魔道具職人の名はメイフェザーさんだ。
第一印象はぼさぼさ髪の、髭も生やしっぱなしの草臥れたおじさん。
着ている服もどこか清潔感を感じない。
質素で、下手をすると浮浪者と間違われても可笑しくない格好だった。
匂わなかっただけ増しである。
一瞬店内への入店を断ろうかと思ったよ。
それぐらい見ずぼらしかった。
営業中の店内にひょっこりと現れては、来るだろうと待ち構えていたクロエちゃんに。
「もう!なんて格好してるの!叔父さん!」
第一声でしっかりと叱られていた。
てか、クロエちゃんの叔父さんらしい。
前以って教ておいてくれよな。
クロエちゃんも連れないねぇ。
しょうがないので、クローゼットに入っている、俺の着替え用の衣服一式を差し上げた。
ジーパンに黒のTシャツだけどね。
Tシャツの胸元にはひらがなで「のんべえ」と書いてある。
酔っぱらって、ネットでポチってしまった一品だ。
何でこんな物を欲しいと思ったのかね?自分の事ながら分からんよ。
たまにこういう事をやってしまう。
更に髪もカットして、髭も剃ってやった。
本当はお金を取ろうかと思ったが、とある事情から止めておいた。
しょうがないのでモニターということにしたよ。
因みに髪形はドライアップバングショート、ツーブロックの刈上げである。
ちょっと気合を入れ過ぎたか?
余りの嵌り具合に本人も上機嫌だ。
そして店内の全員がメイフェザーさんを見違えた。
おおー、それなりの迫力に満ちた同年代の男性だ。
無駄に筋骨隆々・・・
飄々とした雰囲気はあるが、いけオジと言っても過言ではないだろう。
キリッとした眉に仕上げたのが正解だったみたいだ。
当の本人も鏡を見て満足そうにしていた。
決め顔で遊んでいる。
でも俺からは魔導士には見えない、だって魔導士ってこう、線が細いというか、しなっとしているというか。
だってこの人マッチョなんだもん。
魔法に筋肉っているの?
まさかの体質ってか?よく分からんよ・・・
一段落ついてからメイフェザーさんと話をすることになった。
今後について何かと話さないといけないからね。
実は俺には前持ってプランがある為、先駆けて数名の方に声を掛けておいたのだ。
その為、また会合である。
最近会合ばっかりだな、しょうがないよね?
先ずは会合前に挨拶をしないといけないよね。
「どうもジョニーです」
俺は気さくに話し掛けた。
「ジョニーはんやな、話は聞いてるで、わいはメイフェザーや、よろしゅうな。クロエはわいの姪なんや」
おいおいおい!
まさかの関西弁、そしてマッチョ。
情報多すぎでしょうが・・・キャラ濃すぎじゃん。
「ハハハ・・・よろしく」
右手を差し出すとガッチリと握り返された。
それなりの握力・・・ちょっと痛いぞ・・・
「髪を切ってもうてありがとうなあ!それにこの服もすまんかったなあ、もうお気に入りやで!」
「いえいえ、お気になさらず」
店内を見回すとメイフェザーさんは、
「それにしてもここが美容院かあ、ほんまにあったんやなあ。クロエから聞いてはいたけど、驚いたで!余りにビックリして、施術中は何もしゃべれんかったわあ!」
関西弁の所為か煩いと感じてしまう。
それに胡散臭い・・・
これはいけない・・・先入観は捨てないとな。
「髪形は気に入って貰えたみたいですね、メイフェザーさん」
「かっこよくなったわあ!ありがとうなあ、これは気に入ったで、ちゃんとすると気分が上がるで!あっ、それとわいの事はメイフェザーと呼んでくれ!敬語もいらんで」
「・・・分かった」
フランクだねぇ、嫌いじゃないよ俺は。
まあ、どこかで呼び捨てにする気満々だったけどね。
其処にクロエちゃんが割って入る。
「ジョニー店長、叔父さん胡散臭いでしょう?」
「そう・・・かな?」
あれ?見破られた?
