興奮冷めやらぬ三人を宥めるのにそれなりに時間が掛かってしまった。

「ジョニー店長は面白いです!」

「ジョニー店長って何者?」

「ジョニー店長もっと甘味を・・・」
シルビアちゃんだけ可笑しな反応をしている。
なんともなあ・・・
でもこの三人が今後俺のお店に貢献してくれることは、分かりきっていることなのだからこれぐらいの事はしないとね。
というより、もっともてなさないといけないと思うのだが?
やり過ぎだろうか?

「ハハハ、喜んで頂けたみたいで何よりです。またお店に来て下さい。おもてなしさせて頂きますよ」

「おおー、嬉しい申し入れです!」

「これはジョニー店長のお店に通い詰めなければいけないですわね」

「もっと甘味を・・・」
シルビアちゃん・・・戻っておいで。
早く甘味ワールドから脱出して下さいな。

「さて、ではそろそろ帰らせて貰いますね」

「えっ!もう帰られるので?」

「はい、お店に帰って少しやる事がありますので」

「左様で御座いますか、そうだ!ご予約をさせて下さい」
よっしゃー!
遂に施術での売り上げが立ちそうだ。
美容師の本領発揮だ!

「ありがとうございます!」

「明日は妻を、明後日は私を、明明後日にはシルビアをお願いします」

「畏まりました、ご予約ありがとうございます」
幸先良好だな。
未だ甘味ワールドにいるシルビアちゃんを外っておいて、俺はマリオさんの道具屋を後にした。

コートラックを持って歩くこと15分、少々疲れた。
しょうがないよね。
コートラックはそれなりに重い。
車なんて無い世界だろうし。
運搬を極めるだけで天下を取れる世界なんだろうな。
そんなどうでもいい事を考えていた。



お店に帰って来たが、まだライゼルは訪れていなかった。
武器も持たずにあいつは大丈夫なんだろうか?
まあいいか。
俺には関係の無い事だ。
でも遺品にされては困るけどな。
あんな輩はそうそう簡単には死なないだろう。
たぶん・・・

さて、俺はある器具を準備することにした。
先ずは店先を今一度眺めて見る。
この店先は本来であれば、60坪近くの駐車場で、都合5台の自動車が駐車可能なスペースであった。
しかし俺の眼の前にある店先は、ただの雑種地だ。
所々雑草が生えていたり、砂利が埋まっていたりする。
これはもったいない。
この世界には自動車なんて存在しないのだから、駐車場なんて要らないだろう。
ここは簡単な庭園にパラソルテーブルとチェアーを並べてみようと思う。
とは言っても今の直ぐには手を付けることはしない。
雪崩式ではあるが、美容院がオープンした今と成っては、顧客確保に努めたい。
店先の充足は余裕が出来てからとしよう。

店先の充実は今は置いといて、ある器具を設置する。
ある器具とはお魚グリルである。
新居を構えた興奮で、思わずネットでポチっとしてしまった一品である。
実は結構興奮してポチってしまった器具があるのだが、又の機会に説明・・・否、自慢させていだくとしよう。

このお魚グリルだが、それなりに万能だ。
サバであれば半身を3つは同時に焼ける。
鮭の切り身であれば4つはいける。
お魚以外にも、焼き鳥やネギマなんかも焼ける。
多分20本ぐらいは同時に焼けると思う。
ベランダや屋外で、匂いを気にすることなく好きに焼けるだろうと思い、買ってしまったのだ。
まだ一度も使ったことはない。
折角なのでこの機会に使ってみようと考えたのだ。
お魚グリルのデビューである。

鯖の切り身と、鮭の切り身をいくつか準備した。
先ずは鯖からだ。
説明書によると最初に5分程空回しして、余熱でグリル内を温めた方がいいようである。
実はお店の外側にはいくつかコンセントがある。
勿論雨ざらしにならない様に、雨よけが設置されている。

