今の時刻は夜の十一時。
当然日本でも同時刻である。
バー『アンジェリ』の営業は一時間前に終了し、其れと共にジョニーの弟子達の練習も終わり、お店の片づけを終えて、一息ついた後の時間である。
社員寮が出来上がってからというもの、弟子達の練習時間は当然の如く長引いていた。
ジョニーは詭弁として、社員寮が完成したら練習時間が多く設けれると話していたのだが、その詭弁は事実となっていた。
そりゃあそうなるに決まっている。
弟子達の勤勉さは抜きに出ているのだから。
ジョニーもそうなるだろうなとは思っていた筈である。
それでも夜の十時には切り上げる様にとの、ジョニーの言葉はあるものの、何かと都合を付けては弟子達は練習時間を長引かせていた。
熱心にも程があるだろうという話である。
それでも十一時までには片付けを終えて解散となっているのが、最近の『アンジェリ』であった。
夜の十一時にもなると、残っているのはジョニー、シルビア、ライゼル、そしてリックぐらいだが、たまにそれ以外の者が残っている事もあるが、大抵は溺酔客の類である。
はっきり言ってしまえば迷惑客である。
ライゼルが親切に庭先でテントを構えて、寝かされている事もあったりする。
今日に限ってはジョニーとシルビア、ライゼルとリックがカウンター前の席に座って、まったりとした時間を楽しんでいた。
まあ、いつもの顔ぶれであるともいう。
最近ではシルビアもアルコールを嗜むようになっていた。
彼女は所謂ワイン党だ。
白の甘口が好みらしい。
ビールは未だ苦く美味しとは感じていない様子。
前にビールを飲んで、
「もう二度と飲みたくない!」
と断言していた。
齢をとったら味覚は変わるだろうに。
これは若さだろうか?
酒のつまみはお菓子が多く、ポテチがよくテーブルに並んでいる。
そして今川焼も・・・甘味中毒は継続中であった。
やっぱりこれは若さだろう。
最近では餡子の今川焼だけでは無く、カスタードの今川焼も冷凍食品で準備されていた。
シルビアにとっては至れり尽くせりの冷凍食品である。
今日はワインに合わせてチーズを摘まんでいた。
甘党の酒好きは飲んべえだと昔から言われているが、その真偽は分からない。
でもシルビアはそれなりにいける口だった。
ただシルビアは酔うと・・・絡み酒になる。
ジョニーは生ビールを先ずは一気に飲み干す。
最高のプハー!と共に。
取り敢えず生とは言い得て妙である。
それを体現しているジョニーであった。
「この一杯の為に俺は生きているな」
とはジョニーの言である。
随分と親父じみている。
その後はその時の気分で選んでいた。
ワインの日もあれば、もう一杯生ビールの時もある。
ジョニーはツマミは殆ど口にしない。
これは何かしらの拘りであろうか?