「でも魔道具造りの腕は確かだから安心してください、喋り方に問題があるんですよ」
クロエちゃんはふうっと息を吐いた。
うん、何となく分かる。
「なんでやねん!ええやないか、賢者マルーンがこんな話方だったって歴史書に記載があるんやで!」
嘘だろ?どんな歴史書?
「はいはい、何度も聴きました・・・でもそれ眉唾じゃないですか、叔父さんの解釈には無理があるって」
俺もそう思う、そんな歴史書なんてないでしょうが。
「そんな事はないで!まあええやないかい」
「はあ・・・お好きにどうぞ」
クロエちゃんは大きく息を吐き捨てていた。
はいはいと言いたげだ。
何となくこの会話のやりとりで、関係性を理解してしまったな。
そして会合が開かれることになった。
最近は会合ばっかりだな。
出席者は俺とメイフェザー、マリオさん、ヤンレングスさんとゴンガレスさんだ。
そしてマリアベルさんとクロエちゃん。
この二人はオブザーバーとしての参加である。
ここは俺が仕切る事にした。
このメンバーとなると自然とそうなる。
それに俺が集めたメンバーだしね。
「メイフェザー、自己紹介をしてくれ」
立ち上がるメイフェザー。
にしてもTシャツがピチピチだな。
二の腕がパンパンだぞ、千切れるっての。
でも「のんべえ」って笑えるな・・・
本当にのんべえだったりして・・・
「わいがメイフェザーや、よろしゅう頼むで!魔道具師やで!」
おおー、魔道具師ってか!いいねえ!
まさかの関西弁に数名は引いている様子。
気持ちはよく分かる。
そして出席者が順番に自己紹介を始めた。
それを俺は黙って聞いていた。
ここは回す必要なんてないだろう、当然の礼儀だしね。
一通り自己紹介が終わったので、俺は話を進めることにした。
「さて、魔道具屋を造る事になるけど、マリオさん。土地をお借りしたいけど宜しいでしょうか?」
「ええ、構いませんよ。メイフェザーさんが借りるということですね?」
大体はそういう解釈になるんだろうね。
でも今回は違う。
「いえ、株式会社『アンジェリ』として借ります」
眉を歪めるマリオさん。
「むむ、それはどうしてでしょうか?」
「メイフェザーはエルザの村の出身だからです」
俺は無遠慮に公言した。
「ええっ!」
一人事情を知らないマリオさんは驚いていた。
まあそうなるよね。
「その為・・・金銭をあまりお持ちではないのですよ」
エルザの村は他の村や街との交流が無い為、金銭を必要としていないのだ。
ほぼ自給自足出来ているとのことだしね。
稀に他の村に行き、買い付けを行う事はあるらしいから、全く金銭を持っていない訳では無いが、殆ど金銭は価値が無い為、エルザの村では金銭は無用の産物である。
その為、メイフェザーは金銭を持っていない。
「堪忍やでジョニー店長」
メイフェザーは俺に向かって手を合わせていた。
こればっかりはしょうがないよね。
当分の間は食わせてやらないといけないな。
俺の都合で巻き込んでいる訳だしさ。
「最初は『アンジェリ』の一部署として魔道具屋を開業します。その後軌道に乗ったらメイフェザーに引き継ぎます。メイフェザーもそれでいいよな?」
要は最初はメイフェザーは株式会社『アンジェリ』の社員ってことだ。
そうすれば社員寮と賄いがあるから、寝食には困らないだろう。
多少は小遣いをあげないといけないかと思っていたが、クロエちゃんが先立つ物は準備すると言っていたからそんな必要もないだろう。
結果的には食わせるというより、状況的に勝手にそうなる。
株式会社『アンジェリ』やるじゃん。
福利厚生が充実しているね。
「かまへんで」
「なるほど、要は投資ですね」
マリオさんはこの手の話が大好物な為、目を輝かせていた。
そうです、これは投資です。
回収は必ず出来る投資です。
