翌日の早朝にはライゼルと一緒に、王妃と皇太子が庭先を見学していた。
どうにも絵になる。
王家の所為か気品が滲み出ている。
ライゼルは喜々として庭先の草花の説明をしている。
俺はしょうがないので、この人達の分の朝食も準備する事にした。
俺とライゼルだけ朝食とはいかないだろう。
ああ、面倒臭い。
それにしても俺もお人好しだな。
でも放置ともいかないでしょうが。
隣で腹を鳴らされた日には、聞かなったふりをしないといけないしね。
これぐらいのサービスはさせて頂きますよ。
トーストに薄切りのハムにチェダーチーズを乗っけた物を、四斤トースターに突っ込むと、コーンスープを準備した。
肉にはチェダーチーズが一番合うと俺は考えている。
チェダーチーズはどんな肉にも合う。
そう想いません?
たまに上顎に張り付くのが気になるが・・・
適当な所でライゼル達に声を掛けると、そのままカウンターに座らせる。
焼けたトーストを皿に乗せて、王妃と皇太子にも差し出す。
そして着席を促す。
こんがり焼けたトーストの匂いに皇太子は期待の眼差しを向けていた。
王妃も口元が緩んでいる。
それを見てライゼルはニンマリ顔だ。
こいつにとってはいつもの事だからな。
「さあ、召し上がって下さい。トーストとコーンスープです。食後はコーヒーでいいですか?」
ハッと顔を上げる皇太子。
「噂のコーヒーを飲ませて頂けるのか?これは嬉しいな」
皇太子は万遍の笑みを浮かべていた。
「ウフフ、私はミルク入りでお願いね」
おっと、これはちゃんと情報共有されているな。
食の情報は共有されているぞと・・・
うーん、まあいいでしょう・・・
「了解、ライゼルはいつも通りだな」
「おう、よろしく!」
要はブラックだ。
トーストに齧りつくと声を漏らす皇太子。
「これは・・・美味しい・・・」
ビックリしてトーストを何度も眺めていた。
「そうね・・・パンが格段に違う・・・外はカリッ、中はフワフワ・・・」
王妃も満更でもないご様子。
こちらも繁々とトーストを見つめていた。
コーヒーを準備する俺を尻目に、トーストにがっつく二人。
それを満足そうに眺めるライゼル。
これが俺の日常だと自慢げだ。
それにしても、ライゼルは皇太子と打ち解けて何よりだな。
あのビンタはなかなかの迫力だったしね。
俺も胸を撫で降ろしたよ。
兄弟仲直り出来て良かったな。
一息付こうとコーヒーを飲みだした一同。
「これがコーヒー・・・なるほど・・・とても香ばしい・・・」
「いいわね・・・落ち着くわ・・・」
ほっとして表情が崩れている二人。
リラックス感が半端ない。
「気に入っていただいて何よりです」
表情を改めると俺を真っすぐに視線に捉える王妃。
「それにしても、このお店は見事なことこの上ないわね」
「それはどうも」
褒められて嬉しくない訳が無い。
「あの人から、散々あなたや美容院『アンジェリ』の事を聞かされたけれど、寸分の違いもないわね、天晴だわ」
両手の掌を上に挙げて降参のポーズをとる王妃。
「本当ですね、どんな髪形にして貰えるのか楽しみです」
へえー、皇太子も髪形が気になるのか・・・
そうなると遊んでやりたくなるな。
この皇太子が王冠を引き継ぐことになるけれど、王冠の呪いはもう存在しない。
そうなると皇太子も髪形で遊ぼうってか?
良いじゃないか、好きですよ俺は。
「さあ、そろそろお店の準備と、家のスタッフの練習の時間です。お帰り下さい」
この一言に苦い顔をする二人。
「・・・本当に遠慮が無いな」
「我等は王族だというのに・・・」
「はあ?今何か言いましたか?」
ビビッて首をすぼめる皇太子。
だから王家特権はありませんての。
「いえ・・・何も・・・」
「ふう・・・」
やれやれと首を振る王妃。
ライゼルは苦笑いしていた。
だから特別扱いはしませんての!
