温泉宿の宴会場にて、パーティーの準備が着々と進んでいた。
ライゼル始め、リックやメイランも手伝っている。
やる事だらけで戦争状態だ。
料理担当の温泉同好会のメンバーが、必死になって厨房でたくさんの食事を作っていた。
しれっと様子を見に来たが、どうにも手が足りていないみたいだった。
それを察知してか、クロムウェルさんとシュバルツさんまで手伝っていた。
国王の第一執事まで手伝っているなんて・・・
でも流石のお手並みだ。
二人が加わるとグッと速度が上がっていたよ。
リックに指示されて、ロイヤルガードまでも手伝わされている始末だ。
どうにもバタバタ感は否めない。

今日のパーティーの主役は実はシルビアちゃんだ。
なんのパーティーなのかは、おいおい語らせて貰おう。
そしてこのパーティーの事をシルビアちゃんは知らない。
要はサプライズパーティーということだ。
サプライズにすると言い出したのはライゼルだった。

俺もお店の一周年の時にはサプライズを仕掛けられたしな。
あれには本当に驚いたよ。
でも同時に嬉しくもあった事を覚えている。
でもサプライズは前バレするとあり得ないぐらいつまらなくなるから、ここは要注意だ。
実は知ってましたが一番つまらないよね。
そう思いません?
一気にテンションが下がるよね。
あー、やだやだ。



パーティーの参加者は何だかんだで百名近くになってしまった。
それなりの大所帯だ。
シルビアちゃんの人気の高さというか、人望の高さがよく分かったよ。
彼女はたくさんの人に愛されているね、良い事だ。
俺も嬉しく思うよ。
師匠冥利に尽きるね。

参加メンバーを紹介すると、美容院は当たり前として、温泉旅館もほぼ全員。
残念ながら裏方になってしまった者達は悔しがっていたが、隙を見て顔を出すと言っていたよ。
全員が我が事の様に喜んでいた。
そしてマリオ商会からは、何人来るんだよと言いたくなる程の人数が集まっていた。
マリオさんは相当気合が入っていた。
父親とはそんなものなのかもしれないね。
ここは微笑ましく見守る事にしたよ。

職人メンバーも勢揃いだ。
メイフェザーは始めてのパーティーだと嬉しそうにしていたよ。
エルザの村では祭りはあるが、パーティーは無いらしい。
似た様な物だと思うのだが・・・

伯爵家は全員参加だ。
最近知ったのだが、長女のマリアンジュちゃんはシルビアちゃんの友達になっていた。
同世代だし、そうなっても不思議ではないが、シルビアちゃん曰く、マブダチらしい。
ため口で話す仲のようだ。
良いじゃないか、シルビアちゃんも俺に影響を受けたのか、立場のある人にも物怖じしない様になったみたいだ。
他にもシルビアちゃんの友人なんかも集っていた。
それなりの人数だ。

そして本当は国王も来ると騒いでいたらしい。
というか、温泉に浸かりたいらしい、知らんがなという話である。
残念ながら今の国王は、魔導士達の対応に追われていて、王城を離れられないのだとか。
魔道具の仕組みを公開してからというもの、魔導士達からの謁見依頼が後を絶たないらしい。
こればっかりはしょうがないよね。
流石の王妃も帰って間もない為、諦めたとのこと。
そう何度も王家は来なくていいっての。
仕事しろ!仕事!
でもまた来るんだろうね・・・まあ好きにしてくれよ。

それにしてもシークレットは継続できているみたいだ。
シルビアちゃんの表情を見る限り、気づいている節は無さそうだ。
今の処成功のようだな。
しめしめだ・・・



営業時間を終えて、掃除を済ませると、俺はシルビアちゃんに話し掛けた。

「シルビアちゃん、今日は宴会をするよ」

「えっ!宴会ですか?」
突然の事に、何の事かと驚いている。

「そうだ、温泉宿の宴会場に行こうか」

「はい・・・何の宴会ですか?」
何の宴会かと訝しがるシルビアちゃん。
マリンヌさんと、クリスタルちゃんは前もって既に宴会会場に移動している。
準備は万全だ。

「それは・・・秘密だ」

「ん?どうして?」
シルビアちゃんは首を傾げている。

「俺の口からは言えないな」

「・・・そうですか」

「まあ、いいから行こうか」

「はい・・・」
まあいいかと、答えを諦めた様子のシルビアちゃん。
さあ、始めましょうかねえ。
宴会だよ!宴会!今日は騒ぐよ!



