拡声器を手にしたシルビアちゃんが、パーティーの参加者に話し掛けた。

「皆さん、遂に私!美容師に成りましたぁ!やったーーー!!!」
今一度拍手喝采が巻き起こった。
会場の一体感が半端ない。

「いいぞー!」

「シルビア!最高!」

「おめでとう!」
手を振ってシルビアちゃんは答えている。
会場は笑顔で溢れていた。
皆が皆、シルビアちゃんを祝おうと祝福の表情だ。

そしてマリオさんの大号泣に釣られてライゼルも大号泣しだした。
ハハハ、こうなると思っていたよ。
シルビアちゃんは、女性陣一行から羨望の眼差しで見つめられていた。
美容師免許は絶大だな。
国王が認めたんだ、そうなって当然だろう。
俺はシルビアちゃんから拡声器を奪った。

「シルビアちゃん!おめでとう!さて、ここからは君は正真正銘の美容師だ!現場でも全ての施術に入って貰うよ」

「はい!」
気合の入った一言を言い放っている。
うん!良い返事だ!

「ここからは自分の美容師スタイルを模索していく事になる、やっとスタート段階に入ったんだよ。ここで終わりではない、それは分かっているよね?」
神妙に頷くシルビアちゃん。

「そこで質問だ」
シルビアちゃんの表情が引き締まった。
良い表情をしている。

「君はどんな美容師を目指すんだい?」

「それは・・・」
視線が揺れていた。

「俺の真似事はもう必要ない、シルビアちゃんらしい美容師を目指すんだ!」

「はい・・・」
下を向いているシルビアちゃん。

「美容師の基礎は教え込んだ、これからはシルビアスタイルを極めていってくれ!」
表情を改めるとシルビアちゃんは言い放った。

「分かりました!全力で頑張ります!」
この言葉に拍手が巻き起こった。

「さあ!ここからはパーティーを始めよう!皆!飲み物を配ってくれ!」
参加者全員が動き出した。
順次飲み物が配られていく。
俺はこの日の為に準備したシャンパンを手にした。
今日はそれなりに奮発している。
こんな時ぐらい散財してもいいだろうってね。
いくら使ったのかのかは・・・言えませんねえ・・・まあ察してくださいな。

さて、乾杯の音頭は伯爵夫人ことマリアベルさんにお願いしている。
マリアベルさんはしれっと壇上に登壇していた。
飲み物が配り終わった事を確認したマリアベルさんに、俺は拡声器を手渡した。
お願いしますと軽く頭を下げる。
軽く頷くと、意味深に俺を見つめてから正面に向き直ったマリアベルさん。

「飲み物は行き渡ったかしら?」
グラスを掲げて返事する一同。

「僭越ながら、私しマリアベルが乾杯の音頭を取らせていただくわね」
これに参加者達が答える。

「よっ!マリアベル様!」

「スピーチお願いします!」

「今日もお綺麗です!」
今度はマリアベルさんに声援が送られていた。
皆、妙にテンションが上がっているな。
それにしてもこの人も人気者だねえ。

「シルビア!美容師免許取得おめでとう!」
シルビアちゃんがマリアベルさんに対して、深くお辞儀をした。

「遂にこのメイデン領に、ジョニー店長以外の美容師が誕生したわ、この日を待ちわびていたわ」
軽く拍手が起こった。
それを手を挙げて咎めるマリアベルさん。

「始めて美容院『アンジェリ』に足を踏み入れた時には、もうシルビアはお店のスタッフとして働いていたわね、よく覚えているわよ」
本当は違う、あの時はボランティアだったからね。
細かい事はどうでもいいか。
それにしてもシルビアちゃんは照れているな、顔が真っ赤になっているぞ。

「受付のカウンターに腰掛けて、予約の受付を行っていたのを覚えているわ、そうよね?クロエ?」
クロエちゃんがウンウンと頷いている。

「おぼこい子が、しっかりと受付業務を熟している事に少々戸惑ってしまったわ、覚えている?シルビア?」
確かにそんな感じだったな、俺も覚えているよ。

「でもそこからのあなたはメキメキと修業を重ねて、美容師の技術を取得していったわね、私はちゃんと見ていたわよ」
そうなのか?と少々驚いているシルビアちゃん。

「始めてあなたのシャンプーを受けた時には驚いたわ、とても気持ちよかったわよ」
ちょっと待て、今日一の語りになってないか?
主役はあなたじゃないですよ、分かってますか?