美容院の営業を開始した。
予約の時間になった為、王妃と皇太子が再び来店してきた。
期待の眼差しの皇太子と意味深な視線を投げかける王妃。
さて、どうしたものか・・・
皇太子に関しては決まっている。
これ以外にはあり得ない。
先ずはオゾンシャンプーをしなければならない。
頭皮の汚れを取って、育毛に努めて貰いたい。
血統的に禿げる事はないとは思うが、ここは念のために入念に毛穴の汚れを落とす必要があるだろう。
当人もそのつもりであった為、話が早かった。
「先ずはオゾンシャンプー!」
とやる気満々だった。
ご機嫌でなによりです。
シャンプーの担当はクリスタルちゃんだ。
クリスタルちゃんも手慣れたもので、相手が皇太子であっても通常営業だ。
いつもの聞くスタイルの接客が板に付いている。
これは俺の影響か?
だとしたら鼻が高いな。
相手が誰であれど、態度やサービスは変えてはいけないよ。
一お客さんに変わりは無いからね。
これは不変の『アンジェリ』の理念です!
問題となったのは王妃だった。
だってこの先一ヵ月間も通い詰めるのだからさ。
「今日は初日ですので、トリートメントにしましょうか?」
無難なチョイスだとそうなる。
だが・・・
「いや、それには及ばないわ。先日トリートメントはしているわ」
おっと!そう来ますか・・・やっぱりか・・・
だからあの意味深な視線だった訳ね・・・なるほど・・・
「そうですか・・・」
どうしようか?
これは困ったぞ・・・
やってくれるな・・・
さて、袖捲りをしようか!
スイッチを入れるぞ!
「よし!今日はセットにしましょう!」
通常ではあり得ない選択だが、俺は打って出ることにした。
ここは攻めるに限る。
守りの選択を選ぶタイミングではない。
「へえー、なるほど・・・」
王妃は俺の選択にニンマリとしていた。
ちっ!楽しんでやがるな。
まあいいでしょう。
ここは唸らせてやるぞ!
「お任せで良かったですか?」
「それは勿論」
フフフ、言質は貰いましたからね。
さて、気合を入れましょうか!
やってやりましょうかね!
今日のセットはポニーテールからの三つ編みにした。
それもエクステを混ぜ込んだ三つ編みを五束造った。
エクステの色は赤、青、黄、そしてピンクと紫だ。
意外なチョイスだが、攻めるとこうなる。
この世界初のエクステチョイス!
特別ですよ、王妃様!
このセットに唸る王妃。
してやったりの俺。
そして警護の者達の視線が痛い。
羨望の眼差しが王妃と俺に刺さっている。
何なんだこの髪形はと・・・
斬新でこれまでに見たことが無いだけでは無く、余りに似合っている。
そう言っていると俺は勝手に感じた。
たぶん・・・間違ってない・・・
満更でもない王妃は鏡に映る自分を楽しんでいた。
良し!まずは一勝!
ん?俺は何と戦っているんだ?
これは戦いのか?
違うよな?
でも一勝!だよね?
