ちょうど都合よく、王妃と第一皇太子が近々来店することになっている。
実は国王は帰っていく前に、この二人の予約をしていったのであった。
本当は断りたかったが、そうともいかなかった。
だって余りに国王が必死だったからね。
王妃に関しては一ケ月連続で予約に入っている。
そんなに長い期間施術する事ってあるのか?・・・という話である。
毎日一時間の予約が入っている・・・どうしよっか?どんな施術にするのかメニューに困るよ・・・
先ずはトリートメントからだな・・・たぶん・・・
国王にとっては罪滅ぼしだったのかもしれない。
その為、国王が帰ってから三カ月経った明日に、王妃と第一皇太子が来店する予定なのである。
本当は翌月からと言われたが、断固拒否した。
はっきり言って面倒臭いよ。
あのねえ、あんた達を優遇するつもりは無いっての。
他にも家の施術を受けたいって人がわんさかいるんだからね。
特別扱いなんてしませんよ。
いい加減学べよ!
国民を大事にしなさいよってね!
今回の宿泊先はどうしてか温泉旅館となっていた。
凡そ一ヶ月間滞在する気らしい。
温泉に浸かりたいのかな?
伯爵邸に泊まってくれればいいものなのに・・・
でも国王の時とは違って、今回は特別シフトは敷かないよ。
早朝に相手する必要はないのだからさ。
皇太子が禿げてるとは聞いてないしね。
あくまで一般のお客さんに混じって、施術を受けてもらう。
勿論特別扱いなんて一切しない。
おそらく先方もそれを分かっている事だと思う。
無理を言ったら丁重にお帰り頂くことになるけどね。
此処だけは譲れませんよ。
今日の夜には王妃一行は温泉宿に到着すると、クロムウェルさんから報告は受けている。
どうにも賑やかな日常を送りそうである。
この一報を聞いてライゼルが浮足立っていた。
嬉しさと不安が入り混じった、そんな表情だった。
おそらく王妃に会うのは嬉しいのだろうが、兄に会う事に不安を感じているのだと思う。
未だに兄には許されていないみたいだからね。
でもここは逃げずに真正面から対峙するとライゼルは腹を括っていた。
のっけから庭師ライゼルとして対応するつもりの様だ。
ここは奴も踏ん張りどころだろう。
まあ見守らせて貰うよ。
そんなライゼルは温泉宿の庭先を一生懸命に弄っている。
楽しくてしょうがないと嬉しそうにしていた。
そういえば話は変わるが、ライゼルはゴリオンズ親方から凄腕の庭師を紹介して貰うことになっているらしい。
弟子入りすると息を巻いていたよ。
頑張れライゼル!
王妃と皇太子は到着と共に、温泉宿にチェックインするかと思いきや、真っ先に美容院『アンジェリ』に来店してきた。
お付きの者達やら、警護の者達やらで店内がごった返している。
正直迷惑だ。
周りの迷惑を考えてくれよという話だよ。
遠慮なく追い帰してやろうかと思ったが、流石に辞めといた。
でも、こちとら施術中で構っていられない。
俺はチラ見しただけで、無視して施術に集中したよ。
予約は明日の筈、今は構っていられません。
すまんがこのお店では王家特権はありませんのでね。
文句があるのならお帰り下さいってね。
それを察したクリスタルちゃんが王妃と皇太子の対応に向かった。
驚きを隠せないお客さんを慮ってくれたのだろう。
マリアンヌさんも、シルビアちゃんもちょうど手が離せなかったからだ。
すると、我らに構うなと見学を申し入れた王妃と皇太子。
この回答にクリスタルちゃんも対応に困っていた。
でも彼女もここは基本に立ち返って、俺の施術の助手に加わっていた。
返って迷惑です・・・早く帰って下さい。
こう口から零れそうになっていた。
だって・・・お客さんが恐縮してますよ・・・見れば分るでしょうが・・・
ここで文句を言う訳にはいかず、俺達は営業に集中する事にした。
此処をこうしてこう!
やっと手が離れた為、俺は挨拶に向かう事にした。
挨拶の相手は、王妃のクリアローズ・ノマレ・ダンバレー。
この国のある意味最高権力者だ。
国王を尻に敷く者である。
そして第一皇太子の名は、ファウンド・シュタイナー・ダンバレー。
次期最高権力者だ。
王妃は綺麗さよりも可愛さが突き抜けている風貌をしていた。
こういっては失礼かもしれないが、可愛い!
