亜紀が至極当然の疑問をぶつけてきた。
「ママ?ララって誰?」

焼けた肉を口に運びつつも、軽快に答える美幸。
「ララはねえ、ママが小さい時に飼っていたワンちゃんのことじゃんね」

「へえー、ワンちゃん飼ってたんだ・・・いいなあ・・・」
物欲しそうに美幸を見る亜紀。

「過去の話だ、でも・・・もう家ではペットは飼わないからな・・・」
叔父が下向き加減で吐き捨てる様に溢していた。

「そうね、私もペットを飼うのは懲り懲りだわ」
この二人も俺と一緒か、そうだよな・・・
やっぱり同じ気持ちだったということだな。
そりゃあそうなるに決まってるよな・・・ララとあんな別れ方をしたんだからさ。
あんな気持ちにはもうなりたくはないよ・・・
にしても困ったな・・・ララさんや・・・やってくれるねえ・・・

「それで?・・・どんな夢だったんだ?」
ここは聞かざるを得んだろう。
少々怖い気もするが・・・

「それがさあ・・・ララって分かるんだけど・・・犬じゃないじゃんね・・・なんて言うかさあ・・・霊魂?人魂?みたいな感じでさ・・・美幸、会いに来ちゃったって・・・」

「本当か?俺もそんな感じだったぞ・・・おやっさん元気にしてた?ってよお・・・」
完全にやっちまってくれてますね・・・ララさんや・・・お前ぐらいだぞ、親父の事をおやっさんて呼ぶのは・・・

「ブッ!・・・ララは親父のことをおやっさんって呼んだの?笑える!」
美幸が噴き出していた。
俺には笑えなかったけどね。

こうなると打ち明けるしかなさそうだ。
そこまでしてララはこの二人に会いたいってことだろうしね。
もう充分にその気持ちは伝わったよ。
それに勘の鋭い美幸は、いい加減なにかを察してそうだしな・・・
俺も腹を決めるか・・・
それにしてもどうしてこうなった?



俺は打ち明けることにした。
この決断によって俺だけでなく、家族も大きく人生が変わるかもしれない。
どうなってしまうのかははっきり言って分からない。
全く予想も出来ない。
でも、俺はララの気持ちを優先することにした、それに美幸も親父もララに会いたいだろうし、もうララは犬ではないけどさ。
そんな事には拘らないだろうと思う。

焼き肉は佳境を向かえていた。
もう締めの味噌汁に差し掛かっている。
味噌汁を口にしながら美幸が言い出した。

「そういえばさ、味噌汁ご飯ってララの大好物だったよね?」

「そうだったな、ガツガツ食ってたな!あいつ、ハハハ!懐かしいな!」
親父が大声で笑っていた。
今でも旨そうに食ってるっての。

「なあ・・・そのララなんだけどな・・・」

「ん?ララがどうしたの?」

「もしだぞ・・・もし会えるとしたらどうする?・・・」
親父が眉を顰めてこちらを見て言い放った。

「丈二・・・お前大丈夫か?・・・何言ってやがるんだ・・・」

「兄貴・・・そりゃあ会えるなら会いたいでしょう、それ以外の答えなんてないじゃんねえ」

「だよな・・・あのララだもんな・・・」

「なんだよ丈二、唐突に・・・ちょっと怖いぞお前・・・」
何かを感じてとっているのだろう、珍しく親父も身構えている。

「実はさ・・・二人に話があるんだ・・・」

「ほう・・・」

「何よ・・・」
意味深に俺を見つめる美幸、やっぱりこいつ何かを勘づいてやがるな・・・

「これから突拍子もない事を言うけど、ちゃんと証明するから口を挟まずに聞いてくれないか?」

「ああ・・・」

「いいわよ・・・」
さて、洗いざらい話しましょうかね。
どうなるかなんて、もうどうでもいいや。
なるようになるだろう・・・

「俺の美容院は異世界に繋がっている・・・」
ああ・・・遂に言ってしまった・・・
一瞬眼を大きく広げると、一転して座った視線を投げかけてくる二人。
そうなるよな・・・やっぱり・・・
疑って当然だよな。
こんな荒唐無稽な話は漫画や小説の世界だしな。

「最初のきっかけは神棚を着付け室に設置した時だった・・・」

こうして俺はこれまでの出来事を全て詳らかに話すことになった。
こう言ってはなんだが、ちょっと肩の荷が降りた様な気がする。
どうやらそれなりにストレスになっていたみたいだ。
家族に秘密を打ち明ける、逆を言えば家族も知らない秘密を抱えていたのだしね。



一通り話すのにそれなりに時間が掛かってしまった。
最初は疑心暗儀の二人であったが、話のクオリティーが高い為、途中からは身を投げだす様にして聞いていた。
だって話の細部までが真実なのだから。
嘘ではこうはならない、どこかにボロが出るだろうしね。