いきなりの変化球だが、俺はこの世界の人達の美意識を把握している。
奇抜な髪形が好きなんですよね?ってね。
俺は得意なんでね、奇抜な髪形は。
でも明日は趣向を変えようと思う。
これを続けるのは俺の趣味ではないしな。
何気に基本が好きなんですよね、俺は・・・
そんな王妃はいいとして、オゾンシャンプーを終えた皇太子は、自分の頭皮の汚れを見てガッツリと引いていた。
いや、マジであなたの頭皮の汚れですから。
そんなに引かれてもさあ・・・
食生活を反省して下さい。
詳しくはシュバルツさんに聞いてくださいよ。
しっかりとレクチャーしましたからね。
顔面の引き攣った皇太子が俺に告げていた。
「ジョニー店長・・・私も育毛剤が必要であろうか?」
もはや顔面蒼白と言っても過言ではないだろう。
それぐらい顔色が変わっていた。
やっぱり禿げたくは無いってことね。
気持ちは分かるよ。
「あったに越したことはないでしょうねえ」
ここは無難に答える。
「五本ほど頂けるだろうか」
鬼気迫る皇太子。
顔が引き攣っている。
「はい!喜んで!」
折角だ、ここはしっかりと稼がせて貰おうか。
フフフ・・・五本もいらねえだろうに、ガハハハ!
しめしめだな、しっかりと金貨を落としていって下さいな!
おっと、良くない商売人の顔が出始めているぞ。
悪代官になってしまいそうだ。
良きに計らえってか?
王妃と数名のお付きの者を残して皇太子達は帰っていった。
どうやらメイデン領の視察に伯爵邸に行くらしい。
この後は伯爵とメイデン領の見学なのだとか。
ちゃんと仕事はするみたいだ。
どうせ格好だけだろうけどさ。
仕事してますアピールってか?
もう国王で見慣れたからね。
でも何もしない訳にもいなかないんだろうね?
王家は大変だねえ、世知辛いねえ・・・知らんけど。
王妃はお店の見学がしたいらしく、
「ジョニー店長、今日は終日お店を見学してもよいか?」
面倒臭い事を言われてしまった。
思わず嫌ですと即答しそうだった自分を押し殺したよ。
なんでそんな事をするのさ?と聞きたくなったよ。
本当は断りたかったが、そうともいかず。
「警護の人達は店外でもいいなら大丈夫ですよ」
百歩譲るとそうなる。
「ふむ、その様にせよ、よいな」
王妃は警護の者達にそう告げた。
あー、そうなるんだ・・・
お客さんが恐縮するから本当は嫌なんだけどね。
見学の目的は分からないが、何かしらの意図があるのだろう。
この王妃が無意味にこんな行動に出るとは思えないしね。
本当は遠慮して欲しかったな・・・まあいいか。
さあ、いつも通りの営業を始めましょうかねえ。
全く・・・
王妃の見学に俺や家のスタッフは通常営業だが、お客さん達は恐縮してしまっているので、ブラックサンダーを配っておいた。
なんの足しにもならないけどね。
当の王妃もブラックサンダーに舌鼓を打っていた。
皆な好きだよね?ブラックサンダー。
多少は馴染んだかもしれないね・・・どうだろうか?
王妃はにこやかに店内の様子を眺めている。
数時間も経つとお客さん達も通常運転になっていた。
いつもの事と平然としていた。
このお店の雰囲気がそうさせているのかもしれないが・・・相手はこの国の最重要人物ですよ?
要らない事は口にしないで下さいね。
いつものウィットに飛んだ会話を楽しみましょうね。
このお店のお客さん達にとっては、国王だったり伯爵だったりがよく来ていたから、慣れてきているのかもしれないな。
これも俺の影響ってことなのか?
よく分からんよ・・・
どうでもいいか・・・
カットの予約の女性が来客してきた。
彼女を意味深に眺める王妃。
その視線は鋭い。
黒髪でお下げの三つ編み、二十代半ばの女性。
多少の化粧を施してはいるが、印象としてはおぼこく見える。
身なりとしては町娘といった具合だろうか?
纏っている雰囲気もそんな感じだ。
彼女の表情は明らかに沈んでいた。
こうなってくると否でも察する、これは何かあったな?
