馬車は正門を潜ると、そのまま屋敷の入口まで迷うことなく進む。
邸内の至る所に、警護の者や誘導する者が見受けられた。
厳重な警備が、ねずみの一匹も入らせないと、万全の体制を敷いている。
お屋敷の入口に乗り付けると、執事が馬車の扉を開ける。
心躍るステップで、アンジェリ一同が伯爵邸に降り立った。
全員が楽しんでいるのが分かる。
この先にあるであろう注目の時間に心躍らせている。
そんな趣きであった。

執事に誘導されて、歩を進める一同。
ジョニーにとっては、一度訪れたことがある場所である。
でも、あの時とは雰囲気が全く違った。
晩餐会仕様であるということだ。
調度品や飾りが鮮やかになっている。
なによりもその誘導するメイドや執事の数が大きく違う。
これは国王の執事やメイドも手を貸しているに違いない。
いつもとは違う優雅な伯爵邸がそこにはあった。



会場の受付にやってくると、ジョニーとマリオは招待状を内ポケットから取り出すと、受付嬢に手渡す。

「美容院『アンジェリ』様御一行で御座いますね?」

「はい」
受付嬢がジョニーに確認を行う。

「こちらはマリオ様御夫妻で御座いますね?」

「そうで御座います」

「「お待ち申し上げておりました!」」
爽やかな笑顔を添えて、受付嬢が招待状を受け取ると、会場へと誘導を始めた。
いよいよ晩餐会の始まりである。



大きな扉を開けると豪華絢爛な場がそこにはあった。
魔道具によって明るい会場。
多くの者達が参加し、会場を埋め尽くしていた。
一際高い天井が、広大な広さを感じさせる。
紳士淑女が集っていた。
たくさんの着飾る者達。
グラスを片手に談笑を行っている者。
談義に夢中になっている者。
豪勢な色とりどりの装飾にも劣らない、多種多様な者達が集まっていた。
これぞ晩餐会。
優雅な一時がそこにはあった。

その空気を切り裂くかの如く、執事が高らかに宣言した。
「美容院『アンジェリ』様御一行!並びにマリオ商会様ご到着です!」
その言葉に導かれて、参加者達が談笑を止めてジョニー達に視線を向ける。

好奇な目線がジョニー達に遠慮も無く向けられた。
そして驚愕する一同。
仲には手に持っていたグラスを落としてしまっている者もいた。
口を大きく開いている者もいる。
全員が唖然としていた。
まるで狐に摘ままれている様であった。
参加者達に戦慄が走っていた。

その後、一拍置いて、溜息と共に感嘆の声と賛辞の声が寄せられる。
一気に場が沸騰する。
一大騒動が起こりそうな程になっていた。

「これが話題の美容院『アンジェリ』・・・」

「余りに斬新!・・・」

「これが流行の最先端!」

「格好いい!」

「何とも奇抜な!」
これを戸惑いで受け止めるジョニー。
何が起こったのかとしどろもどろになりそうだ。
彼の想像と、どうやら違ったらしい。
しかし、其れとは真逆にジョニー以外の全員が、誇らしそうにその賛辞を受け止めていた。
このギャップはいったい。

次第に小波が津波に変わるかの如く、拍手が盛大になる。
そして盛大な拍手が美容院『アンジェリ』一行を迎え入れていた。
これに手を挙げて答えるジョニー。
心なしか顔が引き攣っている。
ライゼルはニヒルな笑顔を浮かべていた。
リックは当然と鼻で笑い。
女性陣はもっと私を見てくれと全員が胸を張っていた。

クロムウェルが徐にジョニーの側にやってくると、そっと呟いた。
「これはこれは、勝ち戦ですねえ」
その言葉に我を取り戻したジョニー。
アハハハと照れ笑いと浮かべて、頭を掻いている。



結局の所。
奇抜な装いが大うけだった。
よくよく見て見ると、日本人の観点からではふざけている。
舐めているとも受け取れる。
これを本当は認めたくはなかったというのが、ジョニーの本音なのだろう。
先程の戸惑いは、その戸惑いであったに違いない。

髪形を羅列すると、シルビアはリーゼント。
クリスタルは前髪を立て捲ったソバージュ。
メイランはドレッド。
イングリスはビジュアル系バンドを彷彿とさせる、髪を逆立て捲った髪形であった。
ジョニーの贈った髪飾りは利用する事は無かった。
もう陽の目に当たる事は無いのかもしれない。

そしておふざけは髪形だけに留まらない。
シルビアは真っ赤な口紅に濃いめのバッチリメイク。
クリスタルは細眉に頬がこけたメイク。
メイランは小ギャルチックなメイクであった。
イングリスはしっかりアイシャドーのビジュアル系メイクだ。

こうなってくると晩餐会というよりは仮装大賞に思えるのだが、ここは異世界。
仮装大賞など存在しない、かの地にはこれは斬新である。
現にこのスタイルを流行の最先端だと受け止められていた。
反応からそう感じている参加者が大半だった。
ここは我々も現代日本の感覚を引きずってはいけない。
文化も違い、価値観や美意識も違うのだ。
ある意味ここを突いてきたジョニーは天晴であった。
自分の価値観を捨てて施術に当たったのだから。
この精神力は並大抵ではない。
それを行うには大きな決断を有していなければならなかった筈である。

