マリオさんとシルビアちゃんとの会話は続く。
「ジョニー店長、あの食べさせて頂いた食事も仕入れさせて頂けないということですか?」
シルビアちゃんは残念な表情を浮かべている。
「そうなるね、すまないね」
「そうですか・・・」
これも言われると思っていたよ。
そうとう旨そうに食べていたからね。
日●食品さん異世界でも人気ですよ!
喜んで下さい!
「他にもジョニー店長は素晴らしい商品を持っていそうですね」
マリオさんの眼が光る。
でもここは美容院です、道具屋ではありませんよ。
でも・・・これはいいのか?
これは良いよね!
よっしゃ!
ここは販売させて頂こう。
仕入れは認めませんけどね!
「シルビアちゃん、今から面白い体験をしてみないかい?」
よし!ここから客を増やしていこう。
折角だ、この機会を最大限使わせ貰いますよ。
「面白い体験ですか?」
「ああ、髪を洗ってあげるよ」
「そんな・・・宜しいので?」
シルビアちゃんは口を押えて恥ずかしそうにしている。
もしかしてこの国では髪を洗って貰う文化が無いのだろうか?
隣でマリオさんも驚いている。
「これは俺の居た国ではモニターと言うんだよ、体験して貰って良かったらそれを広めて欲しいんだ!それが宣伝にもなるし、この国の人達を俺は知ることが出来る。一石二鳥の行為なんだよ」
「イッセキニチョウとは?」
ああ、四文字熟語は通じないみたいだ。
説明に困るな。
「言うならば、一度で二回得を得るという事だよ」
「なるほど」
「一石二鳥はどうでもいいから、どうだい?シャンプーを受けてみないか?」
「シャンプーとは髪を洗って貰うということでしょうか?」
ああ・・・面倒臭くなってきたな。
「そうだよ、洗髪だよ」
シャンプーって本当は用品の名前だよな。
日本では普通に髪を洗う行為をシャンプーって言ってるしね。
まあいいか。
「シルビア、せっかくのご厚意です。受けなさい」
マリオさんの眼が不意に輝る。
「お父様・・・宜しいのでしょうか?」
「そのモニターと言うものになってみなさい。これは外の商売にも通じる経験となるだろう。なるほど、実に的を得ている。体験してみて良かったらそれを口コミで広げようということですか・・・素晴らしい!」
的は得るのね・・・
言葉って難しいね。
ということはこの世界には的と弓はあるってことね。
「分かりましたお父様!私、モニターになります!」
そんな決心をしなくてもねえ、もっと気軽に受けてくれよ。
ヘアモニターとかなんて、日本ではざらだよ。
「じゃあこちらにどうぞ」
俺はシルビアちゃんをシャンプー台に誘導した。
興味深々のマリオさんも着いて来ていた。
シャンプー台にシルビアちゃんを座らせると、シャンプークロスを掛ける。
初めての感覚にシルビアちゃんは緊張している様子。
そして俺はある機械のスイッチを入れる。
「じゃあ、ゆっくりと頭を下げてくださいね」
このお店のシャンプー台は上を向くスタイルのシャンプー台だ。
床屋では下を向くスタイルが一般的だが、ある理由からこちらを採用した。
厳密には美容院や美容室は全て上を向くスタイルだが、中には床屋と美容院を兼ねているお店もある。
その為こういった造りの説明になる。
それはさておき、俺はハンドルを挙げてお湯を出す。
適温になるには十秒近くは掛かる。
シルビアちゃんに水が掛からない様に注意しながら、フェイスクロスを掛ける。
「顔にクロスを掛けるよ」
「ヒヤッ!」
驚いたのかシルビアちゃんが声を挙げた。
直に落ち着くだろう。
気持ちは分かるよ。
俺も実はフェイスクロスは苦手だ。
シルビアちゃんとは理由は違うが、触れたクロスが痒くなる時があるのだ。
でもファイスクロスをする事によって、顔に水やお湯が掛からない事になるし、なによりシャンプーに集中出来る様になる。
髪を洗って貰っている感覚に身を委ねて欲しいのだ。
シャンプーは髪を切って貰った上での追加のサービスでは無い。
そのシャンプーだけでも立派な技術がいるのだ。
これだけでもお金が取れるんだよ!