「そこからのあなたの努力は誰もが認めているわ、頑張り屋のシルビア。その二つ名はあなたの物よ!」
この発言に賛同の者達が騒ぎ出した。

「そうだ!」

「その通りだ!」

「頑張り屋のシルビア!」
照れを通り越して変なテンションになっているシルビアちゃん。
両手を挙げて腰を振っている。
何なんだこれは?
それに感化されて数名が同じ動きをしていた。
だからそれは何なんだ?どうにも分からんぞ。
そして、マリアベルさんが締めに入る。

「シルビア!今後も期待しているわよ!では、御唱和下さい!乾杯!」
グラスを一気に上に掲げた。
それに続く一同。

「乾杯!」

「乾杯!」

「乾杯!」
そこらじゅうでグラスが打ち鳴らされる音がした。
これは幸せの音だな。
ほぼ全員がシャンパンを一気に飲み干していた。
そして声が零れる、万遍の笑みと共に。

「旨い!」

「旨っまー!」

「シュワシュワ最高!」

「何だこれ!アホ程旨いぞ!」
フフフ、キンキンに冷えたシャンパンも悪くないだろう。
でも、これはめでたい時にしか出しませんからね!
結構お高いんですよ。

食事もかなり豪勢になっている。
調理は温泉同好会とシェフにお任せしているが、材料は俺が何かと仕入れさせて貰ったよ。
和牛や伊勢海老、そして鮑や蟹等、高級食材をこれでもかと取り揃えたよ。
ええ!ガッツリ散財しましたよ!ええ!
いいじゃないですか!こんな時ぐらいさあ!

地味にこの世界にどっぷりな所為か、お金の使い処がないんだよね・・・
愛弟子を祝うんだからさ、浮かれさせてくれよな。
心配しなくとも調理方法はちゃんとシェフには伝授していますよ。
彼もこんな食材があるのかと驚いていたよ。
まあ日本の食材だからね。
知らないに決まっているよね。

そして食事が始まるとライゼルからクレームが入った。

「おい!ジョニー!お前やり過ぎだろう!今日の為に久しぶりに狩りに出たってのに・・・ボア肉が霞んでるだろうが!」

「フフフ・・・」

「フフフじゃねえ!」
にやけ顔でライゼルを見つめてやった。

「くそう!」
まあそう言わなくとも俺はボア肉も好きだぞ。
そう拗ねるなっての。
でも・・・俺の勝ちだな・・・

パーティーの参加者は食事にがっついていた。
ある者は黙々と、ある者は感嘆の息を漏らして。

「はあ・・・何なんだよこれ・・・」

「旨すぎる」

「フォークが止まらん!」

「新食感!」

「何とも・・・美味ですなあ・・・」
いやいやいや、これで喜ばれてもねえ。
まだまだ美味しいがありますよ。

俺も食事を楽しむことにした。
そして案の定シルビアちゃんは、嬉しいよりも食い気に走っていた。
こうなると思っていたよ、若いねえー。
期待に応えてくれるねえ。
バクバクと食事を口に運んでいた。
食事をシャンパンで流し込んでいる。
こら!ちゃんと噛みなさい!
気持ちは分からなくもないけれど、身体に良くないよ。

誰もが食事に舌包みを打っていた。
猛スピードで食事が無くなっていくが、シェフと温泉同好会の方々が頑張って食事の提供を行っていた。
そしてシャンパンが飛ぶ様に無くなっていく。
既に酩酊状態の者もいた。
シャンパンはそれなりにアルコール度数が高いからね。
がぶ飲みする物ではありませんよ。
加減を間違えないでくださいね。



調子に乗ったマリオさんが何を勘違いし出したのか、拡声器で語り出した。
それは俺との出会いや、俺への感謝についてだ。
相当アルコールが周っているのか、珍しく妻のイングリスさんまで隣に立って頷いている。
それをシルビアちゃんが心配そうに見つめていた。
ありゃりゃ・・・何をやってんだか・・・

正直言って聞いてられないよ。
恥ずかしいったらありゃしない。
ここまで賛辞を聞かされると返って引いてしまうぞ。
そんな俺の感想を無視して、語り尽くすマリオさん。
そしてシルビアちゃんが美容師に成れたこと、それを国王が認めたことが嬉しいのだろう。
この会場に居る全員に感謝の言葉を述べていた。
ひとしきり語り尽くしたマリオさんは最後に大号泣していた。
それを全員が温かい眼で見つめていた。
父親とはこういうものなんだろう、最初は俺も恥ずかしくてしょうがなかったが、最後の方はウルっとしてしまったよ。
マリオさん、おめでとうございます!



