伝承はさておき、遂にシャンプーが完成した。
それもこの世界の素材を使用してだ。
これを鼻息辛く俺は受け止めていた。
よっしゃー!とガッツポーズを決めたくなった。
これは大きな第一歩だと興奮している。
この偉業を成し遂げたユリメラさんは誇らしげにしていた。

「この後は、私はシャンプー屋になってしまいそうだねえ」
等と愚痴を溢しつつも、目元は緩んでいた。
薬師としての仕事を成し遂げたという達成感だろうか。

問題となった界面活性剤だが、日本のネットの知識と、ユリメラの薬師の知識を総動員して完成に至る事ができた。
それなりに苦労しましたよ。

ネットでの成分としてはムクロジエキス。
果皮からの抽出物である。
この世界にある様々な果実を野菜屋から取り寄せ、配合や配分を変えて何百通りの方法を試してみた。
実に根気が試される出来事だった。
結果として辿り着いた界面活性剤は、果物の皮を使っていることもあってか、匂いも良い満足の出来る物に仕上がった。
更には防腐剤として役に立ったのは余りに身近な緑茶だった。
まさか、こんなに身近にあった物が役に立つとは思わなかった。
この世界にも緑茶は存在する。
これは大量に仕入れる事が出来る素材だ。

とはいっても、はやりここは水が混じっている為、早い消費をお勧めしたい事に変わりは無い。
まだ検証段階であるのだが、だいたい一ヶ月経つと、匂いが不味いことになってくる。
腐食臭とまでは言わないが、頭に塗りたくはないと感じてしまうのだ。
どうしても衛生観念から、ここは見逃すことが俺には出来そうにない。
神経質だと言われかねないが、そんなものだと受け止めて欲しい。
美容師は衛生的でないと勤まらないからね。



どうしても日本のシャンプーには引けを取ってしまうが、ここから先はユリメラさんが改良を加えると約束してくれた為、その後に期待しようと俺は思う。
こうしてこの世界での材料でシャンプーが出来上がった。
俺にとっては嬉しい限りだ。

そしてここでまさかのマリオさんが、以前買い取ると話していた空のシャンプーボトルが役にたった。
今思うと素晴らしい先見の明である。
たまたまかもしれないが・・・
でも、それだけでは数が全く足らず、硝子屋のチョモランマさんがシャンプー用の硝子の器を大量に作る羽目になってしまった。
先日寝る暇が無いとぼやいていたよ。
お疲れ様です・・・頑張ってください。
こう言う羽目になっていた。

こうなってくると次が面白くなってくるのだが、そうはいかなかった。
それはシャンプー台のお湯問題であった。
こればかりは俺にはどうしようも出来無かった。
ガス給湯器をひけらかす訳にはいかないし、なにより、天然ガスをどうやって収集すればいいのかなんてさっぱり分からない。
こうなると期待できるのは一つしかなかった。
それはそう・・・魔法であった。
俺は魔法に期待を寄せるしか無かったのである。



実際の所、魔道具の仕組みを俺は何も分かってはいない。
色々と聞き周ってはみたが、さっぱり分からなかった。
そもそもの話、俺は魔法を全く理解していない。
魔法って何?が嘘偽らざる感想である。
この異世界に来てから一年以上経つが、全く理解が及ばない。
でも魔法をある意味身近にこれまで感じてはきたのは事実だ。

先ずはフェリアッテのチャームだ。
恐らくあれが始めて魔法に接したタイミングだと思う。
余りの出来事に驚いたことを覚えている。
お守りがなかったら大変だったんだろうけどね。
もしお守りが無かったら俺は奴の傀儡になっていただろうし。
おー怖!身震いするよ。

でもこの世界が異世界だと痛感した出来事だった事に変わりは無い。
日本であればチャームの魔法なんて存在しないしね。
小説や漫画の世界でしかないからだ。
でもこの異世界には実際に魔法が存在している。
だって伯爵は年柄年中このチャームの魔法で支配されていたのだから。
可愛そうな話だよな、全く。
操られ続けて慢性的な片頭痛に悩まされていたって話だし。
視界もぼんやりしていたって言ってたしね。
あー、やだやだ。

あとは変てこな魔導士を謳う婆あを、店から追い出したぐらいだろうか?
なんだったんだよあの婆あはさ・・・
雑魚にも程があるよ・・・
後は何があったかな?いまいち覚えていないな・・・

