国王を椅子に座らせて俺も椅子に座る。
対面での会話となった。
俺よりも国王の方が緊張している様に感じるのだが・・・
これまでとその佇まいが変わっていた。
どうしてなんだ?

国王が先ずは口を開く。
「ジョニー店長すまないな、気を使わせて・・・」

「ええ、構いませんよ」
ここでシュバルツさんもバックルームに混じってきた。
よかったー。
流石に対一は憚られたからね。
正直言って助かる。
シュバルツさんあざっす!
だってもし国王が心筋梗塞で倒れたりしたら。
真っ先に俺が疑われてしまうからね。
何をやったんだと犯人扱いされてしまうよ。
死罪だ!なんてなったら浮かばれないよ。
そうなったら廃業だな。
さらば異世界・・・

「お待たせ致しました」
頭を下げるシュバルツさん。
シュバルツさんは国王の脇に控えた。
おそらくこの人は、国王の前では座ることは無いだろう。
そんな気がする。
これぞ執事の嗜みってね。
お疲れ様です。
俺は腰かけますよ、すいませんねえ。
営業後で疲れてますのでね。

「実はジョニー店長に折りいって相談があるのだ」
国王が真剣な眼差しで俺を見つめる。
これまでの柔和な表情はどこへいったのか、声色まで低くなっていた。
どうしたどうした、ちょっと怖いぞ・・・

「相談ですか?」

「そうである・・・」
今度は言いにくそうな表情に変わった国王。
ちょっとモジモジとしている。
おじさんのモジモジとした姿なんて可愛くもありませんよ。
止めて下さい。

「国王様、ここはジョニー店長を信じてみましょう」
シュバルツさんがこんな事を言い出した。
ん?いったいなんの相談なんだ?
俺を信じる?
もしかして結構な秘密ではなかろうか?
であれば正直言って聞きたくはない。
ご勘弁願いたい。

「ちょ、ちょっと待ってください。今日始めて会った私を信用するですか?そんな大事なら遠慮しますよ」

「いや、それは困る。それに貴殿の事は密偵からの報告を受けて、その人となりを知っておる。それはこのお店も同様であるぞ」
でしょうね。
これまでのやり取りからそれは分かってますけど。
そうじゃなくてさ、大事に巻き込まれるのは嫌なんですけど。

「それに伯爵からのお墨付きもあるし、身内からの強い推挙もあった。ジョニー店長は信用に値する人物であると」
それは嬉しいですけど・・・
ん?・・・ちょっと待て。

「身内ですか?いったい誰ですか?」

「それは・・・すまぬ、余からは話せぬ」
王族のお客さんなんていたか?
思い当たる節は無いのだけれど・・・
もしかして・・・あいつか?
そんな事だろうと思ったよ・・・
まあいいや。
はあ、にしてもここまで言われたら聞くしかないのか?

「はあ・・・まあ、分かりました」
なんだかよく分からんけど、どうにかなるだろう・・・たぶん。
でも、万が一お店に迷惑をかけるようなことならキッパリとお断りするけどね。
国王はしっかりと俺を見定めてから話しだした。

「ジョニー店長、実はな・・・」

「はい・・・」

「王家にはとある秘密があるのだ・・・」

「秘密?」
やっぱり大事じゃん。
只の美容師の俺が王家の秘密を聞けってか?
本当にいいのかい?

「そうだ、それはな・・・」
やっぱりなんか嫌だ!
聞きたくないよ・・・

「ちょっと待って下さい、そんな王家の秘密を私が本当に聞いてもいいのですか?只の美容師ですよ?」

「よい、いや。聞いてくれんか?」
国王は必死に訴えかけてきた。
聞いてくれってか・・・
これはもう逃げられそうもないな。
しょうがない、俺も腹を決めるか。
はあ・・・なんなんだよ。

「・・・はい」

「王家の秘密とは・・・この余が被っておる王冠のことなのだ・・・」

「王冠ですか?」
御大層な王冠ですけど、それが何か?

