案の定、夜のバー営業に王妃御一行が来店した。
それなりの大所帯だ。
例の如くリックは警護の者やお付きの者達を手伝わせていた。
というより、ここは流石に顔が割れているから話が早かった。
お付きの者達と警護の者達は、速攻でリックの指示に従っていた。
やるなリック、バー『アンジェリ』のボスだけはある。

湯上り後の生ビールを豪快に飲み干す王妃。
なかなかの強者である。

「プハー!」
最高のプハーを頂きました。
目尻を緩める王妃、幸せそうでなによりである。

その隣で、
「フウー、これは美味い」
皇太子が生ビールに舌包みを打っていた。
口周りに泡が付いてる。

「これが癖になるんですよ」
配膳をしながらライゼルが漏らしていた。
分かるぞと頷く皇太子。
どうやらこの二人は打ち解けたみたいだな。
良かったな、ライゼル。
俺も一安心だよ。

「分かるわ、これは最高の組み合わせね。美肌の湯にこの生ビール。あっ!ライゼルこの生ビールをもう一杯貰えるかしら?」
王妃は上機嫌であった。

「はい!喜んで!」
皇太子も手が止まらない。

「母上、このおつまみとやらも絶品ですよ」
ポテチをむしゃむしゃとむさぼり食っている。

「そうね、ポテトチップスとやらは他でも調理できるのかしら?」

「多分出来ますよ、ただ此処までの薄切りにする技術があればですけどね」
珍しくリックが割り込んでいた。
リックも上機嫌になっている様子。

「あらリック、久しぶりじゃない。元気にしていたのかしら?」

「ええ、王妃様。お久しぶりで御座います」
仰々しく頭を垂れるリック。
どうにも板に付いているな。

「それなら鍛冶屋のヤンレングスさんが、ピーラーを研究中だから、今後は簡単に出来ると思うぞ」
弟子達の動きを見ながら俺も会話に混じる事にした。

「ピーラー?」
皇太子が反応する。

「ええ、簡単に野菜を薄切り出来る調理器具ですよ」

「へえー、どうやらこのお店の影響力は、美容だけに留まってはいないようですね、母上」
皇太子が王妃に問いかける。

「報告通りみたいね、ジョニー店長。あなたいったい何者?」
鋭い視線を俺に向ける王妃。
異世界人ですとは言えないよね。

「俺は只の美容師ですよ」
こう答えるしかないよな。

「そう、それよ!その美容師よ!」

「ん?」

「あなたはどうやってその技術を身に付けたのかしら?」
これは困ったな・・・真面に答えられないぞ。

「それは・・・気になります?」

「無論!この領の髪結いさん達とは違う、洗練された技術、そしてそれを可能とする器具や魔道具」
面白い方向に話が向いて来たぞ。
これはしめしめか?

「実は魔道具に関してちょうど話がしたいと思っていたんですよ王妃、シルビアちゃんちょっと外すよ」

「はい!」
俺は王妃と皇太子の対面に座ることにした。
さて、楽しい時間を過ごしましょうか。



それにしても王妃達の警護やお付きの者達の反応は、大らかなものに変わっていた。
止めに入ろうとする処か、興味があるのか耳を欹てている。
随分と俺への信頼が感じられた。
恐らく王妃から何かしらのお達しがあったに違いない。
こちらとしても助かる限りなのだが。

「実は今、この街の職人連中を集めて、俺達は魔道具の開発に乗り出そうとしています」

「ん?ちょっと待ってくれ。ジョニー店長は魔道具の仕組みをご存知だと?」
皇太子は前のめりだ。

「はい、知ってますよ」
俺は事も無げに答える。
驚愕の表情を浮かべる皇太子。

「どうして・・・あれは魔導士の極秘案件の筈・・・」

「仲間内に協力的な魔導士がいますのでね」

「なんと・・・」
これまでとは打って変わって、眉間に皺を寄せる王妃。
緊張感が増している。

「先ずはお尋ねしたいことがあります」
俺の発言に神妙に頷く王妃。

「どうぞ」
硬い表情はこの先の話を分かってのものなのだろうか?