宴会会場に到着すると、大勢の人達が集まっている事に眼を丸くしているシルビアちゃん。
これは何の宴会なのかと疑いの視線を俺に向けてきた。
俺はその視線を無視して、会場に設置された壇上に駆け上がった。

壇上に上がると、魔道具の拡声器を使って、俺は話し始めた。

「えー、皆さんお集り頂き感謝します!」
自然と拍手が巻き起こった。
幸先は良好だ、良い雰囲気だね。
さあ、パーティーを始めようか!

「それでは伯爵、早速ですが壇上にお越し下さい!」
俺の招きに手を挙げて答える伯爵、壇上に上がると、控えていたシュバルツさんから賞状を受け取った。
賞状に眼を通して、伯爵一度は頷く。

「では、国王様に変わって私くしが代理で賞状を手渡すことにする」
一気に緊張感が場を覆った。

「シルビア・レイズここに」
突然の呼びかけにシルビアちゃんは面食らっていた。
いったいどうしてと戸惑っている。

「シルビアちゃん、おいで!」
俺もシルビアちゃんを手招きして呼び込んだ。
それにつられて壇上に上がるシルビアちゃん、注目されている事が気になるのか、挙動不審にわなわなしていた。
シルビアちゃんの正面に位置する伯爵が、賞状を読みだした。

「シルビア・レイズ!貴殿はその努力において、美容師の祖、丈二神野氏の指導の元、美容師における技術、技能、知識を得た事をここに評価する。これによりダンバレー国王の名において美容師を名乗る事を許可する。この後も研鑽を重ね、ダンバレー国の為に尽くして貰いたい。ヘンリー・ミラルド・ダンバレー14世」
驚くシルビアちゃんを無視して拍手喝采が巻き起こった。
祝福ムードが半端ない。

そう、これは国がシルビアちゃんを美容師と認めたという事に他ならない。
謂わば美容師免許だ。
それも国家資格である。
突然の事に驚きつつも、徐々にその表情が変わっていくシルビアちゃん。
もう涙目になっている。
賞状を受け取ると、俺を視線に捉えたシルビアちゃんは、一気に駆け寄ってきた。
俺はそれを受け止めて全力でハグをした。
おめでとう!シルビアちゃん!
良かったね!

「ジョニー店長!・・・グス・・・グス・・・ウウ・・・あり、あり、ありがどうごじゃいますぅー・・・グス・・・」
言葉になっていない。

「おめでとうシルビアちゃん!君は今この場から美容師だ!」
シルビアちゃんを引きは剥がすと眼を見つめた。

「ウウ・・・グス・・・はいぃ!」

「頑張るんだよ!」

「はいぃぃ!!!」
ある意味ではこの国初の美容師の誕生である。
シルビアちゃんが第一号だ。
歓喜に溢れた笑顔で、壇上からパーティーの参加者に向きなおると。

「皆なーーー!!!ありがとうーーーー!!!私、美容師に成ったよーーー!!!」
大声で叫んでいた。
とても微笑ましい光景だ。

「シルビア!おめでとう!」

「よくやった!」

「カッコいいぞ!」

「美容師シルビア!」
再び拍手と歓声が響き渡った。
おめでとうムードが最大化している。
シルビアちゃんを祝おうと、会場全体が躍動していた。
マリオさんに至っては大泣きしている。
最早大号泣だ。



実は俺はこの世界でも美容師免許が必要であると前々から考えていた。
その礎を今回築いたに過ぎない。
国王とのパイプを最大限生かしただけのことである。
しかし、これは意味が深い出来事になる。
簡単な話、勝手に美容師を名乗る事はこれで出来無くなったということだ。
今後自称は通じないのだ。
そもそも俺が名乗らせないけどね。

ちゃんと国王の許可を得てやっと美容師を名乗ることが出来る。
そう言う事になるのだ。
今回はその前例を創ったのだ。
この意味は大きい。

これを知った髪結いさん達がどういった反応を示すのかは分からないが、決して牽制の為だけにこの様な手法を取ったのではなく、国家が個人の資格を認めるという事に意味があるのだ。
国家が個人の技能や技術、そして知識を認める事は、これまでこの国には無かった筈だ。
強いて言うならば、マリオさんの様な国が抱えるお抱え商人ぐらいだろう。
それ以外にも様々な職業があるが、免許と言う体を取っているものは一切存在しない。

