連日髪結いさん達のシャンプーの練習は続いた。
俺は気が向いた時に覗きに来ている。
要は暇が出来た時ということだ。
これでもそれなりに忙しいんですよ。
最近はだいぶ手が空いてきてはいるが、まだまだ美容院『アンジェリ』は手が離せないからね。
連日大賑わいで助かってますよ。
俺が練習場に現れるとピリッとする空気感に変わる。
緊張感がグッと増すのだ。
俺は学校の先生かっての・・・
でもその理由は明らかだった。
それは髪結いさんのお店にシャンプー台を導入するのには、俺の許可が必要となっているからだ。
本当はどうでもいいかと思っていたのだが、色々と考えてみた結果、ここは出しゃばることにした。
正直言えば俺の勝手な拘りなのだが、まあ許してくれよ。
髪結い屋は俺の店ではないのだが、髪結いさんにとってはシャンプーの導入は新たなサービスの導入となる。
その為、技術の習得を得ていない、満足のいかないサービスは、お客さんにとっては苦痛でしかない。
それを分かっている俺が、それを無視することは出来なかったのが最初の理由だった。
それにシャンプー台を導入したからと、勝手に美容師を名乗られるのは気に入らない。
であれば先駆けてシャンプーの技術を習得した後でないと、シャンプー台を導入出来ないとした方が具合がいいと考えたのだ。
シャンプー台導入の考え方としては、自らのお店に先ずは導入して、そこで練習するとの考え方もある。
自分の好きな時に練習が出来、好きなだけ練習が出来る。
実際そうさせて欲しいとの申し入れもあった。
しかしそれを俺は、
「髪結い組合での練習であれば、水道代金が無料で出来るし、シャンプー代も掛からなくてすむよ、そう焦らなくてもいいよ」
と無難に諭した。
金銭にゆとりがない髪結いさん達は、確かにそうかと頷いていた。
それに俺の言う事は最大級に受け入れられる傾向にある。
そう特別扱いしないで欲しいよ。
でもそうなってしまうのはしょうがないよね。
あり得ないぐらいに一目置かれているのだからさ・・・
少々怖いぐらいだよ。
シャンプー台を先行導入させない本当の理由は違う。
先にも述べた通り、満足のいかないサービスをお客さんに提供してしまう可能性があるからだ。
どうしてもこれを俺としては防ぎたいのだ。
技術の習得を得ずに、金銭を取るシャンプーを行ってしまう可能性が捨てきれない。
そうしないと約束をさせることは出来る。
なんなら念書を書かせる事も可能だろう。
だが、どうしても魔が差す事があるのが人間だ。
信用するしないでは無く、そうならないようにすることが肝要である。
本当は他人の商売に口を挟むなんてどうかしている。
本来俺にはそんな権限はないこともよく理解している。
だがここは美容師に関する技術だ。
俺が持っている権限を最大限使わせて貰うよ。
顧問になったのもこの様な理由もあるからなんだからさ。
見ようによってはお節介にも程があるのだが、ここは俺の拘りである為、目を瞑って欲しい。
それに何と言ってもこの世界にシャンプーを持ち込んだのは俺なのだ。
これぐらいの発言は許して欲しいよ。
まあ要らない過度なお節介を焼いていると受け止めてくれると助かるかな。
ふう・・・どうにも美容師の事となると力んでしまうな。
休日にはマリアンヌさんとクリスタルちゃんは、髪結い組合会館に張り付く事となってしまった。
申し訳ないとは思っている。
本当は自分の練習をしたいだろうに・・・
その為、たいした金額にはならないが、技術指導料として二人には髪結い組合からは指導料が支払われている。
地味にマリアンヌさんとクリスタルちゃんがこれを喜んでいた。
というのもマリアンヌさんは化粧道具や化粧品の購入にやっきになっていたからだった。
何種類のファンデーションを持っているのやら。
まだまだ買いたい化粧品があるらしい。
暇があるとパンフレットをチェックしているしね。
とても研究熱心だよ。
それに最近店販に導入したマニキュアに、クリスタルちゃんはド嵌りしていた。
全色揃えて、かつラメも揃えると鼻息が荒かった。
この二人も美意識が相当高い。
実にいい傾向だ。
そういえば・・・美幸がネイルの資格を取ったとか、先日言っていたな・・・
今はどうでもいいか。
髪結いさん達は我先にと連日熱心に練習を行っていた。
三台では足りないと、もう二台シャンプー台が導入されたぐらいだ。
どうにも羽振りがいいな。
フェリアッテの隠し財産はいったいいくらあるのだろうか?