どういう事かというと、既にシャンプー台の依頼があるのだから、利益が上がる事は決まっているのだ。
これぞ正にマッチポンプだ。
シャンプー台の買い手を用意し、自らの伝手でシャンプー台を造るってね。
俺も悪い商人だねえ、儲けさせて貰いますよ。
「そうです、今回の魔道具屋は民間の者が行うことに意味があります」
「ん?なんの事やねん?」
メイフェザーは世情に疎い為、説明しないといけないよね。
「この国の魔道具開発は、国や領が独占しているんだ。最初は今回の魔道具屋も伯爵にと思っていたが、それではやはり領地の物になってしまうからな」
「そんな事になっとんのか、世知辛いなあ」
状況を理解しようとメイフェザーは努めている様子。
体形と話方は特徴的だが、真面目な性格のようだ。
「魔道具を民間で開発する事に意味があるんだよ」
「ジョニー店長は魔道具造りの歴史を変えようということやな、これは楽しくなってきたで!エルザの村を出て正解やったみたいやな!」
メイフェザーはのりのりだ。
「そうなるな」
マリオさんが話を進める。
「賃料は後日相談でいいですね?ジョニー店長」
「はい、お願いします」
「お店自体の発注はゴリオンズ親方にですね?」
ここは安定のゴリオンズ親方だね、それ以外はあり得ないでしょう。
「ですね、彼以外には考えられないですね」
マリオさんが意味ありげに俺を見つめる。
「また温泉が湧き出たりして・・・」
「止めて下さいよ・・・」
勘弁してくれよ・・・本当にそうなったらどうすんのさ・・・
もうそういうの要らないですって・・・
「温泉って何や?」
「叔父さん、今はそれいいから」
クロエちゃんがツッコんでいた。
「そうかい」
「その件は置いといて、これからは魔道具の開発にはヤンレングスさんとゴンガレスさんにも協力をお願いすることになります。よろしくお願いします」
二人に軽く頭を下げると二人も同様に頭を下げた。
「魔道具屋が出来上がるまでは、俺の工房で作業を進めたいんだが、いいか?メイフェザーの旦那」
ヤンレングスさんの工房が最適だろう。
「任せるで、それはいいとして。何の魔道具を造るんや?」
ゴンガレスさんが前に出てくる。
「シャンプー台からだな、その後はヘアーアイロン、そしてドライヤーだ」
顎に手を置くメイフェザー。
「美容院にある魔道具ってことやな、よっしゃ任せとき」
「メイフェザーの旦那、実はな。もう側は出来上がってるんだ」
眼を輝かせるメイフェザー。
「ほう?準備万端やないかい」
「これまでも美容機材は試行錯誤してきたからな」
「ですね、でもこれで完成の目途が立ちますね」
俺に向けて手を広げるメイフェザー。
「ジョニー店長、早まっちゃあかんで。魔道具造りは繊細やで、魔法陣の位置、魔鉱石の設置具合で全てが変わる事もあるんやで」
おお!メイフェザーが職人の眼をしているぞ。
これは期待できそうだ。
「何にしても明日にでも現物は見て貰おう」
ヤンレングスさんが先に進める。
「いや、この後時間がある様なら見させて貰うで」
「ほう、随分と仕事熱心だな」
ヤンレングスさんも目を輝かせている。
「魔道具造りはわいの生き甲斐やねん、頑張るで!」
「そうそう、叔父さんは魔道具造りの事となると人が変わるんですよ・・・」
クロエちゃんが履き捨てる様に溢した。
「これは心強いわね」
マリアベルさんが太鼓判を押していた。
「取り敢えず、今は纏める話があるので話を続けますよ」
「ああ、頼むで」
「魔道具の販売先は基本的にマリオ商会に一任しようと思います、軌道に乗ってからどうするのかはメイフェザーに任せるよ」
「ほう?どういうことやねん」
これは俺が先回りしてマリオさんと相談していたことである。
何を相談したのかというと、簡単な話、マリオさんに美容材料屋をやらないかという話を持ち掛けたのだ。