おそらくシルビアちゃんはこの事を誇りに感じるだろうし、今後胸を張って、自分は美容師であると公言できるだろう。
それに今後続くであろうマリアンヌさんやクリスタルちゃんも同様なのだ。
実際に二人も鼻息は荒い。
羨ましそうにシルビアちゃんを見つめている。

ここに関しては実は俺は相当悩んだ。
というのは、今回は俺から師事したで済んでいるが、これを続けることは良い事ではないからだ。
確かに俺はこの国では自他共に認められている美容師だ。
美容師のジョニー店長で罷り通っている。
誰もが俺を美容師と知っているし、それにフェリアッテの一件で俺は美容師と認められたからここは誰にも否定させないし、そうさせない。

その俺が認めたから美容師になるというのは、国家資格としては間違っている。
国家資格とする以上、しっかりとした技能試験、筆記試験を経て、合格と成らなければならない。
でなければ、髪結いさん達は俺に認められる事しか考えなくなってしまう。
中にはどうにかして俺の機嫌を取ろうと、勘違いする人も現れるかもしれない。
そんな事は俺は望んではいないし、誰も望んではいないだろう。
俺は国家資格の裁定者ではないのだから。

その為、実は今回シルビアちゃんにはこっそりと技能試験を行っていた。
具体的にいうと、それはオールパーパスの試験だ。
二十分以内に全てのロッドを巻き終える事、道具はクイックマーケルを使用してとなる。
随分前にシルビアちゃんにクイックマーケルをお店の経費で購入して、プレゼントしていたのだ。
これを家宝にすると言われた時には、お願いだから使ってくれと説得していたのが懐かしいよ。
それを基にシルビアちゃんは研鑽を重ねていた。
このクイックマーケルは、全てのロッドが巻き切れてパーマが完成となる、美容師の技術の基本を計る事が出来る道具だ。
ある意味、これを持たずして美容師に成る事は出来ない。

カットに関してはグラデーションボブをチェックし、オールウェーブセッティングを行い、出来上がりを確認している。
これに俺は合格を出したのだ。

筆記に関しては、しれっと衛生に関することや、皮膚に関する質問をしてちゃんと理解しているのかを確認している。
こうして一定の技術と技能、そして知識を得ている事を確認して、俺はシルビアちゃんに免許皆伝を与えたのだ。
決して裏付け無くして認めた訳では無い。
ここは入念にしっかりと審査させて貰ったよ。
贔屓目なんて一切皆無だからね。



こういった事を今後は公表する必要があるだろう。
今回は敢えて何も知らさずに審査を行った。
その理由は、あくまでこれは試験の審査項目であって、美容師はこれ以外にも得なければならない事が多いからだ。
例えば接客なんかがこれに当たる。
それに後方系の管理業務なども美容師としては欠かせない仕事なのだ。

資格だけを取って欲しくないと思うのは、俺の勝手な想いなのは分かってはいるのだが、それを強制することは敵わない。
実際、現代の日本では、美容学校に通い、美容師の国家資格を取得し、お店に勤めてみたのだが、美容師を続ける事を断念した人はそれなりに多い。
それは一重に、収入や待遇に関する部分であるのだが、今は其処には触れないでおくとしよう。
ちょっとデリケートな箇所でもあるしね。
その為、本当に好きな人にしか続けられない職業だと美容師は言われている。
そしてそれを知る人は少ない。

この世界ではそんな事にはならないかもしれないが、そうともいかないかもしれない。
此処ばっかりは俺には分からない事である。
その為、今回は敢えてを踏み込んだに過ぎない。
今後は考えものであるのだが・・・

そういった側面を鑑みると、俺はもう只の美容師とは言えなくなってしまう。
俺の意思に関わらず、ここまで風呂敷を拡げたからには、自分で尻を拭うしかなくなるからだ。
今回はそれぐらいの腹を括っている。

今後どういった体制を敷くのかは思案が必要であるが、逆をいえば俺の好きにすることも可能なのだ。
自分に都合が良いようにはしないつもりではあるが、安易な事にはしたくはない。
美容師免許とは俺にとってはある意味命と同意である。
今は取り敢えずおいておこうか。
愛弟子のシルビアちゃんを祝おうじゃないか。
さあ、今日は飲むぞ!