それも圧倒的に可愛い!
年齢的には50歳に届こうかという年齢であることは俺も知っている。
しかし目の前にいるご婦人は、30代と言われてもなんら疑うこともないであろう肌の艶をしており、その有り様は生命力に満ち溢れていた。
もしかしたら丸顔で清楚な雰囲気がそう思わせているのかもしれない。
そして特徴的なのはその眼元だった、視線を交わした一瞬で俺は悟った。
この人は賢い、それに愛情深いと・・・
更にその鼻筋から口元までがライゼルにそっくりだった。
ライゼルは以前、母親は愛情深く、そして怖いと表現していたが、それが何となく分かった気がした。
俺は思わず笑顔になってしまった。
何でなのかは分からない、一瞬でこの人とは打ち解ける事が出来ると感じてしまったのだった。
それを察してか、王妃はこう俺に告げた。
「忙しい処をすまなかった、愛息子の親友をどうしても真っ先に見ておきたかったのだ、許しておくれよ」
優しい視線を投げかけてくる。
「こちらこそすいません、どうしてもこのお店と俺やスタッフは、お客さんファーストですので、お待たせしましたね。始めまして、丈二神野です、是非ジョニーと呼んで下さい」
「やっと会えましたね、ジョニー店長。愚息がお世話になっております」
深々と頭を下げる王妃。
それにどよめく一同。
警護の者達に至っては、口をあんぐりとさせていた。
そしてお客さん達は引いていた。
その発言にイラっとする皇太子。
どうにも思う処があるみたいだ。
「フン!母上もフェルンに構い過ぎです!その様な挨拶は控えるべきかと!」
声を荒げる皇太子。
おいおい、穏やかじゃないねえ。
でもここは俺は敢えて気にしない。
だって前情報通りの人物像だったからだ。
そんな皇太子はこれぞ正に皇太子然としての出で立ちの、金髪の男性だった。
多少神経質そうな雰囲気はあるが、話せば分かりそうな、そんな趣きを感じさせた。
間違っても愚鈍な者ではない。
でもちょっと型っ苦しい印象を受ける。
どうにもその顔からは生真面目さが窺い知れた。
そしてこちらもライゼルそっくりだった。
国王と一緒で眼元がそっくりだったのだ。
一発でライゼルの兄弟だと分かったよ、本人に自覚があるのかはさておき。
皇太子の発言に血相を変えて怒り出す王妃。
どうにもスイッチが入ったみたいだ。
「シュタイナー!黙らっしゃい!お前こそ礼儀を弁えるべきです!廃嫡された子であれど血を分けた兄弟でしょうが!その兄弟が世話になっているお方ですよ!まずは感謝を述べるが先でしょうが!それにお前も頂いたのでしょう?あの写真とやらを?これはジョニー店長の計らいなのですよ!」
王妃の怒りに触れて、一気に意気消沈する皇太子。
にしても烈火の如くとはこの事かと思うほどだ。
王妃はなかなかの迫力をしていた。
周りが引くほどに・・・
ライゼルの言う通り、怒ると手が付けられない質のようだ。
「・・・そうでした」
しっかりと叱られた皇太子は下を向いてしまっていた。
「国王からジョニー店長の話をあなたは散々聞いているのでしょう?そんな大恩ある相手にどんな態度を示しているの!」
更に小さくなる皇太子。
ちょっと皇太子が可愛そうになったので、俺は間に入る事にした。
だって居合わせたお客さんもガッツリと引いているしね。
「まあ、良いじゃないですか王妃様、否、ここはお母様とお呼びするべきでしょうか?・・・違うな・・・お嬢様?・・・貴婦人?・・・麗しき御令嬢・・・おっと、これはいけない・・・王妃の美貌に俺は混乱してしまったみたいだ・・・どうも始めまして皇太子、ジョニーです、よろしくお願いします」
俺はウィットな大人の受け答えに敢えて持っていった。
王妃の怒りを誤魔化す為に。
それに対して、満更でも無い表情を浮かべる王妃。
これを可愛いと思う俺はどうなんだろうか?
これはしてやったりか?
