特に王家主催の晩餐会では貴族達の好奇な視線に俺は何度も晒された。
気持ち悪い程に・・・
そして言い寄る者が多数。
両手では収まらなかったよ。
幼少期の頃にはこの意味が分からなかった。
こんなに俺は人気者なんだと勘違いしそうになった事を覚えている。
引手あまたに貴族が謁見に訪れていた。
その時の俺はまだ成人したばかりだというのに・・・

要は次期国王となり、取り立ててくれという話だ。
俺もそこまで馬鹿ではない。
それぐらいは察する事が出来た。
これが本当に嫌だった。
なんで俺に言い寄ってくるんだよ・・・
そんな器じゃないって・・・

そもそも俺は国王になんてなりたくは無かった。
なる事なんて考えてもみなかったよ。
あいつらは勝手に俺を持ち上げて、俺は権力闘争の中心におかれそうになっていた。
本当に嫌でしかなかった。

俺はそんな貴族達には、
「私にはそんな器量は無い、兄上を支えてやって欲しい」
そう真剣にお願いした。
でも真面に取り合ってくれた者など一人もいなかった。

それ処か、これに嫌気が指した俺は父上に、
「貴族との謁見はしたくないです」
と本音をぶちまけた。

しかし、父上からは王家の者の責務としてちゃんと貴族達の話を聞くようにと、諭されてしまったのだ。
父上も俺の気持ちを分かってはくれている。
でも地位がそれをさせては貰えなかった。
その視線はなんとも言えない悲しさを含んでいたよ。
これからは逃れられない。
そう言われているのがよく分かったよ。

それは父上が、
「王家の者は相手の言い分が間違っていると分かっていても、先ずは話を聞く耳を持たなければならんよ。それが国を纏める王家の有るべき姿なのだ。フェルンよ、分かるな?」
この様に語ったのだ。

来る日も来る日も、俺は貴族達の不躾な囁きに耳を傾けなければいけなかった。
どんどんと心を蝕まれていったよ。
自分でもそうと分かる程に・・・
毎日がつまらない日常に変わっていたよ。
唯一それを拭い去ってくれるのが剣技の修練だった。
だから俺は意味も無く素振りに明け暮れていた。
もう、何度手の豆が潰れたのか数えていない。
その様を見て母上からは何度も止めてくれと咎められてしまった。
たぶん俺は鬼気迫る表情をしていたのだろう。
母上・・・心配をかけてごめんなさい。
でもこうするしか俺には思いつかなかったんだよ。

言い寄る貴族達は、俺の事を本気で考えてなどいない。
言葉としては、俺の事を思っている様な、耳障りの良い発言に聞こえる。
でも本音は自分達の私利私欲を、どうにかして俺を利用して勝ち得ようとしているのが透けて見えていた。
それにこの貴族達は兄に取り入れられなかった者達である。
それぐらいの情報は嫌でも耳に入ってくる。
空席を狙うよりも、違う処から活路を見出そうとしているだけであった。
結局の所、俺の周りには誰一人として本気で俺の事を想う者などいなかった。
家族とベルサリック、リックを除いて。

これが俺が廃嫡を申し出るきっかけとなった。
大好きな兄と弟と争うなんてしたくない。
なんで兄弟で争わなくてはいけないのか?
優しい兄と、可愛い弟。
争う必要なんてないじゃないか?
なんで兄弟で競う必要があるのか?
それに何を競っているのかも分からない。
答えなんてないんだから。
でも現実は違っていた。
父上もここには無言を貫き通していた。
悲し気な視線を漂わせて。

なにより俺は王冠を被りたくはない。
だってあの王冠は・・・
俺も知ってるんだよ。
呪いの事は・・・
これでも多少は外見には気を使っている。
それが若くして禿げるだなんて・・・あり得ねえだろ!
絶対に王冠なんて被りたくはない。

簡単な話として、俺は権力闘争をしたくないことと、王冠を被りたくない事を理由に王位継承権を手放したということだ。
馬鹿げているだろう?
勝手で我儘な奴だと笑ってくれよ。
俺を後押ししてくれたのは、ベルサリックだけだったよ。
そのベルサリックもその責任を負わされて今は王城には居ない。
どこでどうしているのか・・・
俺は知らない。
リックが言うには、気儘にやっているとのことだった。
ベルサリックにはすまない事をしたと思っているよ。
あいつは根っからの執事だったからな。



そして廃嫡とは王家では無くなるということだけではない。
もう大好きな家族と会えないということと同義となる。
もう家族には会ってはならないという事だ。
それぐらい大きな出来事になる。
これを申し入れるには勇気がいった。
だって、大好きな家族にはもう会えなくなるのだから・・・

