数日後。
案の定痺れを切らしたライゼルが店先に現れた。
事も無げに店先の家庭菜園の雑草を抜いている。
この馬鹿が・・・懲らしめてやろうか!

まだ灼熱の陽光が今日の始まりを告げる時間を迎える前だった。
俺はいい加減決着をつけようと、店内でライゼルを待っていた。
我関せずに雑草むしりに没頭しているライゼル。
そこに不意に俺は声を掛ける。

「ライゼル、おはようさん!」

「うお!ビックリした・・・なんだ・・・ジョニーかよ、驚かせんなよな」

「フン!」
俺は鼻を鳴らす。

「それで・・・こんな朝早くから性の出ることだな」

「まあな、どうにもこいつらが気になってな」
ライゼルは家庭菜園の野菜を眺めていた。
その視線は愛情深い。

「ふーん」

「ジョニーはこんなに早起きだったか?」

「いいや」
俺は意味深にライゼルを見つめた。

「なんだよ・・・」
俺に向き直るライゼル。

「なあ、ライゼル・・・」

「・・・」
チラリと俺を一瞥している。

「お前にとって親友ってなんなんだ?」

「何を唐突に・・・」

「いいから答えろよ」
俺は真っ向からライゼルの眼を見つめた。
ライゼルは一瞬たじろいだ。
でもこれは逃げられないと察したのだろう。
こちらを真剣に見つめ返していた。

「親友ねえ・・・何でも分かち合える仲ってことなんじゃないのか?」

「なるほど・・・」

「なんだよ・・・」
意味が分からんと俺を睨むライゼル。

「前にお前は俺をマブダチだと言っていたよな・・・違うか?」

「違わないな・・・それがどうしたってんだよ」

「マブダチって親友ってことだよな?」

「そうだが・・・」

「俺もお前の事を親友だと想っているよ・・・」

「そうか・・・」
一瞬照れるライゼル。

「で、そんな俺に何か話すことがあるんじゃないのか?」

「それは・・・」
視線を外すライゼル。

「ライゼル・・・連れないじゃねえか。それに美容師の洞察力と観察力、情報収集力を舐めるんじゃねえよ」

「・・・」

「まあ、言いたくないってんなら俺は構わんが・・・」
ライゼルは空を見つめた。
一度肩を落とすと、覚悟を決めたのかこちらに向き直った。

「ふう・・・いつかこういう日が来ると思っていたよ・・・」

「・・・」

「出来れば余り大袈裟にはして欲しくはないんだ・・・」

「ほう・・・」

「俺のライゼルと言う名は・・・偽名だ・・・」

「だろうな」
チッと舌打ちをするライゼル。
そこまでお見通しかよとその表情が語っていた。

「美容師って凄えな・・・いや、ジョニーが只者じゃないってことだな。ああ・・・降参だよ」

「聞かせて貰おうか」

「ああ、長い話になるかもしれない。中に入らせて貰おう」

「だな・・・まだ日が浅い、コーヒーでいいよな?」

「ブラックで頼む」

「任せておけ、最高の一杯をご馳走してやるよ」

「フッ・・・期待しておくよ」
俺達は連れ立って店内に入っていった。
さて、聞かせて貰いましょうかね。



俺はいつもの如くコーヒーを淹れることにした。
何も考えなくても行える、身体に馴染んでいる作業だ。
こういった時のコーヒー豆はブラジル産に限る。
甘みを伴った、やわらかな苦みと適度な酸味。
爽やかな後味が特徴的だ。
スイーツでも出して、いつもとはちょっと違う演出をしようかとも思ったが、止めておいた。
今から親友の告白を聞くのだ。
出来る限りいつも通りを貫いたほうがいいだろう。

当のライゼルは勝手知ったるかの様に、カウンター前の椅子に座っている。
表情が硬いのは、どこからどう話をしようかと考えているのだろう。
その緊張感を俺は嬉しくも感じていた。
思わず口元が緩みそうだよ。
それにしてもこいつのこんな表情は始めてみるな。
フフ・・・

思い返してみると出会った頃からこいつに違和感を感じていた。
粗暴な冒険者を演じようとしているこいつに。
どうしても育ちの良さは隠せないものだ。
どこか高潔感や、所作の違いを感じていた。
それを感じさせない様に努めていた事は分かっている。
でも一度感じてしまったら、それを拭い去ること等できない。