リックはもっぱら生ビールだ。
飽きずにチビチビと飲み続けている。
自分の淹れる生ビールに拘りがあるみたいだ。
そしてリックは亀●の柿の種が大好物である為、袋から先ずは柿の種だけを食べて、最後にピーナッツ食べるルーティーンを楽しんでいる。
何気にこの食べ方をしている人をよく見る。
前にライゼルがこのピーナッツを横取りして勝手に食べてしまい、大喧嘩に発展したこともある。
当然の如く二人共ジョニーに首根っこを掴まれて、お店を追い出されていたのだが・・・
まるで子供の喧嘩と大差ない。
実に子供じみた一面もあるリックであった。
ライゼルはジョニーとたいして変わらないが、ツマミは口にしている。
だいたいが冷凍食品の類である。
要は好き勝手にしているということだ。
勝手気儘に食べたい物を食べている。
特に枝豆や、たこ焼きが多い。
そして一杯ひっかけつつも、植物図鑑を眺めているがルーティーンである。
ライゼルにとっての至福の時間であった。
植物図鑑は何度も何度も触れている為、端っこが最早擦切れている。
それでも飽きずにライゼルは眺め続けている。
不意にシルビアがこんな事を言い出した。
どうにもほろ酔いの様子。
ピンクに染まる頬が妖艶さを醸し出していた。
それに少し眼も座っている。
いい加減酔っぱらっているのだろう。
「そういえばライゼルさん、リリスに刻まれている紋章って、何の鳥なんですかぁ?教えてくだいよぉ」
実はシルビアはライゼルが元皇太子である事を知っている。
というより、国王とのやりとりを見て察していた。
もっと言うとこれはシルビアに限った話では無いのだが・・・実に多数の・・・国王は実に脇が甘い・・・
美容院『アンジェリ』のスタッフだけに留まらない。
他にも数名の者達がその出自を理解していた。
当のライゼルはこれに気づいていない。
残念な話しであった。
「ん?この紋章のことか?」
ほろ酔いのライゼルはお客さん用のクローゼットに入っているリリスを取り出すと、紋章をシルビアに観える様に差し出した。
「そう、それです!」
シルビアは紋章を指さしている。
「これはな・・・知りたいか?シルビア」
ライゼルは教えてやろうかと口元を緩める。
とても自慢げだ。
「フェアリーバードだ、伝承は知ってるだろ?シルビア」
隣からリックが掠め取る。
そして頷くシルビア。
「な!リック!お前!」
リックはライゼルを一瞥すると、吐き捨てる様に言い放った。
「お前にフェアリーバードの事を上手く説明できるってのか?ああ?」
「それは・・・まあな・・・」
一気に意気消沈するライゼル。
そんなライゼルを見て鼻で笑うジョニー。
元皇太子の形無しである・・・
「ダッセえな、ライゼル!」
「うるせえ!ジョニー!」
そんな二人をお構いなしにリックは続ける。
いつもの事と取り合っていない。
「ジョニーはフェアリーバードの事は知らないだろう?」
ライゼルを無下に押しやるとジョニーは答えた。
「知らないなあ、有名な話なのか?」
まだライゼルはいきり立っているが、放置されていた。
「まあ、この辺の国でフェアリーバードの事を知らない者はいないだろうな。折角だ。話そうか?」
空気感を無視して、リックは語り口調だ。
「ああ、頼む」
ジョニーも話を聴こうと姿勢を正した。
リックは椅子に腰かけると、ジョニーに視線を向けた。
ここにフェアリーバードの伝承が語られようとしていた。
これが現世に繋がるなど、誰も予想していなかったのを無視して・・・
リックはとつとつと語りだした。
それも生ビールを片手に雄弁に。
まあ聞いてくれよと、その視線が訴えかけていた。
時は数万年前のこと。
リックは我物顔で話だした。
世界は今とは違い、人族と魔族によって、あらゆる所で戦火が巻き起こっていた時代であった。
平和な世界などあり得ない。
世界を二分する戦いが正に繰り広げられていたのである。
この時代を人々は『人魔大戦争時代』と呼ぶ。
余りに遠い記憶の話であった。
それでも未だにその伝承は色あせない。
