晩餐会の影響は美容院『アンジェリ』の至る所に現れていた。
相当なインパクトを領民に残したみたいだ。
まあ絶賛されたからね。
先ずはこれまでに無かった予約があった。
それはセットである。
少しだけ嬉しかった、施術の幅が広がったことに満足感を覚えたよ。
だがこのセットは少々面倒だ。
だってそのセット内容は、髪の毛ツンツンヘアーだからだ。
これは何気に時間と手間が掛かるんだよね・・・
にしても、数日ももつセットではないけど・・・どういうつもりだろうか?
まさか当分の間、髪を洗わないつもりか?
好きにしてくれればいいけどさ。
頭皮が痒くなっても知らねえぞ。
ロックコンサートがどこかであるとでも?
さっぱり分からん。
こちらとしてはやってくれと言われれば、やるだけでしかないのだが・・・

そしてヘアースプレーが飛ぶ様に売れた。
勿論ハードタイプである。
購入してくれるのはありがたいが、ドライヤー無くしてどうセットするつもりなのか?と思っていたが、どうやら最近巷では、ドライヤーを模した魔道具が売られているらしい。
聞く処によるとそれなりに高額だ。
金貨五枚はするらしい。
ヘアードライヤーに五万円はちょっと・・・ぼったくり過ぎじゃねえか?
でもこの世界にとっては最先端の技術となる。
もしかしたらこれでも安い方かもしれない。
なんとも言えないな・・・

そしてパーマの施術内容が大きく変わってきていた。
一番人気はまさかのサ●エさんパーマだ。
特に40代以上の女性に人気だ。
最近ではこの髪形をした女性を街中では見かけないことは無いらしい。
昭和かよ・・・
そういえば、この髪形って正式にはなんて言うんだろうか?
おばちゃんパーマだろうか?
カツオに聞いてみようかな?

二番人気はリーゼントパーマだ。
残念ながら美容院ではアイロンパーマ、所謂アイパーは行わない。
あれは床屋さんでしか扱えないからね。
20代から30代の男女問わず人気がある。
シルビアちゃんがリーゼントパーマをしたいと言っていたが、全力で阻止した。
特別な時にするからいいんだよ、直ぐに飽きるよと、訳の分からない理由を添えておいた。

実際には半年後にはリーゼントは飽きられていた。
流行り廃りが速い。
奇抜な髪形はそんなものだろう。

最後にソバージュが20代の女性に人気だ。
皆な前髪を立てるのが嬉しいみたいだ。
時に私の方が高い、いや私の方が上手に立てられていると、前髪自慢が行われているみたい
だ。
扇子でも振ってくれ、そしてお立ち台に登ってくれ。

あーらしを、おーこーして!
すーべーてを!こーわすの!・・・ってね。



足湯場の式典が開催された。
俺は勿論未出席だ。
お客さん優先なんでね。
随分と人が集まったみたいだ。
そうお客さんからは聞いている。
伯爵は我物顔でスピーチをしていたらしい。
まあ、いいんじゃないかい?
この足湯場は俺の物じゃなくて、領の施設だし。
便宜上管理はこちらで行うけど、経費等は実は伯爵に請求することに成っている。
経費はボディーシャンプーと清掃費ぐらいだけどね。

この足湯場は完成と共に領に寄贈した。
これを伯爵は嘘だろうというあんぐり顔で受け止めていた。
俺からしてみると、領民に楽しんで貰う為に造ったんだから、寄贈して当然。
工事費用も伯爵持ちなんだから何も可笑しくはない。
それに利用料金も無料なんだから、逆説的に言えば、なにかあった時に俺が責任をとらなければいけないのは頂けない。
慈善事業をするほど余裕はありませんのでね。
その為、足湯場を伯爵に寄贈したのだ。

伯爵は最初は困ったなと溢していたが、ギャバンさんからこれはありがたい申し入れです。受け入れて当然かと、というありがたい一押しを経て、受け入れてくれた。
伯爵はこれで更にシャンプー街道が賑やかになると、掌を返して嬉しそうにしていた。
切り替えが速くて助かります。

式典を終えた伯爵は、完成直前の温泉旅館に泊まることになった。
クロムウェルさんに無理を通したみたいだ。
流石のクロムウェルさんも断れなかった様子。
元主人ともなれば、断れないのだろう。
いや、もしかして温泉旅館をクロムウェルさんは自慢したかっただけかもしれない。
あの人は何気にそういったところがあるからね。
お茶目なおじさんですよ。

温泉に浸かってご満悦の伯爵が、夜のバー『アンジェリ』に顔を出した。
相当気持ちよかったのか、その表情は悦に浸っている。
今日は第一夫人のマリアベルさんと、息子のロバート君も同行している為、それなりの大所帯だ。
お付きの者達で溢れかえっている。
リックがお付きの者達を遠慮も無く、お店の手伝いをさせていた。

リックの理屈はこうだ。
「こんな大挙して来られたら、他のお客の迷惑だ。立ちんぼしているぐらいなら配膳ぐらい手伝え!」
筋は通っている。
伯爵もそうだと頷いていた。

この夜のバーだが、客層が大きく変わってきていた。
今では男女年齢問わず通っている。
それに家族連れも多い。
こうなってくると、バーというよりも最早レストランではなかろうか?