こうやって振り返ってみると俺の身には、魔法はそれなりに近い様で、縁遠く感じてしまう物みたいだ。
この二件ぐらいだしね。
本当はもっとあったのかもしれないけど、そもそも美容院『アンジェリ』では魔法が発動出来ないからね。
でもリックに言わせるとそんなもんなんじゃねえのか?という事らしい。
何がそんなものなのかはいまいち理解しがたいが、おそらく直接魔法に触れる事は珍しいことなんだと思う。
俺はそう解釈している。
魔法は身近な物では無いということだ。

だが一転、魔道具はこの世界には浸透している。
これの差はどうしてだろうかという疑問を、俺はカットにきていたギャバンさんにぶつけてみた。
彼なら的を得た回答が貰えると思ったからだ。
困った時のギャバンさんってね。

彼の回答はこうだった。
「これは魔導士を国や領が召し抱えている弊害かと思います」
どうやら社会の構造的な問題であるみたいだった。
これは根が深そうだ・・・

どういうことかと言うと、魔導士は法律において、国に仕える事や領地に仕える事を義務づけられている。
即ち、それは魔法が使えると分かったら、自ら国や領主に申し入れなければならない事を意味する。
どうして国や領地に仕えなければならないかとかという理由は、簡単な話、魔法は自国防衛の最たる手段になるからだ。
どうにもここに俺は違和感を感じる。

それほどまでに魔法は強力な武力や防御手段となるからだ。
他国に侵略された時の最大の防御、最大の防壁となるのだ。
この意味は大きい。
魔法とは武力と切っては離せない物である。
万が一戦争になってしまった際に、真っ先に行使する武力は魔法なのである。
戦力という面でみればそうなる事は疑いようもない。
その理由は単純で、剣で切り結ぶよりも、遠距離から魔法で攻撃を加えた方が犠牲が少ないからだ。
悲しいかな、この異世界では魔法はその様に捕らえられていた。
他にも利用方法いくらでもはあるだろうに・・・なんだかねえ。

実は魔法には武力となる魔法以外にも、様々な魔法がある。
それは生活に結び付いている魔法だ。
代表例としては、おトイレに使われている浄化の魔法だ。
他にも照明の魔法とか、通信の魔法とか。
まだまだ多数あるのだが、俺はこれぐらいしか知らない。
要は生活魔法と呼ばれる類の魔法が存在し、国民の生活を支えているのである。
ここを開発していった方がより豊かな生活に繋がるだろうにとは、俺の解釈でしかないのだが・・・
ここは価値観の違いだろうね。
どうしてもここの溝は簡単には埋まらないだろうな。
歯痒いねえ・・・



魔法を使える魔導士の処遇に関しては、国や領が召し抱える事が法律で定められているのだが。
これはどう捉える事が正解なのかは意見が分かれる所だ。

詰まる処、国仕えとは日本でいう国家公務員に当たる。
安定した職業であり、食べていくには困らないだろうし、それなりに経済的にも恵まれているのではなかろうか?
それになによりも社会的信用度が高いと思われる。
簡単な話、日本であれば国が倒産することは皆無に等しい為、住宅ローンが組みやすい等、国家公務員は優遇される要素がある。

でも逆をいえば、上限がある。
どれだけ出世を果たしても、大企業の重役並みの年収には到底追いつかない。
良くても大企業の課長クラスであろうと予想される。
あくまで年収だけを切り取っただけであって、これが正解では無い事を俺はよく分かっているのだが・・・
詰まる処、お客さんからの受け売りだから、本当にそうなのかは俺はよく知らない事をご承知おき下さい。
なんとなくその言い分は正しいと思うけどね。

それに公務員は自由度が低いとも感じる。
新たな事に挑戦することに高いハードルがあると思えてしまう。
制限やらなにやら、前例が無いとかさ・・・
あくまで俺のイメージの為、その限りでは無い事を分かっていて欲しいのだが。



俺が知る限り、この異世界の人々の価値観は本当に様々だ。
社会の構造がそうさせているのかもしれない。
特に冒険者達はその日暮らしな者達が多いし、一発当ててやろうという野心家も多い。
こいつらの生態は未だ理解しがたい。
一転、商人達は堅実であろうとする者達が多い。
余りにその差が激しい。
結局の所、価値観なんて様々過ぎて、延べ一端とはいかないものだ。
文化が違えば、価値観が違って当然だろうということになる。
間違っても日本の価値観を押し付けてはいけない。
ここは異世界なのだから。

おっと、脱線してしまっているな。
いずれにしても、この国では魔導士は重宝されていることには変わりは無い。
ギャバンさん曰く、それなりの年収を貰っている様だし、一目置かれている存在のようでもある。
それに魔導士特有の利権もあるらしい・・・