さて、お湯が出だしたな。
「じゃあ始めますよ」
お湯が顔に掛からない様に注意しながらも、髪にお湯を掛けていく。
シルビアちゃんの声が漏れる。
「ああー、気持ちいい・・・」
「おお!お湯が出ているのか?なんという魔道具だ」
マリオさんが慄いている。
魔道具じゃないんですけどね。
只のシャワーです。
髪の根元にしっかりとお湯をかけてから、毛先へとお湯を掛けていく。
髪全体が湿っていることを確認する。
手探りで加減をみる。
よし、いいだろう。
シャンプーをワンプッシュする。
髪の根元からシャンプー液を馴染ませていく。
ここは敢えて、もうワンプッシュだ。
髪にシャンプーを馴染ませつつも、髪全体を揉み込んでいく。
そして泡が立ち上がってくる。
シャンプーの匂いが辺りを包む。
その匂いにマリオさんが反応した、
「おおー、良い匂いだ・・・」
声を漏らしていた。
「これは何の匂いだろうか?嗅いだことの無い匂いだが、とても心地よい」
目を瞑って堪能している。
「はい・・・気持ちいいです・・・」
シルビアちゃんが恍惚の声を漏らしていた。
髪全体がシャンプーの泡で包まれた。
更に揉み込む様に泡立てる、そして軽く頭をマッサージする。
「ふう・・・」
シルビアちゃんの表情が緩む。
これで良いだろう。
再度お湯を出して、髪を洗う。
シャンプーの泡を流していく。
そしてしっかりと洗い流した処で、シャンプー台の栓をする。
これはお湯を貯める為だ。
そして特殊な器具を、貯めてあるお湯に潜らせる。
その特殊な器具の形状は丸いプラスチックの板で有り、その周りにはゴムチューブが巻かれている。
ゴムチューブには小さな穴が無数に空いている。
スイッチを入れると、一度ボコっと大きく空気が漏れる。
その後ジュウジュウと音を立てながら、無数の微細な泡が溜めたお湯を満たしていく。
「ん?これまた不思議な匂いですね。先ほどの匂いとは違っていい匂いとは感じませんが、悪いとも感じない。なんでしょうか?」
「ですね、お父様、私も同意見です」
「これは独特な臭いがしますからね、始めは多少違和感を感じるかもしれませんが、直に慣れますよ」
「ジョニー店長、これはいったい・・・」
答えましょうかね。
「これはオゾンです」
って言っても分からないですよね。
実は日本でもオゾンを使っている美容院は少ない。
これは俺の美容院の拘りの一つなのである。
オゾンの詳細は後日話をさせて貰おう。
オゾンは奥が深いからね。
一筋縄でとはいかない。
「オゾンですか?」
「はい、このオゾンは良い事づくめなんですよ」
「ほう?それは?」
マリオさんは実に前のめりだ。
「先ずは何と言ってもその汚れを除去する効果ですね、毛穴の汚れや髪の汚れをしっかりと落としてくれるだけでは無く。普段落としきれない毛穴の中の汚れも排出してくれるのですよ、そうすると毛穴一本一本が呼吸しやすくなって、健康的になるんです、後で見せて差し上げますよ、驚く事必見ですよ」
「なんと・・・」
後ずさるマリオさん。
「それにカラーの定着や、パーマの定着にもその効果は抜群です。正確にはパーマやカラーの余分な薬液を取り除く効果があるんですよ」
「ほう、カラーやパーマって・・・それは何でしょうか?」
俺はずっこけそうになってしまった。
危ない!シルビアちゃんの頭から手を離しそうになってしまっていた。
マリオさん・・・間が悪いよ。
ちょっとは考えてくれよ。
「また教えますよ・・・」
「よろしくお願いします!」
何故かマリオさんは興奮していた。
さて、そんなマリオさんは置いておいて。
俺はシルビアちゃんの頭をマッサージすると共に、オゾンで満たされているお湯を髪にかけていく。
これが癖になるんだよな。
現に、
「はあ~、最高~」
シルビアちゃんは骨抜きになっていた。
「気持ちいい・・・」
しめしめだ。
更に入念にマッサージを施していく。
そして一定の時間になると、自動的にオゾンが止まる。
シルビアちゃんの頭を抱えつつも、片手でコップを手にして、一掬いお湯を入れる。
栓を外してお湯を流す。
再び軽く髪をお湯で流して、トリートメントを髪に馴染ませていく。
こちらはシャンプーと違って髪先に入念に馴染ませていく。
これで髪にしっとり感が生れるだけでは無く、艶も生まれるのだ。
しっかりと馴染ませたら、最後にトリートメントを流す。
トリートメントの匂いに反応してシルビアちゃんが声を漏らす。
「これも良い匂い・・・」
髪を軽く絞って、タオルを取り出すと髪を拭く。
ある程度拭き取った処で、頭に巻きつくようにタオルを巻く。