これはマリオさんを儲けさせようとか、そう言った側面ばかりの話ではない。
確かにマリオさんには儲けて貰いたいという想いはある。
でもある意味損な役回りを押し付ける事にもなるのだ。
この世界での美容材料屋は圧倒的に足りない物がある。
それは商材の種類数である。
日本みたいに、タカラベルモント社の電話帳ぐらい分厚い、種類に満ちた美容商材の豊富さなんてないのだ。
この世界産の美容商材は、今はユリメラさんが造るシャンプーと、先日やっと陽の目を見たリンス、そしてヤンレングスさんが作成しているハサミとコーム櫛、そしてロッドとヘアゴムとシュシュぐらいしかない。
後はこの先完成するであろうシャンプー台等の魔道具ぐらいだ。
どうしても心元無いラインナップとなる。
唯一の利点は既に大口の購入先がある事だ。
既に髪結い組合から、全ての商材に大口の発注依頼を受けているのだ。
ここに踏み切ったのには他にも理由がある。
それはユリメラさんからの愚痴だった。
今のユリメラさんは休む暇もないほど忙しい。
倒れないかと心配するぐらいだ。
というのも、シャンプーが売れに売れまくってしまっているのだ。
癒し痒しとはこのことだった。
ユリメラさんの愚痴はこうだ。
「シャンプー作製に時間を割きたいんだけどねえ・・・」
「弟子を五人も取ったのに、まだまだ戦力には成らないからねえ・・・」
「せめて販売に割く時間が減れば、作製の時間に集中出来るんだけどねえ・・・」
「リンスも完成しちゃったから、もう寝る時間は無さそうだねえ・・・」
「倒れるかも・・・」
どうにも嘆かわしい切実な状況である。
その為、販売先をある程度一任出来ればと俺は考えたのだ。
それに聞くと、シャンプーの購入者のほとんどが髪結いさんなのである。
髪結いさん達も、なんとかシャンプーが出来る様に成ろうと自ら研鑽を重ねているのであった。
マリオさんを選任した事にも理由はある。
今のマリオ商会は物流業界の覇者となっているからだ。
ゴムの生成が成されたことによって、マリオ商会の馬車は更にグレードアップした。
車輪にゴムを巻くことで、これまで以上の安定性とスピードを高めたのだ。
もはやマリオ商会は留まることが無いぐらいに拡大を続けている。
飛ぶ鳥を落とす勢いとは正にこのことである。
実際配送業も始めているのだ。
マリオさんは顔が広い。
その為、様々なコネクションを持っている。
これの意味する処は大きい。
美容商材にはハード商品と呼ばれる、一度購入したら買い替えは必要としない物がある。
代表的なのはシャンプー台だ。
シャンプー台の設置には、配管工と大工の協力が必要不可欠だ。
これをヤンレングスさんやゴンガレスさんに手配させるのは無理があるだろう。
ましてやメイフェザーなんて出来っこない。
これを簡単に成し遂げる事がマリオ商会には可能なのだ。
問題は美容商材をどれぐらいの値で仕入れるのが適正なのかであるが、ここは俺が首を突っ込まないでもマリオさんなら、利益のでる計算なんてお手の物だろう。
それにマリオさんは息子に現場を一任してからというもの、暇が出来たと言っていたしね。
その所為か、俺の提案にマリオさんはガッツリ喰い付いてきた。
かなりの入れ込み様である。
「ジョニー店長の競合を造ろう作戦に加われるとは、このマリオ誠心誠意努めさせて頂きます!」
とても鼻息が荒かった。
有難い限りである。
「なんや商売の事はわいにはよう分からんが、マリオはん宜しゅう頼むで」
「お任せ下さい」
「マリオさんに任せておけば間違いはないな」
「だな」
ヤンレングスさんとゴンガレスさんからもお墨付きを頂いた。
流石はマリオさんだ、既に信頼を得ている。
メイデン領内でのマリオ商会の評判は星五個だからね。