一方、何がなんだが分かっていない混乱している皇太子に対して、俺はグイッ!と手を差し出した。
皇太子は呆けて唖然としている。
この対応は意外過ぎたのかもしれない。
一部の冷静な者は、それを見て血相を変えていた。
中には武器を手に掛けようとする警護の者もいた。
そして何の合図も無しに、しれっと皇太子の背後をとるクロムウェルさん。
あんた居たんだね・・・
その行動で警護の者達は動きを封じられていた。
クロムウェルさんはサムズアップを決めていた。
俺も何気にサムズアップを返していた。
いい仕事するねー。
俺は更に距離を詰めて、皇太子の目の前に詰め寄る。
その行動に一瞬たじろいだ皇太子であったが、諦めたかの如く不意に口元を緩めた。
「ふう・・・なんとも・・・噂通りの人物であったか・・・お前達、そう警戒しなくともよい。大丈夫だ・・・この者に他意はない・・・」
クロムウェルさんに背後を取られて、握手するしか無くなった皇太子。
でもその表樹は朗らかだった。
俺達はガッチリと握手を交わした。
それを見て騒めくお客さん。
「なにこれ?」
「皇太子とも親しくなるの?」
「ジョニー店長は凄いねぇ」
俺はそんなお客さんを放っといて、
「ね?失礼なんてありませんよ王妃」
この対応に安堵の笑みを浮かべる王妃。
「どうやらシュタイナーの敵う相手ではなさそうですね、ウフフ」
一笑いした後に一転、表情を改める王妃。
「さて、愚息は何処へ?」
おっと、これはどうにも一波乱ありそうだな。
王妃は背筋を伸ばして俺を直視していた。
当のライゼルは一心不乱に温泉宿の庭先を弄っていた。
実は先日ライゼルが誕生日という事もあり、俺は奮発してとあるプレゼントをしたのだった。
ちょっと奮発し過ぎたと今は反省している。
それは盆栽であった。
種明かしをすると、趣味で盆栽を育てている親父にお小遣いを渡して、一鉢貰ってきたのだ。
いや、お小遣いなんて生優しいものではなかったぞ。
あの親父め・・・ここぞとばかりにぼったくりやがって・・・金に困ってねえだろうが!この野郎!
この盆栽をライゼルは、それはそれは喜んでいた。
これは芸術だ、小さな宇宙だ!と散々騒いでいた。
その為、最近のライゼルは飲みながら盆栽を眺めるのが日課となっている。
そして自らも盆栽を育てると、息巻いていた。
俺は盆栽には通じていないが、それなりに手間暇がかかるはず。
まあ頑張ってくれよ。
栽培方法は本をプレゼントしておいたが、文字は読めないだろうけれども、写真がふんだんに使われていた教本であった為、其れなりには理解出来るだろうと思う。
後は自分で読み解いてくれ。
そんなこともあってか、ライゼルは温泉街の庭先から離れなくなっていた。
時間を見つけては庭先で何かしら作業を行っている。
もうこなってくると、こいつは冒険者ではないな・・・
只の庭師だ。
俺もちょうど手が空いた為、王妃達に同行することにした。
その方がライゼルには都合が良いかと考えたからだ。
それに興味があったし、親子の再会を微笑ましく見守ろうと思ったのだ。
案の定ライゼルは温泉旅館の庭先を熱心に弄っていた。
優しそうな表情を浮かべて、花を愛でていた。
ライゼルはしゃがみこんでいる。
そこに俺は声を掛けた。
「おい!ライゼル!お見えになったぞ!」
ライゼルはビクッと起き上がると、一目散に駆け寄ってきた。
そして王妃と皇太子に対して跪き、下を向いていた。
「美容院『アンジェリ』の専属庭師ライゼルで御座います!」
大きな声で名乗りを上げていた。
それを包容力に満ちた笑顔で受け入れる王妃。
それとは逆にライゼルを睨みつける皇太子。
おっと、これは何かありそうか?
不意に皇太子はライゼルの腕を捕って、立ち上がらせた。
なかなか強引である。
皇太子を驚きの表情で見つめるライゼル。
パアーーーン!