「そうだ・・・この王冠はな・・・実は呪われておる・・・」
はい?なんですと?
呪われた王冠ってことなのか?
それを美容師の俺がどうしろと?
俺は祈祷やお祓いなんて出来ませんよ?
俺は神主さんではありませんし、呪いを祓うようなことは出来ませんての。
護符なんて持ってませんけど?
ここは異世界特有の光の魔法とか、呪いを説く呪文とかってことじゃないの?
ん?・・・待てよ。
早まるなよ・・・俺のお守りはどうだろうか?
駄目だろうなあ・・・
女神様との会話のニュアンスとしては、俺専用って感じだったし・・・
その女神様にお願いするとか?
お供え増し増しで。
たぶんこれも駄目だろうな。
ていうか、俺のお守りのことなんてこの人達が知る訳無いよな。
増してや女神様のことなんて絶対に知らない筈。
はて・・・ん?・・・
待てよ・・・少し話が見えてきた様な・・・
ああ・・・何となく分かってしまった・・・
そういうことか。
ふざけやがって・・・

「あの・・・確認してもいいですか?」

「かわまぬ」
国王は真剣な表情を緩めない。

「王家の秘密は王冠が呪われていることなんですね?」

「そうである」

「ではその呪いは、どんな呪いなんでしょうか?」
国王は一度強く眼を瞑った。
そして眼を見開いて、何かを決心した眼をすると俺の眼を覗き込んだ。

「他言無用であるぞ」
俺をガッツリと睨みつけてきた。

「はい・・・」
国王は王冠に手を掛けて、一気に王冠を脱いだ。



そこにはしっかりと禿げあがった頭があった。
なんということでしょう・・・王様の頭はツルピカでした。
LEDライトの光を反射して、眩しくも光り輝いている。
まるでフランシスコザビエルを彷彿とさせる。
潔いほどの禿げ頭だった。
あっ!この人頭にほくろがある!
どうでもいいか。
にしても見事に禿げてんなー。

自分でも眼を見開いていることが分かるぐらい、俺の予想道りだった。
こんな事だと思ったよ。
はあ、なんてこったい。

「この王冠を被ると、ものの数年で禿げてしまうのだ」
でしょうね。
当たり前でしょうが。
分かりきってることでしょうが・・・

「余は王位を継承するまではフサフサの髪であった、だがどうだ!この王冠の呪いでものの一年でこの様に禿げてしまったのだ!これは王冠の呪いだ!先祖代々受け継がれている王冠の呪いなのだよ!」
アホか!
なんだか腹が立ってきた。
王様相手でもやっちまうか?
いや・・・流石に止めておこう。
でも禿げるに決まってるでしょうが!
・・・ああ。
はあ・・・しょうがないか・・・
そういった知識がないんだろうね。
でもそんな通気性の全くない被り物を年柄年中被り続けたら、禿げるに決まってるだろうが!
そこに疑問は持たないのかい?

「この国を余の先祖が建国してから300と15年、余の全ての先祖が王冠を引き継いだ途端に禿げたと聞いておる。これを王冠の呪いと言わず、なんと言うのか!」
ちょっと声がデカいって!
外に聞こえるぞ!
知らねえぞ!

「ちょっと、国王様。声がデカいですって・・・」
はっと我に返る国王。

「これは・・・余としたことが・・・」
襟を正す国王。
恥ずかしいのか頬を赤らめていた。

「ふう・・・、分かりました。どうにかしましょう。私は美容師なんでね」

「何と!この呪いが解けると言うのか!」
俺は口に人差し指を当てて、今一度国王を窘める。

「おおっ!」
しまったと後ろに仰け反る国王。
シュバルツさんは国王の背中を擦っていた。
なんなんだよ、いったい・・・
興奮し過ぎだっての・・・
まあ、そこまで困っているってことなんでしょうね・・・
分かりましたよ。
話しましょうか。
まったく・・・

「ええと・・・何処から話しましょうかね?」

「何処からとは?」
身構える国王。

「まずは国王様。落ち着いて下さい」

「おお、これはすまぬ・・・」
反省しているご様子。

「これは王冠の呪いではありません」

「なな!・・・なんと!」
また興奮している。
もういいや、他っとこう。
いっそのことバレてしまえ!
王様の頭は禿げ頭ってね。

「いいですか?ちょっとその王冠を見せて貰えます?」

「ああ、構わぬ」
国王は王冠を俺に手渡す。
王位継承!
なんちゃって。
こんな禿げる王冠なんか絶対被んないからな!

俺は王冠を確認してみた。
それなりに重たいな。
禿げもそうだが、この重さだと首や肩が凝るんじゃなかろうか?
それは今はどうでもいいか。
この素材は・・・
殆どの骨組みは薄く伸ばしたニッケルだろうか?
よく見ると所々にうっすらと錆が浮いている。
手入れをしてはいるのだろうが・・・これは限界だな。
こんなに密閉する造りでは・・・禿げるに決まっているよ。
風通しなんて皆無だな。
年柄年中王冠の中は湿気だらけだろう。
俺は王冠を国王に返した。

場を改める為に一度俺は咳をした。

「えーっと、いいですか。この王冠は通気性が全くありません」

「通気性?」
眉を顰める国王。

「そうです、要は風すらも通らない造りになっています」

「ほうほう」
身を乗り出す国王。

「髪に湿気は天敵です」

「なんだと?」

「こんな密閉した王冠をずっと被っていたら禿げるに決まっています」

「・・・なんと・・・そうであったか・・・」
落胆して禿げた頭頂部が俺に向けられている。
ペシッと叩いてやろうか。
やらないけどね。

「いっそのこと王冠を新調しませんか?」
眉間に皺を寄せる国王。
この人喜怒哀楽が激し過ぎません?
始めて会った時の柔和な御尊顔はどこへいったのですか?