さて、魔道具屋の準備を進めましょうか。
第一印象はぼさぼさ髪の、髭も生やしっぱなしの草臥れたおじさん。
着ている服もどこか清潔感を感じない。
質素で、下手をすると浮浪者と間違われても可笑しくない格好だった。
匂わなかっただけ増しである。
一瞬店内への入店を断ろうかと思ったよ。
それぐらい見ずぼらしかった。
営業中の店内にひょっこりと現れては、来るだろうと待ち構えていたクロエちゃんに。
「もう!なんて格好してるの!叔父さん!」
第一声でしっかりと叱られていた。
てか、クロエちゃんの叔父さんらしい。
前以って教ておいてくれよな。
クロエちゃんも連れないねぇ。
しょうがないので、クローゼットに入っている、俺の着替え用の衣服一式を差し上げた。
ジーパンに黒のTシャツだけどね。
Tシャツの胸元にはひらがなで「のんべえ」と書いてある。
酔っぱらって、ネットでポチってしまった一品だ。
何でこんな物を欲しいと思ったのかね?自分の事ながら分からんよ。
たまにこういう事をやってしまう。
更に髪もカットして、髭も剃ってやった。
本当はお金を取ろうかと思ったが、とある事情から止めておいた。
しょうがないのでモニターということにしたよ。
因みに髪形はドライアップバングショート、ツーブロックの刈上げである。
ちょっと気合を入れ過ぎたか?
余りの嵌り具合に本人も上機嫌だ。
そして店内の全員がメイフェザーさんを見違えた。
おおー、それなりの迫力に満ちた同年代の男性だ。
無駄に筋骨隆々・・・
飄々とした雰囲気はあるが、いけオジと言っても過言ではないだろう。
キリッとした眉に仕上げたのが正解だったみたいだ。
当の本人も鏡を見て満足そうにしていた。
決め顔で遊んでいる。
でも俺からは魔導士には見えない、だって魔導士ってこう、線が細いというか、しなっとしているというか。
だってこの人マッチョなんだもん。
魔法に筋肉っているの?
まさかの体質ってか?よく分からんよ・・・
一段落ついてからメイフェザーさんと話をすることになった。
今後について何かと話さないといけないからね。
実は俺には前持ってプランがある為、先駆けて数名の方に声を掛けておいたのだ。
その為、また会合である。
最近会合ばっかりだな、しょうがないよね?
先ずは会合前に挨拶をしないといけないよね。
「どうもジョニーです」
俺は気さくに話し掛けた。
「ジョニーはんやな、話は聞いてるで、わいはメイフェザーや、よろしゅうな。クロエはわいの姪なんや」
おいおいおい!
まさかの関西弁、そしてマッチョ。
情報多すぎでしょうが・・・キャラ濃すぎじゃん。
「ハハハ・・・よろしく」
右手を差し出すとガッチリと握り返された。
それなりの握力・・・ちょっと痛いぞ・・・
「髪を切ってもうてありがとうなあ!それにこの服もすまんかったなあ、もうお気に入りやで!」
「いえいえ、お気になさらず」
店内を見回すとメイフェザーさんは、
「それにしてもここが美容院かあ、ほんまにあったんやなあ。クロエから聞いてはいたけど、驚いたで!余りにビックリして、施術中は何もしゃべれんかったわあ!」
関西弁の所為か煩いと感じてしまう。
それに胡散臭い・・・
これはいけない・・・先入観は捨てないとな。
「髪形は気に入って貰えたみたいですね、メイフェザーさん」
「かっこよくなったわあ!ありがとうなあ、これは気に入ったで、ちゃんとすると気分が上がるで!あっ、それとわいの事はメイフェザーと呼んでくれ!敬語もいらんで」
「・・・分かった」
フランクだねぇ、嫌いじゃないよ俺は。
まあ、どこかで呼び捨てにする気満々だったけどね。
其処にクロエちゃんが割って入る。
「ジョニー店長、叔父さん胡散臭いでしょう?」
「そう・・・かな?」
あれ?見破られた?