突如頬を張る音が木霊した。
皇太子はノーモーションでライゼルの頬を平手打ちしていた。
おおっ!痛そう・・・まさかのビンタであった。
「ふざけるなフェルン!何が庭師ライゼルだ!お前は私の大事な弟のフェルンだ!そんな名など名乗るでないわ!」
皇太子は周りの事等気にせずに大声で叫んでいた。
「フェルン!王家に戻ってこい!廃嫡なんて私は認めない!お前は俺の弟だ!」
皇太子はライゼルの肩をガッチリと掴んで離さない。
そして皇太子は全力でライゼルを抱きしめた。
その発言と行動に、驚きと共に涙を流すライゼル。
ライゼルはやっと理解したのだった、兄がなぜ怒っていたのかを。
兄は只単に大事な弟を失いたく無かったのだ。
事情がなんであれ、その事を認めたくは無かったのだ。
その愛情をライゼルは全身で受け止めていた。
ライゼルの肩は揺れていた、嗚咽を漏らして。
「兄上・・・兄上・・・」
と呟いていた。
しかし、ライゼルも腹が決まっている。
のこのこと今更王家に戻る訳にはいかない。
「兄上・・・私は・・・否・・・俺は庭師ライゼルです!俺は決めたんです!一流の庭師になると!」
「なっ!・・・」
ガバっとライゼルを離すとその眼を凝視する皇太子。
視線に動揺が現れていた。
何を言い出したのかと驚愕していた。
そこに王妃が割って入る。
「シュタイナー、よく見てごらん。この庭先を・・・」
「母上・・・」
王妃はシュタイナー皇太子の肩に手を置いて宥める。
「よく見てごらんなさい、この色とりどりの花々を、そして草木を、ここまでの庭園を造るのは並大抵のことではありませんよ」
訳も分からず庭先を見つめる皇太子。
「シュタイナー、植物はね。簡単に育つものではないのですよ。その育て方はとても繊細なのです。あなたにそれが分かりますか?」
「それは・・・」
動揺を隠せない皇太子。
「兄上、否、皇太子殿下・・・今度お時間をいただけませんでしょうか?是非庭先の造り方をご説明させて下さい。それに私には盆栽があります。是非ご覧に入れて頂きたい!」
力強く皇太子を見つめるライゼル。
「盆栽?」
「はい、盆栽は小さな世界です!」
興奮の表情のライゼル。
「庭師ライゼルや、余には見せては貰えないのか?」
小悪魔的な笑みでライゼルを見つめる王妃。
ここに配慮が伺える。
「無論!王妃殿下にもご覧になって頂きます!」
「そうかそうか、いいからこっちにおいで、ライゼルや」
ライゼルを手招きしている王妃。
照れて頭を掻いているライゼル。
そしてライゼルを全身で抱擁する王妃。
王妃は静かに涙を流していた。
とても綺麗な涙だと俺は感じた。
これが母親かと感慨深くなってしまう。
この王妃はなんて心の広いお方なんだろう。
あの国王が尻に敷かれているもの頷けるな。
素晴らしい人格者じゃないか。
ライゼルは嗚咽を漏らして泣いていた。
それを優しく抱擁し、ライゼルの全てを受け止めている王妃。
俺はふと自分の母親を思い出していた。
どうにも王妃に似ていると感じたからだ。
姿形は全く似ていない。
でもその佇まいや、振舞、そしてその愛情深さ。
母親とはこんなにも優しいのだと胸を打たれてしまった。
感動の再会の所すまないが、そろそろ先に進めようと思う。
「さあ、先ずは温泉にでも浸かってください。美肌の湯ですよ」
「ほう、美肌の湯とな?」
ライゼルを離すと、興味深々の様子で俺を見つめる王妃。
はやり美肌はキラーワードだな。
これまでにもどれだけこの反応を見て来たことか。
「それに、万病にも効くらしいですよ」
「それはそれは・・・」
今度は皇太子がこれに食いつく。
ん?何か御病気でもあるのかい?