「フム・・・検討しよう」

「それと、国王様・・・」
俺は敢えて睨んでみた。
俺の視線に国王は顔を引き攣らせている。

「なんであるか?」
もはや身構えてすらある。

「食事に偏りがあるのでは?」
ギクッと固まる国王。
心当たりがあるのだろう。
しまったと下を向いている。

「先ほどのコーヒーですが、砂糖を3杯も入れてましたよね?3杯も?違いますか?」

「そ、そうである・・・」

「食事の偏りも禿げる原因です。詳しくは後ほど」

「はい・・・」
しゅんとなる国王。
こうなってくると説教だな。
国王を叱ってやろう。

「後はストレスですね。どうですか?」
シュバルツさんがストップをかける。

「ジョ、ジョニー店長、少々お待ち下さい。メモ用紙を取りにいってまいります!」
シュバルツさんが慌ただしくバックルームを飛び出していった。
おお!シュバルツさんが慌てているぞ!
それぐらいの大事みたいだ。
俺にとってはどうでもいいけど。

お説教モードに入った俺は、腕を組んで立ち上がった。
その動きに国王は身体を小さくしていた。
俺の小言は続く。

「国王、まさか好きな物ばかり食べていませんよねえ?」

「それは・・・」
顔を青ざめる国王。

「特に脂っこい物なんて頻繁に食べていませんよね?・・・」

「ううっ・・・」
心当たりが大ありのようで。
これはいけませんねえ。
まだまだ手は緩めませんよ。

「いいですか?脂っこいものは油を含む汗をかきますので、毛穴を塞ぎます。すると?どうなると?」

「・・・禿げに繋がります」

「ですよね?それを何となく分かっていたのにも関わらず、食していたと?」

「・・・申し訳ござません」

「いいですよ、謝ってくれなくとも。国王様の髪の毛の話です」

「・・・」
完全に意気消沈している国王。
もはや泣き出しそうであった。

「あと、何で髪を洗っていましたか?」

「それは・・・石鹸です」
これはしょうがないか・・・シャンプーは無かったんだからね。
でも・・・

「それはしょうがないでしょうが、禿げを隠そうとオイルを塗りたくっていたのでは?」

「・・・していました」

「ですよね・・・減点です!」
ここでシュバルツさんが血相を変えてバックルームに飛び込んできた。
国王のピンチを救おうと必死であった。



そしてここから喧々諤々と禿げの原因を減らそう講座が始まった。
有に一時間の時間を掛けて。
国王は終始下を向いていた。
想い当たることが多々あるみたいだ。

更にそこから髪を増やそう講座が始まった。
これを期待の眼差しで受講する国王とシュバルツさん。
二人の必死さがひしひしと伝わってきた。
ここからは国王も上向き加減だ。
フムフムと頷きまくっていた。



結果。
国王の数ヶ月に及ぶメイデン領の滞在が決定した。
何てことは無い。
只の禿げ改善期間である。
俺は正直に言うと振り回されたことがムカついたので、これをいい事にボッタくることにした。
要はオゾンシャンプーは早朝に俺が行い、秘匿性を鑑みて様々な配慮を行うことになる。
それに掛ける費用として、通常のオゾンシャンプーの10倍の料金を支払わせることにしたのだ。
でも、王家にしてみればそれは何てことない支払であるみたいだ。
だったら遠慮なくボッタくってやろうということ。
俺は遠慮なんてしませんよ!
特に富裕層に関しては尚更ね。
えー、えー、守銭奴と笑ってくださいな!
それぐらいどうってことないでしょうよ!
だって割に合わないでしょうが?
そんぐらいしても罰は当たらんでしょう?
こちとら要らない労力を割いている訳だしね。
はあ・・・にしても王族相手は疲れるな。
でも・・・まだまだ関係は続きそうである。
相手にしないと駄目かなあ?
したくは無いのだけれども・・・
お偉いさんは伯爵だけで充分でしょうよ。
困ったものだな。
それにしても、どうしてこうなった?