「でも魔道具造りの腕は確かだから安心してください、喋り方に問題があるんですよ」
クロエちゃんはふうっと息を吐いた。
うん、何となく分かる。
「なんでやねん!ええやないか、賢者マルーンがこんな話方だったって歴史書に記載があるんやで!」
嘘だろ?どんな歴史書?
「はいはい、何度も聴きました・・・でもそれ眉唾じゃないですか、叔父さんの解釈には無理があるって」
俺もそう思う、そんな歴史書なんてないでしょうが。
「そんな事はないで!まあええやないかい」
「はあ・・・お好きにどうぞ」
クロエちゃんは大きく息を吐き捨てていた。
はいはいと言いたげだ。
何となくこの会話のやりとりで、関係性を理解してしまったな。
そして会合が開かれることになった。
最近は会合ばっかりだな。
出席者は俺とメイフェザー、マリオさん、ヤンレングスさんとゴンガレスさんだ。
そしてマリアベルさんとクロエちゃん。
この二人はオブザーバーとしての参加である。
ここは俺が仕切る事にした。
このメンバーとなると自然とそうなる。
それに俺が集めたメンバーだしね。
「メイフェザー、自己紹介をしてくれ」
立ち上がるメイフェザー。
にしてもTシャツがピチピチだな。
二の腕がパンパンだぞ、千切れるっての。
でも「のんべえ」って笑えるな・・・
本当にのんべえだったりして・・・
「わいがメイフェザーや、よろしゅう頼むで!魔道具師やで!」
おおー、魔道具師ってか!いいねえ!
まさかの関西弁に数名は引いている様子。
気持ちはよく分かる。
そして出席者が順番に自己紹介を始めた。
それを俺は黙って聞いていた。
ここは回す必要なんてないだろう、当然の礼儀だしね。
一通り自己紹介が終わったので、俺は話を進めることにした。
「さて、魔道具屋を造る事になるけど、マリオさん。土地をお借りしたいけど宜しいでしょうか?」
「ええ、構いませんよ。メイフェザーさんが借りるということですね?」
大体はそういう解釈になるんだろうね。
でも今回は違う。
「いえ、株式会社『アンジェリ』として借ります」
眉を歪めるマリオさん。
「むむ、それはどうしてでしょうか?」
「メイフェザーはエルザの村の出身だからです」
俺は無遠慮に公言した。
「ええっ!」
一人事情を知らないマリオさんは驚いていた。
まあそうなるよね。
「その為・・・金銭をあまりお持ちではないのですよ」
エルザの村は他の村や街との交流が無い為、金銭を必要としていないのだ。
ほぼ自給自足出来ているとのことだしね。
稀に他の村に行き、買い付けを行う事はあるらしいから、全く金銭を持っていない訳では無いが、殆ど金銭は価値が無い為、エルザの村では金銭は無用の産物である。
その為、メイフェザーは金銭を持っていない。
「堪忍やでジョニー店長」
メイフェザーは俺に向かって手を合わせていた。
こればっかりはしょうがないよね。
当分の間は食わせてやらないといけないな。
俺の都合で巻き込んでいる訳だしさ。
「最初は『アンジェリ』の一部署として魔道具屋を開業します。その後軌道に乗ったらメイフェザーに引き継ぎます。メイフェザーもそれでいいよな?」
要は最初はメイフェザーは株式会社『アンジェリ』の社員ってことだ。
そうすれば社員寮と賄いがあるから、寝食には困らないだろう。
多少は小遣いをあげないといけないかと思っていたが、クロエちゃんが先立つ物は準備すると言っていたからそんな必要もないだろう。
結果的には食わせるというより、状況的に勝手にそうなる。
株式会社『アンジェリ』やるじゃん。
福利厚生が充実しているね。
「かまへんで」
「なるほど、要は投資ですね」
マリオさんはこの手の話が大好物な為、目を輝かせていた。
そうです、これは投資です。
回収は必ず出来る投資です。