「何かありましたか?」
「いや・・・気にしないでくれ・・・」
返って気になるんですけど・・・まあいいか・・・
「ささ、俺がエスコートして差し上げますよ」
ライゼルがぐいっと前に出てくる。
「じゃあライゼル、任せたぞ」
王妃達をライゼルに押し付けて、俺は美容院に帰る事にした。
これは夜のバーが忙しくなりそうだな。
リックなら上手くやるだろうからいいか。
でも、例の件があるから俺も他人事には出来ないんだけどね。
まだ気は抜けないな。
実は国王は帰っていく前に、この二人の予約をしていったのであった。
本当は断りたかったが、そうともいかなかった。
だって余りに国王が必死だったからね。
王妃に関しては一ケ月連続で予約に入っている。
そんなに長い期間施術する事ってあるのか?・・・という話である。
毎日一時間の予約が入っている・・・どうしよっか?どんな施術にするのかメニューに困るよ・・・
先ずはトリートメントからだな・・・たぶん・・・
国王にとっては罪滅ぼしだったのかもしれない。
その為、国王が帰ってから三カ月経った明日に、王妃と第一皇太子が来店する予定なのである。
本当は翌月からと言われたが、断固拒否した。
はっきり言って面倒臭いよ。
あのねえ、あんた達を優遇するつもりは無いっての。
他にも家の施術を受けたいって人がわんさかいるんだからね。
特別扱いなんてしませんよ。
いい加減学べよ!
国民を大事にしなさいよってね!
今回の宿泊先はどうしてか温泉旅館となっていた。
凡そ一ヶ月間滞在する気らしい。
温泉に浸かりたいのかな?
伯爵邸に泊まってくれればいいものなのに・・・
でも国王の時とは違って、今回は特別シフトは敷かないよ。
早朝に相手する必要はないのだからさ。
皇太子が禿げてるとは聞いてないしね。
あくまで一般のお客さんに混じって、施術を受けてもらう。
勿論特別扱いなんて一切しない。
おそらく先方もそれを分かっている事だと思う。
無理を言ったら丁重にお帰り頂くことになるけどね。
此処だけは譲れませんよ。
今日の夜には王妃一行は温泉宿に到着すると、クロムウェルさんから報告は受けている。
どうにも賑やかな日常を送りそうである。
この一報を聞いてライゼルが浮足立っていた。
嬉しさと不安が入り混じった、そんな表情だった。
おそらく王妃に会うのは嬉しいのだろうが、兄に会う事に不安を感じているのだと思う。
未だに兄には許されていないみたいだからね。
でもここは逃げずに真正面から対峙するとライゼルは腹を括っていた。
のっけから庭師ライゼルとして対応するつもりの様だ。
ここは奴も踏ん張りどころだろう。
まあ見守らせて貰うよ。
そんなライゼルは温泉宿の庭先を一生懸命に弄っている。
楽しくてしょうがないと嬉しそうにしていた。
そういえば話は変わるが、ライゼルはゴリオンズ親方から凄腕の庭師を紹介して貰うことになっているらしい。
弟子入りすると息を巻いていたよ。
頑張れライゼル!
王妃と皇太子は到着と共に、温泉宿にチェックインするかと思いきや、真っ先に美容院『アンジェリ』に来店してきた。
お付きの者達やら、警護の者達やらで店内がごった返している。
正直迷惑だ。
周りの迷惑を考えてくれよという話だよ。
遠慮なく追い帰してやろうかと思ったが、流石に辞めといた。
でも、こちとら施術中で構っていられない。
俺はチラ見しただけで、無視して施術に集中したよ。
予約は明日の筈、今は構っていられません。
すまんがこのお店では王家特権はありませんのでね。
文句があるのならお帰り下さいってね。
それを察したクリスタルちゃんが王妃と皇太子の対応に向かった。
驚きを隠せないお客さんを慮ってくれたのだろう。
マリアンヌさんも、シルビアちゃんもちょうど手が離せなかったからだ。
すると、我らに構うなと見学を申し入れた王妃と皇太子。
この回答にクリスタルちゃんも対応に困っていた。
でも彼女もここは基本に立ち返って、俺の施術の助手に加わっていた。
返って迷惑です・・・早く帰って下さい。
こう口から零れそうになっていた。
だって・・・お客さんが恐縮してますよ・・・見れば分るでしょうが・・・
ここで文句を言う訳にはいかず、俺達は営業に集中する事にした。
此処をこうしてこう!
やっと手が離れた為、俺は挨拶に向かう事にした。
挨拶の相手は、王妃のクリアローズ・ノマレ・ダンバレー。
この国のある意味最高権力者だ。
国王を尻に敷く者である。
そして第一皇太子の名は、ファウンド・シュタイナー・ダンバレー。
次期最高権力者だ。
王妃は綺麗さよりも可愛さが突き抜けている風貌をしていた。
こういっては失礼かもしれないが、可愛い!