まあいいか・・・
それにしてもマリオさんに美容材料屋をお任せして正解だったよ。
今回も発注した翌日には、シャンプー台の設置工事を行っていたからね。
マリオさん以外にこの手配はできっこないだろう。
直ぐに配管工と大工を手配し、馬車でシャンプー台を運ぶ。
これは天晴だ。
この真似を出来る者はそういないだろう。
それにシャンプーとリンスの配送もマメに行ってくれている。
他にもフットワーク軽く、ヘアゴムなども都合を付けてくれている。
正に至れり尽くせりなのだ。
実際アイレクスさんもマリオさんに最大級の信頼を寄せていた。
頼りになると零していたよ。
それにしても髪結いさん達は必死だな。
どうしてもシャンプーを極めたいと、皆が真剣そのものだ。
中には手がふやけてしまい、皺が無くなりそうだと漏らしていた人もいたよ。
俺は偉そうに、
「手の皺が無くなるのは美容師の誉れですからね」
等と語っていた。
それを真面目に取り合う髪結いさん達。
中にはメモを取っている人もいたよ。
どうにも困ったな。
冗談が通じないよ・・・
良くも悪くも、俺はここに来るとジョニー先生と呼ばれている。
誰が言い出したかは分からない。
まあ、美容師の指導者になると、自然と先生と呼ばれることに成るのだが、まさか自分のお店よりも先に、髪結い組合で先生と呼ばれる事になるとは思わなかったよ。
此処では偉そうにしているから尚更かもしれないが。
まあ悪い気はしないけどね。
それを何処で聴いたのか、ライゼルがふざけて俺を先生と呼んだ時には本気でぶん殴ってやろうかと思ったけど・・・
髪結いさん達はシャンプーの練習だけでは無く、ブローの練習にも励んでいる。
ブローは美容師にとっては大事な技術である。
ここは良く聴いて欲しい。
ブローにはブラシを使う方法と、そうで無い方法があるが、ブラシを使いながら乾かすと、髪が整い、艶感がアップする。
ブラシの種類によって仕上がりが異なる為、仕上げたいイメージや髪質によってブラシは選んだほうがいいだろう。
ブラシはデンマンブラシなど、その種類は多い。
でもどのブラシでも、ブラシのアールに合わせて髪を梳いていく必要がある。
そして、そこにドヤイヤーで風を当てるのだ。
髪の根元を乾かす際には、後ろから前に向かって乾かすと根元がタイトに仕上がる。
ポイントとしては、髪の毛が絡まり易い場合は、目の粗いブラシで優しくブラッシングしてからブローは始めた方がよい。
そしてドライヤーの熱が一点に集中しない様に、ドライヤーを小刻みに動かしながら温風を当てる。
最後に髪の形が出来上がった処で、冷風を当てて髪のキューティクルを閉じ込める、そうする事で髪形がキープされる上に、髪の艶がでるのだ。
他にもいくつものポイントがあるが、今はこれぐらいでいいだろう。
これらのポイントは美容師には必須の技術であり、これを出来ると出来ないでは、雲電の差がでてしまう。
折角上手くカットやパーマが出来たとしても、ブローで台無しになるなんてざらだからだ。
やはりブローは最後の大事な仕上げである為、ここでしくじる訳にはいかないのだ。
あのシルビアちゃんも習得には手古摺っていたからね。
シャンプーと共に習得できたのだが、ある意味シャンプー以上に努力を重ねていた。
ライゼルは何度も、
「シルビア!熱い!」
と叫んでいたしね。
髪結いさん達もブローには苦戦していたよ。
中にはモニターの人に、
「焦げ臭い!」
クレームを貰っている髪結いさんもいた。
