場所は国王の執務室。
降りしきる雨に王城の外壁は濡れ、庭園の草花は一時の潤いを得ていた。
こんなしっとりとした王城も悪くない。
雨に濡れる王城は威厳を損ねる事無く、荘厳に鎮座していた。

ヘンリー国王は美容院『アンジェリ』で購入した、育毛剤を入念に髪に塗布している。
塗り過ぎかと疑うぐらいに。
鏡を眺めながら、生えだした髪を愛おしそうに見つめているヘンリー国王。
ジョニーには、育毛剤は一日に一度でいいと言われているが、朝昼晩欠かすことなくこれを行っている。
効果は変わらないだろうに。

執事であるシュバルツが、控えめなノックをする。

「シュバルツで御座います」

「入れ」
ヘンリー国王は鏡の前を離れると、愛用の椅子に腰かけた。
そして新調された王冠を被る。
入室したシュバルツの手には、銀の皿に乗せられた書簡があった。

「国王様、ジョニー店長からの親書にて御座います」

「なんと?ジョニー店長からか?」
国王は嬉しさと共に立ち上がると、シュバルツに命じた。

「さあ、早く読んでくれ」

「御意に」
シュバルツはどこから取り出したのか、便箋用のナイフを使って中身の手紙を引き出した。

「では、代読させて頂きます」
シュバルツは軽く目礼し、顎を引く。

「フム」
張顔したヘンリー国王は興味深々の表情を浮かべる。

「拝啓、ヘンリー国王様。お元気でしょうか?ご無沙汰しております。その後頭皮の調子は如何でしょうか?きっと国王様の事ですから、育毛剤を必要以上にお使いになられていることでしょう。効き目は変わりませんので、一日に一度の使用で大丈夫ですからね」

「うう・・・ばれておったか」
いきなりの先制パンチに、俯くの国王を横目に、代読を続けるシュバルツ。

「後、折角髪が生えてきているのにも関わらず、脂っこい食事や、高カロリーの食事、アルコールの過剰摂取をしていませんでしょうね?シュバルツさん、厳重な見張りをお願いします。ププッ・・・」
思わず笑みが零れるシュバルツに対して、慇懃な態度を取る国王。

「シュバルツ・・・余にとっては笑い事では無いのだぞ・・・」
笑いを噛み殺すシュバルツ。

「これは失礼・・・にしても、手紙で笑いを取るとは・・・流石はジョニー店長」
変な所で関心している。

「さて、今回この様にお手紙をしたためましたのには、理由があります。先ずは今の温泉街ララの現状をお伝えいたします」

「ほう、温泉街ララ」
そう呟くと頷くヘンリー国王。

「ジョニー店長が名付けたのだとか、素敵な名です」
眼を細めるシュバルツ。

「そうであるな」

「温泉街ララは人に溢れ、笑顔の絶えない温泉街となりました。この街の人達は皆頑張り屋さんで、好奇心に満ちた素晴らしい人々です」

「良い事であるな」

「そして街の発展と共に、新たな文化が生れようとしております、それは新たな美容院の創出です」
ガバっと立ち上がる国王。

「なんと!新たな美容院とな?『アンジェリ』の二号店ということか?」

「その美容院はこの国の髪結いさんが経営する美容院です『アンジェリ』の二号店ではありません」
どうにも会話と手紙の内容がマッチしている。
流石はジョニーということか。

「ほう、という事はジョニー店長は自らの手で競合を造ると・・・実に豪胆であるな」

「ジョニー店長の腕前であれば、競合ができることなど屁とも思わないのでしょう、しかしどうして競合を造ろうなどと・・・」
眉を顰めて考えだしたシュバルツ。
其処に突っ込みを入れる国王。

「よいからシュバルツ、先に進むのだ」
ハッ!と我に返って、代読を続けるシュバルツ。

「どうして競合を造るのか疑問に思うことでしょう、その理由はこの国を美容大国にしたいからです」

「おおー!!!」
一気に張顔する国王。

「これは壮大な・・・素晴らしいです・・・この国の新たな文化の創出、根付き始めた美意識の拡大、この国の国民として国に貢献できるのならば、そうすべきかと愚考いたしました」
手を叩いて感心する国王、今にも踊りだしそうだ。
嬉しさに満ち溢れている。

