結局の所、国王は美容院『アンジェリ』にべったりになってしまった。
かなりの嵌りっぷりだ。
俺からしてみると鬱陶しいぐらいだ。
勘弁してちょうだいよ。

国王の一団は、ほぼ毎日早朝に『アンジェリ』に来店し。
俺のオゾンシャンプーとマッサージを受けていた。
国王は満足なのか笑顔が溢れている。
毎日通う必要は無いと説明したのに、この有様だ。
結局の所、俺の話を真面に聞いていない。
いや、勝手に違う解釈をしている節すらある。
俺の話をちゃんと聞きなさいっての・・・

例えば健康食品みたいなもので、過剰に摂取したらすぐに良くなるみたいに、安易に考えているのだろう。
な訳ねえだろうが・・・用法用量をよくお守りくださいでしょうが。
返って具合が悪くなっても知らねえぞ。
でもまあ、本人が嬉しそうにしているし、お店にとってはいい売上になっているからいいけども。
まあ好きにしてくれよ。
国王様御乱心ってか?
正直迷惑です!
いい加減分かって下さいよね!

このマッサージが国王は大のお気に入りだ。
毎回解けた顔をしている。

「肩こりが解れる・・・」

「首が軽くなった」

「腕が上がる様になった!」
と興奮を隠そうともしなかった。
50肩だったみたいだね。
治ってよかったですね。
でも確かこのなになに肩って、一説によると年齢では無く腕の上がる角度であるとか・・・
どうでもいいかな?
いずれにしても国王の腕が90度上に挙がる様になったという話だ。
健康的でよかろう。
今後は健康維持に努めて下さいな。

でもまあそうだろうね。
肩も首もガチガチだったんだからさ。
あんな重たい王冠をずっと被っていたんだからそうなるよね。
なんでそんなに王冠を被って無いといけないのかと尋ねてみた処。
国王の責務であると答えてくれた。
うーん、そんなものなのだろうか?
もっと自由にすればいいのに。
だって国王なんでしょ?
この国で一番偉い人なんだからさ。
好き勝手すればいいでしょうが。
でも逆に立場がそれを許さないってことなんでしょうね。
世知辛いな。
俺は国王なんて絶対に成りたくはない。
柄じゃないよ、柄じゃ。

そして王冠だが、暫定処置として簡単な改善がなされている。
それは所謂ヘルメットの内側の構造に近しい。
頭を乗せる部分にメッシュ状のネットが添え付けられた。
王冠で頭がしっかりと密閉しないようにしたのだ。
そして見た目の違和感を無くす為に、急遽ウィッグが国王の頭頂部に被せられている。
まだまだ通気性は改善されてはいないが、これまでよりはよっぽど増しだ。

現に国王は、
「頭に風を感じるぞ、ジョニー店長!」
と鼻息が荒い。

もうこの人の興奮する様は放置することにしたよ。
いっその事、もう禿げだとばれてしまえ!
俺はちゃんと注意しましたからね!
知らねえぞ!

王冠だが議論を重ねた結果、新調することになった。
当然の如く俺に意見が求められた。
ここにジョニープロデゥースの王冠が造られることになったのだ。
俺は只の美容師なんだけどね・・・
でもプロデゥースなんてカッコいい事言ってるけども、俺は意見を言うだけで、実際に職人に作らせるのはシュバルツさんである。
俺の意見はとにかく通気性の良い素材を使う事と、軽い王冠にするということに終始した。
王冠を軽くするのにもちゃんと意味がある。
要は重たいことによって、首や肩の血流が悪くなる為、それが禿げる原因に繋がると思われたからだ。
それに折角解した肩や首がまた凝るのも考えものである。
もう王冠は被りたくはないと国王は漏らしていたからね。
そうはいかんでしょうが、という話である。
だって責務なんでしょ?
違ったか?

本当は先祖代々受け継がれている王冠を新調する事など、あってはならないことらしい。
知らんがな、俺にそれを言うなよ。
俺が悪いみたいじゃないか。
禿げを治したくないのならどうぞ。
俺は呆れた顔でそうはっきりと伝えたところ。

国王は、
「背に腹は変えられぬ!ジョニー店長の提案を受け入れよう!」
二言返事で新調することが決定した。

王族ってなんなんだろうね?
馬鹿らしいな・・・
構ってられないよ。
でも今と成ってはれっきとしたお客さんになってしまった。
俺はお客さんにはちゃんと尽くしますからね。
ここは美容師としての拘りポイントですよ。
俺は求められたら全力で答えますのでね。
でもある意味クレーマー以上に厄介だよ。
王族・・・もう来ないでくれよ・・・
これ本音です。