自然とその一挙手一足等に注目してしまう。
これは職業病だな。
どうしてもお客さんの表情を読んでしまう。
美容師とはこんなものだろう。
先ずは受付で手荷物やらを受け取り、おしぼりを手渡す。
いつもの手慣れたルーティーンだ。
彼女は待合のソファーに座る王妃に一瞬驚いていたが、何かを思い出したのか、再び表情を曇らせている。
これは根深そうだぞ・・・どうしたものか・・・
「こちらにどうぞ」
俺は彼女をカット台に誘導した。
それに従うお客の女性。
「今日はカットでよかったですか?」
敢えていつものテンションで問いかける。
「ええ・・・はい・・・」
彼女は下向き加減であった。
「どうかしましたか?」
さて、ここからはヒアリングの時間だな。
「あ・・・ええ・・・ちょっと・・・」
その視線は定まっていない。
ドギマギとして、目線が泳いでいた。
「良ければ話を聞きましょうか?その後に施術内容は決めましょうか・・・急いで決めなくてもいいですよ」
俺の一言に彼女は鏡越しに俺を見つめると、恥ずかしそうに表情を改めた。
恥ずかし気にしている様が可愛らしい。
「あの・・・実は・・・昨日彼氏にフラれまして・・・他に好きな子が出来たって・・・はあ・・・」
ほう、そうきましたか。
「なるほどね」
意味深に頷く俺。
「そのことばかり考えちゃって・・・」
でしょうね、それでは・・・こうしましょうか。
「じゃあ、今直ぐ可愛くなって、その元カレを悔しがらせましょう!逃がした魚は大きいぞってね!」
俺は大きな声でお客さんに言い聞かした。
その言葉にハッとするお客さん。
その眼は見開き、期待の眼差しに満ちていた。
「ジョニー店長!デカい魚って、失礼ですよ!」
シルビアちゃんからツッコミが入る。
「そうか、ごめんごめん」
このやり取りにお客さんが、
「大丈夫です!大きな魚で結構です!私を可愛くして下さい!」
可愛くしてくれ宣言をしていた。
よしよし!こうでなくっちゃね!
そうなるとカットでは済まないぞ。
気合を入れなおそうか!
オーダーは変更になるな!
チーム『アンジェリ』で挑もうか、行くぞ!
「オーダーを変更するよ!ここは可愛くなりましょうよ!施術内容は俺達に任せて下さい!いいですよね?」
「はい!」
羨望の眼差しで俺を見つめるお客さん。
良し!言質は捕ったぞ!
ここは腕の見せ所だ!
さあ、やろうか!
「カラーカットに、緩くパーマもあてましょう。シルビアちゃん、マリアンヌさん、クリスタルちゃん、予約ずれ込むけどよろしくね!」
「了解です!」
「はい!」
「OKです!」
これはいつもの事と笑顔で返答する家のスタッフ。
これは最早阿吽の呼吸である。
さあ、可愛くなりましょうかね!
数時間後。
このお客さんは軽い内巻きパーマに、エアリー感が感じられ仕上がりになっていた。
おぼこい印象は可愛いに変化していた。
そして可愛さを強調する前髪を造り、長かった髪も、肩に触れる長さに変わっている。
黒髪は明るめのブラウンヘアーとなっていた。
垢抜けた感が半端ない。
人が変わったのではないかと疑う程に、可愛さが増し増しになっていた。
あり得ないぐらいに人が変わっていたのだ。
彼女は笑顔に溢れていた。
鏡に映る自分に酔い知れていた。
付き合っていた彼にフラれた事等どこへいったのやら。
今はマリアンヌさんから化粧の指導を受けていた。
可愛くなった自分に自信を取り戻したのだろう。
背筋が伸びて、晴れやかな笑顔に満ちていた。
俺はこの笑顔が大好きだ。
これが美容師の本懐ってね。
写真に収めたいぐらいだ。
こんなやり取りを肩肘を付きながら、微笑ましく王妃は観察していた。
軽くウンウンと頷いている。
しかし時折、その眼に真剣な眼差しを宿していた。
それを気づけた者は少ない。
その胸に去来する想いは如何に・・・
それは王妃のみぞ知るである。
どうにも絵になる。
王家の所為か気品が滲み出ている。
ライゼルは喜々として庭先の草花の説明をしている。
俺はしょうがないので、この人達の分の朝食も準備する事にした。
俺とライゼルだけ朝食とはいかないだろう。
ああ、面倒臭い。
それにしても俺もお人好しだな。
でも放置ともいかないでしょうが。
隣で腹を鳴らされた日には、聞かなったふりをしないといけないしね。
これぐらいのサービスはさせて頂きますよ。
トーストに薄切りのハムにチェダーチーズを乗っけた物を、四斤トースターに突っ込むと、コーンスープを準備した。
肉にはチェダーチーズが一番合うと俺は考えている。
チェダーチーズはどんな肉にも合う。
そう想いません?