そしてシルビアちゃんのフェイスタオルを取って、背中に手を当てて身体を支えてあげる。
「はい、お疲れさん」
「はあ・・・素敵な体験をしました・・・」
夢見心地のシルビアちゃん。
シャンプークロスを外してから、シルビアちゃんを誘導し、カット台に座らせる。
未だ目がトロンとしているシルビアちゃん。
相当気持ちよさそうにしている。
カットクロスを掛けて、頭に巻き付いたタオルを外す。
ここからは肩と首周りを中心にマッサージを行う。
このマッサージで完成度がぐっと挙がるのだ。
先ずは肩周りを入念に解す。
そしてじわじわと首に向けて食指を伸ばしていく。
首は親指と人差し指の間を使って揉み込む。
頭が動かない様に、こめかみ辺りを押えておく。
そして首の付け根を上に押し上げる様に揉み。
最後に梵の窪に親指を当てて、上に押し上げる。
これが仕上げと共に最後のサインとなる。
「はい、お終いです!」
シルビアちゃんの肩に手を置いて声を掛ける。
「はい・・・とても気持ちよかったです・・・」
余韻を楽しんでいる様子。
ドライヤーのスイッチを入れて髪を乾かしていく。
ブローだ。
このブローにも実は一定の技術がいる。
只髪を乾かすだけでは無く、髪全体が万遍無く乾くように指で髪を空きながら行わなければならない。
この時に繊細に行わなければ、髪に指が引っかかってお客さんに痛い思いをさせてしまう。
初心者が起こりがちな事故だ。
美容師歴15年の技術を舐めて貰っては困る。
俺は髪を解きながら髪を乾かしていく。
実にシルビアちゃんは満足げだ。
その顔は笑顔に溢れている。
さて、髪は乾いた。
「シルビア・・・」
マリオさんも言葉になっていない。
直に覚醒しだしたシルビアちゃんは興奮を隠さなかった。
「うっそ!髪がサラサラな上にしっとりしている!キャー!凄い!ジョニー店長最強!」
少々煩いぐらいに騒いでいる。
「おお!シルビア!見た目にも変わっているぞ!」
マリオさんも興奮している。
あらあら・・・ではもっと驚いて貰いましょうか?
「さあ、これを見て貰えますか?」
「ん?」
「それは・・・」
俺は先ほどオゾンシャンプーで搾取したお湯を二人に見せた。
「これが先ほどオゾンで取れた汚れの一部ですよ」
まじまじと眺めている二人。
そして悲鳴が響き渡る。
「おえー!汚い!いやー!」
「なな!なんと!」
「ハハハ・・・」
想像以上の反応をしてくれているな。
ありがたいが・・・限度があるだろうよ。
「これがオゾンのパワーです、だから髪も良い仕上がりになっているでしょ?」
「はい!それはもう!」
「素晴らしい!」
ハハハ、これは大成功だな。
モニター作戦は正解だったみたいだ。
「ジョニー店長・・・私もモニターになれるでしょうか?」
マリオさんが申し訳無さそうに手を挙げていた。
ここは当然受け入れましょうかね。
「いいですよ」
俺は最高の笑顔を添えて返事をした。
その後マリオさんにもオゾンシャンプーを体験して貰い。
サラサラ髪になったマリオさんは満足げにしていた。
そしてどうなっているのか、シルビアちゃんとマリオさんがひそひそ話を始めた。
そして声が掛けられる、
「ジョニー店長、このシャンプーは購入可能なのでしょうか?」
よし掛かった!
これを期待していたんだよね。
「ええ、勿論です!仕入れとしては認めませんがね」
「ですよね・・・大丈夫です。自己所有として使わせて貰います」
「そうです!これは最高です!」
技術売上よりも先に店販売上が立ってしまった。
ちょっと複雑な気分。
「シャンプーは銀貨30枚になります」
「では二つ下さい!」
はい?ちょっと待ってくれ。
「えっと・・・少し説明させて貰っていいですか?」
「はい」
「シルビアちゃんの髪質からだと、こちらのしっとりシャンプーをお勧めします。そしてマリオさんはこちらのさっぱりシャンプーですね」
「おお!」
「そこまで拘りが・・・」
実はこれはざっくり言うと油分の比率の違いでしかない。
これを言うと美容材料屋さんに怒られそうな発言ではあるのだが、事実だからしょうがない。
要はさっぱりには油分が少なく、しっとりには油分が多めということだ。
保湿成分の違いもあるのだが、それは微々たる違いでしかない。
「では、しっとりとさっぱりを一つづつ下さい」
なんだか響きが某有名ラーメン店みたいだな。
こってりとさっぱりってね。
「はい!準備しますね」
俺はシャンプーと共に紙袋を準備した。
「ジョニー店長・・・それは・・・紙でしょうか?」
「ええ・・・そうですが・・・」
しまった!