でも本当の事を話すと。
途中から緊張の糸が切れたジョニーが、もうどうでもよくなって。
どうとでも成れと投げやりになった事は敢えて記しておこう。
ジョニーには後日反省を促したい処だ。

男性陣に関してはこう言っては悪いが、手抜き感がある。
マリオはオールバック。
ライゼルは最近お気に入りのカチューシャを嵌めている。
モリゾーは何も手を加えてはいない、髪を洗っただけである。
クロムウェルは七三分け。
リックは髪を立たせただけ。
手抜き感が半端ない。
そうしないと時間に間に合わなかっただけに過ぎないのだが。

そして脚光を集めたのはマリアンヌだった。
マリアンヌの髪形はなんとサ●エさんヘアーであった。
唯一の救いは、メイクはフェリアッテの一件で施したメイクであった。
日本の昭和は異世界では斬新で流行の最先端である。
流石は異世界。
そう言わざるを得ない。
こうなってくると感覚はバグってくる。

どこに強弱を付けるのかは個人差がある。
でも大体は予想できそうなものである。
今回はそれを裏切ってきたとある意味認めざるを得ない。
後にジョニーの奇策と謳われる出来事がここにはあった。
摩訶不思議な話である。



俺は晩餐会に対して、こう言っては何だが、ちょっとムカついていた。
なんでかって?
だって試されている様で腹が立たないかい?
お前の本気を見せてくれよ?
何を拝ませてくれるのかい?
お前に何が出来るのだい?ってね。
そうで無い事も分かっている。
伯爵の好意で呼ばれているのだと。
でもそう一度受け止めてしまったからには拭い去れない。
俺って結構単純なんでね。
それに根に持つタイプですので。

そして試行錯誤を繰り返した結果、本気でふざけてみる事にした。
その理由は簡単で、お試しで俺にとってはふざけた髪形を施術した処、大いにウケていたからだ。
俺の感想は異世界の人達の美意識はよく分からん、である。
だって俺の感覚からはかけ離れている。
俺からの目線では『アンジェリ』一行は、昭和のヤンキーとその親でしかない。
でもこの拍手喝采を浴びている様は、そうとは捉えられていないことの証左となる。
この世界にはヤンキーなんて存在しなのだから、よくよく考えてみればウケる事は想像に難くない。
そんな荒唐無稽な話であった。

主催者の伯爵が我先にと俺に近寄ってくる。
「『アンジェリ』一同、待っておったぞ」
脇にはギャバンさんが控えていた。

「今日はお世話になります」

「是非晩餐会を楽しんでくれ!ジョニー店長!」
隣で頷いているギャバンさん。
今日もダンディーだな。

シルビアちゃん達が、抱える紙袋をギャバンさんに手渡そうとしていた。
それを困った表情で受け取るギャバンさん。

「これは?」
俺にこれは何なんだと疑問を投げかけてくる。

「これは手土産です」
手土産ぐらい持参しないとね。
常識でしょうよ。
違うかい?
日本の常識ですがどうでしょうか?

「ほう、手土産とな?」
伯爵が代わりに答えていた。

「よければ、後で皆さんにお出ししてください」

「そうか、これは助かる。なんであろうか?・・・」
興味深々の伯爵。

「それはお楽しみという事で」
ギャバンさんはメイドを集めると、大量の紙袋をシルビアちゃん達から受け取ると、会場の外に消えていった。

そこに万遍の笑みを携えた国王がやってきた。
本日の主役の登場だ。
恰幅のいいお腹が優雅に揺れている。

「伯爵よ、ジョニー店長を独り占めとはいかんなあ」

「これは国王陛下、独り占めなど滅相も御座いません」

「ホホホ、してジョニー店長、随分と奇抜な髪形であるな。実に良いぞ!豪華絢爛で良いでは無いか!ホホホホ!」
笑い飛ばす国王。

「左様で御座ますなあ」
シュバルツさんも追随する。
ハハハ、只の昭和のヤンキー集団とその親ですよ、って言っても分からないよね。

「ジョニー店長、寛いでくれ。貴候は余の友人であるからな」
この一言に耳を欹てていた参加者達がどよめく。

「えっ!そうなの?」

「まさかな・・・」

「そんな関係なのか?」

「嘘でしょ?」

「流石は話題のジョニー店長」
嬉しくも恥ずかしいが・・・これって・・・まずくないかい?
だって好奇の視線が痛々しいのだが・・・
あんまり持ち上げられてもな・・・
どうなんだろうか?