それも圧倒的に可愛い!
年齢的には50歳に届こうかという年齢であることは俺も知っている。
しかし目の前にいるご婦人は、30代と言われてもなんら疑うこともないであろう肌の艶をしており、その有り様は生命力に満ち溢れていた。
もしかしたら丸顔で清楚な雰囲気がそう思わせているのかもしれない。
そして特徴的なのはその眼元だった、視線を交わした一瞬で俺は悟った。
この人は賢い、それに愛情深いと・・・
更にその鼻筋から口元までがライゼルにそっくりだった。
ライゼルは以前、母親は愛情深く、そして怖いと表現していたが、それが何となく分かった気がした。
俺は思わず笑顔になってしまった。
何でなのかは分からない、一瞬でこの人とは打ち解ける事が出来ると感じてしまったのだった。
それを察してか、王妃はこう俺に告げた。
「忙しい処をすまなかった、愛息子の親友をどうしても真っ先に見ておきたかったのだ、許しておくれよ」
優しい視線を投げかけてくる。
「こちらこそすいません、どうしてもこのお店と俺やスタッフは、お客さんファーストですので、お待たせしましたね。始めまして、丈二神野です、是非ジョニーと呼んで下さい」
「やっと会えましたね、ジョニー店長。愚息がお世話になっております」
深々と頭を下げる王妃。
それにどよめく一同。
警護の者達に至っては、口をあんぐりとさせていた。
そしてお客さん達は引いていた。
その発言にイラっとする皇太子。
どうにも思う処があるみたいだ。
「フン!母上もフェルンに構い過ぎです!その様な挨拶は控えるべきかと!」
声を荒げる皇太子。
おいおい、穏やかじゃないねえ。
でもここは俺は敢えて気にしない。
だって前情報通りの人物像だったからだ。
そんな皇太子はこれぞ正に皇太子然としての出で立ちの、金髪の男性だった。
多少神経質そうな雰囲気はあるが、話せば分かりそうな、そんな趣きを感じさせた。
間違っても愚鈍な者ではない。
でもちょっと型っ苦しい印象を受ける。
どうにもその顔からは生真面目さが窺い知れた。
そしてこちらもライゼルそっくりだった。
国王と一緒で眼元がそっくりだったのだ。
一発でライゼルの兄弟だと分かったよ、本人に自覚があるのかはさておき。
皇太子の発言に血相を変えて怒り出す王妃。
どうにもスイッチが入ったみたいだ。
「シュタイナー!黙らっしゃい!お前こそ礼儀を弁えるべきです!廃嫡された子であれど血を分けた兄弟でしょうが!その兄弟が世話になっているお方ですよ!まずは感謝を述べるが先でしょうが!それにお前も頂いたのでしょう?あの写真とやらを?これはジョニー店長の計らいなのですよ!」
王妃の怒りに触れて、一気に意気消沈する皇太子。
にしても烈火の如くとはこの事かと思うほどだ。
王妃はなかなかの迫力をしていた。
周りが引くほどに・・・
ライゼルの言う通り、怒ると手が付けられない質のようだ。
「・・・そうでした」
しっかりと叱られた皇太子は下を向いてしまっていた。
「国王からジョニー店長の話をあなたは散々聞いているのでしょう?そんな大恩ある相手にどんな態度を示しているの!」
更に小さくなる皇太子。
ちょっと皇太子が可愛そうになったので、俺は間に入る事にした。
だって居合わせたお客さんもガッツリと引いているしね。
「まあ、良いじゃないですか王妃様、否、ここはお母様とお呼びするべきでしょうか?・・・違うな・・・お嬢様?・・・貴婦人?・・・麗しき御令嬢・・・おっと、これはいけない・・・王妃の美貌に俺は混乱してしまったみたいだ・・・どうも始めまして皇太子、ジョニーです、よろしくお願いします」
俺はウィットな大人の受け答えに敢えて持っていった。
王妃の怒りを誤魔化す為に。
それに対して、満更でも無い表情を浮かべる王妃。
これを可愛いと思う俺はどうなんだろうか?
これはしてやったりか?