それ程のインパクトと事実は、未だに消え失せることは無い出来事であったからだ。
そう断言せざるを得ない。
伝承とはそんな物なのかもしれない。
因みにこれは言い伝えられている伝承であり、文献など皆無であった。
そんな物など存在しない。
もっと言うとある訳が無い。
それほどまでに困窮な時代だったのである。
この時代の人族とは人間を始め、エルフ、ドワーフ、他にも獣人等もいたと言い伝えられている。
今とは随分と違っている。
他にも様々な種族がいたがその数は少ないようだった。
そう言い伝えられている。
真意は定かではない。
魔族は魔人と魔獣を中心とした者達であった。
他にもその種族は居たのかもしれないが、詳細は不明である。
魔族の全貌を掴むことは皆無に等しかった。
実際そんなものであろう。
どうして他力の戦力を知ろうものなのか。
それを知る事が出来れば違う時代があったのかもしれない・・・
人族の中ではエルフは魔法に通じており、ドワーフ達は膂力が強く、そして獣人も魔法に長け、膂力の強い逞しい種族だったらしい。
今はそれを推し量ることは出来ない。
だが人間はその数そのものは多いものの、魔法が使える者は極一部であり、膂力も弱く、戦力としては心許なかった事は否めない弱い存在だった。
人族はある意味足を引っ張る存在であったかもしれない。
そう想われている・・・それは今でも・・・
実に儚い話である・・・
魔人は魔法を得意とするだけでは無く、膂力も強く奇想天外な魔術を得意としていた。
その魔法は脅威以外の何物でも無かった。
魔獣もたいして変わりない。
獰猛で無慈悲な者達であった。
ある時魔族の王は、一方的に人族に宣戦布告を告げた。
弱い者は従え、逆らえば殲滅し尽くすだけであると。
それは人族にとっては看過できない話であった。
魔族の奴隷になる訳にはいかない。
なにより自由を脅かされるのを人族は嫌った。
本来穏健であるかの者達も、ここは武器を手にするしかなかった。
ここに一大戦争が勃発したのであった。
世界は突然に一変した。
人族は同盟を組み、一致団結した。
肩を寄せ合い、協力し、この危機を乗り越えようと力を寄せあったのだ。
その旗標となったのはエルフであった。
長命種であり、魔法を極め、自然と共に生きている種族であった。
統率力も並大抵ではないカリスマ性を有していた。
エルフを旗印に人族の結束は固く、絶大な同盟が出来上がっていた。
そして人族の戦力は、数百万を超えたと伝えられている。
対して魔族の戦力は圧倒的であった。
数十万にも満たない戦力であったのだが、個の力が違い過ぎたのだ。
魔族の扱う魔法の威力と、その膂力は桁違いだったのである。
それに魔族の扱う魔法は奇想天外な物が多い。
気が付くと、その術中に嵌っていたなんて事がざらだった。
正に深謀遠慮に富んでいた。
唯一対抗出来たのはエルフとドワーフ、そして獣人である。
しかしエルフとドワーフ、獣人はその数が少ない。
そしてその他の人間は蹂躙されるが儘だった。
その様は眼を覆いたくなる程に凄惨であった。
人間は余りに非力であった。
戦火は苛烈を極めたが、その趨勢は早い段階で決まりつつあった。
結果は魔族側の圧倒的な勝利である。
そして魔族が人族をほぼ壊滅に至らしめ『人魔大戦争』はあっさりと終結した。
その惨状は一方的な魔族側の勝利だった。
眼を覆いたくなる程の結末だった・・・
その後世界は、魔族の時代を迎えることになる。
この世界にとっては暗黒の時代となった。
戦争が集結してから数年が経ち、大地は荒廃した更地と化し、森は燃え、海は荒れていた。
大気は淀み、気候変動がおき、世界は死に絶えようとしていた。
もはや自然は死に絶えようとしていた。
魔族は生き残った人族を奴隷とし、侮辱し、そして搾取の限りを尽くしていた。
人族は明日をも知れぬ生活を送っていた。
一方魔族は、欲望の儘に日々の暮らしを謳歌していた。
世界は地獄と化していた。
その有様を天界から眺める女神は遂に決断をする。
この世界を救済しなければならないと。