それにリリスの柄には鷹の様な紋様があしらわれている。
それは金貨も同様だ。
そして第二皇太子が失踪したとの噂。
俺にしてみれば、気づいてくれと言われている様なものだ。
心当たりがあり過ぎる。

俺はライゼルの告白を最大限の敬意を持って受け止める事にしようと思う。
親友の告白だ、本気で聴かせて貰うよ。
なあ、元皇太子殿下さんよ。



俺はライゼル・・・
これは偽名だ・・・
いい加減本名を名乗ろうか。
俺は、フェルン・ラジエル・ダンバレー。
ダンバレー国の元第二皇太子だ。

どうしてライゼルを名のっているのか。
察して貰えるだろうか?
ラジエルとライゼル・・・
似ているだろう?
これならば名を呼ばれても間違えることはないだろう。
安易な名前だよな。
まったく・・・
気にいってはいるぜ。
閃光のライゼルってな。

それにしても・・・
ジョニーよう・・・
お前なんでそんなに鋭いんだよ。
この野郎・・・
でも、だからこそ俺はこいつの事を好きになったのかもしれないな。
こいつの洞察力と観察力はさ・・・
達人かっての・・・
やっぱり気づかれたか・・・
これが本音だ。
何時かはそんな日が来ると思っていたよ。
あーあ、バレちまったな・・・
さて、どこから話そうか?
ちょっと照れるが、こうなったからには全てを話そう。
こいつなら俺の真実を受け止めてくれるだろうしな。
頼むぜ、親友よ。



俺は生れてきた時の記憶なんて全くない。
物心付いた時には、皇太子として持て囃されていた。
とても愛情深く育てられたと思う。
それは家族だけでは無く、お付きの者達や、警護の者達も含めて。
王家に関係する者達全員だ。
そして皇太子という立場が特別だと知ったのは5歳ぐらいの時だろうか?

俺は一人になることなんて殆ど無かった。
警護や執事が付いて周るなんて当たり前のことだった。
だから寂しいなんて感じたことは一度も無かったよ。
必ず誰かが一緒に居て、俺の面倒をみてくれていたからな。
特に一人になりたいなんて考えなかった俺には、嬉しい事だったと思う。
こう言ってはなんだけど、俺は寂しがり屋って訳ではないけどな。

一番古い記憶は3歳ぐらいだろうか?
お付きの執事に見守られて、庭園を散歩していた事を覚えている。
その時に見た花や草木は、とてもは色鮮やかでその光景を今でも鮮明に覚えている。
色とりどりな庭園を眺めていると、不思議と心が落ち着いた。
俺は心を掴まれたのかもしれない。
もしかしたら、心のどこかでその庭園を未だに忘れられないでいるのかもしれない・・・

そして俺はもう一つ鮮明に覚えていることがある。
それは庭師のお爺さんが、まるで孫を愛でるような表情で庭の手入れをしていた事だ。
俺はそれを見て嬉しかったんだ。
羨ましいとも思った。
俺はこの庭師のお爺さんに抱いた尊敬の念を、忘れられないのだろう。
そんな気がする。
あんな齢の取り方をしたいなと。
だから俺は庭園に心惹かれるんだと思う。



大人になった俺は、そんな記憶は忘れており。
始めてジョニーのお店の庭先を弄った時は心が躍ったよ。
俺はもしかしたら土に触ることが楽しいのかもしれない。
どう表現したらいいのか分からないが、土を弄っていると・・・
自然と一体になったかの様な錯覚を覚えるんだ。
大地の偉大さと、この世界の尊大さを感じる。
ああ・・・俺はこんなにも大きな一部に包まれているのだなと・・・
心が落ち着いて、自分が大いなる存在の一部になったと感じてしまう。
庭師って最高だな。
そう思わないか?