これはオーバーテクノロジーだったか?
再生紙の茶色の紙袋なのだが・・・
間違ってしまったのだろうか?
「ああ・・・その紙袋だけでも商品になるのに・・・」
マリオさんは必死に飲み込もうとしている。
参ったな・・・
この先のサービスについて俺は考えないといけないな。
日本では当たり前のサービスが、この世界にとっては過剰以上のサービスになるということか・・・
ああ!もう嫌になる。
どこまでこの世界の文明に俺は気を使えばいいのだろうか?
絶対に過剰になるのは目に見えている。
これはどこかで踏ん切りをつけた方が良いのかもしれないな。
ここは気分を変えよう。
せっかくだ。
ここで終わらせる訳にはいかない。
「シャンプーだけで本当にいいのですか?」
俺は意味深に二人に問いかけた。
「と・・・言いますと?」
「それは・・・いったい・・・」
戸惑っている二人。
俺は遠慮も無く販売トークを全開にする。
「シャンプーは確かに髪の汚れを落としてくれますが、その髪の仕上がりはこのリンスが必要なんですよ」
「ん?ジョニー店長、ちょっと待って下さい」
きたきた!
待ってましたよ、その反応を!
「はい、どうぞ!」
「リンスとは?それに私達が行ったのはトリートメントではないのでしょうか?」
その質問を待っていましたよ!
「マリオさん、その質問は正解です!」
「おお!」
仰け反るマリオさん。
「説明させて下さい」
「はい、お願いします!」
襟を正す二人。
実に素直で好感が持てるな。
「先ず、先ほど受けて頂いたトリートメントは髪に栄養を与える施術です」
「ほうほう」
「そしてこのリンスですが、これは髪に栄養を与えるのでは無く、髪を保護する物なんです」
「「オオー!」」
ハモってんなー。
「ということは・・・今日のトリートメントは特別な施術であったということですか?」
察しがいいですねシルビアちゃん。
そう、そうなんです!
これはある意味過剰サービスなんです!
初のモニターに俺も肩を回してしまったのです!
気合いを入れ過ぎたのです!
これだけでしっかりと売上が取れるのですよ!
ハハハ・・・
「その通りです、そしてトリートメントは毎日行う必要はありませんが、リンスは毎日使用する必要があります」
「なるほど・・・その理屈は理解しました。ジョニー店長、そのリンスとやらも各自二つづつ下さい!」
マリオさんは察しが良いな。
リンスもシャンプーと同様に二種類あるのだ。
「リンスは各自銀貨45枚に成りますが宜しいですか?」
「はい!それぐらい勿論です!」
あっさりと買ってくれたな。
これで銀貨150枚になる。
先程のコンビニ傘は別として、仮の金銭価値では日本円で1万5千円となる。
有難い売上だ。
俺はマリオさんから金貨と銀貨を受け取るとレジを打って、貨幣をレジに入れた。
これは特に何も考えなく、当たり前の事として身体が反応していた。
所謂無意識の行動だ。
貨幣の違いなんて何も考えていなかった。
でもこの行為がこの後のお店の運営に大きな意味を齎していた。
何気なく行った不用意な行動が、まさかの現象を引き起こしていた。
しまったと思い、俺は金貨を取り出そうと両替ボタンを押した。
レジが開く。
するとあり得ない現象が起きていた。
異世界での貨幣が、両替のボタンを押すと日本円に変わっていたのだ。
・・・
俺は一瞬なにが起こったのか分からなかった。
何度も貨幣を確認しては、訳も無く不用意に歩いてみたりした。
・・・
どうなっているんだ?
冷静に事を見定めよう。
うん、一度深呼吸をしてみよう。
そうだ、そうに限る。
鼻から吸って・・・口から吐く・・・
もう一度・・・鼻から吸って・・・口から吐く・・・
所謂複式呼吸だ。
ああ・・・落ち着いてきたな。
それで・・・なにが起こっているのかい?
このレジにも能力が?
いや、それは考えられない。
やはりこのお店の能力なんだろう。
でもこれで心おきなく美容院を経営出来るぞ。
全く不安が無いわけではないが、これで目途が立ったぞ。
それに隙間バイトも行わなくてすむ!
よし!
本日美容院『アンジェリ』開店です!