しかし、神が地上に直接手を降すことは天界のルールに反する。
その為、代理人が執行役として世界に降り立つ事になったのであった。
そして一羽の鳳が天界から地上に降臨した。
それがフェアリーバードである。
聖獣フェアリーバード、神の使い。
かの聖獣は、大きな翼を携え、その尾は七尾あり、色とりどりな優雅さを纏っていた。
その身体は翼を広げると、優に人を五人は飲み込む程だった。
瞳には大いなる知能と慈悲を含んでおり。
この世界にとっては余りに優美な存在だった。
その有り様は悠久の時を感じさせる神々しさがあったと言い伝えられている。
フェアリーバードの神々しさを語るには、雄弁な千両役者でも語り尽くせぬだろう。
それほどまでにフェアリーバードは優雅であった。
フェアリーバードに迷いは無い。
フェアリーバードは魔族の長である、魔王の元へと一目散に馳せ参じた。
これが解決の道であると信じて。
魔王を目の前にして、空間にその身体を留ませながらフェアリーバードは問いかける。
その様は、それを見ていた者達にとっては異様に映っていた。
まるで時が止まっている様に見えたからだ。
そしてフェアリーバードは問いかける、
「魔族の王よ、いかに魔族は人族を蹂躙し、大地を焼き、この世を死に至らせまいとするのか?」
魔王は玉座に座り、片肘を付いて面倒臭そうに答える。
なんで俺がこんなつまらない質問に答えなければいけないのかと。
「ああ?そんなもん、本能に決まってるだろう!蹂躙し、焼き尽くせと叫ぶんだよ!本能に従ってなにが悪い!」
唾を吐き捨てて叫んでいた。
「本能・・・同時に理性を備わっているのでは?」
「はあ?理性!知らねえなそんなもん!」
その発言に溜息を漏らすフェアリーバード。
「・・・念のため尋ねる・・・悔い改める気はあるか?」
「そんなもん・・・ある訳ねぇだろうが!」
そう答えるや否な、腰にぶら下げていた長剣を振りかざし、フェアリーバードに突っ込んでいった魔王。
一閃、その狂気の刃がその首筋を一刀両断にするかと思いきや。
フェアリーバードはその姿を消した。
まるで霧散するかの様に。
魔王城の上空にホバリングしたフェアリーバードは宣言した。
「残念だ、この神の使いである私を手にかけようとは・・・魔族を殲滅する・・・ああ・・・儚いなあ・・・」
上空に羽ばたくとその身に魔力を凝縮し、その魔力を一気に解放した。
世界を覆い尽くす魔力が世界の有り様を変えようとしていた。
魔力の大爆発が世界を蹂躙する。
そして世界が揺れ、変貌を遂げていた。
これまでの世界はなんであったのかと眼を疑う程に。
『浄化の雨』そう呼ばれる雨が世界に数日間降り注いだ。
世界の全てを雨雲が覆い尽くし、豪雨が滴り落ちてくる。
その豪雨に降れた魔族は身体が解けて、大地と同化した。
『浄化の雨』は台風を超える暴風を撒き散らし、建物の中に居てもその脅威を凌ぐことは出来なかった。
この豪雨でそのほとんどの魔族は死に絶えることになった。
一部、難を逃れた魔族がその後どうなったのかは知られていない。
そんな魔族が要るともいないとも・・・詳細は定かではなかった。
そして『浄化の雨』は、同時に人族に癒しを与え、焼かれた森を再生し、その大地に生命を植えつけた。
フェアリーバードは人族にメッセージを送り天界へと帰っていく。
そのメッセージとは、
「大地を育み、自然と共生し、文明を開化し、平和な世を築け」
というものであったとされている。
こうしてフェアリーバードは人類の救世主となったのであった。
これがフェアリーバードの伝承であった。
その後フェアリーバードは、
「人族の救世主」
「平和の象徴」
「再生のシンボル」
と呼ばれる事になった。
このフェアリーバードを信仰する者達は多い。
ある意味神以上に絶大な信仰を集めていた。
世界を救った神であると。
「ふーん、そんな逸話があるということか」
「これは逸話というか、伝承に近いな」
説明し終えたリックは、生ビールをグビっと飲み干した。
「なるほど」
「物語としては単純だ、当然真意は分からねえが、こんな単純な話が捻じ曲がるとは思えねえけどな」