たまに上顎に張り付くのが気になるが・・・
適当な所でライゼル達に声を掛けると、そのままカウンターに座らせる。
焼けたトーストを皿に乗せて、王妃と皇太子にも差し出す。
そして着席を促す。
こんがり焼けたトーストの匂いに皇太子は期待の眼差しを向けていた。
王妃も口元が緩んでいる。
それを見てライゼルはニンマリ顔だ。
こいつにとってはいつもの事だからな。
「さあ、召し上がって下さい。トーストとコーンスープです。食後はコーヒーでいいですか?」
ハッと顔を上げる皇太子。
「噂のコーヒーを飲ませて頂けるのか?これは嬉しいな」
皇太子は万遍の笑みを浮かべていた。
「ウフフ、私はミルク入りでお願いね」
おっと、これはちゃんと情報共有されているな。
食の情報は共有されているぞと・・・
うーん、まあいいでしょう・・・
「了解、ライゼルはいつも通りだな」
「おう、よろしく!」
要はブラックだ。
トーストに齧りつくと声を漏らす皇太子。
「これは・・・美味しい・・・」
ビックリしてトーストを何度も眺めていた。
「そうね・・・パンが格段に違う・・・外はカリッ、中はフワフワ・・・」
王妃も満更でもないご様子。
こちらも繁々とトーストを見つめていた。
コーヒーを準備する俺を尻目に、トーストにがっつく二人。
それを満足そうに眺めるライゼル。
これが俺の日常だと自慢げだ。
それにしても、ライゼルは皇太子と打ち解けて何よりだな。
あのビンタはなかなかの迫力だったしね。
俺も胸を撫で降ろしたよ。
兄弟仲直り出来て良かったな。
一息付こうとコーヒーを飲みだした一同。
「これがコーヒー・・・なるほど・・・とても香ばしい・・・」
「いいわね・・・落ち着くわ・・・」
ほっとして表情が崩れている二人。
リラックス感が半端ない。
「気に入っていただいて何よりです」
表情を改めると俺を真っすぐに視線に捉える王妃。
「それにしても、このお店は見事なことこの上ないわね」
「それはどうも」
褒められて嬉しくない訳が無い。
「あの人から、散々あなたや美容院『アンジェリ』の事を聞かされたけれど、寸分の違いもないわね、天晴だわ」
両手の掌を上に挙げて降参のポーズをとる王妃。
「本当ですね、どんな髪形にして貰えるのか楽しみです」
へえー、皇太子も髪形が気になるのか・・・
そうなると遊んでやりたくなるな。
この皇太子が王冠を引き継ぐことになるけれど、王冠の呪いはもう存在しない。
そうなると皇太子も髪形で遊ぼうってか?
良いじゃないか、好きですよ俺は。
「さあ、そろそろお店の準備と、家のスタッフの練習の時間です。お帰り下さい」
この一言に苦い顔をする二人。
「・・・本当に遠慮が無いな」
「我等は王族だというのに・・・」
「はあ?今何か言いましたか?」
ビビッて首をすぼめる皇太子。
だから王家特権はありませんての。
「いえ・・・何も・・・」
「ふう・・・」
やれやれと首を振る王妃。
ライゼルは苦笑いしていた。
だから特別扱いはしませんての!