亜紀も空気を読んでか、黙って話を聴いていた。
そしてララの件に話が及ぶと、美幸は無言で涙を流していた。
こうして、俺の美容院が異世界に繋がってから、ララが二人に会いたいと言い出した処までの話は終わった。

はあ・・・全部履き出してしまったよ・・・
スッキリしたな・・・ふう・・・

「事実は小説よりも奇なりとはこの事だな・・・」
そう親父が呟いていた。

「ああ・・・本当にララに会えるんだね・・・」
美幸は涙を拭おうともしない。
その様子を亜紀が心配そうに見ていた。

「じゃあ、お店に行こうか?」
証明するが早いからね。
親父が手を出して制する。

「ちょっと待て!丈二!心の整理がまだだ!」
心の整理って・・・ビビり過ぎだろうよ。

「いや!私は直ぐに行くよ!早くララに会いたいわ!」
こちらはやる気満々だな。

「あっ!いや!美幸・・・ちょっと待ってくれ!」
親父を一人置き去りに美幸は席を立っていた。

「親父!さあ行くぞ!」
尻込みする親父を無理やり立たせて、美容院を目指した。
そう身構えるなっての、おやっさん!

バックルームに繋がる扉に鍵を挿して、捻ると俺は裏口の扉を開けた。
異世界にようこそってね。
妙な緊張感を伴って、美幸と親父は裏口の扉を潜っていた。
亜紀はいまいちよく分かっていない様子。

実はこれまでに家族が美容院の中に入った事は何度かあった。
その時は美容院の定休日であり、なぜかその時は異世界に繋がらなかったのだ。
おそらく女神様の気遣いだろうと思う。
始めて美容院に家族を入れた時にはひやひやしたよ。
異世界に繋がったらどう言い訳をしたらいいのか、真剣に考えたよ。
家族がお店に足を踏み入れたのは簡単な話、髪を切る為だ。
そりゃあ身内の髪ぐらい切ってあげないとね。
勿論料金なんていただきませんよ。
大体の美容院はこんなものだろう。
身内は無料ってね。

そしてそこには見慣れた異世界の美容院『アンジェリ』があった。
庭先にはライゼルが手入れしている花が可憐に咲いていた。
俺は先ず入口の扉を開いて、庭先を見せた。
これが一番分かり易いだろうと思ったからだ。

「おおっ!・・・・」

「ここが異世界・・・」

「ここどこ?・・・」
驚く家族を眺めつつも、ここはプチマウントを取らせて貰う事にしたよ。

「な?本当だろ?」

「ああ・・・こんな事があるなんてな・・・」
親父が口をポカンと空けていた。
一転美幸は興味深々な様子で異世界の星空を眺めていた。

「綺麗な夜空ね、日本ではこうはいかないわ」
確かにな、この世界の夜空は星がいっぱいだからね。
つられて星空を眺める亜紀。

「ほんとうだー、お星さんたくさんだー!」

「さあ、店に入ろうか」

「そうね、早く会いたいわ」

「だな・・・」
お店に入ると念じてララにメッセージを送った。

(ララ、おいで!)

(うん!)
元気な返事をすると俺の肩に転移してきたララ。
一瞬の出来事に息を飲む親父。
美幸は腹が座っている、ララを見ると万遍の笑顔で両手を広げていた。

「ララ!おいで!」

(うん!美幸!久しぶり!)
ララは一度美幸の正面でホバリングしてから美幸の肩に掴まった。
そして美幸に頬ずりしていた。

「ララ!本当にララじゃんね!」
笑いながらも涙する美幸だった。
ララも嬉し気だ。

「ああ・・・本当にララだ・・・ララ・・・」
美幸は言葉になっていない。

(僕も嬉しいよ!)
その様子を羨ましそうに見つめる亜紀。

「ママ!私にも鳥さんをだっこさせてよ!」
それに反応するララ。

(ん?君は何ちゃんかな?)

「私は亜紀だよ!」
元気に腕を拡げる亜紀。

(亜紀ちゃん!始めまして僕はララだよ!)

「亜紀は私の娘よ、ララ」

(そうなんだね!よろしくね)
そう言うと今度は亜紀の正面に降り立つララ。
一切怖がること無くララに近寄る亜紀。
目の前に立つとララを抱きしめていた。

「おっきい鳥さん捕まえた!」

(アハハ!捕まっちゃった!)
ララも嬉しそうだ。
ここまで来ると観念したのか親父が声を挙げた。

「ララ!久しぶりだな!」

(おやっさん!会いたかったよ!)

「おやっさんって・・・」
下を向いて呟く親父。

「ハハハ!おやっさんって、笑える!」

「だな!」
美幸と俺は爆笑していた。
それを不思議そうに眺めるララ、首を傾けている。

「いや・・・まあ・・・いいか?」
無理やり飲み込んでいる親父。

(おやっさん、元気だった?)