一方、何がなんだが分かっていない混乱している皇太子に対して、俺はグイッ!と手を差し出した。
皇太子は呆けて唖然としている。
この対応は意外過ぎたのかもしれない。
一部の冷静な者は、それを見て血相を変えていた。
中には武器を手に掛けようとする警護の者もいた。
そして何の合図も無しに、しれっと皇太子の背後をとるクロムウェルさん。
あんた居たんだね・・・
その行動で警護の者達は動きを封じられていた。
クロムウェルさんはサムズアップを決めていた。
俺も何気にサムズアップを返していた。
いい仕事するねー。
俺は更に距離を詰めて、皇太子の目の前に詰め寄る。
その行動に一瞬たじろいだ皇太子であったが、諦めたかの如く不意に口元を緩めた。
「ふう・・・なんとも・・・噂通りの人物であったか・・・お前達、そう警戒しなくともよい。大丈夫だ・・・この者に他意はない・・・」
クロムウェルさんに背後を取られて、握手するしか無くなった皇太子。
でもその表樹は朗らかだった。
俺達はガッチリと握手を交わした。
それを見て騒めくお客さん。
「なにこれ?」
「皇太子とも親しくなるの?」
「ジョニー店長は凄いねぇ」
俺はそんなお客さんを放っといて、
「ね?失礼なんてありませんよ王妃」
この対応に安堵の笑みを浮かべる王妃。
「どうやらシュタイナーの敵う相手ではなさそうですね、ウフフ」
一笑いした後に一転、表情を改める王妃。
「さて、愚息は何処へ?」
おっと、これはどうにも一波乱ありそうだな。
王妃は背筋を伸ばして俺を直視していた。
当のライゼルは一心不乱に温泉宿の庭先を弄っていた。
実は先日ライゼルが誕生日という事もあり、俺は奮発してとあるプレゼントをしたのだった。
ちょっと奮発し過ぎたと今は反省している。
それは盆栽であった。
種明かしをすると、趣味で盆栽を育てている親父にお小遣いを渡して、一鉢貰ってきたのだ。
いや、お小遣いなんて生優しいものではなかったぞ。
あの親父め・・・ここぞとばかりにぼったくりやがって・・・金に困ってねえだろうが!この野郎!
この盆栽をライゼルは、それはそれは喜んでいた。
これは芸術だ、小さな宇宙だ!と散々騒いでいた。
その為、最近のライゼルは飲みながら盆栽を眺めるのが日課となっている。
そして自らも盆栽を育てると、息巻いていた。
俺は盆栽には通じていないが、それなりに手間暇がかかるはず。
まあ頑張ってくれよ。
栽培方法は本をプレゼントしておいたが、文字は読めないだろうけれども、写真がふんだんに使われていた教本であった為、其れなりには理解出来るだろうと思う。
後は自分で読み解いてくれ。
そんなこともあってか、ライゼルは温泉街の庭先から離れなくなっていた。
時間を見つけては庭先で何かしら作業を行っている。
もうこなってくると、こいつは冒険者ではないな・・・
只の庭師だ。
俺もちょうど手が空いた為、王妃達に同行することにした。
その方がライゼルには都合が良いかと考えたからだ。
それに興味があったし、親子の再会を微笑ましく見守ろうと思ったのだ。
案の定ライゼルは温泉旅館の庭先を熱心に弄っていた。
優しそうな表情を浮かべて、花を愛でていた。
ライゼルはしゃがみこんでいる。
そこに俺は声を掛けた。
「おい!ライゼル!お見えになったぞ!」
ライゼルはビクッと起き上がると、一目散に駆け寄ってきた。
そして王妃と皇太子に対して跪き、下を向いていた。
「美容院『アンジェリ』の専属庭師ライゼルで御座います!」
大きな声で名乗りを上げていた。
それを包容力に満ちた笑顔で受け入れる王妃。
それとは逆にライゼルを睨みつける皇太子。
おっと、これは何かありそうか?
不意に皇太子はライゼルの腕を捕って、立ち上がらせた。
なかなか強引である。
皇太子を驚きの表情で見つめるライゼル。
パアーーーン!