美容院の営業を開始した。
予約の時間になった為、王妃と皇太子が再び来店してきた。
期待の眼差しの皇太子と意味深な視線を投げかける王妃。
さて、どうしたものか・・・
皇太子に関しては決まっている。
これ以外にはあり得ない。
先ずはオゾンシャンプーをしなければならない。
頭皮の汚れを取って、育毛に努めて貰いたい。
血統的に禿げる事はないとは思うが、ここは念のために入念に毛穴の汚れを落とす必要があるだろう。
当人もそのつもりであった為、話が早かった。
「先ずはオゾンシャンプー!」
とやる気満々だった。
ご機嫌でなによりです。
シャンプーの担当はクリスタルちゃんだ。
クリスタルちゃんも手慣れたもので、相手が皇太子であっても通常営業だ。
いつもの聞くスタイルの接客が板に付いている。
これは俺の影響か?
だとしたら鼻が高いな。
相手が誰であれど、態度やサービスは変えてはいけないよ。
一お客さんに変わりは無いからね。
これは不変の『アンジェリ』の理念です!
問題となったのは王妃だった。
だってこの先一ヵ月間も通い詰めるのだからさ。
「今日は初日ですので、トリートメントにしましょうか?」
無難なチョイスだとそうなる。
だが・・・
「いや、それには及ばないわ。先日トリートメントはしているわ」
おっと!そう来ますか・・・やっぱりか・・・
だからあの意味深な視線だった訳ね・・・なるほど・・・
「そうですか・・・」
どうしようか?
これは困ったぞ・・・
やってくれるな・・・
さて、袖捲りをしようか!
スイッチを入れるぞ!
「よし!今日はセットにしましょう!」
通常ではあり得ない選択だが、俺は打って出ることにした。
ここは攻めるに限る。
守りの選択を選ぶタイミングではない。
「へえー、なるほど・・・」
王妃は俺の選択にニンマリとしていた。
ちっ!楽しんでやがるな。
まあいいでしょう。
ここは唸らせてやるぞ!
「お任せで良かったですか?」
「それは勿論」
フフフ、言質は貰いましたからね。
さて、気合を入れましょうか!
やってやりましょうかね!
今日のセットはポニーテールからの三つ編みにした。
それもエクステを混ぜ込んだ三つ編みを五束造った。
エクステの色は赤、青、黄、そしてピンクと紫だ。
意外なチョイスだが、攻めるとこうなる。
この世界初のエクステチョイス!
特別ですよ、王妃様!
このセットに唸る王妃。
してやったりの俺。
そして警護の者達の視線が痛い。
羨望の眼差しが王妃と俺に刺さっている。
何なんだこの髪形はと・・・
斬新でこれまでに見たことが無いだけでは無く、余りに似合っている。
そう言っていると俺は勝手に感じた。
たぶん・・・間違ってない・・・
満更でもない王妃は鏡に映る自分を楽しんでいた。
良し!まずは一勝!
ん?俺は何と戦っているんだ?
これは戦いのか?
違うよな?
でも一勝!だよね?