で、いいよね?
「ジョニー店長、あの食べさせて頂いた食事も仕入れさせて頂けないということですか?」
シルビアちゃんは残念な表情を浮かべている。
「そうなるね、すまないね」
「そうですか・・・」
これも言われると思っていたよ。
そうとう旨そうに食べていたからね。
日●食品さん異世界でも人気ですよ!
喜んで下さい!
「他にもジョニー店長は素晴らしい商品を持っていそうですね」
マリオさんの眼が光る。
でもここは美容院です、道具屋ではありませんよ。
でも・・・これはいいのか?
これは良いよね!
よっしゃ!
ここは販売させて頂こう。
仕入れは認めませんけどね!
「シルビアちゃん、今から面白い体験をしてみないかい?」
よし!ここから客を増やしていこう。
折角だ、この機会を最大限使わせ貰いますよ。
「面白い体験ですか?」
「ああ、髪を洗ってあげるよ」
「そんな・・・宜しいので?」
シルビアちゃんは口を押えて恥ずかしそうにしている。
もしかしてこの国では髪を洗って貰う文化が無いのだろうか?
隣でマリオさんも驚いている。
「これは俺の居た国ではモニターと言うんだよ、体験して貰って良かったらそれを広めて欲しいんだ!それが宣伝にもなるし、この国の人達を俺は知ることが出来る。一石二鳥の行為なんだよ」
「イッセキニチョウとは?」
ああ、四文字熟語は通じないみたいだ。
説明に困るな。
「言うならば、一度で二回得を得るという事だよ」
「なるほど」
「一石二鳥はどうでもいいから、どうだい?シャンプーを受けてみないか?」
「シャンプーとは髪を洗って貰うということでしょうか?」
ああ・・・面倒臭くなってきたな。
「そうだよ、洗髪だよ」
シャンプーって本当は用品の名前だよな。
日本では普通に髪を洗う行為をシャンプーって言ってるしね。
まあいいか。
「シルビア、せっかくのご厚意です。受けなさい」
マリオさんの眼が不意に輝る。
「お父様・・・宜しいのでしょうか?」
「そのモニターと言うものになってみなさい。これは外の商売にも通じる経験となるだろう。なるほど、実に的を得ている。体験してみて良かったらそれを口コミで広げようということですか・・・素晴らしい!」
的は得るのね・・・
言葉って難しいね。
ということはこの世界には的と弓はあるってことね。
「分かりましたお父様!私、モニターになります!」
そんな決心をしなくてもねえ、もっと気軽に受けてくれよ。
ヘアモニターとかなんて、日本ではざらだよ。
「じゃあこちらにどうぞ」
俺はシルビアちゃんをシャンプー台に誘導した。
興味深々のマリオさんも着いて来ていた。
シャンプー台にシルビアちゃんを座らせると、シャンプークロスを掛ける。
初めての感覚にシルビアちゃんは緊張している様子。
そして俺はある機械のスイッチを入れる。
「じゃあ、ゆっくりと頭を下げてくださいね」
このお店のシャンプー台は上を向くスタイルのシャンプー台だ。
床屋では下を向くスタイルが一般的だが、ある理由からこちらを採用した。
厳密には美容院や美容室は全て上を向くスタイルだが、中には床屋と美容院を兼ねているお店もある。
その為こういった造りの説明になる。
それはさておき、俺はハンドルを挙げてお湯を出す。
適温になるには十秒近くは掛かる。
シルビアちゃんに水が掛からない様に注意しながら、フェイスクロスを掛ける。
「顔にクロスを掛けるよ」
「ヒヤッ!」
驚いたのかシルビアちゃんが声を挙げた。
直に落ち着くだろう。
気持ちは分かるよ。
俺も実はフェイスクロスは苦手だ。
シルビアちゃんとは理由は違うが、触れたクロスが痒くなる時があるのだ。
でもファイスクロスをする事によって、顔に水やお湯が掛からない事になるし、なによりシャンプーに集中出来る様になる。
髪を洗って貰っている感覚に身を委ねて欲しいのだ。
シャンプーは髪を切って貰った上での追加のサービスでは無い。
そのシャンプーだけでも立派な技術がいるのだ。
これだけでもお金が取れるんだよ!