そういう捉え方もありだなと頷くジョニー。
「これがフェアリーバードの伝承だ。その平和の象徴であるフェアリーバードを、王家の紋章としているのがダンバレー国だ」
ライゼルがリリスを掲げる。
「そうか」
「これは何世代にも渡って受け継がれている由緒正しき紋章なんだ」
ライゼルが偉そうにリリスを構えている。
「だから金貨もフェアリーバードって事なんだな?」
「ああ、この金貨と王家の紋章以外で、このデザインを使用することは反逆罪に値する」
「へえー」
そんな話もあっても不思議ではないと、物思いに耽るジョニーであった。
当然日本でも同時刻である。
バー『アンジェリ』の営業は一時間前に終了し、其れと共にジョニーの弟子達の練習も終わり、お店の片づけを終えて、一息ついた後の時間である。
社員寮が出来上がってからというもの、弟子達の練習時間は当然の如く長引いていた。
ジョニーは詭弁として、社員寮が完成したら練習時間が多く設けれると話していたのだが、その詭弁は事実となっていた。
そりゃあそうなるに決まっている。
弟子達の勤勉さは抜きに出ているのだから。
ジョニーもそうなるだろうなとは思っていた筈である。
それでも夜の十時には切り上げる様にとの、ジョニーの言葉はあるものの、何かと都合を付けては弟子達は練習時間を長引かせていた。
熱心にも程があるだろうという話である。
それでも十一時までには片付けを終えて解散となっているのが、最近の『アンジェリ』であった。
夜の十一時にもなると、残っているのはジョニー、シルビア、ライゼル、そしてリックぐらいだが、たまにそれ以外の者が残っている事もあるが、大抵は溺酔客の類である。
はっきり言ってしまえば迷惑客である。
ライゼルが親切に庭先でテントを構えて、寝かされている事もあったりする。
今日に限ってはジョニーとシルビア、ライゼルとリックがカウンター前の席に座って、まったりとした時間を楽しんでいた。
まあ、いつもの顔ぶれであるともいう。
最近ではシルビアもアルコールを嗜むようになっていた。
彼女は所謂ワイン党だ。
白の甘口が好みらしい。
ビールは未だ苦く美味しとは感じていない様子。
前にビールを飲んで、
「もう二度と飲みたくない!」
と断言していた。
齢をとったら味覚は変わるだろうに。
これは若さだろうか?
酒のつまみはお菓子が多く、ポテチがよくテーブルに並んでいる。
そして今川焼も・・・甘味中毒は継続中であった。
やっぱりこれは若さだろう。
最近では餡子の今川焼だけでは無く、カスタードの今川焼も冷凍食品で準備されていた。
シルビアにとっては至れり尽くせりの冷凍食品である。
今日はワインに合わせてチーズを摘まんでいた。
甘党の酒好きは飲んべえだと昔から言われているが、その真偽は分からない。
でもシルビアはそれなりにいける口だった。
ただシルビアは酔うと・・・絡み酒になる。
ジョニーは生ビールを先ずは一気に飲み干す。
最高のプハー!と共に。
取り敢えず生とは言い得て妙である。
それを体現しているジョニーであった。
「この一杯の為に俺は生きているな」
とはジョニーの言である。
随分と親父じみている。
その後はその時の気分で選んでいた。
ワインの日もあれば、もう一杯生ビールの時もある。
ジョニーはツマミは殆ど口にしない。
これは何かしらの拘りであろうか?
リックはもっぱら生ビールだ。
飽きずにチビチビと飲み続けている。
自分の淹れる生ビールに拘りがあるみたいだ。
そしてリックは亀●の柿の種が大好物である為、袋から先ずは柿の種だけを食べて、最後にピーナッツ食べるルーティーンを楽しんでいる。
何気にこの食べ方をしている人をよく見る。
前にライゼルがこのピーナッツを横取りして勝手に食べてしまい、大喧嘩に発展したこともある。
当然の如く二人共ジョニーに首根っこを掴まれて、お店を追い出されていたのだが・・・
まるで子供の喧嘩と大差ない。
実に子供じみた一面もあるリックであった。