「この国の魔導士に関する処遇ですが、良すぎませんか?どうにも俺にはそう感じてしまいます」
王妃の難しい表情は変わらない。

「かもしれませんね」

「なにか理由が?」
先ずは踏み込んでみることにした。

「ふう・・・どこから話しましょうかね」
何かを決心した王妃は一度肩を降ろした。
一口で残りの生ビールを飲み干すと、ジョッキを卓上に置いた王妃。

「母上、宜しいので?」
動揺している皇太子。
話の展開に少々付いていけてない様子。

「しょうがないでしょう、もう魔道具の仕組みを理解しているということは、魔道具の開発が止められる段階とは思えませんからね」

「・・・ですね」
皇太子は下向き加減だ。

王妃は真正面から俺に向き直ると、
「ジョニー店長、念のため忠告いたしますわね。魔導士達から嫉まれますよ。それに嫌がらせを受けるかもしれませんよ。宜しいので?」
俺を心配するありがたいお言葉を頂いた。
そんなことぐらい織り込み済みですよ。

俺は余裕の表情を浮かべると、
「楽勝ですよ、俺とこのお店には魔法は効きませんからね」
俺は事も無げに伝えた。

「・・・そうでした・・・無茶苦茶ですわね」
ハハハ!すんませんねえ!
俺は守られてますのでね!
ありがとう!女神様!
充分にお供えはしております!

「そこは全く気にしないでください」
フウっと王妃は肩を落としていた。

「魔導士の処遇ですが、良すぎますね」
はっきりと断言した王妃。
思う処があるみたいだ。

「やっぱり、何か理由が?」

「魔導士の処遇が良いのはこの国が建国された頃に由来します」

「ほう?」
どうやら深い理由がありそうだ。
さて、語って貰いましょうかね。
ここは聞かせて頂きますよ。

王妃は空中を眺めるととつとつと語り出した。
「このダンバレー国の創設者、アリオロス・シルベスタ・ダンバレーがこの国を建国したのは、約五百年前とされています」

「はい・・・」
俺は相槌を打つ。

「当時はまだこの地域一帯は誰も統治していない土地で、荒れ果てた土地であったと伝え聞いているわ、当のアリオロスは屈強な冒険者であり、カリスマに満ちた人物であったとされているのよ」

「・・・」
無言で頷く俺。

「彼の周りには自然と人が集まってきていた。彼には人を引き寄せる何かがあったのかもしれない。やがて彼を中心に村が出来、そして街が生れた。アリオロスは長として君臨した。それも絶大な支持を受けてね」

「アリオロス・・・」

「そしてこの当時は魔導士は忌み嫌われていた存在だったのよ」

「それはどうして?」

「魔法は摩訶不思議な現象よ、魔法を使えない人達にとっては、脅威を感じたりしても可笑しくはないのよ」
ああ、そういうことね。
よくある話だな。

「自分に無いを恐怖と捉えたということですね」

「ジョニー店長は理解が早いわね」
まあ、よくある話ですしね。
要は自分に出来ないや、自分に理解が及ばない事をできる者達に畏怖の念を覚える。
そしていつしかそれが迫害や差別にまで繋がったのだろう。

「それで・・・」

「アリオロスは魔導士に対して寛容だったのよ、それに彼の親友は賢者マルーンという大魔導士だったらしいのよ」

「賢者マルーン・・・」
ライゼルからお替りの生ビールを受け取ると、一口付けて饒舌になる王妃。

「街は何時しか国の規模に成り代わっていた。いくつもの街が出来、国としてその規模感になった時に、隣国のリッツガルドからダンバレー国は宣戦布告を受けたのよ、急激なダンバレー国の繁栄に、脅威を覚えたのかもしれないわね」

「なるほど」
隣国としては急激な発展に脅威を感じてもなんら不思議ではない。
でも宣戦布告とは穏やかではないな。

「そして戦火が開かれた・・・その勝敗は圧倒的なダンバレー国の勝利だった。それはその筈、当時の主流は剣と槍、そして弓での攻撃手段だったからね」

「そういうことか」
俺は簡単に理解してしまった。
魔法の重要度を。

「賢者マルーンはアリオロスに上申した、敵戦力を魔法で一掃出来ると。その上申を何の疑いも無く受け留めたアリオロスは、魔導士の一団を戦場に向かわせたの」
もう一度生ビールに口を付けると王妃は、一度フウーと息を漏らした。
乗ってきているみたいだ。
優越感に浸ってる顔をしていた。

「魔法の一方的な攻撃能力に、リッツガルドの兵士達は蟻の子を散らす様に霧散するしかなかったのよ」

「でしょうね」
そりゃあそうなるだろうね。
剣や槍と魔法では攻撃範囲や、射程が大きく違う。
剣の達人なら未だしも、雑兵では敵う筈がない。

「そして大戦果を得た賢者マルーンは、アリオロスと国民から最大級の敬意を得る事になった。それが今にまで続く、魔導士制度に繋がるのよ」
重宝されたということだろうか?