そのコンセントに電源を差し込み準備は完了。
お魚グリルは適当な仮設置のテーブルの上に置いている。
説明書に従い5分程空回しする。
グリルの蓋を開けて、鯖の半身を3尾並べる。
この時点でそれなりの熱を感じる。
蓋を締めてグリルを稼働させる。
2分程すると、良い匂いと共に白い煙が上がる。
鯖が焼ける匂いが食欲をそそる。
その匂いに釣られて数名の通行客が足を止めてこちらを見ていた。
しめしめだ。

俺は一度バックルームに行くことにした。
冷蔵庫から大根と醤油、そして戸棚からおろし金と皿と箸とフォークを取り出して、再び店外に出る。
遠巻きに数名がこちらを眺めていた。
5分程立つと、出来上がりを告げる音が鳴り響いた。

「チーン!」
よし、これにて完成。
俺は焼き上がった鯖を取り出す。
すると数名がこちらに近寄ってきた。

「何だこの良い匂いは?」

「何を焼いているんだ?」

「これは魔道具か?」
遠慮も無く、敷地に踏み込んでくる烏合の衆。
まだ店先の木枠も出来ていないのだ。
見る人によっては只の地続きの道路とも見えるのかもしれない。
烏合の衆を俺は一目眺めてから大根をおろす。
これまた大根の酸味がかった匂いが辺りに広がる。

「なあ、あんた。これは何なんだ?」

「・・・旨そう」

「これは・・・魚か?」

「この酸味がかった匂いはなんなんだ?」
そんな野次馬を尻目に俺はグリルから鯖を取り出して、皿に乗せる。
良い焼き加減だ。
ここまでの出来具合とは・・・お魚グリル・・・お前最高かよ!
はぁ・・・鯖が焼けた香ばしい匂いが食欲を擽る。
油の乗った背の部分を取り出して、大根おろしを乗せる。
そして醤油を一垂らし。
これ絶対旨いやつだ。
徐に口に含む。
おお!・・・最高だな。
鯖の油がダイレクトに口内に広がる。
ここで声が掛けられる。
余韻を味わいたかったな・・・

「なあ、あんた・・・一口貰えないだろうか?」

「すまない・・・これは堪えれそうもない・・・」

「もう口の中に唾液が充満している」
羨望の眼差しで見つめられていた。
フフフ・・・掛ったな。
しめしめだ。

「あんた達・・・そんなに食べたいのか?」

「ああ・・・」

「勿論!」

「はいぃ・・・」
俺は一度箸を置いた。
そして腕を組む。

「そうか・・・であれば、ある条件でこれを食べさせてやろう・・・」
唾を飲み込む一同。
俺の次の言葉を待っている。

「それはいったい・・・」

「どんな条件なんだ?・・・」

「何であっても俺は条件を飲むぞ・・・」
勝った!

「それはな・・・此処に髪結い屋が出来たと3人以上に広めてくれ!それを条件とする!」
本当は美容院と言いたい!
静寂が響き渡った後に、

「マジか!」

「そんなんで良いのか?」

「絶対やるって!」

「早く食わせてくれ!」
好きに騒いでいた。
ん?盛り上がり過ぎではなかろうか?
まあいいか。

「じゃあ並んでくれ!」
ここからの俺は試食の販売店員と成り代わっていた。
鯖の切り身に大根おろしを乗せて、醤油を垂らす。
そしてフォークと皿に乗った鯖を手渡していく。

「必ず3人以上にここに髪結い屋が出来たと言うんだぞ!いいな!」
こう言いながら手渡していく。
鯖が速攻で売り切れてしまった。
なんちゅうスピードだ。



今度は鮭の出番だ。
俺はグリルに鮭の切り身を4尾置き、焼き始める。
鮭の切り身は7分で焼き上がるみたいだ。
待ち時間も無駄にはしない。
適当に集まってきた者達に、ここに髪結い屋が出来たんだと宣伝をした。
その反応を見る限り、好意的な反応を示していた様に思えた。
よしよし、良い宣伝になっているだろう。

鮭が焼けていた。
お魚グリルの蓋を開けて確認をする。
おお!これはいいぞ!
良い感じで焼き目が出来ている。
それに油の乗りも最高だ!
鮭の表面でふつふつと油が煮えたぎっている。
これは俺も一切れ頂こう。
期待の眼差しで、数名が待っていた。
涎を垂らしそうな表情をしている者もいた。
ハハハ、この匂いを嗅いでしまったらそうなるよな。
自分用の切り身を取り分けておいて、提供用の鮭の切り身を解して渡していく。
ああ・・・あり得ないぐらい匂いが旨い!