慣れないうちはこんなもんだろう。
皆で切磋琢磨してくださいな。
シルビアちゃんも気になるのか時々覗きにきていた。
というより、休日には自分の練習を終えた後に、マリオさんを手伝っていた。
どんだけ働き者なんだよ。
ちょっとは休んでくれよな。
心配になってくるよ、全く。
家はブラックは認めてませんからね。
ここではシルビアちゃんも一目置かれる存在になっていた。
流石に先生呼ばわりはされていないが、この世界で最も美容師に近い存在なのだ。
リスペクトされて当然である。
もしかしてそれ目当てだったりして・・・あり得るな・・・
何気にシルビアちゃんは自尊心が高い時があるからね。
それにシルビアちゃんもこうした方が良い、ああした方が良いと、アドバイスを行っていた。
そりゃあ一目置かれるわなぁ。
にしてもシルビアちゃんは思いの外、教えるのが上手だ。
これは面白い発見だった。
クリスタルちゃんやマリアンヌさんにシャンプーを教えている時よりも、格段に上手になっている。
これは教える事で学治すを理解できているな。
嬉しい限りである。
競合を造ろう作戦にこんな副産物が生れようとは・・・
マリアンヌさんとクリスタルちゃんも負けてはいない。
この二人も一生懸命に教えていた。
とてもいい刺激になっているな。
こうやってお互いに高め合っていくのも、競合を造る意味があるってもんだよ。
それにしても髪結いさん達とこの様な関係性になるとは思ってもみなかったよ。
最初は敵扱いだったからね。
眼が合おうものなら伏せられたからな。
それが今では先生だなんて持ち上げられて、いい御身分だよ俺も。
それだけフェリアッテの圧政が強かったということだろうね。
あいつも今はどうしていることやら・・・
伯爵に聞くのも気が引けるしな。
どうでもいいか。
この競合を造ろう作戦は今の処正解だったみたいだ。
なにより美容業界全体が、盛り上がっているのが肌で感じられる。
まだまだほど遠いが、美容大国に一歩以上は近づいているに違いない。
国王や王妃に啖呵を切った身としては此処では終われない。
一切手は緩めませんよ、俺は。
街の雰囲気を見ても、身だしなみや髪形等に気を使っている人が心なしか増えたように感じる。
これは国民の美意識が高まっているという事だと信じたい。
美意識を持つことはとても重要であると俺は考えている。
見た目は大事な要素なのだ。
人は見た目が八割という言葉を聞いたことがあるだろうか?
それはカッコいいとか不細工であるとかではないと俺は思っている。
それはTPOを弁えるとか、身の丈に合っているとか、見られている事にちゃんと意識を向けられているかということに他ならない。
人は一人では生きてはいけない。
必ず自分以外の誰かと、何かしらの接触や関係性がある。
人は人から生まれてくるから、そうでは無い者は、それはもう人ではない。
そんな話がしたい訳ではなくて、見られる事に意識を持たないことは、それは余りに寂しいことであると思うのだ。
自分を良く見せようとか、お洒落だと思われたいとかでは無く、ここは信頼が付き纏ってしまうからだ。
例えば、浮浪者の格好をした人に何かを勧められたとして、それを手に取ったり、ましてや口に運ぶことが出来るだろうか?
不衛生だと秒で感じてしまうだろうし、大半の人は無視するだろう。
他にも、結婚式にTシャツ短パンで現れた人が居るとしたらどうだろうか?
好奇の目に晒される?