「・・・」

「魔導士制度とは、魔法を使える者達を重宝する制度ね、こう言っても過言では無いでしょう」
やはりか・・・歴史の上での今の現状だな。
こんな歴史があっても可笑しくはないな。

「魔導士制度ねぇ・・・」

「魔法を使える者は国や領が召し抱え、生活を保障すること。存在価値を認められ、魔導士の地位はこの後、圧倒的に向上した・・・これまでとは打って変わってね・・・」

「それが今に続くと・・・」
王妃は何とも言えない表情をしていた。
肯定とも否定とも捉えられない。

「そう言う事なのよ」
過去の経緯はこれで分かった。
でも俺達が見据えるのはこの先である。
こういう負の遺産はどこかで一気に舵を切るしかないのだ。

俺は気分を変えるために手を叩いた。
「それで!過去は過去であって、俺が知りたいのはこの先の未来なんですが?」
さて、ここからが本番だ!
ここはがっつりと四つで構えましょうか。
右手前は抑えましたよってね。



「ジョニー店長・・・あなた踏み込むわねえ・・・」
王妃は苦い顔をしている。

「そりゃあそうですよ、俺達の未来の掛かった話なんですから」
ここは引けませんての。
舐めて貰っては困るなあ。

「それはそうよね・・・」

「それで、国王はどんなお考えでしょうか?王妃にははっきりとお話しておきますね。俺は国王に上申書を送っております、本気の上申書です。魔導士制度の廃止と魔道具の仕組みの公開を訴えかける内容です」
ここは下手な駆け引きなんて俺はしない。
ちゃんと状況を説明しなくてはね、誠意ある対応を俺はしたい。

「だと思ったわ・・・やってくれるわ・・・全く・・・あなた・・・国を動かすつもりなの?」
そうなりますね。

「はい、そのつもりです」
俺は使える物は何でも使いますよ。
目標達成の為ならね。

「・・・やっぱりね」
王妃は上を向いておでこに掌を当てていた。

「でもこれ以外の方法はないのではないでしょうか?」

「確かに・・・でもねえ・・・」
未だその表情は苦々しい儘だ。

「何か不都合でも?」

「ジョニー店長、簡単に言ってくれるけど、これはとても大きな事なのよ」
生ビールのジョッキをカウンターにガン!と降ろした王妃。
俺を睨みつけている。

「というと?」
ここは引く訳にはいかないなあ。

「魔導士制度を廃止にすると魔導士の反発は必須、そうすると国を離れる魔導士も出てくるかもしれないわ」
でしょうね、それが何か?

「それで?」

「そうなると国家戦力が低迷する事になるわ」

「そうでしょうね」
だから何だと言いたくなる。

「今は隣国とも関係性はいいから、今直ぐに戦争になる事は考えられないけど、国家の戦力が減少するのは具合が悪いわね」
やっぱりそんな保守的な話しか。
だと思ったよ。

「それはやりようじゃないでしょうか?」
眉間に皺を寄せる王妃。

「どういうことかしら?」

「魔道具ですよ」

「魔道具?」
どうやら分かっていない様だ。
説明してさしあげましょうか。

「はい、魔道具を武器や防具にすれば魔導士じゃなくてもいいのでは?その魔道具の開発には魔導士は必要ですけど、理解のある魔導士が数名いればどうにかなるのではないでしょうか?」
俺はそんな解釈だけどね、そうすれば別に魔導士に気を使う必要を感じないからね。
こと戦力に関してだけどね。

「・・・それは・・・考えてみる価値はあるわね」
考え深げになった後に、多少は表情が穏やかになった王妃。

「それに俺の仲間の魔導士は野良の魔導士や、魔法を使えるけど申し入れていない者は実はそれなりに居ると言っていましたよ」

「本当に?」
俺の想像以上にこれに食いつく王妃。
この人はもしかして情報収集は苦手な質なのか?
そう思わざるを得ないのだが?

「ええ、なんなら今度会ってみますか?」

「いいの?」
興味が視線に含まれていた。

「問題ないと思いますよ」

「そう・・・じゃあお願いするわ・・・」
王妃は試行錯誤を繰り返している様子。
結局王妃はこの日は生ビールを6杯平らげて帰っていった。
それなりに酒豪だな。
こんなストレス無くこの人と俺は飲んでみたい。
そんな日はあるのだろうか?

この日はこうして魔導士制度の話は中断した。
というのも、あまりアルコールに強くない皇太子が酔っ払いだしたからだ。
酩酊した皇太子は、ライゼルにウザ絡みしていた。
「フェルンは王家に帰ってくるんだ!」
何度もそう叫んでは王妃に叱られていた。
何やってんだか・・・全く・・・
さて、この先どうなる事やら。
楽しみではある。