「必ず3人以上にここに髪結い屋が出来たと言うんだぞ!約束は守れよ!いいな!」

「ああ、任せとけ!」

「おうよ!」

「それぐらいやってやるさ!それよりも早く食わせてくれ!」
しょうがない奴らだな。
気持ちは分かるぞ。
この匂いに反応しないなんてあり得ない。
鰻屋の匂いで客寄せをすることさながらに、鯖と鮭の匂いでの客寄せは大成功みたいだ。

「旨っま!」

「油の乗りがパねえ!」

「ああ、もっと食べたい・・・」

その後同じ内容を2セット行って、終了した。
美容院が食べ物で客寄せをするなんて思わなかったな。
でもここは異世界。
出来ることは何でもやって行こう。
待ちの商売なんて俺はしない。
攻めの商売をするんだ!



凛とした空気が張り詰める、とある部屋の一角で、和装の美女が身体を震わせていた。
棚に置かれた鏡を目を見開いて見つめている。

「これは・・・なんなのかえ?」
その表情は今にも張顔しそうな趣きであった。

「見るからに珍妙な・・・甘味かえ?」
鏡に向かって、手を出しては引っ込めてを繰り返している。

「あの者は・・・こんなにも信心深かったかえ?」
今度は顎に手を当てている。

「よいのかえ?よいのかえ?」
その表情に逡巡が伺える。

「余の権能によって手を貸しておるからよいのかえ?・・・よいのかえ・・・よいのう・・・否・・・よいのう!」
腹を決めたのか、眼つきが鋭くなった。
そして鏡に向かって手を伸ばす。
その手にはお供えされたシュークリームが握られていた。
和装の美女が一度周りを見回してから、シュークリームを袋から取り出した。
袋を後ろにポイっと投げ捨てる。
もうシュークリームしか目に入っていない様子。

「おお・・・これは・・・何とも珍妙な・・・ああ・・・不思議な手触りと匂いやえ・・・」
シュークリームを目の前に掲げている。
そして一気に齧りついた。
口の横から中のクリームがはみ出していた。
和装の美女が固まる。
その後目尻が緩み、頬を押えていた。

「余は・・・余は・・・出してはならぬ物に手を出してしもうたのかえ?・・・甘い!・・・美味し過ぎるやえ!・・・」
と言うや否や。
一気に貪りつき出した。
一瞬にしてシュークリームが無くなる。

「ああ・・・なくなってしもうたやえ・・・なくなってしもうたえ・・・」
悲し気な表情を浮かべていた。

「もう一度食べたいやえ・・・はあ・・・」
和装の美女は項垂れていた。



翌日。
ん?どうなっているんだ?
昨日俺は神棚にシュークリームを一つお供えした筈なのだが・・・
お供えしたシークリームが無くなっていたのだ。
あれ?お供えしなかったか?
した筈だぞ・・・ん?
なんだろう・・・よく分からん。
俺の勘違いか?
まあいいや・・・



今日はイングリスさんが来店予定だ。
彼女はストレートパーマだから時間が掛かるだろう。
初めてのパーマとなるともっと時間が掛かる。
そうなるとおやつは必要でしょう。
今日のおやつはエクレアだ。
たぶん喜んでもらえるだろう。
もしかしたらシルビアちゃんが同行してくるかもしれないし、昨日の宣伝で新規客が他にも来るかもしれないから、念の為エクレアは10個購入済だ。
先ずはお供えさせて貰おう。
俺は何も考える事無く神棚にエクレアをお供えした。