残念ながらそれを自分が特別な存在だと勘違いする魔導士が多いとも、ギャバンさんは漏らしていたけどね。
エリート意識というやつだろうか?
俺にはさっぱり分からない思考だ。
生まれ持った才能をひけらかして、他者よりも自分は上であるなんてどうして思えるのだろうか?
その理由がよく分からない。
そもそも他者と比べる必要がどこにあるのだろうか?
多少は気持ちは分からなくもないが、他者と比べて得れる尊厳なんて、自己満足以外の何物でもないと俺は思っている。
他者よりも優れているから何なのか?
幸せの尺度なんて人其々だろう。
それにそんな自己満足なんて本当にいるのだろうか?
たいして誇れる物でもないだろうと思うのだが・・・

才能とは自ら努力し勝ち得るものであると俺は信じている。
本当の才能とは生まれもった物では無く、自らの努力で勝ち得る物だと俺は思っている。
そうは思わないだろうか?
才能とは才と能と書く。
才とは即ち年齢を差す単語であるし、能とは能力を差す単語であると思う。
要は年齢に応じた能力という事に他ならない。
それは年月を重ねて得る能力に違い無だろう。
即ちそれは努力によって得る物である筈だ。
俺の解釈はこうなる。

生まれ持って顔が整っている、生まれ持って背が高い、生まれもって賢い。
等と言い出したら限がないが、生まれ持って不細工だからそれをバネにして努力しようとする、生まれ持って背が低いから、そのコンプレックスをバネにして、人並み以上に頑張る、生まれ持って賢く無いから人の倍以上練習を重ねる。
詰まるところ、その人の心がけ次第だと俺は常々思っている。
才能という言葉に惑わされている内は、二流だと俺は感じている。

例えばシルビアちゃんだ。
彼女は美容師としての才能があるのかといえば、有るとも無いとも言えない。と言うのが俺の偽らざる感想だ。
彼女の接客はずば抜けているのは確かだが、あれは才能では無く、育ちや意識の高さだと思うからだ。
たぶん彼女は自分自身で、美容師の才能があるとは微塵にも思っていない筈だ。
彼女の行動や発言を聞く限りそう思う。

結局の所、才能なんて誰が言い出したのか知らないが、簡単な話、習得が速いか遅いかでしかないだろう。
俺にはそうとしか思えない。
早ければ才能がある、遅ければ才能がない。
そう勝手に断じてしまっているだけに過ぎないのではないだろうか?
それも才能が無い者達がだ・・・残念な話しではあるのだが。
少々捻くれて居るだろうか?



ただ、こと魔法に関しては話が変わるが、これは才能では無く俺は個人差では無いかと捉えている。
それは個性であり、人格であり、持ち味、はたまた性格であると。
生まれ持っての先天的な物なのか?後天的な物なのか?
俺には分からないし、それを紐解きたいとも思わない。
そうする理由が無いからだ。
ただ、先天的であれ、後天的であれ、他者が持っていないことを理由に自分を優秀だと思う事は残念でしょうがない。

でも魔道具に関しては、魔導士が一手間かけていることだけは把握している。
問題はその仕組みがトップシークレットとされており、伯爵ですらもその仕組みの一端しか知らない秘匿事項になっていることだった。

こうなってくると、俺の競合を造ろう作戦が頓挫してしまう。
これは由々しき事態だ。
魔道具を紐解かない限りこの作戦は達成できない。

これまでにもマリオさん始め、他の道具屋にも魔道具の構造や仕組みを知りたいと、話を何度かしてみた事があったが、彼らもここには全く通じていなかった。
彼らはその道具を売買しているだけであって、仕組みや構造を知ろうにも、やはりトップシークレットの壁を突破出来ていなかったのだ。

因みにこの魔道具の製造元は国や領直轄の魔道具製造部であるらしく、そこから仕入れているらしい。
その存在は謎のベールに包まれている。
秘匿特権があるらしく、魔導士以外の者が踏み入る事は出来ないみたいだ。

そして自分の領の部所であるにも関わらず、領主である伯爵ですらもその仕組みや構造は知らされていなかった。
これは何でだろうか?
秘匿特権とはそれほどまでに重大な物であるのだろうか?
俺にはこの疑問を払拭することは出来なかった。
余りに特異体質が過ぎるのである。

その為、俺はどうにかしてそれを教えてくれる、アウトローな魔導士を探そうと考えている。
一見回り道であるかと思われるのだが、これが正道だと直感的に感じたからだ。

というのも、正規の魔導士は国や領の直轄である為、教えてくれと言っても、仕組みを絶対に教えては貰えないだろう。
だってあの伯爵ですらも知らないと言ってるのだからさ。
それに伯爵が俺に嘘を付いている節は全くないしね。
ここはそれに縛られていない者に着眼すべきだろう。
俺はそう考えた。