否、軽蔑の視線を投げかけるに決まっている。
TPOの話はこれぐらいにして、何よりも美意識は生まれ持ったものではない。
生れてこの方持ち合わせている意識ではないということだ。
生活環境や教育によって育つ意識である。
この国の人々も今では美意識が発達し出していると俺は感じている。
良い傾向だと思う。
そしてその中心には美容院『アンジェリ』がいることは確かなのだ。
美意識は生活を豊かに、そして華やかにする。
色気のある色とりどりの人生を歩んでみたいと俺は思う。
沢山の可愛いや、突き抜けた美しさ。
そしてこの上ないカッコよさに出会ってみたい。
俺はこの国で美容院を開業した。
その意味は未だ掴みかねているが、この世界の育ち始めた美意識をより広めていきたいと切に願い、その為の活動を今後も抜かりなく進めていこうと思っている。
そう決意を固めるのであった。
俺は気が向いた時に覗きに来ている。
要は暇が出来た時ということだ。
これでもそれなりに忙しいんですよ。
最近はだいぶ手が空いてきてはいるが、まだまだ美容院『アンジェリ』は手が離せないからね。
連日大賑わいで助かってますよ。
俺が練習場に現れるとピリッとする空気感に変わる。
緊張感がグッと増すのだ。
俺は学校の先生かっての・・・
でもその理由は明らかだった。
それは髪結いさんのお店にシャンプー台を導入するのには、俺の許可が必要となっているからだ。
本当はどうでもいいかと思っていたのだが、色々と考えてみた結果、ここは出しゃばることにした。
正直言えば俺の勝手な拘りなのだが、まあ許してくれよ。
髪結い屋は俺の店ではないのだが、髪結いさんにとってはシャンプーの導入は新たなサービスの導入となる。
その為、技術の習得を得ていない、満足のいかないサービスは、お客さんにとっては苦痛でしかない。
それを分かっている俺が、それを無視することは出来なかったのが最初の理由だった。
それにシャンプー台を導入したからと、勝手に美容師を名乗られるのは気に入らない。
であれば先駆けてシャンプーの技術を習得した後でないと、シャンプー台を導入出来ないとした方が具合がいいと考えたのだ。
シャンプー台導入の考え方としては、自らのお店に先ずは導入して、そこで練習するとの考え方もある。
自分の好きな時に練習が出来、好きなだけ練習が出来る。
実際そうさせて欲しいとの申し入れもあった。
しかしそれを俺は、
「髪結い組合での練習であれば、水道代金が無料で出来るし、シャンプー代も掛からなくてすむよ、そう焦らなくてもいいよ」
と無難に諭した。
金銭にゆとりがない髪結いさん達は、確かにそうかと頷いていた。
それに俺の言う事は最大級に受け入れられる傾向にある。
そう特別扱いしないで欲しいよ。
でもそうなってしまうのはしょうがないよね。
あり得ないぐらいに一目置かれているのだからさ・・・
少々怖いぐらいだよ。
シャンプー台を先行導入させない本当の理由は違う。
先にも述べた通り、満足のいかないサービスをお客さんに提供してしまう可能性があるからだ。
どうしてもこれを俺としては防ぎたいのだ。
技術の習得を得ずに、金銭を取るシャンプーを行ってしまう可能性が捨てきれない。
そうしないと約束をさせることは出来る。
なんなら念書を書かせる事も可能だろう。
だが、どうしても魔が差す事があるのが人間だ。
信用するしないでは無く、そうならないようにすることが肝要である。
本当は他人の商売に口を挟むなんてどうかしている。
本来俺にはそんな権限はないこともよく理解している。
だがここは美容師に関する技術だ。
俺が持っている権限を最大限使わせて貰うよ。
顧問になったのもこの様な理由もあるからなんだからさ。
見ようによってはお節介にも程があるのだが、ここは俺の拘りである為、目を瞑って欲しい。
それに何と言ってもこの世界にシャンプーを持ち込んだのは俺なのだ。
これぐらいの発言は許して欲しいよ。
まあ要らない過度なお節介を焼いていると受け止めてくれると助かるかな。
ふう・・・どうにも美容師の事となると力んでしまうな。
休日にはマリアンヌさんとクリスタルちゃんは、髪結い組合会館に張り付く事となってしまった。
申し訳ないとは思っている。
本当は自分の練習をしたいだろうに・・・
その為、たいした金額にはならないが、技術指導料として二人には髪結い組合からは指導料が支払われている。
地味にマリアンヌさんとクリスタルちゃんがこれを喜んでいた。
というのもマリアンヌさんは化粧道具や化粧品の購入にやっきになっていたからだった。
何種類のファンデーションを持っているのやら。
まだまだ買いたい化粧品があるらしい。
暇があるとパンフレットをチェックしているしね。
とても研究熱心だよ。
それに最近店販に導入したマニキュアに、クリスタルちゃんはド嵌りしていた。
全色揃えて、かつラメも揃えると鼻息が荒かった。
この二人も美意識が相当高い。
実にいい傾向だ。
そういえば・・・美幸がネイルの資格を取ったとか、先日言っていたな・・・
今はどうでもいいか。
髪結いさん達は我先にと連日熱心に練習を行っていた。
三台では足りないと、もう二台シャンプー台が導入されたぐらいだ。
どうにも羽振りがいいな。
フェリアッテの隠し財産はいったいいくらあるのだろうか?