どういう事かというと、既にシャンプー台の依頼があるのだから、利益が上がる事は決まっているのだ。
これぞ正にマッチポンプだ。
シャンプー台の買い手を用意し、自らの伝手でシャンプー台を造るってね。
俺も悪い商人だねえ、儲けさせて貰いますよ。
「そうです、今回の魔道具屋は民間の者が行うことに意味があります」
「ん?なんの事やねん?」
メイフェザーは世情に疎い為、説明しないといけないよね。
「この国の魔道具開発は、国や領が独占しているんだ。最初は今回の魔道具屋も伯爵にと思っていたが、それではやはり領地の物になってしまうからな」
「そんな事になっとんのか、世知辛いなあ」
状況を理解しようとメイフェザーは努めている様子。
体形と話方は特徴的だが、真面目な性格のようだ。
「魔道具を民間で開発する事に意味があるんだよ」
「ジョニー店長は魔道具造りの歴史を変えようということやな、これは楽しくなってきたで!エルザの村を出て正解やったみたいやな!」
メイフェザーはのりのりだ。
「そうなるな」
マリオさんが話を進める。
「賃料は後日相談でいいですね?ジョニー店長」
「はい、お願いします」
「お店自体の発注はゴリオンズ親方にですね?」
ここは安定のゴリオンズ親方だね、それ以外はあり得ないでしょう。
「ですね、彼以外には考えられないですね」
マリオさんが意味ありげに俺を見つめる。
「また温泉が湧き出たりして・・・」
「止めて下さいよ・・・」
勘弁してくれよ・・・本当にそうなったらどうすんのさ・・・
もうそういうの要らないですって・・・
「温泉って何や?」
「叔父さん、今はそれいいから」
クロエちゃんがツッコんでいた。
「そうかい」
「その件は置いといて、これからは魔道具の開発にはヤンレングスさんとゴンガレスさんにも協力をお願いすることになります。よろしくお願いします」
二人に軽く頭を下げると二人も同様に頭を下げた。
「魔道具屋が出来上がるまでは、俺の工房で作業を進めたいんだが、いいか?メイフェザーの旦那」
ヤンレングスさんの工房が最適だろう。
「任せるで、それはいいとして。何の魔道具を造るんや?」
ゴンガレスさんが前に出てくる。
「シャンプー台からだな、その後はヘアーアイロン、そしてドライヤーだ」
顎に手を置くメイフェザー。
「美容院にある魔道具ってことやな、よっしゃ任せとき」
「メイフェザーの旦那、実はな。もう側は出来上がってるんだ」
眼を輝かせるメイフェザー。
「ほう?準備万端やないかい」
「これまでも美容機材は試行錯誤してきたからな」
「ですね、でもこれで完成の目途が立ちますね」
俺に向けて手を広げるメイフェザー。
「ジョニー店長、早まっちゃあかんで。魔道具造りは繊細やで、魔法陣の位置、魔鉱石の設置具合で全てが変わる事もあるんやで」
おお!メイフェザーが職人の眼をしているぞ。
これは期待できそうだ。
「何にしても明日にでも現物は見て貰おう」
ヤンレングスさんが先に進める。
「いや、この後時間がある様なら見させて貰うで」
「ほう、随分と仕事熱心だな」
ヤンレングスさんも目を輝かせている。
「魔道具造りはわいの生き甲斐やねん、頑張るで!」
「そうそう、叔父さんは魔道具造りの事となると人が変わるんですよ・・・」
クロエちゃんが履き捨てる様に溢した。
「これは心強いわね」
マリアベルさんが太鼓判を押していた。
「取り敢えず、今は纏める話があるので話を続けますよ」
「ああ、頼むで」
「魔道具の販売先は基本的にマリオ商会に一任しようと思います、軌道に乗ってからどうするのかはメイフェザーに任せるよ」
「ほう?どういうことやねん」
これは俺が先回りしてマリオさんと相談していたことである。
何を相談したのかというと、簡単な話、マリオさんに美容材料屋をやらないかという話を持ち掛けたのだ。