ライゼルはジョニーとたいして変わらないが、ツマミは口にしている。
だいたいが冷凍食品の類である。
要は好き勝手にしているということだ。
勝手気儘に食べたい物を食べている。
特に枝豆や、たこ焼きが多い。
そして一杯ひっかけつつも、植物図鑑を眺めているがルーティーンである。
ライゼルにとっての至福の時間であった。
植物図鑑は何度も何度も触れている為、端っこが最早擦切れている。
それでも飽きずにライゼルは眺め続けている。
不意にシルビアがこんな事を言い出した。
どうにもほろ酔いの様子。
ピンクに染まる頬が妖艶さを醸し出していた。
それに少し眼も座っている。
いい加減酔っぱらっているのだろう。
「そういえばライゼルさん、リリスに刻まれている紋章って、何の鳥なんですかぁ?教えてくだいよぉ」
実はシルビアはライゼルが元皇太子である事を知っている。
というより、国王とのやりとりを見て察していた。
もっと言うとこれはシルビアに限った話では無いのだが・・・実に多数の・・・国王は実に脇が甘い・・・
美容院『アンジェリ』のスタッフだけに留まらない。
他にも数名の者達がその出自を理解していた。
当のライゼルはこれに気づいていない。
残念な話しであった。
「ん?この紋章のことか?」
ほろ酔いのライゼルはお客さん用のクローゼットに入っているリリスを取り出すと、紋章をシルビアに観える様に差し出した。
「そう、それです!」
シルビアは紋章を指さしている。
「これはな・・・知りたいか?シルビア」
ライゼルは教えてやろうかと口元を緩める。
とても自慢げだ。
「フェアリーバードだ、伝承は知ってるだろ?シルビア」
隣からリックが掠め取る。
そして頷くシルビア。
「な!リック!お前!」
リックはライゼルを一瞥すると、吐き捨てる様に言い放った。
「お前にフェアリーバードの事を上手く説明できるってのか?ああ?」
「それは・・・まあな・・・」
一気に意気消沈するライゼル。
そんなライゼルを見て鼻で笑うジョニー。
元皇太子の形無しである・・・
「ダッセえな、ライゼル!」
「うるせえ!ジョニー!」
そんな二人をお構いなしにリックは続ける。
いつもの事と取り合っていない。
「ジョニーはフェアリーバードの事は知らないだろう?」
ライゼルを無下に押しやるとジョニーは答えた。
「知らないなあ、有名な話なのか?」
まだライゼルはいきり立っているが、放置されていた。
「まあ、この辺の国でフェアリーバードの事を知らない者はいないだろうな。折角だ。話そうか?」
空気感を無視して、リックは語り口調だ。
「ああ、頼む」
ジョニーも話を聴こうと姿勢を正した。
リックは椅子に腰かけると、ジョニーに視線を向けた。
ここにフェアリーバードの伝承が語られようとしていた。
これが現世に繋がるなど、誰も予想していなかったのを無視して・・・
リックはとつとつと語りだした。
それも生ビールを片手に雄弁に。
まあ聞いてくれよと、その視線が訴えかけていた。
時は数万年前のこと。
リックは我物顔で話だした。
世界は今とは違い、人族と魔族によって、あらゆる所で戦火が巻き起こっていた時代であった。
平和な世界などあり得ない。
世界を二分する戦いが正に繰り広げられていたのである。
この時代を人々は『人魔大戦争時代』と呼ぶ。
余りに遠い記憶の話であった。
それでも未だにその伝承は色あせない。
それ程のインパクトと事実は、未だに消え失せることは無い出来事であったからだ。
そう断言せざるを得ない。
伝承とはそんな物なのかもしれない。
因みにこれは言い伝えられている伝承であり、文献など皆無であった。
そんな物など存在しない。
もっと言うとある訳が無い。
それほどまでに困窮な時代だったのである。
この時代の人族とは人間を始め、エルフ、ドワーフ、他にも獣人等もいたと言い伝えられている。
今とは随分と違っている。
他にも様々な種族がいたがその数は少ないようだった。
そう言い伝えられている。
真意は定かではない。
魔族は魔人と魔獣を中心とした者達であった。
