれれば良い」

「バギーに引き続いて心もとないな!」

「素人工作の延長に期待などするな。これでも沖に出られたら上出来だぞ」

 地質学者と言えるかは疑問な技術力に感心していると、さっきの地図を持ち出した蝉谷さんが赤丸を引いて最深部の場所を示す。

「質量弾としての運用を目指す。クリオス結晶の密集した地下最深部へ落とせば、圧力で爆発も起こせよう」

 着々と進む準備に成功の文字がやっとシルエットを見せ始めていた。

「あとはスズカさえ見つかれば……」

 その一点だけが俺の胸の中に残るしこりだった。

 彼女への心配を口にする中、下の方から何やら落ち着かない声が響いて来た。

「ミチさんどうしたんだ、こんな時に」

「いや、悪い。煙草をどっかに落としちまったみたいで」

「そんなもんどうだって良いだろう!」

「違うんだ! 昨日まで煙草と一緒に置いてたライター、見当たらないんだ」

 愛用品なのか、ライターがない違和感をミチさんは訴えていた。

「まったく何を……ッ! どういうことだ」

「蝉谷さん?」

 同じく不信感を口にする声が背後から聞こえた。

「研究資料が、漁られた形跡がある……!」

 冷汗が背中に走った。虫の知らせというものなのか、さっきから胸が騒いで仕方ない。

 その予感は的中し、引き出しのファイルを取り出した蝉谷さんは取り乱していた。

「ない……地図がない! 複製した地図の一枚が、盗まれている」

 数え間違いや勘違いではないと彼は訴える。ゲンさんに確認を取るも、「誰もこの船には近寄っていなかった」と答えた。

 この場の者、漂着町の住人にもわざわざ侵入して地図だけを盗んでいくメリットなどない。
 状況と動機から、容疑者は一人しかいない。その真意も行動から全て推察できた。

「スズカ、もしかしたら……」

「これはっ! 花森君、これを!」

 ファイルの間に挟まれていたメモ用紙を取って、蝉谷さんは俺に見せる。

『――――私がここで爆発させます。皆は逃げてください』

 女の子らしい丸い文字。筆跡は間違いなく、家で見たスズカのものと同じだった。

 肺が潰されるほどの焦燥感が湧き上がる。

「爆発も知っているとは、作戦書も見られていたか! だがこの短期間でどうやって……」

「違うんだ、オッサン」

「ユキ?」

 血の気の失せた顔でユキは語った。本人も今知ったことのようで、パズルのピースを当てはめるように話し始める。

「スズカ、ボクにも言ってなかったけどさ。前から知ってたんだと思う……」

「どういうことだね!?」

「スズカ、漂着町のオッサン達も気にかけてたから。多分、蝉谷のオッサンのことも。それで、きっとここに隠れて」

 少女の脳内でスズカと過ごした日々の記憶が錯綜しているのだろう。指を折り、視線をあちこちに泳がせて、怪しかった行動を振り返る。
 そして表情はみるみると後悔で染まっていく。

「だからだよ。スズカが外に出るルートを知ってたのも、氷を使って猟や生活に使ってたのも。ずっといたのに、ボクが気付いてれば……」

「君達のせいではない。落ち度は管理を怠った私にある。悔いることはない」

「そうだよ嬢ちゃん。責任なんか感じなくたって良い」

 唇を紫にしたユキの背を、蝉谷さんとミカさんは優しく摩ってた。

 最中に俺も一つ思い出した。スズカが台所で飯を作ってた時のことを。
 ガスも繋がってない、焚火も使ってないイグルーの中でスズカはコンロでフライパンを温めてた。

 IHか何かだと思ってたけど思い返せば確かに、あれはクリオス結晶だった。
 スズカはずっと知ってたんだ。結晶の使い方、爆発すること、爆破の仕方も。

 そして俺は戻ってきて、地上がピンチだってことを教えちまった。

「……まずい。スズカ、特攻する気かも」

 底知れない恐怖が腹から這い上がって来た。頭の中でスズカの絵が割れる光景を想像してしまう。

 刹那、俺の視界に数台のトランシーバーが目に入った。
 デスクにまとめて置かれた機器は赤と緑のランプが点灯している。

「……ッ!」

 考えるより先にその一台を手に取って、俺は甲板から雪の上に飛び降りた。

「なっ、花森君!」

「ソーヤ!?」

 トランシーバーをリュックへ詰め、加藤さんが整備している方へと向かった。バギー付近に余った鉄板が転がっているのが船から見えたから。

「すいません、このソリ一つ貰います! 急に申し訳ないっす!」

 まだロープしか取り付けてないような鉄きれだ。整備に必要ないものだと確認を取れれば問題ない。
 スノーボードの使い方で乗り、鉄の板で凍った下り坂を滑る。

 坂の終わりで待つは巨大な穴。螺旋を描きながら更に下へ続く口が開かれている。
 風の門と呼ばれる入口へ向かって、俺は更に板を蹴って加速させた。