さて、お湯が出だしたな。
「じゃあ始めますよ」
お湯が顔に掛からない様に注意しながらも、髪にお湯を掛けていく。
シルビアちゃんの声が漏れる。
「ああー、気持ちいい・・・」
「おお!お湯が出ているのか?なんという魔道具だ」
マリオさんが慄いている。
魔道具じゃないんですけどね。
只のシャワーです。
髪の根元にしっかりとお湯をかけてから、毛先へとお湯を掛けていく。
髪全体が湿っていることを確認する。
手探りで加減をみる。
よし、いいだろう。
シャンプーをワンプッシュする。
髪の根元からシャンプー液を馴染ませていく。
ここは敢えて、もうワンプッシュだ。
髪にシャンプーを馴染ませつつも、髪全体を揉み込んでいく。
そして泡が立ち上がってくる。
シャンプーの匂いが辺りを包む。
その匂いにマリオさんが反応した、
「おおー、良い匂いだ・・・」
声を漏らしていた。
「これは何の匂いだろうか?嗅いだことの無い匂いだが、とても心地よい」
目を瞑って堪能している。
「はい・・・気持ちいいです・・・」
シルビアちゃんが恍惚の声を漏らしていた。
髪全体がシャンプーの泡で包まれた。
更に揉み込む様に泡立てる、そして軽く頭をマッサージする。
「ふう・・・」
シルビアちゃんの表情が緩む。
これで良いだろう。
再度お湯を出して、髪を洗う。
シャンプーの泡を流していく。
そしてしっかりと洗い流した処で、シャンプー台の栓をする。
これはお湯を貯める為だ。
そして特殊な器具を、貯めてあるお湯に潜らせる。
その特殊な器具の形状は丸いプラスチックの板で有り、その周りにはゴムチューブが巻かれている。
ゴムチューブには小さな穴が無数に空いている。
スイッチを入れると、一度ボコっと大きく空気が漏れる。
その後ジュウジュウと音を立てながら、無数の微細な泡が溜めたお湯を満たしていく。
「ん?これまた不思議な匂いですね。先ほどの匂いとは違っていい匂いとは感じませんが、悪いとも感じない。なんでしょうか?」
「ですね、お父様、私も同意見です」
「これは独特な臭いがしますからね、始めは多少違和感を感じるかもしれませんが、直に慣れますよ」
「ジョニー店長、これはいったい・・・」
答えましょうかね。
「これはオゾンです」
って言っても分からないですよね。
実は日本でもオゾンを使っている美容院は少ない。
これは俺の美容院の拘りの一つなのである。
オゾンの詳細は後日話をさせて貰おう。
オゾンは奥が深いからね。
一筋縄でとはいかない。
「オゾンですか?」
「はい、このオゾンは良い事づくめなんですよ」
「ほう?それは?」
マリオさんは実に前のめりだ。
「先ずは何と言ってもその汚れを除去する効果ですね、毛穴の汚れや髪の汚れをしっかりと落としてくれるだけでは無く。普段落としきれない毛穴の中の汚れも排出してくれるのですよ、そうすると毛穴一本一本が呼吸しやすくなって、健康的になるんです、後で見せて差し上げますよ、驚く事必見ですよ」
「なんと・・・」
後ずさるマリオさん。
「それにカラーの定着や、パーマの定着にもその効果は抜群です。正確にはパーマやカラーの余分な薬液を取り除く効果があるんですよ」
「ほう、カラーやパーマって・・・それは何でしょうか?」
俺はずっこけそうになってしまった。
危ない!シルビアちゃんの頭から手を離しそうになってしまっていた。
マリオさん・・・間が悪いよ。
ちょっとは考えてくれよ。
「また教えますよ・・・」
「よろしくお願いします!」
何故かマリオさんは興奮していた。
さて、そんなマリオさんは置いておいて。
俺はシルビアちゃんの頭をマッサージすると共に、オゾンで満たされているお湯を髪にかけていく。
これが癖になるんだよな。
現に、
「はあ~、最高~」
シルビアちゃんは骨抜きになっていた。
「気持ちいい・・・」
しめしめだ。
更に入念にマッサージを施していく。
そして一定の時間になると、自動的にオゾンが止まる。
シルビアちゃんの頭を抱えつつも、片手でコップを手にして、一掬いお湯を入れる。
栓を外してお湯を流す。
再び軽く髪をお湯で流して、トリートメントを髪に馴染ませていく。
こちらはシャンプーと違って髪先に入念に馴染ませていく。
これで髪にしっとり感が生れるだけでは無く、艶も生まれるのだ。
しっかりと馴染ませたら、最後にトリートメントを流す。
トリートメントの匂いに反応してシルビアちゃんが声を漏らす。
「これも良い匂い・・・」
髪を軽く絞って、タオルを取り出すと髪を拭く。
ある程度拭き取った処で、頭に巻きつくようにタオルを巻く。