これはマリオさんを儲けさせようとか、そう言った側面ばかりの話ではない。
確かにマリオさんには儲けて貰いたいという想いはある。
でもある意味損な役回りを押し付ける事にもなるのだ。
この世界での美容材料屋は圧倒的に足りない物がある。
それは商材の種類数である。
日本みたいに、タカラベルモント社の電話帳ぐらい分厚い、種類に満ちた美容商材の豊富さなんてないのだ。
この世界産の美容商材は、今はユリメラさんが造るシャンプーと、先日やっと陽の目を見たリンス、そしてヤンレングスさんが作成しているハサミとコーム櫛、そしてロッドとヘアゴムとシュシュぐらいしかない。
後はこの先完成するであろうシャンプー台等の魔道具ぐらいだ。
どうしても心元無いラインナップとなる。
唯一の利点は既に大口の購入先がある事だ。
既に髪結い組合から、全ての商材に大口の発注依頼を受けているのだ。
ここに踏み切ったのには他にも理由がある。
それはユリメラさんからの愚痴だった。
今のユリメラさんは休む暇もないほど忙しい。
倒れないかと心配するぐらいだ。
というのも、シャンプーが売れに売れまくってしまっているのだ。
癒し痒しとはこのことだった。
ユリメラさんの愚痴はこうだ。
「シャンプー作製に時間を割きたいんだけどねえ・・・」
「弟子を五人も取ったのに、まだまだ戦力には成らないからねえ・・・」
「せめて販売に割く時間が減れば、作製の時間に集中出来るんだけどねえ・・・」
「リンスも完成しちゃったから、もう寝る時間は無さそうだねえ・・・」
「倒れるかも・・・」
どうにも嘆かわしい切実な状況である。
その為、販売先をある程度一任出来ればと俺は考えたのだ。
それに聞くと、シャンプーの購入者のほとんどが髪結いさんなのである。
髪結いさん達も、なんとかシャンプーが出来る様に成ろうと自ら研鑽を重ねているのであった。
マリオさんを選任した事にも理由はある。
今のマリオ商会は物流業界の覇者となっているからだ。
ゴムの生成が成されたことによって、マリオ商会の馬車は更にグレードアップした。
車輪にゴムを巻くことで、これまで以上の安定性とスピードを高めたのだ。
もはやマリオ商会は留まることが無いぐらいに拡大を続けている。
飛ぶ鳥を落とす勢いとは正にこのことである。
実際配送業も始めているのだ。
マリオさんは顔が広い。
その為、様々なコネクションを持っている。
これの意味する処は大きい。
美容商材にはハード商品と呼ばれる、一度購入したら買い替えは必要としない物がある。
代表的なのはシャンプー台だ。
シャンプー台の設置には、配管工と大工の協力が必要不可欠だ。
これをヤンレングスさんやゴンガレスさんに手配させるのは無理があるだろう。
ましてやメイフェザーなんて出来っこない。
これを簡単に成し遂げる事がマリオ商会には可能なのだ。
問題は美容商材をどれぐらいの値で仕入れるのが適正なのかであるが、ここは俺が首を突っ込まないでもマリオさんなら、利益のでる計算なんてお手の物だろう。
それにマリオさんは息子に現場を一任してからというもの、暇が出来たと言っていたしね。
その所為か、俺の提案にマリオさんはガッツリ喰い付いてきた。
かなりの入れ込み様である。
「ジョニー店長の競合を造ろう作戦に加われるとは、このマリオ誠心誠意努めさせて頂きます!」
とても鼻息が荒かった。
有難い限りである。
「なんや商売の事はわいにはよう分からんが、マリオはん宜しゅう頼むで」
「お任せ下さい」
「マリオさんに任せておけば間違いはないな」
「だな」
ヤンレングスさんとゴンガレスさんからもお墨付きを頂いた。
流石はマリオさんだ、既に信頼を得ている。
メイデン領内でのマリオ商会の評判は星五個だからね。
さて、魔道具屋の準備を進めましょうか。