他にもその種族は居たのかもしれないが、詳細は不明である。
魔族の全貌を掴むことは皆無に等しかった。
実際そんなものであろう。
どうして他力の戦力を知ろうものなのか。
それを知る事が出来れば違う時代があったのかもしれない・・・
人族の中ではエルフは魔法に通じており、ドワーフ達は膂力が強く、そして獣人も魔法に長け、膂力の強い逞しい種族だったらしい。
今はそれを推し量ることは出来ない。
だが人間はその数そのものは多いものの、魔法が使える者は極一部であり、膂力も弱く、戦力としては心許なかった事は否めない弱い存在だった。
人族はある意味足を引っ張る存在であったかもしれない。
そう想われている・・・それは今でも・・・
実に儚い話である・・・
魔人は魔法を得意とするだけでは無く、膂力も強く奇想天外な魔術を得意としていた。
その魔法は脅威以外の何物でも無かった。
魔獣もたいして変わりない。
獰猛で無慈悲な者達であった。
ある時魔族の王は、一方的に人族に宣戦布告を告げた。
弱い者は従え、逆らえば殲滅し尽くすだけであると。
それは人族にとっては看過できない話であった。
魔族の奴隷になる訳にはいかない。
なにより自由を脅かされるのを人族は嫌った。
本来穏健であるかの者達も、ここは武器を手にするしかなかった。
ここに一大戦争が勃発したのであった。
世界は突然に一変した。
人族は同盟を組み、一致団結した。
肩を寄せ合い、協力し、この危機を乗り越えようと力を寄せあったのだ。
その旗標となったのはエルフであった。
長命種であり、魔法を極め、自然と共に生きている種族であった。
統率力も並大抵ではないカリスマ性を有していた。
エルフを旗印に人族の結束は固く、絶大な同盟が出来上がっていた。
そして人族の戦力は、数百万を超えたと伝えられている。
対して魔族の戦力は圧倒的であった。
数十万にも満たない戦力であったのだが、個の力が違い過ぎたのだ。
魔族の扱う魔法の威力と、その膂力は桁違いだったのである。
それに魔族の扱う魔法は奇想天外な物が多い。
気が付くと、その術中に嵌っていたなんて事がざらだった。
正に深謀遠慮に富んでいた。
唯一対抗出来たのはエルフとドワーフ、そして獣人である。
しかしエルフとドワーフ、獣人はその数が少ない。
そしてその他の人間は蹂躙されるが儘だった。
その様は眼を覆いたくなる程に凄惨であった。
人間は余りに非力であった。
戦火は苛烈を極めたが、その趨勢は早い段階で決まりつつあった。
結果は魔族側の圧倒的な勝利である。
そして魔族が人族をほぼ壊滅に至らしめ『人魔大戦争』はあっさりと終結した。
その惨状は一方的な魔族側の勝利だった。
眼を覆いたくなる程の結末だった・・・
その後世界は、魔族の時代を迎えることになる。
この世界にとっては暗黒の時代となった。
戦争が集結してから数年が経ち、大地は荒廃した更地と化し、森は燃え、海は荒れていた。
大気は淀み、気候変動がおき、世界は死に絶えようとしていた。
もはや自然は死に絶えようとしていた。
魔族は生き残った人族を奴隷とし、侮辱し、そして搾取の限りを尽くしていた。
人族は明日をも知れぬ生活を送っていた。
一方魔族は、欲望の儘に日々の暮らしを謳歌していた。
世界は地獄と化していた。
その有様を天界から眺める女神は遂に決断をする。
この世界を救済しなければならないと。
しかし、神が地上に直接手を降すことは天界のルールに反する。
その為、代理人が執行役として世界に降り立つ事になったのであった。
そして一羽の鳳が天界から地上に降臨した。
それがフェアリーバードである。
聖獣フェアリーバード、神の使い。
かの聖獣は、大きな翼を携え、その尾は七尾あり、色とりどりな優雅さを纏っていた。
その身体は翼を広げると、優に人を五人は飲み込む程だった。
瞳には大いなる知能と慈悲を含んでおり。
この世界にとっては余りに優美な存在だった。
その有り様は悠久の時を感じさせる神々しさがあったと言い伝えられている。
フェアリーバードの神々しさを語るには、雄弁な千両役者でも語り尽くせぬだろう。