そしてシルビアちゃんのフェイスタオルを取って、背中に手を当てて身体を支えてあげる。
「はい、お疲れさん」
「はあ・・・素敵な体験をしました・・・」
夢見心地のシルビアちゃん。
シャンプークロスを外してから、シルビアちゃんを誘導し、カット台に座らせる。
未だ目がトロンとしているシルビアちゃん。
相当気持ちよさそうにしている。
カットクロスを掛けて、頭に巻き付いたタオルを外す。
ここからは肩と首周りを中心にマッサージを行う。
このマッサージで完成度がぐっと挙がるのだ。
先ずは肩周りを入念に解す。
そしてじわじわと首に向けて食指を伸ばしていく。
首は親指と人差し指の間を使って揉み込む。
頭が動かない様に、こめかみ辺りを押えておく。
そして首の付け根を上に押し上げる様に揉み。
最後に梵の窪に親指を当てて、上に押し上げる。
これが仕上げと共に最後のサインとなる。
「はい、お終いです!」
シルビアちゃんの肩に手を置いて声を掛ける。
「はい・・・とても気持ちよかったです・・・」
余韻を楽しんでいる様子。
ドライヤーのスイッチを入れて髪を乾かしていく。
ブローだ。
このブローにも実は一定の技術がいる。
只髪を乾かすだけでは無く、髪全体が万遍無く乾くように指で髪を空きながら行わなければならない。
この時に繊細に行わなければ、髪に指が引っかかってお客さんに痛い思いをさせてしまう。
初心者が起こりがちな事故だ。
美容師歴15年の技術を舐めて貰っては困る。
俺は髪を解きながら髪を乾かしていく。
実にシルビアちゃんは満足げだ。
その顔は笑顔に溢れている。
さて、髪は乾いた。
「シルビア・・・」
マリオさんも言葉になっていない。
直に覚醒しだしたシルビアちゃんは興奮を隠さなかった。
「うっそ!髪がサラサラな上にしっとりしている!キャー!凄い!ジョニー店長最強!」
少々煩いぐらいに騒いでいる。
「おお!シルビア!見た目にも変わっているぞ!」
マリオさんも興奮している。
あらあら・・・ではもっと驚いて貰いましょうか?
「さあ、これを見て貰えますか?」
「ん?」
「それは・・・」
俺は先ほどオゾンシャンプーで搾取したお湯を二人に見せた。
「これが先ほどオゾンで取れた汚れの一部ですよ」
まじまじと眺めている二人。
そして悲鳴が響き渡る。
「おえー!汚い!いやー!」
「なな!なんと!」
「ハハハ・・・」
想像以上の反応をしてくれているな。
ありがたいが・・・限度があるだろうよ。
「これがオゾンのパワーです、だから髪も良い仕上がりになっているでしょ?」
「はい!それはもう!」
「素晴らしい!」
ハハハ、これは大成功だな。
モニター作戦は正解だったみたいだ。
「ジョニー店長・・・私もモニターになれるでしょうか?」
マリオさんが申し訳無さそうに手を挙げていた。
ここは当然受け入れましょうかね。
「いいですよ」
俺は最高の笑顔を添えて返事をした。
その後マリオさんにもオゾンシャンプーを体験して貰い。
サラサラ髪になったマリオさんは満足げにしていた。
そしてどうなっているのか、シルビアちゃんとマリオさんがひそひそ話を始めた。
そして声が掛けられる、
「ジョニー店長、このシャンプーは購入可能なのでしょうか?」
よし掛かった!
これを期待していたんだよね。
「ええ、勿論です!仕入れとしては認めませんがね」
「ですよね・・・大丈夫です。自己所有として使わせて貰います」
「そうです!これは最高です!」
技術売上よりも先に店販売上が立ってしまった。
ちょっと複雑な気分。
「シャンプーは銀貨30枚になります」
「では二つ下さい!」
はい?ちょっと待ってくれ。
「えっと・・・少し説明させて貰っていいですか?」
「はい」
「シルビアちゃんの髪質からだと、こちらのしっとりシャンプーをお勧めします。そしてマリオさんはこちらのさっぱりシャンプーですね」
「おお!」
「そこまで拘りが・・・」
実はこれはざっくり言うと油分の比率の違いでしかない。
これを言うと美容材料屋さんに怒られそうな発言ではあるのだが、事実だからしょうがない。
要はさっぱりには油分が少なく、しっとりには油分が多めということだ。
保湿成分の違いもあるのだが、それは微々たる違いでしかない。
「では、しっとりとさっぱりを一つづつ下さい」
なんだか響きが某有名ラーメン店みたいだな。
こってりとさっぱりってね。
「はい!準備しますね」
俺はシャンプーと共に紙袋を準備した。
「ジョニー店長・・・それは・・・紙でしょうか?」
「ええ・・・そうですが・・・」
しまった!