「ああ、元気だけが俺の取柄よ!」

(ハハハ!相変わらずだね)
今度は親父の肩に乗っかるララ。

「おおっ!それなりに重いな!ララ!」

(エヘヘ、これでも鳳だからね)
親父に頬ずりするララ、幸せそうにしている。
親父も嬉しそうだ。

「ここに来れば、今後はララに会えるんだね?」

(そうだよ、たくさん会いにきてね?)

「勿論よ!」

「ねえママ、私もいい?」
亜紀は美幸の服を掴んでおねだりしていた。

「いいわよ、ねえ兄貴?」
当然だよなと俺に視線を向ける美幸。

「そうだな、好きにしてくれ」
今後は間違いなくしょっちゅう来るんだろうな、まあいいけど。
亜紀は既にララをペット扱いする気満々みたいだし。
俺達にとっての幸せな時間を過ごしていた。
ここまでの幸福な時間を、俺達家族は感じた事は無かったかもしれない、そう思える程の充実した時間だった。



何かを決意した美幸が不意に言い放った。

「ていうか、決めた!兄貴」
閃いたと美幸の目が光る。

「ん?何をだ?」

「私この店で働くよ!」

「はあ?何言ってやがる?」
唐突に何なんだよ、好き勝手言うんじゃないよ。

「前に言ったじゃない、私ネイルの資格を取ったって」
確かにそんな事を言っていたな、それに美幸の爪はバッチリときめ込んでいる。
デコレーションがガチャガチャついている・・・

「この店でネイルをするのか?」
美容院のサービスとしては悪くはないが・・・どうなんだろうか?

「それにまつ毛パーマもね、いいでしょ?兄貴?」
まつパもか・・・どうしたものか・・・
あったに越したことはないが・・・

「いいでしょって・・・お前なあ・・・」
急すぎるだろうが・・・

「せっかくだから良いじゃない、それにこの世界にはネイルやまつ毛パーマなんてないんでしょ?絶対に流行るって!」
だろうけども・・・

「そりゃあそうだが・・・何処で施術するつもりなんだ?着付け室は無理だぞ」

「なんでさ?」

「神棚だよ!見られる訳にはいなかいだろう?」
ここは流石にさあ・・・何かと問題になりかねないだろうしね。
だってこの世界には、何かしらの宗教?信仰?があるみたいだし・・・

「ああ・・・」
そうだったと項垂れる美幸。

(それなら僕に任せてよ!)
ララが割って入って来た。

「ん?」

(この世界の人達に見えなければいいんでしょ?)

「まあ、そうだけど・・・」

(そんなの僕の魔法でちょちょいのちょいだよ)
マジか!?・・・流石は伝説の聖獣だな。
魔法って・・・何でもありかよ?・・・都合がいいことで・・・
それにしても急展開が過ぎるぞ・・・
ちょっと引きそうなのだが・・・

「これで決まりだね!さあ明日から忙しくなるよ!」
漲る表情で美幸は言い放っていた。

「ちょっと待て!明日からだって?準備期間は無いのかよ?施術用のチェアーすらないんだぞ?」
性急すぎるだろうが・・・ちょっとは考えなさいよ・・・

「そうだった・・・」

「美幸、興奮し過ぎだぞ・・・せめて施術用の椅子ぐらいは無いと話にならんだろう?」

「だね・・・」

「俺が手配するからそう焦るなよ・・・」
明日にでも森君に電話しよう、彼ならどうにかしてくれるだろうしね。
それはいいとしてどうなっているんだ?
急展開過ぎないか?
もう投げ出したい俺がいるのだが?

不意に親父が気になったのか庭先を眺めていた。
おいおい!あんたもマイペースだな!

「なあ丈二、この庭先はまさかお前が造ったんではないよな?」

「ああ・・・」
俺が手を出したのは最初だけで、後は全てライゼルの仕事ですよ。

「いい手入れをしている、それにあそこにある盆栽はお前が持っていった物だよな?」
持っていっただと?ぼったくったのはどこのどいつだ!
返金を要求しましょうか?

「そうだが・・・」

「ふむ・・・」
意味ありげに庭先を親父は眺めていた。

「どうしたってんだよ?・・・」

「この庭を手入れしている人物を紹介してくれ」

「はい?なんでだよ?」

「ちょっと気になってな・・・もっと良く出来る筈だ・・・」
親父もかよ・・・美幸に次いで親父まで異世界に興味を示したってか?
勘弁してくれよ・・・

「はあ・・・」

「よし!俺の盆栽をいつくか運んでこよう!いいな?丈二!」

「好きにしてくれ・・・」
ライゼルが小躍りしそうだな・・・
なんかいろいろ渋滞している気がするな・・・
もうお腹いっぱいです・・・いろんな意味で・・・
それにしてもどうしてこうなった?