突如頬を張る音が木霊した。
皇太子はノーモーションでライゼルの頬を平手打ちしていた。
おおっ!痛そう・・・まさかのビンタであった。
「ふざけるなフェルン!何が庭師ライゼルだ!お前は私の大事な弟のフェルンだ!そんな名など名乗るでないわ!」
皇太子は周りの事等気にせずに大声で叫んでいた。
「フェルン!王家に戻ってこい!廃嫡なんて私は認めない!お前は俺の弟だ!」
皇太子はライゼルの肩をガッチリと掴んで離さない。
そして皇太子は全力でライゼルを抱きしめた。
その発言と行動に、驚きと共に涙を流すライゼル。
ライゼルはやっと理解したのだった、兄がなぜ怒っていたのかを。
兄は只単に大事な弟を失いたく無かったのだ。
事情がなんであれ、その事を認めたくは無かったのだ。
その愛情をライゼルは全身で受け止めていた。
ライゼルの肩は揺れていた、嗚咽を漏らして。
「兄上・・・兄上・・・」
と呟いていた。
しかし、ライゼルも腹が決まっている。
のこのこと今更王家に戻る訳にはいかない。
「兄上・・・私は・・・否・・・俺は庭師ライゼルです!俺は決めたんです!一流の庭師になると!」
「なっ!・・・」
ガバっとライゼルを離すとその眼を凝視する皇太子。
視線に動揺が現れていた。
何を言い出したのかと驚愕していた。
そこに王妃が割って入る。
「シュタイナー、よく見てごらん。この庭先を・・・」
「母上・・・」
王妃はシュタイナー皇太子の肩に手を置いて宥める。
「よく見てごらんなさい、この色とりどりの花々を、そして草木を、ここまでの庭園を造るのは並大抵のことではありませんよ」
訳も分からず庭先を見つめる皇太子。
「シュタイナー、植物はね。簡単に育つものではないのですよ。その育て方はとても繊細なのです。あなたにそれが分かりますか?」
「それは・・・」
動揺を隠せない皇太子。
「兄上、否、皇太子殿下・・・今度お時間をいただけませんでしょうか?是非庭先の造り方をご説明させて下さい。それに私には盆栽があります。是非ご覧に入れて頂きたい!」
力強く皇太子を見つめるライゼル。
「盆栽?」
「はい、盆栽は小さな世界です!」
興奮の表情のライゼル。
「庭師ライゼルや、余には見せては貰えないのか?」
小悪魔的な笑みでライゼルを見つめる王妃。
ここに配慮が伺える。
「無論!王妃殿下にもご覧になって頂きます!」
「そうかそうか、いいからこっちにおいで、ライゼルや」
ライゼルを手招きしている王妃。
照れて頭を掻いているライゼル。
そしてライゼルを全身で抱擁する王妃。
王妃は静かに涙を流していた。
とても綺麗な涙だと俺は感じた。
これが母親かと感慨深くなってしまう。
この王妃はなんて心の広いお方なんだろう。
あの国王が尻に敷かれているもの頷けるな。
素晴らしい人格者じゃないか。
ライゼルは嗚咽を漏らして泣いていた。
それを優しく抱擁し、ライゼルの全てを受け止めている王妃。
俺はふと自分の母親を思い出していた。
どうにも王妃に似ていると感じたからだ。
姿形は全く似ていない。
でもその佇まいや、振舞、そしてその愛情深さ。
母親とはこんなにも優しいのだと胸を打たれてしまった。
感動の再会の所すまないが、そろそろ先に進めようと思う。
「さあ、先ずは温泉にでも浸かってください。美肌の湯ですよ」
「ほう、美肌の湯とな?」
ライゼルを離すと、興味深々の様子で俺を見つめる王妃。
はやり美肌はキラーワードだな。
これまでにもどれだけこの反応を見て来たことか。
「それに、万病にも効くらしいですよ」
「それはそれは・・・」
今度は皇太子がこれに食いつく。
ん?何か御病気でもあるのかい?
「何かありましたか?」
「いや・・・気にしないでくれ・・・」
返って気になるんですけど・・・まあいいか・・・
「ささ、俺がエスコートして差し上げますよ」
ライゼルがぐいっと前に出てくる。
「じゃあライゼル、任せたぞ」
王妃達をライゼルに押し付けて、俺は美容院に帰る事にした。
これは夜のバーが忙しくなりそうだな。
リックなら上手くやるだろうからいいか。
でも、例の件があるから俺も他人事には出来ないんだけどね。
まだ気は抜けないな。