伯爵は家族を紹介してくれた。
先ずは第一夫人のマリアベルさんだ。
美容院『アンジェリ』のスタッフは俺含め、驚愕することになった。
だってこの夫人は内の一番の上客である。
毎月予約が半年先まで入っているお客さんだ。
店販商品もそのほとんどを購入している。

「あーあ、これで素性がバレちゃったわね」
挨拶もほどほどに、悪気も無くそう受け答えする夫人。
どうやらお忍びで『アンジェリ』に訪れていた様子。

「マリアベルさん、なんで隠してたんですか?」

「それはいち客として『アンジェリ』には行きたかったからですわ、特別扱いされるのは嫌いですので」
そういうことね、純粋に美容院のサービスを楽しみたかったと。

「なるほど・・・」

「これからもそうして下さるかしら?」

「元よりそのつもりですよ」

「あら?そう?」

「お店の中では俺は誰も特別扱いしませんので」

「ウフフ、そうでしたわね」
そして長女のマリアンジュちゃん。
彼女も家のお客さんだ。
最近ではシルビアちゃんと仲良くしているらしい。
長男のロバート君。
この子も父親の血を濃く受け継いでいるな、無茶苦茶イケメンだ。
珍しく、クリスタルちゃんがロバート君をガン見している。
あれ?惚れちゃった?
第三夫人は今は小さな子供を抱えている為、今回は不参加とのこと。
折角だからお会いしたかったな。

俺の危惧は正解だった。
伯爵一家が挨拶も程々に俺達から離れていくと、晩餐会の参加者が取り囲むように集まってきてしまった。
名乗りを上げる者。
勝手に握手をしてくる者。
質問を浴びせ続ける者。
肩に手を回してくる者。
敢えて言わせて貰うが、散々であった。

ああ・・・何なんだよいったい。
寛げないのだが?
さっき寛いでくれと言われた記憶が・・・
せめて飲み物ぐらいは口を付けたい。
だって、美味そうな飲食物が処狭しと並んでいるのだから。
俺の視線の先にはビュッフェ形式の食事が並んでいた。
ああ・・・旨そう・・・
この有象無象を振り払って、齧りつきたい俺が居る。
いい加減腹も空いている。
でも人の波は留まる所を知らない。
いい加減にしてくれよ・・・

申し訳ないが、誰が何さんだかさっぱり分からない。
これが日本であれば、名刺を渡してくれるから、多少なりとも名前を覚えられるのだが。
ここは異世界、そんな文化は存在しない。
なんなら名刺を広めてみようかな?
またでいいか。
参加者の中で数名は見覚えがあった。
それはお客さんとしてお店に訪れてくれたことがある人達だった。
何人かは名前を憶えている。
すまんがそれ以外の人達はさっぱりだ。
許してくれよ。

いい加減解放してくれないものなのだろうか?
付き合ってられない。
何となくこんな事になるのかもとは想像していたが、はるかに斜め上をいっている。
数が多すぎるよ、全くよう。
今日の主役は俺ではないのだけど?
国王に挨拶して来なさいよ。
俺に構ってなくていいからさ。
・・・とは言っても聞いてくれそうもない。
なんなんだよいったい・・・



一時間ぐらいは経っただろうか。
やっと救援の者が現れた。
国王である。
遅いって・・・国王。
もっと早く来いよな・・・

「ジョニー店長は人気者であるな」

「その様ですね・・・」
そう返したくなるよ。
ですよね?そう思いません?

「それで、例の物は・・・」
こちらを伺う様に尋ねる国王。
期待の眼差しも含んでいる。
俺は国王を伯爵の元に連れて行こうとした。
こちらを意味ありげにチラ見するライゼル。
俺はいいから任せろと視線で答える。
それを顎を引いて答えるライゼル。
国王とシュバルツさんを連れて伯爵の元を訪ねる。

「伯爵、お部屋をお借りしたいのですが宜しいでしょうか?」

「それは構わんが何をするのだ?」

「国王と密談を・・・」

「ほう・・・密談・・・ギャバン!」
何かを察した伯爵。

「はっ!」
ギャバンさんに誘導されて、別部屋の中に入る。
これは面談などを行う部屋であろうか?
調度品などは見かけない。
ソファーが一対ある質素な部屋だった。

俺は国王と同じタイミングでソファーに腰かけた。
シュバルツさんは国王の後ろに控える。

「シュバルツさん、国王様の隣に腰かけてくれませんか?」

「いえ、そういう訳にはいきません」
執事が国王の隣に腰かけることなどあり得ないのだろう、それは俺も分かっている。

「そう事ではなくて、一緒に確認して欲しいのですよ」

「ですが・・・」

「シュバルツ、よいであるぞ。ここに腰かけよ」
国王にこう言われてしまっては従うしかない。

「では・・・失礼いたします」
遠慮気味に国王の隣に腰かけるシュバルツさん。
寛ぐことなく、背筋はピンと伸びた儘だ。

「では、王妃様に手渡すお土産ですが・・・」
俺は内ポケットに手を突っ込むと、便箋を取り出した。
目の前のふたりは便箋をガン見している。
便箋の中から俺はとある物を取り出して、それを二人に見せる。

「おお!」

「なんと!」
国王は張顔した。
シュバルツさんは眼をひん剥いていた。