いきなりの変化球だが、俺はこの世界の人達の美意識を把握している。
奇抜な髪形が好きなんですよね?ってね。
俺は得意なんでね、奇抜な髪形は。
でも明日は趣向を変えようと思う。
これを続けるのは俺の趣味ではないしな。
何気に基本が好きなんですよね、俺は・・・
そんな王妃はいいとして、オゾンシャンプーを終えた皇太子は、自分の頭皮の汚れを見てガッツリと引いていた。
いや、マジであなたの頭皮の汚れですから。
そんなに引かれてもさあ・・・
食生活を反省して下さい。
詳しくはシュバルツさんに聞いてくださいよ。
しっかりとレクチャーしましたからね。
顔面の引き攣った皇太子が俺に告げていた。
「ジョニー店長・・・私も育毛剤が必要であろうか?」
もはや顔面蒼白と言っても過言ではないだろう。
それぐらい顔色が変わっていた。
やっぱり禿げたくは無いってことね。
気持ちは分かるよ。
「あったに越したことはないでしょうねえ」
ここは無難に答える。
「五本ほど頂けるだろうか」
鬼気迫る皇太子。
顔が引き攣っている。
「はい!喜んで!」
折角だ、ここはしっかりと稼がせて貰おうか。
フフフ・・・五本もいらねえだろうに、ガハハハ!
しめしめだな、しっかりと金貨を落としていって下さいな!
おっと、良くない商売人の顔が出始めているぞ。
悪代官になってしまいそうだ。
良きに計らえってか?
王妃と数名のお付きの者を残して皇太子達は帰っていった。
どうやらメイデン領の視察に伯爵邸に行くらしい。
この後は伯爵とメイデン領の見学なのだとか。
ちゃんと仕事はするみたいだ。
どうせ格好だけだろうけどさ。
仕事してますアピールってか?
もう国王で見慣れたからね。
でも何もしない訳にもいなかないんだろうね?
王家は大変だねえ、世知辛いねえ・・・知らんけど。
王妃はお店の見学がしたいらしく、
「ジョニー店長、今日は終日お店を見学してもよいか?」
面倒臭い事を言われてしまった。
思わず嫌ですと即答しそうだった自分を押し殺したよ。
なんでそんな事をするのさ?と聞きたくなったよ。
本当は断りたかったが、そうともいかず。
「警護の人達は店外でもいいなら大丈夫ですよ」
百歩譲るとそうなる。
「ふむ、その様にせよ、よいな」
王妃は警護の者達にそう告げた。
あー、そうなるんだ・・・
お客さんが恐縮するから本当は嫌なんだけどね。
見学の目的は分からないが、何かしらの意図があるのだろう。
この王妃が無意味にこんな行動に出るとは思えないしね。
本当は遠慮して欲しかったな・・・まあいいか。
さあ、いつも通りの営業を始めましょうかねえ。
全く・・・
王妃の見学に俺や家のスタッフは通常営業だが、お客さん達は恐縮してしまっているので、ブラックサンダーを配っておいた。
なんの足しにもならないけどね。
当の王妃もブラックサンダーに舌鼓を打っていた。
皆な好きだよね?ブラックサンダー。
多少は馴染んだかもしれないね・・・どうだろうか?
王妃はにこやかに店内の様子を眺めている。
数時間も経つとお客さん達も通常運転になっていた。
いつもの事と平然としていた。
このお店の雰囲気がそうさせているのかもしれないが・・・相手はこの国の最重要人物ですよ?
要らない事は口にしないで下さいね。
いつものウィットに飛んだ会話を楽しみましょうね。
このお店のお客さん達にとっては、国王だったり伯爵だったりがよく来ていたから、慣れてきているのかもしれないな。
これも俺の影響ってことなのか?
よく分からんよ・・・
どうでもいいか・・・
カットの予約の女性が来客してきた。
彼女を意味深に眺める王妃。
その視線は鋭い。
黒髪でお下げの三つ編み、二十代半ばの女性。
多少の化粧を施してはいるが、印象としてはおぼこく見える。
身なりとしては町娘といった具合だろうか?
纏っている雰囲気もそんな感じだ。
彼女の表情は明らかに沈んでいた。
こうなってくると否でも察する、これは何かあったな?