まあいいか・・・
それにしてもマリオさんに美容材料屋をお任せして正解だったよ。
今回も発注した翌日には、シャンプー台の設置工事を行っていたからね。
マリオさん以外にこの手配はできっこないだろう。
直ぐに配管工と大工を手配し、馬車でシャンプー台を運ぶ。
これは天晴だ。
この真似を出来る者はそういないだろう。
それにシャンプーとリンスの配送もマメに行ってくれている。
他にもフットワーク軽く、ヘアゴムなども都合を付けてくれている。
正に至れり尽くせりなのだ。
実際アイレクスさんもマリオさんに最大級の信頼を寄せていた。
頼りになると零していたよ。
それにしても髪結いさん達は必死だな。
どうしてもシャンプーを極めたいと、皆が真剣そのものだ。
中には手がふやけてしまい、皺が無くなりそうだと漏らしていた人もいたよ。
俺は偉そうに、
「手の皺が無くなるのは美容師の誉れですからね」
等と語っていた。
それを真面目に取り合う髪結いさん達。
中にはメモを取っている人もいたよ。
どうにも困ったな。
冗談が通じないよ・・・
良くも悪くも、俺はここに来るとジョニー先生と呼ばれている。
誰が言い出したかは分からない。
まあ、美容師の指導者になると、自然と先生と呼ばれることに成るのだが、まさか自分のお店よりも先に、髪結い組合で先生と呼ばれる事になるとは思わなかったよ。
此処では偉そうにしているから尚更かもしれないが。
まあ悪い気はしないけどね。
それを何処で聴いたのか、ライゼルがふざけて俺を先生と呼んだ時には本気でぶん殴ってやろうかと思ったけど・・・
髪結いさん達はシャンプーの練習だけでは無く、ブローの練習にも励んでいる。
ブローは美容師にとっては大事な技術である。
ここは良く聴いて欲しい。
ブローにはブラシを使う方法と、そうで無い方法があるが、ブラシを使いながら乾かすと、髪が整い、艶感がアップする。
ブラシの種類によって仕上がりが異なる為、仕上げたいイメージや髪質によってブラシは選んだほうがいいだろう。
ブラシはデンマンブラシなど、その種類は多い。
でもどのブラシでも、ブラシのアールに合わせて髪を梳いていく必要がある。
そして、そこにドヤイヤーで風を当てるのだ。
髪の根元を乾かす際には、後ろから前に向かって乾かすと根元がタイトに仕上がる。
ポイントとしては、髪の毛が絡まり易い場合は、目の粗いブラシで優しくブラッシングしてからブローは始めた方がよい。
そしてドライヤーの熱が一点に集中しない様に、ドライヤーを小刻みに動かしながら温風を当てる。
最後に髪の形が出来上がった処で、冷風を当てて髪のキューティクルを閉じ込める、そうする事で髪形がキープされる上に、髪の艶がでるのだ。
他にもいくつものポイントがあるが、今はこれぐらいでいいだろう。
これらのポイントは美容師には必須の技術であり、これを出来ると出来ないでは、雲電の差がでてしまう。
折角上手くカットやパーマが出来たとしても、ブローで台無しになるなんてざらだからだ。
やはりブローは最後の大事な仕上げである為、ここでしくじる訳にはいかないのだ。
あのシルビアちゃんも習得には手古摺っていたからね。
シャンプーと共に習得できたのだが、ある意味シャンプー以上に努力を重ねていた。
ライゼルは何度も、
「シルビア!熱い!」
と叫んでいたしね。
髪結いさん達もブローには苦戦していたよ。
中にはモニターの人に、
「焦げ臭い!」
クレームを貰っている髪結いさんもいた。
慣れないうちはこんなもんだろう。
皆で切磋琢磨してくださいな。
シルビアちゃんも気になるのか時々覗きにきていた。
というより、休日には自分の練習を終えた後に、マリオさんを手伝っていた。
どんだけ働き者なんだよ。
ちょっとは休んでくれよな。
心配になってくるよ、全く。
家はブラックは認めてませんからね。
ここではシルビアちゃんも一目置かれる存在になっていた。