自覚しているのは、決して甘やかされて育ってきた訳では無いということだ。
小さな頃から礼儀や作法をしっかりと仕込まれていたよ。
更には俺の存在意義も。
王家とはどんな存在なのか?
国王とはどんな存在なのか?
皇太子とはどんな存在なのか?
何も疑う事無く、そういう物であると自然と受け入れていた。
今思うと、これが抜け切れていなかったということなんだろうな。
ジョニーの人を見る眼は天晴だよ。
バレて当然かな・・・

頼れる兄と、呑気な弟。
兄弟の仲は良かったよ。
俺が廃嫡されるまでは・・・
廃嫡された時の兄の怒りは凄かった。
たぶん今でも俺を許してくれないのだろう。
どうしてあんなにも兄が怒っているのか、俺にはよく分からない。
優しい兄だったのに・・・
常に俺の味方だったのに・・・
兄は責任感が強く、次期国王に成る為に必死に勉学に励んでいた。
実際兄は頭が良く、頼り甲斐があった。
俺が兄に唯一勝てたのは剣技ぐらいだったよ。
そして兄は人格者でもあった。
本当に優しくて、俺にとっては誇りに思える兄だった。
ごめんな兄上、許して貰えないだろうけどさ。

弟は・・・寂しいなぐらいには思ってくれていると思う。
あいつは他人事には無関心な奴だからな。
好きなことにしか興味を示さない。
不思議な弟だよ。
マイペースが過ぎるというかなんというか・・・
可愛い奴ではあるけどもね。
あいつの好きな事は絵画であるとか、本であるとか。はたまた衣服であるとか。
そんな類の物だよ。
もしかしたらジョニーに興味を示すかもしれないな。
キッズルームには絵本があるし、ジョニーはこの国には無い衣服を着ている。
まあ、弟がこの美容院に来るとは思えないけどな。
あいつは出不精だしね。

俺の執事はベルサリック。
話の分かる出来た男だったよ。
グレイヘアーのよく似合う、ダンディーな紳士だった。
ある意味では俺の師に値する。
俺は勉学や礼儀作法はベルサリックから学んだ。
あいつの話は分かり易くてとても助かったよ。
でも俺は勉学はからっきしだけどな。

実はリックはこのベルサリックの息子だ。
リックは俺にとっては幼馴染みたいな存在なんだ。
リックは賢くて、俺にはない視点を持っている。
俺は困った時は真っ先にリックに相談する。
頼りになるライジングサンの副リーダーだ。
こいつは俺にとっては親友みたいな者だな。
本人に言ったら、よせと言われそうだけどな。

因みにメイランとモリゾーは俺が元皇太子だとはいう事は知らない。
こうなってくると、あいつ等にも話さないといけないな。
メイランは何となく気づいていそうな雰囲気はある。
モリゾーは全く気付いてなさそうだ。
モリゾーに教えたら、あいつは目ん玉が飛び出すんだろうな。
これは見ものだな。
おっと、話がズレそうだ。
軌道修正しなくては・・・

同世代の友人のいない俺に気を使ってか、ベルサリックがよくリックを遊び相手として連れて来てくれていた。
始めはリックも皇太子である俺に及び腰だったが、自然と親しくなっていった。
よく一緒に遊んだものだよ。
結局リックは二人きりの時にはタメ口になったな。

俺は地位というものがどうにも苦手だ。
大の大人に頭を下げられる事が本当に嫌だった。
恐縮してしまうというか、なんというか・・・
礼儀や作法という物は厄介だ。
年配者を敬えという割に、出自の方が優先される。
どうしてもここには疑問が生れる。
だって生れなんて自分で決めた事でもないし、誰がどう決めているのかすら分からないってのに。
そっちが優先されるのもどうかね・・・
未だに分からないよ・・・

ベルサリックは、俺とリックが二人きりの時には親し気なのは分かっていた筈だ。
でもそれをリックに咎めたことは一度もないらしい。
懐の深い男だよ。
というより、俺の息抜きになっていると分かっていたのだろう。
ベルサリック・・・どうしているのだろうか・・・
会いたいよ・・・

温和な父と、愛情深いが時々厳しい母。
母は特に作法に煩かった。
食事マナーには特に・・・ほんと無茶苦茶怖かったよ。
よく叱られている弟を可哀そうに思ったものだ。
それにしてもあいつは何度注意されても治らない。
どうしてなのだろうか?
余りのマイペースに何度も正気を疑ったよ。

母上は基本的に優しいが、怒ると手が付けられない。
美しい母上、俺は母上が大好きだ。
母上は少々心配性な所もあって。
剣術を学んでいる俺はしょっちゅう怪我が絶えなかったから。
何度か止める様にと諭されたよ。
流石に俺は剣術を学ぶことは止めなかったけどね。
そんな心配をしてくれる母上には感謝が絶えなかったよ。