「ジョニー店長は良き手本となる国民であるな」
同意して頷くシュバルツ。

「その為に必要となるのは魔道具です」

「であろうな『アンジェリ』は魔道具に満ちておったからな」

「魔道具は魔導士によって秘匿されている仕組みと構造となっていると聞いていますが、実は協力的な魔導士が仲間におり、その仕組みや構造を私達は知る事が出来ました」
驚きで固まる国王、どうにも騒がしい。

「なんと?余でも詳しくは知らんのに・・・」

「その事により、我々は新たな魔道具の開発に乗り出します。そしてタイミングを見計らってその仕組みを公開しようかと考えております」

「ムム・・・これは思案処であるな」
腕を組みだした国王。

「そうで御座いますね。魔導士達が黙っていませんでしょう。ですが私の知りうる限り、その仕組みを紐解いても、結局の所は魔導士無くしては魔道具は造れない。となるとそこまでの反発は無いのかもしれませんね」

「いや、この国の魔導士達は魔導士制度によっての保護で、少々頭が高くなっておる。そう安々と引き下がるとは思えん・・・」

「何にせよ、ジョニー店長にその責を負わせる事にならない様にしませんと」
シュバルツはジョニーに協力する姿勢だ。

「であるな」
国王もそれに同意する。

「では続きを・・・そして検討して頂きたいことがあります。それは魔導士制度の廃止です」

「やはり踏み込んできたか・・・」
苦い顔をする国王、突かれたく無い処を突かれているのは明らかだ。

「魔導士制度は魔導士を助長させるだけの、国の発展にとっては不要な法律であると思われます。確かに魔法は自国防衛の手段になるのでしょう、しかし自国防衛の手段は他にも取れる方法はあると思います」

「他の方法とな・・・」

「例えば魔道具です、魔導士が協力するのかはさておき、魔道具は強力な武器となり、魔法を使えない者でも使用が可能です。それに外交です、話し合いの上に国家は争いを避ける事が可能と思います」

「そうであるな」
何度も頷く国王。

「他にも武器の開発は可能かと思います。使用する事が無い事を祈るばかりですが、それに隣国との関係も良好だと伺っております、不要な法律はいっその事、撤廃すべきかと愚考いたします」

「これに関してはこれまでにも何人もの先代が頭を悩ませてきた問題である」

「ですが、どこかでケリを付けないといけないのでしょう」

「であるな、しかし・・・」

「最後に、最近のライゼルの様子を写真に撮ってありますので、ご確認下さい。近々王妃と皇太子がお見えになります、二人にも同様の内容を具申致します、それではまた会える日を心待ちにしております、ジョニーこと丈二神野」

「フム」
写真を取り出すと嬉し気に手渡すシュバルツ。
その写真を見て噴き出す国王。

「フェルンが坊主!」

「おや、まあ?」
笑いが執務室に木霊していた。



国王からの書簡がジョニー宛てに届けられていた。
営業時間中に配達されてきたのである。
営業時間終了後に、ジョニー達は卓を囲む形で、その書簡の内容を確認することにしていた。

特に身構える事無く、ジョニーは生ビールのジョッキを掲げていた。
実際の所、ジョニーにとっては国王の返事が何であれど、自分のやりたいを進める事に変わりは無いから、そんなものなのかもしれない。
それとは違って、クロエは緊張を解いていない。
下向き加減である。
それを心配げにマリアベルがチラ見していた。
他の者達は様々で、緊張する者もいれば、自分は関係ないと自分の事に勤しんでいる者もいた。
でも全員がその書簡の内容に注目はしている。

書簡をジョニーはリックに手渡すと、リックが書簡の蝋封を割った。
この蝋封からこの書簡が王家からの物であることが窺い知れる。
ジョニーが送った書簡の返事だ。
チーム『アンジェリ』が集まり、全員が返事の内容を気にかけていた。
そしてここは私もと、王妃と皇太子も同席している。
リックが手紙を取り出すと、全員に聞こえる様にと、大きめの声で代読しだした。
一様に場が静まりかえる。