尊敬する父上。
厳しいが愛情深い母上。
頼れる大好きな兄上。
そして可愛い弟。
もう会う事はできない・・・
廃嫡とは家族を捨てる事・・・
家名を捨て、野に下る事・・・
只の個になるという事だ。
唯一許されるのは、一方的に書簡を送りつけることぐらいだ。
ああ、はっきり言うよ。
父上に書簡を送ったのは俺だ。
なんだよジョニー・・・
その分かっているという顔はよ・・・
チッ!・・・ちょっとムカつくぞ。
お前どこまで知ってるんだよ。
ちょっと怖いぞ・・・



まあ俺の半生なんてこんなものだよ。
結局のところ王家から俺は逃げたんだ。
王家の責任を俺は放棄したんだ。
その結果、只の冒険者に成り変わるしか無かったという訳さ。
笑っておくれよ。
それもリックのサポートがあってだからな。
不甲斐ないよ。
全く・・・

リックにはこう言われてしまった。
「よう、お前一人でしれっと王城を去ろうってか?世間知らずなお前がやっていける程、世の中は甘くないぞ・・・」
痛い一言だった。

俺は、
「すまないな・・・リック・・・」
そうとしか答えられなかった。

「気にするな、父上からはお前に付いていってくれと言われているからな。まあそうでなくともそのつもりだったけどな」

「ありがとう・・・リック・・・」
リックはそんな俺を鼻で笑ってから俺の隣に並んだ。
俺達は逃げる様に王城を去る事になった。
寂しさとどうしようもない罪悪感を抱えて。



俺は親友の告白を黙って聞いていた。
なるほどな。
正直な感想はそれぐらいだった。
真面に聞いていたのか?
そう問われると聊か答えに窮する。
だって、ほとんど想像通りだったんだもん。
何となくそんな事だろうとは思っていたからだった。
思い当たる事がいくつもあったんだからさ。

そもそもライゼルは優しい性格をしているし、禿げる事に無茶苦茶ビビっていたからね。
察しは付いていたよ。
案の定だよ。
でも本音を言えば、こいつも苦労してきたんだなという話だ。
だって王家の苦労なんて・・・
その当事者にしか分からない出来事だろうに。
それにこいつは物事を深く考えられる程の気性ではない。
その時の気分や想いに振り回されていたのだろう。
廃嫡がどれほどの出来事なのかはちょっと想像すれば分かることだ。
それに踏み切ったこいつの気持ちも分からなくは無い。
それぐらい本気で兄弟の事を好きなんだろうな。



それにしても・・・
「プッ!ププッ!」
俺は思わず笑いが堪えれなくなってしまった。
それを睨みつけるライゼル。
そんな空気だったかと戸惑ってもいる。

「おい、ジョニー。何だよ!」
どうやら俺は笑いのツボに入ってしまったようだ。

「アハハ、アハハハ!」

「なんで笑うんだよ?」
不機嫌な顔のライゼル。

「だって、お前・・・フェルンだって?ギャハハハ!」

「ああ?・・・」
だから何だと言いたげだ。

「これが笑わずにいられるかよ!ギャハハハ!」

「なっ!・・・」
意味が分からんと困惑するライゼル。

「お前のどこがフェルンだってんだよ?フェルン顔なんてしてねえだろ?ギャハハハ!これが笑わずにいられるかっての!」
もう堪えれなくなってしまった。

「なにを!・・・ってまあな・・・」
どうやら自覚も多少はあるみたいだ。

「ギャハハハハハ!あー、オモロ!」
ちょっとふざけ過ぎてしまったみたいだ。
すまん、すまん。

「おい!笑い過ぎだって・・・」

「ああ、悪い悪い・・・」
それにしても・・・フェルン?
不味い、ここは堪えろ。
笑いのお替りは要らない処だろう。
ごめんごめん。

「・・・」

「まあ、でもお前は俺にとってはライゼルだ。フェルンでもラジエルでも無い。只のライゼルだ」
口を歪めるライゼル。

「・・・そう言ってくれるのか?」

「ああ、間違いない。お前はライゼルだ。俺にとっては庭師ライゼルだな!」
ライゼルが張顔する。

「おお!嬉しい事言ってくれるじゃねえか!」

「冒険者を止めたら庭師になるんだろ?そう言ってなかったか?」

「そうだ!俺は凄腕の庭師になる!」
ライゼルは調子に乗ってガッツポーズを決めていた。
分かり易いやつだ。
もう本調子だ。
さっきまでのシュンとしたこいつはどこへ行ったのやら。

「この店先は何時までもお前が面倒みるんだぞ、いいな!」

「ああ、承ったぜ!」
更に調子に乗るライゼル。
それを見てちょっと俺も胸を撫で降ろした。
こいつはこうじゃなくっちゃな。
ライゼルもやっと出自の話を出来たことが嬉しいのだろう。
満足げな表情をしていた。



その俺達の空気を破るかの如く、国王の乗った馬車が店先に現れた。
ガタゴトと煩い。
急な事に青ざめるライゼル。
しまったと血相を変えていた。
今にも逃げ出してしまいそうだ。

俺はライゼルの肩に手を置いて、
「待て!ライゼル、国王様に紹介してやるよ。家のお抱え庭師だってな」
俺はニヒルな笑顔をお披露目していた。
そうすべきでしょう。

「えっ!・・・」
絶句するライゼル。
俺は分かっていた。
廃嫡されてから、こいつはもう王家に関わることは許されない身の上なのだと。
直接国王に会う事はご法度なのだと。
廃嫡とはそれぐらい大きな出来事だ。
それぐらい簡単に想像出来る。

でも俺にとってはそんな事はどうでもいい。
俺にとってはこいつは只のライゼルだ。
間違っても俺にとっては、こいつはフェルン・ラジエル・ダンバレーでは無い。
冒険者のライゼルだ。
いや、庭師かな?