そして温泉旅館だが、食堂がある。
提供されるのは晩御飯と朝食のみである。
ここでは実はお酒は提供されないことになっている。
その為、一杯飲みたければ夜のバー『アンジェリ』に行くしかない。
とは言っても歩いて二分だ、目の前にあるからね。
全く苦にはならないだろう。

そうした理由はいくつかあって、先ずはお酒の提供までを行う程の人員が足りていないからだ。
雇う事は簡単だが、そうすべきなのか?という意見が、温泉同好会の方々と、クロムウェルさんの共通意見だ。
目の前にお酒の提供をするお店があるのだから、そこまでする必要はないだろうという話だ。
どうしてかこの人達は、少数精鋭で経営をすることに拘りがあるみたいだ。
俺にはさっぱり分からない。
その癖あまり高額の給料を要求してこない。
どうしてなんだろうか?
別に赤字にならない程度であれば、俺は一向に構わないのだが?
実際に働きまくっているクロムウェルさんの給料は月給金貨25枚だ。
本当は倍は最低でも貰って欲しい。
温泉同好会の人達も似た様なものだ。
彼らに言わせると、毎日この温泉に無料で浸かれるのだから、逆に貰い過ぎだということらしい。
俺には分からんよ・・・

そしてこの儘ではよくないと俺はある事を画策している。
今は明かさないけどね・・・フフフ・・・



そして遂に温泉旅館がオープンした。
流石にここは開店時には俺も入口で並びましたよ。
ちゃんとお客さんを迎えました。
任せますとは言えなかった。
初日ぐらいは顔を出さないとさ・・・一応経営者だし・・・

「おや?ジョニー店長は美容院の方は宜しいのですか?」
そうクロムウェルさんは溢していたが、決して嫌味では無く、本当に良いのかい?という気遣いの一言だった。
そう言われてしまっては、俺も居た堪れないが、ここは空気を読んで甘えることにした。
だって、シルビアちゃん達が烈火の如く早朝の練習を行っているのだから。
それにお前が何でいるのかという視線も、他のスタッフ達からは感じましたのでね・・・

「すいません!後は任せます!」
早々に退散させて貰った。
ここまで割り切ってくれるのならば、甘えさせて貰おう。
というよりも、俺がいない方が良い様な空気感があった。
要らん事をしてすいません、悪気はありません。
ちょっと罪悪感があるだけです・・・分かって貰えないんだろうねえ。
流石にここはさ・・・

朝から温泉に浸かりたいと、行列が出来上がっていた。
多くの人達がタオル片手に並んでいる。
今日は平日だったはず・・・なんだろうか?この賑わいは・・・
ちょっと気が気では無いのだが、俺が心配する事では無い事はよく分かりました。
丸投げに徹します。
余計な事はしません。
はい!ごめんなさい!



温泉旅館に先駆けて、社員寮は既に稼働している。
その為、美容院『アンジェリ』のスタッフ含め、温泉同好会の人達や、クロムウェルさんは既に寮に住んでいる。
因みに、しれっとライゼル達ライジングさん一行がこれに混じっていたのだが、俺は敢えて眼を瞑っていた。
その理由は明らかで、こいつらはそれを望んでいたし、何よりも今の季節は未だしも、冬場にテントで店先で寝られた日には、こいつらは凍えて死んでしまう。

ライゼルならそれでもいいかと思ったが、流石に止めておいたよ。
部屋が二部屋余っていたから、これを認めただけに過ぎないのだけれどね。
流石にメイランと一緒の部屋ではこいつらも寝れ無い為、毎日誰が床で寝るのかとじゃんけんをしている。
・・・布団をもう一つ買えよな。

じゃんけんを教えたのは俺なんだけどさ。
毎回モリゾーが負けるらしい・・・
お前・・・最初のグーの後に・・・なんで毎回自信満々でグーを出すのさ・・・バレバレだっての・・・いい加減気づけよ・・・
モリゾーなら床で寝ても問題無いだろう、特に理由はないけどね。
肉の絨毯があるからかな?

そして驚きの出来事が起こった。
なんと、寝たきりのクリスタルちゃんのお母さんが、今では給仕になっていた。
嘘だろう?という話である。
クリスタルちゃんは驚きよりも嬉しさが勝って、涙ながらに喜んでいた。
良かったねという話なのだが、其れよりも俺は驚きが勝ってしまったよ。

社員寮に一緒に住むことに成ったクリスタルちゃんのお母さんだが、折角だからとクリスタルちゃんが温泉に浸からせた処。
真っ青な肌が一日で健康的な色になり、次の日にはこれまで以上に食欲が増し。
その次の日には起き上がり、リハビリを勝手に始めたらしい。
・・・どうなってんの?
これは温泉の万能に効くという効果なのか?
俺には分からんぞ・・・
何だってんだよ・・・全く・・・
健康的になった事には嬉しくはあるのだよ、でもねえ?
仕組みを教えてくれという話だよ。
どうしてこうなってんのさ・・・
俺にはさっぱりだよ。
クリスタルちゃんのお母さんに会う度に、丁寧にお礼を言われてしまう始末だし。
何が何だがさっぱり分からん・・・
要はこの温泉の効果効能があり得ないとの事なんだろうか?・・・
異世界・・・何でも有かよ?