自然とその一挙手一足等に注目してしまう。
これは職業病だな。
どうしてもお客さんの表情を読んでしまう。
美容師とはこんなものだろう。
先ずは受付で手荷物やらを受け取り、おしぼりを手渡す。
いつもの手慣れたルーティーンだ。
彼女は待合のソファーに座る王妃に一瞬驚いていたが、何かを思い出したのか、再び表情を曇らせている。
これは根深そうだぞ・・・どうしたものか・・・
「こちらにどうぞ」
俺は彼女をカット台に誘導した。
それに従うお客の女性。
「今日はカットでよかったですか?」
敢えていつものテンションで問いかける。
「ええ・・・はい・・・」
彼女は下向き加減であった。
「どうかしましたか?」
さて、ここからはヒアリングの時間だな。
「あ・・・ええ・・・ちょっと・・・」
その視線は定まっていない。
ドギマギとして、目線が泳いでいた。
「良ければ話を聞きましょうか?その後に施術内容は決めましょうか・・・急いで決めなくてもいいですよ」
俺の一言に彼女は鏡越しに俺を見つめると、恥ずかしそうに表情を改めた。
恥ずかし気にしている様が可愛らしい。
「あの・・・実は・・・昨日彼氏にフラれまして・・・他に好きな子が出来たって・・・はあ・・・」
ほう、そうきましたか。
「なるほどね」
意味深に頷く俺。
「そのことばかり考えちゃって・・・」
でしょうね、それでは・・・こうしましょうか。
「じゃあ、今直ぐ可愛くなって、その元カレを悔しがらせましょう!逃がした魚は大きいぞってね!」
俺は大きな声でお客さんに言い聞かした。
その言葉にハッとするお客さん。
その眼は見開き、期待の眼差しに満ちていた。
「ジョニー店長!デカい魚って、失礼ですよ!」
シルビアちゃんからツッコミが入る。
「そうか、ごめんごめん」
このやり取りにお客さんが、
「大丈夫です!大きな魚で結構です!私を可愛くして下さい!」
可愛くしてくれ宣言をしていた。
よしよし!こうでなくっちゃね!
そうなるとカットでは済まないぞ。
気合を入れなおそうか!
オーダーは変更になるな!
チーム『アンジェリ』で挑もうか、行くぞ!
「オーダーを変更するよ!ここは可愛くなりましょうよ!施術内容は俺達に任せて下さい!いいですよね?」
「はい!」
羨望の眼差しで俺を見つめるお客さん。
良し!言質は捕ったぞ!
ここは腕の見せ所だ!
さあ、やろうか!
「カラーカットに、緩くパーマもあてましょう。シルビアちゃん、マリアンヌさん、クリスタルちゃん、予約ずれ込むけどよろしくね!」
「了解です!」
「はい!」
「OKです!」
これはいつもの事と笑顔で返答する家のスタッフ。
これは最早阿吽の呼吸である。
さあ、可愛くなりましょうかね!
数時間後。
このお客さんは軽い内巻きパーマに、エアリー感が感じられ仕上がりになっていた。
おぼこい印象は可愛いに変化していた。
そして可愛さを強調する前髪を造り、長かった髪も、肩に触れる長さに変わっている。
黒髪は明るめのブラウンヘアーとなっていた。
垢抜けた感が半端ない。
人が変わったのではないかと疑う程に、可愛さが増し増しになっていた。
あり得ないぐらいに人が変わっていたのだ。
彼女は笑顔に溢れていた。
鏡に映る自分に酔い知れていた。
付き合っていた彼にフラれた事等どこへいったのやら。
今はマリアンヌさんから化粧の指導を受けていた。
可愛くなった自分に自信を取り戻したのだろう。
背筋が伸びて、晴れやかな笑顔に満ちていた。
俺はこの笑顔が大好きだ。
これが美容師の本懐ってね。
写真に収めたいぐらいだ。
こんなやり取りを肩肘を付きながら、微笑ましく王妃は観察していた。
軽くウンウンと頷いている。
しかし時折、その眼に真剣な眼差しを宿していた。
それを気づけた者は少ない。
その胸に去来する想いは如何に・・・
それは王妃のみぞ知るである。