「親愛なる丈二神野殿、その節は大変お世話になった。貴殿はこの国の文字が読めない為、誰かが代読しているだろうから、その後の余の詳細をお伝えしたいが、書き留めておかない事にする。察してくれるな?・・・さて、本題に入るとしよう」
全員が押し黙っている。
一人にやけるジョニー、やはり禿げネタは含まれていないとでも思っていたのだろう。

「貴殿の苦言や、国の現状を分析した事実は余もよく理解している。正直に言うと耳が痛い話である」
王妃が大きく頷いていた。

「貴殿の提案だが、全てを今直ぐ承認する事は適わぬが、善処する所存である事を記しておく。魔道具の開発であるが、止める事等敵わぬであろう。むしろ推し進めて欲しいと思う。貴公の美容大国にしたいとの想い、嬉しく思う」
その内容に全員が頷いていた。

「そこで魔道具の仕組みの公開に関してであるが、公開は国が主導して行うこととしたい為、時間を頂戴したい。すまないがここは了承して貰いたい」
やっぱりかとジョニーとリックは表情で語っていた。
これは国王の気遣いである。
魔導士達の反感を一国民に向けられるのは国としても威信に関わるのだ。
例えそれがジョニーであったとしても、国が矢面に立って魔導士達の反感を受け止めなければならない。
それぐらいの気遣いは、国王ならば行うであろうと予想していたのだ。

「そして魔導士制度の廃止であるが、こちらも時間を頂戴したい」

「やっぱりか・・・」

「そうなるでしょうね」

「だな」
全員が予想していた回答であったみたいだ。
皆が皆、頷いていた。

「最後に、また余暇が出来次第伺おうと考えている。その際はよろしく頼む、ヘンリー・ミラルド・ダンバレー」
一瞬ジョニーは嫌そうな顔をした。
来ないでいいよとでも言いだしそうだ。
それを誰も気づいてはいないのが幸いだった。

「これで以上だ」
そうリックは締めくくっていた。

「まあ、無難な処ね」
王妃に頷く一同。

「なんであれど、これでジョニーの競合を造ろう作戦は、国王様も認めたってことになる。本格的に動き易くなったな」

「国王の同意が無くても俺はやるけどな」
我物顔のジョニー。

「違いねえ、誰もジョニーを止められねえよ」
頷くライゼル。

一人眉間に皺を寄せるクロエ。

「王妃様。宜しいでしょうか?」

「どうした?クロエ」

「ん?」
保護者同然のマリアベルもクロエに向き直る。

「一つ、特例を認めて貰えないでしょうか?」

「特例?」
どうしたどうしたと、ジョニーとライゼルも集まってきた。

「はい、私はマリアベル様の護衛兼メイドです。ジョニー店長達の魔道具造りには協力しますが、あくまで時間がある時に限られます」

「そうであるな」
慇懃に頷く王妃。
何を言おうとしているのか身構えているのが分かる。

「そこでエルザの村に連絡を取り、魔道具作りの専門家を招集しようと思うのです」

「そうか」

「その者が魔導士制度を特別に当て嵌らない事に出来ないでしょうか?」

「なるほど・・・」
クロエの言いたい事は分かったと顎を引く王妃。
魔導士制度があることで、野良の魔導士では居られない。
国仕え、又は領主に仕えなければならないからだ。
魔道具造りの専門家とは謂わば魔導士である。
魔導士制度に当て嵌まってしまうのだ。

「王妃様にははっきりとお伝えいたしますと、この魔導士制度が嫌でエルザの村を出ない魔導士がほとんどです」
眼を大きく広げる王妃。

「・・・そんな弊害があったとは」
愕然と項垂れる王妃。

「この制度があり続ける限り、エルザの村は姿を現さないでしょう・・・」

「そうであったか・・・」

「こうなると魔導士制度の見直しは急務となりかねないですね」
ジョニーはここぞとばかりに口を挟んだ。

「であるな」
思案顔の王妃であった。



結局の所、魔道具の専門家を魔導士制度に当て嵌まらない様にする特別配慮は行われず、ベルメゾン伯爵の護衛の体をとる事になった。
当のベルメゾン伯爵は勿論了承済であった。
そして数日後、エルザの村から凄腕の魔道具職人が美容院『アンジェリ』に訪れることになった。