流石に先生呼ばわりはされていないが、この世界で最も美容師に近い存在なのだ。
リスペクトされて当然である。
もしかしてそれ目当てだったりして・・・あり得るな・・・
何気にシルビアちゃんは自尊心が高い時があるからね。
それにシルビアちゃんもこうした方が良い、ああした方が良いと、アドバイスを行っていた。
そりゃあ一目置かれるわなぁ。
にしてもシルビアちゃんは思いの外、教えるのが上手だ。
これは面白い発見だった。
クリスタルちゃんやマリアンヌさんにシャンプーを教えている時よりも、格段に上手になっている。
これは教える事で学治すを理解できているな。
嬉しい限りである。
競合を造ろう作戦にこんな副産物が生れようとは・・・
マリアンヌさんとクリスタルちゃんも負けてはいない。
この二人も一生懸命に教えていた。
とてもいい刺激になっているな。
こうやってお互いに高め合っていくのも、競合を造る意味があるってもんだよ。
それにしても髪結いさん達とこの様な関係性になるとは思ってもみなかったよ。
最初は敵扱いだったからね。
眼が合おうものなら伏せられたからな。
それが今では先生だなんて持ち上げられて、いい御身分だよ俺も。
それだけフェリアッテの圧政が強かったということだろうね。
あいつも今はどうしていることやら・・・
伯爵に聞くのも気が引けるしな。
どうでもいいか。
この競合を造ろう作戦は今の処正解だったみたいだ。
なにより美容業界全体が、盛り上がっているのが肌で感じられる。
まだまだほど遠いが、美容大国に一歩以上は近づいているに違いない。
国王や王妃に啖呵を切った身としては此処では終われない。
一切手は緩めませんよ、俺は。
街の雰囲気を見ても、身だしなみや髪形等に気を使っている人が心なしか増えたように感じる。
これは国民の美意識が高まっているという事だと信じたい。
美意識を持つことはとても重要であると俺は考えている。
見た目は大事な要素なのだ。
人は見た目が八割という言葉を聞いたことがあるだろうか?
それはカッコいいとか不細工であるとかではないと俺は思っている。
それはTPOを弁えるとか、身の丈に合っているとか、見られている事にちゃんと意識を向けられているかということに他ならない。
人は一人では生きてはいけない。
必ず自分以外の誰かと、何かしらの接触や関係性がある。
人は人から生まれてくるから、そうでは無い者は、それはもう人ではない。
そんな話がしたい訳ではなくて、見られる事に意識を持たないことは、それは余りに寂しいことであると思うのだ。
自分を良く見せようとか、お洒落だと思われたいとかでは無く、ここは信頼が付き纏ってしまうからだ。
例えば、浮浪者の格好をした人に何かを勧められたとして、それを手に取ったり、ましてや口に運ぶことが出来るだろうか?
不衛生だと秒で感じてしまうだろうし、大半の人は無視するだろう。
他にも、結婚式にTシャツ短パンで現れた人が居るとしたらどうだろうか?
好奇の目に晒される?
否、軽蔑の視線を投げかけるに決まっている。
TPOの話はこれぐらいにして、何よりも美意識は生まれ持ったものではない。
生れてこの方持ち合わせている意識ではないということだ。
生活環境や教育によって育つ意識である。
この国の人々も今では美意識が発達し出していると俺は感じている。
良い傾向だと思う。
そしてその中心には美容院『アンジェリ』がいることは確かなのだ。
美意識は生活を豊かに、そして華やかにする。
色気のある色とりどりの人生を歩んでみたいと俺は思う。
沢山の可愛いや、突き抜けた美しさ。
そしてこの上ないカッコよさに出会ってみたい。
俺はこの国で美容院を開業した。
その意味は未だ掴みかねているが、この世界の育ち始めた美意識をより広めていきたいと切に願い、その為の活動を今後も抜かりなく進めていこうと思っている。
そう決意を固めるのであった。