父上はとにかく温和だ。
俺は父上が怒っていたり、興奮している所を見た試しがない。
父上は常に俺達兄弟を平等に見守っていてくれていたよ。
俺から見るに、父上は偉大な国王だ。
俺には政治の事はよく分からないが、国の情勢の安定をみるに。
これは父上の手腕が間違っていないということだと思う。
まあ政治の詳細はシュバルツが行っている節はあるのだけど。
でも裏を返せば、そんな優秀な執事を召し抱えることが出来る父上は、何かしら持っているということだろう。
俺は父上を尊敬している。
これは廃嫡された今と成っても変わらない。
父上に会いたいよ・・・
もう会えないけどな・・・
許されないよ・・・



廃嫡を申し出た時には・・・父上には泣かれてしまったよ。
父上は無言で涙を流していた。
母上は・・・やっぱりかと項垂れていた・・・
母上にはよく俺は愚痴を漏らしていたからね。
そうなるだろうと予想出来ていたのだろう。
俺は親不幸者なのだろうか?
そうならない様に努めてきたのに・・・
でも結果的には俺はれっきとした親不孝者だ。
自ら廃嫡を申し入れるだなんて・・・
前代未聞だよ。

どうしても気持ちを押えられなかったんだ。
俺には・・・こんな不自由な生活は馴染めなかった。
どうしても自由になりなかった。
地位なんて今すぐにでも捨てたかった。
ごめんなさい、父上・・・母上・・・
俺の我儘を許して下さい。
勝手な事を言っているのは分かっている。
でも・・・折角の人生だ。
自由気儘に過ごしたい。
地位を得ている者にはあり得ない行動だ。
だがしかし・・・俺には・・・



紳士の嗜みとして幼少期から俺は剣術を習っていた。
はっきり言うと俺は強い。
俺にはこちらの方が性に合っていたみたいだ。
その分、計算や勉学はからっきし駄目だけどな。
頭を使う事では兄や弟には適わない。
でも剣術では俺は二人を圧倒していた。
一度も負けたことは無い。

俺はめきめきと上達し、10歳を迎える頃には騎士団長のカーマインド相手でも、後れを取る事は無くなっていた。
そこいらのロイヤルガードなんて俺の相手にもならない。
簡単に打ち込むことが出来る。
俺が強いというよりも、カーマインドの指導が良かったんだと思う。
あいつは褒め上手なんだよな。
俺も単純だから褒められると頑張っちゃうんだなこれが。
ハハハ・・・
今思い返すとこんなもんだよ。

それに俺は身体を動かす事がとにかく好きだった。
走り込みなんて何時間でも出来るんじゃないかと錯覚することも度々あったな。
その所為か、カーマインドに言わせると俺の足腰はしっかりとしていて。
早い踏み込みが出来るみたいだ。
俺は誰よりも早く踏み込むことが出来る自信を持っている。
俺の強さの秘密はこの踏み込みの速さにある。
誰にも引けをとるつもりは無い。
閃光の二つ名がついた時には悪くないと思ったものだよ。
まったくその通りだと自分でも感じたからな。

愛剣のリリスは父上から賜わった代物だ。
始めて手にした時から俺の手にしっかりと馴染んでいた。
おそらくカーマインド辺りが、俺に適した剣のサイズや質感なんかを父上に教えてくれていたんだと思う。
その業物を成人になった時の祝いに頂戴した。
俺の大事な愛剣だ。
でもしょっちゅう忘れてしまう・・・
ごめんよリリス・・・
悪気はないんだ・・・
またジョニーに怒られそうだよ。
先に何度も謝っておこうかな?
駄目だよな?



幼少の頃は兄が国王を継ぐのだと勝手に思い込んでいた。
それが自然な事であると。
長男が次期国王になる。
それに兄は尊敬できる人物だ。
なにより俺にとっては大好きな兄だった。
でも成長するにつれ、そうではないことが分かってきた。
俺にも王位継承権があるのだと・・・
そう分かった時は、何故か悲しくなった。
そんなものは要らない。
欲しくもない。
俺にとっては邪魔なだけのものでしかなかったよ。
そしてこれが俺の心を蝕んでいく。