シャンプー街道は大賑わいとなっていた。
人の波が押し寄せていた。
連日人が絶え間なく横断している。
一年前からは考えられない光景だ。
そして日に日にその賑わいは大きくなっている。

先日ギルドマスターのバッカスさんがひょっこりとお店に現れて、迷惑な事を押し付けられてしまった。

それは、
「ジョニー店長、もうここいら一帯の地域は街だ、そうなると街に名前が必要だ、街の名前を考えてくれ」

「はあ?何で俺が?」

「最初は伯爵に依頼したんだがよう、この街が出来上がったのはジョニー店長のお陰だから、ジョニー店長に命名する権利がある。だとよ」

「・・・」
どしてこうなった?

「ということで、よろしく頼むぜ!」
バッカスさんは用件だけ伝えると、何処にいってしまった。
狐に摘ままれた気分だったよ。



夜の賄いの時間。

「ジョニー店長、街の名前はどうするおつもりで?」
マリアンヌさんが興味深々で尋ねてくる。

「どうしよっか?」

「もう『アンジェリ』でいいんじゃないですか?」
クリスタルちゃんは投げやりだ、其れよりも早く練習がしたい様子。
この子ちょいちょいこういう冷たい所があるんだよな・・・

「そうはいかんだろう」

「ではどうすると?」

「・・・思いつかん」
本当に何も思いつかないよ。

「ジョニー店長にとって思い入れのある名前にしたら良いんじゃないでしょうか?」

「というと?」

「だって、せっかく命名するのなら、ジョニー店長にとって親しみのある名前の方がいいだろうし、その方が皆さんにとっても覚えやすいとか?」
質問を質問で返すなよシルビアちゃん。
覚えやすいかどうかは無理筋だけど、でも思い入れのある名前ってのはいいかもしれないな。
となると・・・あれしか思いつかないな。



数日後、久しぶりに商人ギルドに俺はマリオさんと共にやってきた。
マリオさんに事情を説明したら、馬車を手配してくれた。
そして当たり前の如くマリオさんは俺に同行している次第だ。

「マリオさん、仕事が忙しいのでは?」

「いえ、今日は大丈夫です、ちょうど私も商人ギルドに用がありましたので、気にしないで下さい」
と言いつつも、俺がどんな街の名前にするのかいち早く知りたいと、そわそわしている。
バレバレですよマリオさん、別にいいけど。
馬車をゴチになれたしね、あざっす!

商人ギルドは相変わらず商人でごった返していた。
其処には数名の家のお客さんもいた。
俺を見つけると、手を振って挨拶をしてくれている。
俺は軽く会釈で返しておいた、またお店に来てくださいね。

受付のミヤさんに要件を告げると、ギルドマスターのバッカスさんを呼びに行ってくれた。
マリオさんは知り合いの商人と真剣に談笑を始めた。
どうやら本当に用事があったみたいだ。
疑ってすいません。

ドスドスと足音を立てて、バッカスさんが階段を降って来る。
俺を見つけると、軽く手を挙げた。
俺も手を挙げて答える。
挨拶もそこそこに開口一番バッカスさんが、皆に聞こえるであろう大声で切り出す。

「どうやら街の名前が決まったようだな、ジョニー店長!」
案の定ギルド内が静まり返る。
この人ワザとやってやがるな。
俺が要らない注目を集めるのが嫌なのを承知でやってんな。
ならばここは遠慮なく。

「ええ!決まりましたよ!」
大きな声で返しておいた。
俺の威勢に眼を細めるバッカスさん。
意外だと思っているのだろう、でも口元は笑っている。

「ほう、聞かせて貰おうか!」

「はい!」
ギルド内に緊張が走る。

「街の名前は『温泉街ララ』です!」
場に動揺が走るのも束の間。

「おおっ!覚えやすいぞ!」

「良い響きだ!」

「温泉街ララ・・・」

「ジョニー店長、やるじゃねえか」
次第に拍手が巻き起こった。
俺はどうもどうもと、軽く会釈を繰り返した。

ララは俺の最も思い入れのある名前だ。
今はもう存在しない、俺の最愛の相棒の名前だ。
思い入れのある名前となればこれ以外考えられなかった。

この街の命名が、後に大きな意味をなす事を、この時の俺は何も理解していなかった。



時を同じくして、和装の美女が一つ溜息を洩らすと、事も投げに呟いた。

「ふう・・・これで縁結びが出来上がったようじゃな・・・」
隣で実態を持たない幽気体の丸い黄金に輝く霊気が呟く。

「やっとだね・・・」

「そうじゃな・・・ララよ・・・準備は出来ておるかえ?」

「勿論!・・・早くジョ兄に会いたいなあ!」
その幽気体は何故だか嬉しそうに見えた。