会場は一段落ついてきた。
でもシルビアちゃんの周りには常に誰かがおり、シルビアちゃんにおめでとうと声を掛けていた。
人気者だねぇ、人望があるのがよく分かるよ。
さあ、そろそろ時間だな。
俺はクロムウェルさんに合図を送った。
彼は頷くとしれっと会場を後にした。

数分後、クロムウェルさんが、大きなホールケーキを抱えている数名を引き連れて会場に現れた。
そのケーキはまるで高級ホテルのケーキを彷彿とさせるほどの品物だった。
十号のホールケーキが五個。
イチゴのケーキに、チョコケーキ、チーズケーキにアイスケーキ、そしてシルビアちゃんが大好きな巨大な今川焼だ。
今川焼はケーキでないが、これはご愛敬。
こんな巨大な今川焼は見たことはない。
この今川焼はこの世界で造って貰った一品だ。
その為にメイフェザーにそれ専用の魔道具を造らせたのだ。
材料は俺が準備したが、なかなか豪快な一品だよ。

その巨大な今川焼を見て、目を蘭々とさせているシルビアちゃん。
既に食う気満々だ。
今川焼を前に肩を回すシルビアちゃん。
相当に気合が入っている。
それを遠巻きに参加者全員が眺めていた。
拡声器を片手に勝手に仕切り出すリック。

「シルビア、準備はいいか?」
フォークとナイフを手に取り、臨戦態勢のシルビアちゃん。
待て待て待て!フードファイト会場になってんじゃねえよ!
どうしてこうなった?

「シルビア・・・ファイト!」
リックの掛け声に一気に今川焼に貪りつくシルビアちゃん。
だから何でこうなってんのよ?
そんな俺を無視して、シルビアちゃんの今川焼を食べ尽くせるかファイト始まった。
そこいらで声援が飛んでいる。

「シルビア!いけるよ!」

「全部食っちゃえ!」

「お前ならいける!」

「いっちゃえ!」
そんな掛け声を掛けつつも、好きにケーキを取り分けて食べている一同。
何なんだよいったい、もう好きにしてくれ!

そして巨大な今川焼を食べ尽くすシルビアちゃん。
おいおいおい!マジか!あり得んだろう!
お腹を擦りながら満足そうな笑顔のシルビアちゃん、悦に浸っている。

なんにしても、これでシルビアちゃんの美容師人生の始まりだな。
ここはおめでとうと言っておこう。
でもここからだな、やっとスタート位置に立てたということだ。
そう美容師はここからが肝心なのだ。
でも今は最大限に祝ってあげよう。
おめでとう!シルビアちゃん!



宴会を終え、何となく飲み足りないと感じた俺は一人、美容院『アンジェリ』のカウンターに腰掛けて、ワインを開けることにした。
随分と飲まされたが、明日は定休日の為、泥酔してもいいだろう。
それにしても・・・シルビアちゃんが美容師成ったな・・・
本当に良かった・・・
始めて会った時は赤ずきんちゃんだったよな・・・
発火木って・・・笑えるよ・・・
オープン後のシャンプー屋の頃は、シルビアちゃんに支えられたな・・・
あの子抜きでは、こう上手くはいなかっただろうな・・・
商人ギルド後の酒場で、弟子になりたいと言われた時には度肝を抜かれたよ・・・
ここからシルビアちゃんの努力の毎日が始まったんだよな・・・
本当に良く出来た愛弟子だよ・・・
俺には勿体ないぐらいだ・・・

まるで走馬灯のように、シルビアちゃんとの出会いからを思い出していた。
心地よい酔いと、嬉しさで身体がフワフワしている。
俺は幸せ者だな・・・出会いに恵まれている・・・
ああ・・・眠い・・・
俺は意識を失った。