「だって、俺は・・・」
揺れるライゼル。

「いいから、お前はライゼルだ!いいな!」
俺は強く迫った。
これぐらいしないと今のこいつには分からないのかもしれない。

「そうだけど・・・」
苦悶の表情浮かべるライゼル。
逡巡が伺える。
俺は手を緩めない。

「いいかライゼル、俺はお前をライゼルとして国王に紹介するんだ。分かるよな?その意味が?」
意味深な顔をしてみたがどうだろうか?
動揺が半端ないこいつに伝わると良いのだが・・・

「・・・分かった」
なんとか腹を決めたライゼル。
どうやら伝わったようだ。
必死に表情を改めようとしている。

シュバルツさんが先に店先に入ってきた。
そして続いて国王がいつもの様に気儘に店先に現れた。
庭先の草木を見つめて嬉しそうに頷いている。
実際、先日国王はこの店先が好きだと漏らしていた。



国王が店内に入ってくるとその視線がライゼルを捉えた。
国王の表情が揺れる。
俺はそれを見定めて一歩前に踏み出した。
一歩遅れてライゼルが俺の隣に肩を並べる。
その表情は緊張で凝り固まっていた。
でも俺はそんな事は気にしない。

「国王様、おはようございます!」
俺はいつも通りの笑顔で挨拶をする。
当たり前の様に。

「・・・」
国王は無言で俺に視線を向ける。
そして早くもその眼が涙で濡れていた。
それを俺は優しく見守る。
流石のシュバルツさんも動揺の表情を浮かべていた。
でも瞬時にその顔を改める。
俺に意味深な視線を送って来る。
それを俺は気にすることも無く敢えて無遠慮に話しだす。

「国王様、紹介させて下さい。家の専属庭師のライゼルです!」
この発言にシュバルツさんが大きく頷いた。
よく見ると、シュバルツさんも目に涙を浮かべていた。
ありがとうとその視線が俺を包み込む。
俺は軽く目礼してそれに答える。

「国王様、ライゼルと申します!美容院『アンジェリ』の専属の庭師にて御座います!」
ライゼルは国王に向けて真っすぐに名乗りを上げてから跪いた。
その眼も涙で濡れていた。
でもその視線は下を向いている。
そうする事が当たり前であると、その御尊顔を仰ぎ見ることは敵わないと、その雰囲気が告げていた。

あー、もう、じれったい!
この時感じた俺の感想がこれだった。
でも、そうとも言ってられない緊張感が場を覆っていた。
流石のシュバルツさんも息を飲んでいた。
久しぶりの親子の再会だ。
そこに緊張感が無い訳がない。

「そうであるか・・・庭師・・・ライゼル・・・」

「はっ!」
ライゼルは下を向き続けている。

「面を上げてはくれんのか?」

「滅相も御座いません!」
それは出来ないと項垂れるライゼル。
余りに寂しい光景であった。
俺はいた溜まれず、ライゼルの肩に手を置いた。

「ライゼル、王命だぞ。逆らうつもりなのか?」
救いの手を差し伸べていた。
意地を張るなよってな。

「そんな・・・狡いぞジョニー。お前全部分かっていたんだろう?違うか?お前どこまで分かってるんだよ・・・」

「なんの事だ?俺は何にも知らねえぞ?」
そう答えておいた。
それが正解の回答だと思ったからだ。

「ふう・・・」
一度ため息を漏らしたライゼル。
今一度腹を決めたのだろう、しっかりとした視線で顔を上げたライゼル。
それに国王が声を掛ける。

「・・・庭師ライゼル・・・このお店の庭先はとても手入れがなされているな・・・天晴であるぞ」

「有難きお言葉・・・」
ライゼルは涙を流していた。
子供が父親に向ける、無邪気な眼をしている。

「どれ、庭先を案内してはくれんのか?」

「はっ!ありがたき幸せ!」
ライゼルは涙を拭うと立ち上がった。
そして親子が肩を並べて庭先へと歩を進めた。
長年会えなかった年月を取り戻そうとするかの如く。
庭先には笑顔の花が咲いていた。
それを俺は感慨深く眺めていた。
親子っていいな。
そう感じていた。
それにしても・・・俺の親友は世話の掛かる奴だな。
久しぶりの親子の再会・・・
俺も貰い泣きしそうだよ。