そして新調する王冠が出来るまで1ヶ月の期間が掛かるらしい。
それも試作品がだ。

国王は俺にこう言っていた、
「新たな王冠が出来るまでメイデン領からは決して去らぬ!」
・・・帰ってくれてもいいのですよ?
いや、帰ってくださいよ。

あんた達の所為で、いつもとは違うことになってんだからさ。
勘弁してくれよ。



どういうことかというと。
冒険者達の予約が劇的に減ってしまった。
そして逆に商人達の予約が格段に増えてしまったのだ。
冒険者達の予約が減ったのは、王家となんて関りを持ちたくないからだろう。
その気持ちは良く分かる。
どちらかと言えば俺もその派だ。
だって、一歩間違うと無礼だとか、礼儀に反しているとか言われかねないからね。
いつも通りの自分でいたら、無作法だぞなんて言われたら敵わないよ。
まあ、国王もシュバルツさんも話の分かる人だから、何かと大目に見てくれているのだろうけどさ。
出来れば相手にしたくはないよね。

そして商人達の予約が増えたのは分かり易過ぎた。
隙あらば、王家に顔を覚えて貰おうという魂胆が透けて見えていた。
どうにか王家に顔を売ろうと必死になっていたのだ。
商人魂を前面に押し出している。
うーん、努力は買おう。
でも上手くはいかないと思うよ。
国王は来るとしても時間帯が違うんだからさ。
日中に来るわけないじゃん。
そもそもこの店に来ることを悟られない様に、貸し切りにしようと画策していたんだからね。
まあ、それは流石に知らないか?

そこで、その想いを最大限叶えられたのはマリオさんだった。
そりゃあそうでしょう。
俺は身内びいきをしますよ。
当たり前でしょう。
なにか文句でも?
聞いて差し上げましょうか?
家のスタッフの父親。
それもズブズブの関係のマリオさんには良い思いをして貰わなくてはね。
俺はマリオさんにはお世話になっていますのでね。
こんなことぐらい楽の勝でしますっての。

マリオさんは国王に謁見出来た事に涙を流していた。
これは最高の誉れだと無茶苦茶喜んでいた。
俺には一生をかけて恩を返すと言われてしまった。
いやいやいや!やめてくれよ!
そこまでの事なのかい?
俺には分からんぞ。
だって、俺にしたらあちらから勝手にやって来たんだからさ。
こう言ってはなんだが、少々迷惑でもあるのだよ。
はっきり言うとね。
でもマリオさんがここまで喜んでくれるのなら御の字だよ。
ここまで喜ばれるとは思ってもみなかったな。

そしてマリオさんは王族のお抱え商人になっていた。
でも俺から言わせればマリオさんは商人の腕も確かだし。
面倒見も良いし、人格者でもある。
王家のお抱え商人になってもなんら不思議はない。
王家にとっても良い事だと思うよ。

これでマリオ商会の格が数段跳ね上がるとマリオさんは涙を流していた。
よかったですね、マリオさん。
今度ワインでも奢らせて貰いますよ。
是非祝って差し上げましょう。
当然の如くシルビアちゃんも喜んでいたよ。
仲の良い親子で御座います。



国王一行が滞在しているのは伯爵邸だ。
おそらく国王一行の滞在を一番困っているのは伯爵だろう。

実際先日カットにやってきた際に伯爵は、
「国王様が滞在しているゆえ、いつ何時も気が抜けぬよ・・・」
そう溢していた。

なんだかごめん・・・
それはギャバンさんも同様で、
「兄上に会えるのは嬉しいのですが、こうも一緒に居られると・・・」
こちらもそう溢していた。

でも俺が悪いんじゃないからね。
俺を責めないでくれよ?
この二人が俺を責める事は無いんだけどさ。
この人達も巻き込まれたってことなんだろうね。
間違いなく。
なんだかなあ・・・

家のスタッフも、全員が国王に顔と名前を憶えられていた。
これも誉れ高いと喜んでいた。
クリスタルちゃんは接客の重要性を理解した模様。
最近ではカット技術もそうだが、俺の接客姿を注視しているのが分かる。
有難い事に良い傾向にあるよ。
彼女は国王に名前を憶えてもらった時には本当に嬉しそうにしていた。
良かったね、クリスタルちゃん。
接客を極めていこうかね。
とても大事な事ですよ!