それほどまでにフェアリーバードは優雅であった。
フェアリーバードに迷いは無い。
フェアリーバードは魔族の長である、魔王の元へと一目散に馳せ参じた。
これが解決の道であると信じて。
魔王を目の前にして、空間にその身体を留ませながらフェアリーバードは問いかける。
その様は、それを見ていた者達にとっては異様に映っていた。
まるで時が止まっている様に見えたからだ。
そしてフェアリーバードは問いかける、
「魔族の王よ、いかに魔族は人族を蹂躙し、大地を焼き、この世を死に至らせまいとするのか?」
魔王は玉座に座り、片肘を付いて面倒臭そうに答える。
なんで俺がこんなつまらない質問に答えなければいけないのかと。
「ああ?そんなもん、本能に決まってるだろう!蹂躙し、焼き尽くせと叫ぶんだよ!本能に従ってなにが悪い!」
唾を吐き捨てて叫んでいた。
「本能・・・同時に理性を備わっているのでは?」
「はあ?理性!知らねえなそんなもん!」
その発言に溜息を漏らすフェアリーバード。
「・・・念のため尋ねる・・・悔い改める気はあるか?」
「そんなもん・・・ある訳ねぇだろうが!」
そう答えるや否な、腰にぶら下げていた長剣を振りかざし、フェアリーバードに突っ込んでいった魔王。
一閃、その狂気の刃がその首筋を一刀両断にするかと思いきや。
フェアリーバードはその姿を消した。
まるで霧散するかの様に。
魔王城の上空にホバリングしたフェアリーバードは宣言した。
「残念だ、この神の使いである私を手にかけようとは・・・魔族を殲滅する・・・ああ・・・儚いなあ・・・」
上空に羽ばたくとその身に魔力を凝縮し、その魔力を一気に解放した。
世界を覆い尽くす魔力が世界の有り様を変えようとしていた。
魔力の大爆発が世界を蹂躙する。
そして世界が揺れ、変貌を遂げていた。
これまでの世界はなんであったのかと眼を疑う程に。
『浄化の雨』そう呼ばれる雨が世界に数日間降り注いだ。
世界の全てを雨雲が覆い尽くし、豪雨が滴り落ちてくる。
その豪雨に降れた魔族は身体が解けて、大地と同化した。
『浄化の雨』は台風を超える暴風を撒き散らし、建物の中に居てもその脅威を凌ぐことは出来なかった。
この豪雨でそのほとんどの魔族は死に絶えることになった。
一部、難を逃れた魔族がその後どうなったのかは知られていない。
そんな魔族が要るともいないとも・・・詳細は定かではなかった。
そして『浄化の雨』は、同時に人族に癒しを与え、焼かれた森を再生し、その大地に生命を植えつけた。
フェアリーバードは人族にメッセージを送り天界へと帰っていく。
そのメッセージとは、
「大地を育み、自然と共生し、文明を開化し、平和な世を築け」
というものであったとされている。
こうしてフェアリーバードは人類の救世主となったのであった。
これがフェアリーバードの伝承であった。
その後フェアリーバードは、
「人族の救世主」
「平和の象徴」
「再生のシンボル」
と呼ばれる事になった。
このフェアリーバードを信仰する者達は多い。
ある意味神以上に絶大な信仰を集めていた。
世界を救った神であると。
「ふーん、そんな逸話があるということか」
「これは逸話というか、伝承に近いな」
説明し終えたリックは、生ビールをグビっと飲み干した。
「なるほど」
「物語としては単純だ、当然真意は分からねえが、こんな単純な話が捻じ曲がるとは思えねえけどな」
そういう捉え方もありだなと頷くジョニー。
「これがフェアリーバードの伝承だ。その平和の象徴であるフェアリーバードを、王家の紋章としているのがダンバレー国だ」
ライゼルがリリスを掲げる。
「そうか」
「これは何世代にも渡って受け継がれている由緒正しき紋章なんだ」
ライゼルが偉そうにリリスを構えている。
「だから金貨もフェアリーバードって事なんだな?」
「ああ、この金貨と王家の紋章以外で、このデザインを使用することは反逆罪に値する」
「へえー」
そんな話もあっても不思議ではないと、物思いに耽るジョニーであった。