シュン!
そんな音がした様な気がした。
えっ!
嘘だろ・・・
マジで・・・
エクレアが・・・消えたぞ!
何が起こったのか分からず狼狽える俺。
意味も無く右往左往していた。
どうなってんだ?
もしかして・・・
この神棚が原因なのか?
お店が異世界に繋がってしまったのって・・・
その所為なのか?
おいおいおい・・・・神様よ・・・
やってくれたな!
って言ってもどうせ声は届いてないんだろうけど・・・
はあ・・・

にしても・・・お供え物に手を付けるだなんて・・・
食いしん坊の神様か?
否、食い意地が張っているんだろうな。
やだやだ。
俺の大事なお店を異世界に繋げて、チートにしただけに留まらず、お供え物に手を付けるだなんて。
なにやってんだよ!
まったく・・・
本当に神様なのか?
甚だ疑問だな。

(聞こえておるぞえ!!!)
うわっ!
頭の中に声が聞こえる!
煩せえー!
誰だ?
ていうか何だ?
頭が割れそうに痛いんだが・・・
ちょっとフラフラするぞ。

(神野丈二よ!聞こえるかえ?!)
煩さ!
頭がガンガンする。
ボリュームを考えてくれよ。
頭が割れそうだぞ。

(そうか・・・すまぬな・・・これで良いかえ?)
あれ?
ボリュームが小さくなったな。
てか・・・誰?

(余は・・・答えられぬ・・・)
はあ・・・
神様ですよね?
それ以外あり得ないのでは?
バレバレなんですけど。

(うう・・・)
ううじゃないです。
それで・・・何の御用でしょうか?
もしかして俺の心の声を聞いたとでも?

(そうやえ?)
あの・・・それって、俺のプライベートに踏み込んでますよね・・・これはれっきとしたコンプライアンス違反ですよ、分かってますか?

(なっ!・・・コンプライアンスとな?・・・余には分からぬが・・・)
嘘を仰い!じゃあなんで恐る恐るなんですか?訴えますよ!

(うう・・・すまぬ・・・)
困った神様だな。
でもどこに訴えればいいのだろうか?
勢いで言ってしまったのだが・・・

確認の為に敢えて心の中で「食いしん坊!」と叫んでみた。
・・・
無反応。
よし、いいでしょう。
ここからは念じて話してみた。

(それで・・・何か御用ですか?)

(それは・・・お主が余の事を悪う言うから思わず反応してしまったのやえ!)

(はあ?俺の所為だとでも?)

(それは・・・そうやえ・・・)
ふざけんな!
声の響きから女神なんだろう。
この駄目女神め!

(余は駄目女神ではあらぬわ!)
掛りやがったな。

(また人の心を読む!やりやがったな!)

(しまった!・・・わらわを嵌めおって!)
この駄目女神・・・どうしてやろうか?

(次やったら本気で怒りますよ・・・それはいいとして、お供え物を食べましたよね?)

(ん?なんのことやえ?)

(しらばっくれるつもりですか?)

(・・・)

(今度はだんまりですか・・・いいんですか?もうお供えしませんよ?)

(それは・・・食べました・・・)

(ほらー、ちゃんと正直に言って下さいよ!別にくれと言うなら出来る限りの事はしますよ、俺は)
俺は寛大だからね。

(本当かえ?)

(本当ですよ・・・それで・・・エクレアであればあと3つぐらいはお供えしますが?)

(いやっほい!ナハハハ!早よう寄越せ!)

(は?・・・今なんと?)

(よいから早よう寄越せ!)

(・・・)

(あっ・・・しまった・・・下さい・・・ごめんなさい・・・)

(謝ればいいと?ちょっと酷くないですか?)

(ごめんなさい・・・)
なんだよこの女神、ムカつくんだけど。
しょうがないから、エクレアを3個神棚にお供えした。
二礼二拍手一礼をするのを待たずにエクレアが消えた。
あ~あ、もう・・・いい加減にしろよな。

(では、また。さようなら)

(旨っま!甘っま!これは止まらんやえ!)
あー、煩せえ!
もうどうでもいいや。