国王だが、夜もしょっちゅうお店にやってきた。
その目当ては言わずもがなのビールとワインである。
どうやら密偵は要らない報告もしてくれていた模様。
こういった報告はしなくてもいいのでは?
するに決まってるか・・・
だよね。
俺が密偵なら報告するな・・・

この人もまあよく飲む。
俺の手前、本人に言わせるとセーブしているらしいのだが・・・
そうとは思えない。

というのも、
「アルコールを控えろとはいいませんが、ビールとワインは糖質が高いので摂り過ぎると・・・分かってますよね?」
俺の脅しに国王は膝を屈していた。

頭を抱えて見悶えていた。
そんなに飲みたいの?
だったらもう禿げた儘で良いじゃない。
違うかい?

シュバルツさんに言わせると、
「もう国王様はジョニー店長には敵いません」
ということらしい。

知らんがな。
俺が高価な壺でも勧めたら買うってのかい?
なんなら勧めてみましょうか?
高価な壺なんて仕入れませんけどね!
というより俺は国王の肝を掴んでいるという話だよ。
正直どうでもいいのだけどさ。
あー、面倒臭い。

でも夜に国王が『アンジェリ』に通う事には実は意味があって。
俺はシュバルツさんに髪に良い食事や、レシピ。
調理法などを伝授していたのだ。
それを国王も興味津々で、一緒に学んでいたということだよ。
もうこう言ってはなんだが、家のスタッフ達は国王が禿げていることを当に気づいている。
誰もが口にしないだけであって、実際には分かっているのだよ。
言葉にするのが憚られているだけである。
哀れな国王。
自業自得だな。
王様の耳はロバの耳ってね。
だって騒ぎ過ぎなんだもん・・・この人。
俺は注意はしましたよ!

因みに髪に良い食事とは簡単に言うとこうなる。
乳製品、肉類、魚介類、卵、大豆製品とビタミン豊富な緑黄色野菜のほか、ナッツ類などが挙げられる。
栄養価の高い食品ということだね。
そして一番のお勧めは海藻類である。

逆に髪に悪い食べ物となると、こうなる。
脂っこいもの、糖質、刺激過多の食べ物、カフェイン等々。
特に塩分は考えものである。

本当はホルモンバランスとかいろいろあるのだが・・・
一気に詰め込んでもどうだろうか?・・・
という話だよね。
じっくりやるしかないよね、ここは・・・

これまでの食事についてのヒアリングを国王に行った所。
正に髪に悪い食べ物のオンパレードだった。
国王は揚げ物が大好物の様子。
バイソン肉の揚げ物が大好きで、しょっちゅう食べていたらしい。
それだけに留まらず、塩っ辛い物をしょっちゅう食べていた様子。
と言いうのも、この国は海に面していて、それなりに海産物が豊富な環境にある。
俺はそれを知らなかったが、シュバルツさんから教えられた。
へえー、であればこれからは海産物もそれなりに食卓に並べれるかもしれないな。
等と安易に考えていたのだが、勝手が違った。

海産物を仕入れるにはそれ専用の魔法を行使する必要があるらしい。
ここで出番となるのが、魔導士となる。
簡単な話、氷魔法を使って海産物が保存されていたみたいだ。
であればこちらにもやり様はある。
だって、発泡スチロールがそれ替わりになるでしょうよ。
違うかい?
まあここは止めておこう。
違う騒ぎになりそうだからね。



こういった事の副作用もあってか、国王はこの数週間で5キロ以上痩せたらしい。
シュバルツさんが国王以上に喜んでいた。
実際国王は恰幅がいい。
いや、はっきりと言おう。
デブである。
ベルトのサイズが一つ以上小さくなったと自慢されてしまったよ。
俺はそれを無表情で聞いていた。
見た目80キロが75キロになっても・・・違いが分からんよ。
それに国王の身長は165センチぐらいだ。
もっと痩せてくれよ。
まだまだ肥満体形だろうが!
夜になるまで走って来い!
こう言ってやりたいよ。

俺はシュバルツさんに糖質制限の重要性を、とにかく必死に伝えた。
シュバルツさんはペンダコが出来る程にメモを取っていた。
シュバルツさんの苦労が分かるってもんだよ。
いい加減にしなよ、国王さんよ!
あんたの勝手が臣下を困らせているぞ!



そしてこれまで無遠慮に夜の営業を取り仕切っていたライジングサン一行が、全く『アンジェリ』に来なくなった。
これを俺始め、全スタッフが心配していた。
特にシルビアちゃんの動揺が激しい。

「これまで毎日来ていたライゼルさんが来なくなるなんて、何かあったに決まっています!」

「ジョニー店長、不慮の事故でも起きたのでしょうか?狩りで下手を打ったとか・・・」

「捜索願を出すべきでは?」
動揺が静まることはなかった。
でも俺は察していた。
あいつはわざと距離を置いているのだと。
いや、来られないのだと。
・・・