これはオーバーテクノロジーだったか?
再生紙の茶色の紙袋なのだが・・・
間違ってしまったのだろうか?
「ああ・・・その紙袋だけでも商品になるのに・・・」
マリオさんは必死に飲み込もうとしている。
参ったな・・・
この先のサービスについて俺は考えないといけないな。
日本では当たり前のサービスが、この世界にとっては過剰以上のサービスになるということか・・・
ああ!もう嫌になる。
どこまでこの世界の文明に俺は気を使えばいいのだろうか?
絶対に過剰になるのは目に見えている。
これはどこかで踏ん切りをつけた方が良いのかもしれないな。
ここは気分を変えよう。
せっかくだ。
ここで終わらせる訳にはいかない。
「シャンプーだけで本当にいいのですか?」
俺は意味深に二人に問いかけた。
「と・・・言いますと?」
「それは・・・いったい・・・」
戸惑っている二人。
俺は遠慮も無く販売トークを全開にする。
「シャンプーは確かに髪の汚れを落としてくれますが、その髪の仕上がりはこのリンスが必要なんですよ」
「ん?ジョニー店長、ちょっと待って下さい」
きたきた!
待ってましたよ、その反応を!
「はい、どうぞ!」
「リンスとは?それに私達が行ったのはトリートメントではないのでしょうか?」
その質問を待っていましたよ!
「マリオさん、その質問は正解です!」
「おお!」
仰け反るマリオさん。
「説明させて下さい」
「はい、お願いします!」
襟を正す二人。
実に素直で好感が持てるな。
「先ず、先ほど受けて頂いたトリートメントは髪に栄養を与える施術です」
「ほうほう」
「そしてこのリンスですが、これは髪に栄養を与えるのでは無く、髪を保護する物なんです」
「「オオー!」」
ハモってんなー。
「ということは・・・今日のトリートメントは特別な施術であったということですか?」
察しがいいですねシルビアちゃん。
そう、そうなんです!
これはある意味過剰サービスなんです!
初のモニターに俺も肩を回してしまったのです!
気合いを入れ過ぎたのです!
これだけでしっかりと売上が取れるのですよ!
ハハハ・・・
「その通りです、そしてトリートメントは毎日行う必要はありませんが、リンスは毎日使用する必要があります」
「なるほど・・・その理屈は理解しました。ジョニー店長、そのリンスとやらも各自二つづつ下さい!」
マリオさんは察しが良いな。
リンスもシャンプーと同様に二種類あるのだ。
「リンスは各自銀貨45枚に成りますが宜しいですか?」
「はい!それぐらい勿論です!」
あっさりと買ってくれたな。
これで銀貨150枚になる。
先程のコンビニ傘は別として、仮の金銭価値では日本円で1万5千円となる。
有難い売上だ。
俺はマリオさんから金貨と銀貨を受け取るとレジを打って、貨幣をレジに入れた。
これは特に何も考えなく、当たり前の事として身体が反応していた。
所謂無意識の行動だ。
貨幣の違いなんて何も考えていなかった。
でもこの行為がこの後のお店の運営に大きな意味を齎していた。
何気なく行った不用意な行動が、まさかの現象を引き起こしていた。
しまったと思い、俺は金貨を取り出そうと両替ボタンを押した。
レジが開く。
するとあり得ない現象が起きていた。
異世界での貨幣が、両替のボタンを押すと日本円に変わっていたのだ。
・・・
俺は一瞬なにが起こったのか分からなかった。
何度も貨幣を確認しては、訳も無く不用意に歩いてみたりした。
・・・
どうなっているんだ?
冷静に事を見定めよう。
うん、一度深呼吸をしてみよう。
そうだ、そうに限る。
鼻から吸って・・・口から吐く・・・
もう一度・・・鼻から吸って・・・口から吐く・・・
所謂複式呼吸だ。
ああ・・・落ち着いてきたな。
それで・・・なにが起こっているのかい?
このレジにも能力が?
いや、それは考えられない。
やはりこのお店の能力なんだろう。
でもこれで心おきなく美容院を経営出来るぞ。
全く不安が無いわけではないが、これで目途が立ったぞ。
それに隙間バイトも行わなくてすむ!
よし!
本日美容院『アンジェリ』開店です!
で、いいよね?

