約束の時間よりも少し前に、国王の一団は現れた。
ギャバンさんのお兄さんと、たくさんの警護の兵士を引きつれて。
伯爵も来るものと俺は勝手に思い込んでいたが、どうやら伯爵は来ない様子。
なんで来ないのかと気になったので、ギャバンさんのお兄さんに尋ねてみた。

「伯爵は来ないのですか?」

「はい、大人数で押し掛けるのも、迷惑かと思い。その様に手配させて頂きました」
俺に軽く一礼して答えるお兄さん。

「そうですか・・・それで、ギャバンさんのお兄さんですよね?」
いい加減はっきりさせましょうよ。
そうですよね?
間違ってませんよね?

「ハハハ、弟からお聞きになっているご様子ですね。そうで御座います。シュバルツと申します。国王の第一執事を任されております、以後ご承知おきを」
仰々しくお辞儀をするシュバルツさん。
やっとこの人と真面に話が出来た様な気がする。
確認は取れましたよ。
ギャバンさんのお兄さんことシュバルツさん。
こちらもナイスミドルです。
特に目元がそっくりだね。

周りを見渡すと、家のスタッフ達は緊張しているが、突如ご来店された先ほどよりは、幾分かましであった。
そして当の国王は店内をまじまじと見学していた。
これは何なのだ?
あれはなんの魔道具なのか?
それはどう使うのか?
等とシルビアちゃん達を質問攻めにしていた。
随分と好奇心旺盛な国王の様だ。
真っ赤なマントがお似合いですよ。
少々小太りなのが気になるが。
年齢的なものなのかもしれないね。
日本であれば確実に成人病と診断されるだろう。
御大層なお腹周りをしていた。
対応しているシルビアちゃん達も、次第に慣れてきている様子。
どんどんと表情が柔らかくなっている。

なるほどね・・・この国王様は人間が出来ているな。
俺からの目線では、これは作為的な行動と見受けられた。
自分が高位な者と分かっての行動だ。
そうであるとひしひしと感じるよ。
じわじわと心の距離を詰める様に自然と歩みよっている。
相手の心理を慮った行為だ。
要は言葉のラリーを繰り返すことによって生まれる連帯感を感じさせる行動だ。
これはなかなか出来ることでは無い。

この国王はただ者ではないな。
これは本物だ。
御見それしましたよ。
存在感が半端ないとは思っていたが、この国王は決して愚鈍な王ではない。
これは傑物だ。
物腰といい、雰囲気といい。
なによりその豊かな表情に好感が持てる。
どういう英才教育を受けてきたのかは知らないが、王の資質をしっかりと持っている。
誰からも愛される、そんな王様であると俺は感じていた。

挨拶替わりにと、国王は質問を絶やさない。
それをシルビアちゃんとマリアンヌさんは活き活きと回答していた。
直接国王と会話が出来るなんて光栄に感じているに違いない。
実際、そういった表情をしている。
もうこの二人は心を持っていかれているのだろう。
おそらく後で国王様は尊敬できる御仁だと、言いふらすことになるだろうと思う。
作為的なのは否めないが、これも一つの処世術。
でもクリスタルちゃんはたたらを踏んでいた。
どうしてもここは接客の技術を学んできている者の差が生れていた。

俺から言わせると、自分を売り込むタイミングは何度もあったと思う。
でもこれまでそういった意識を持って接客を行ってこなかった差が明白になっていた。
俺にしてみると、これは正直言って嬉しい。
ありがたい誤算だ。
クリスタルちゃんの表情を見る限り、ここで自分をアピール出来無かった事を悔やんでいたからだ。
これで接客の重要性を認識できたに違いない。

ありがとう国王。
これで俺の弟子が一段階段を登りそうだよ。
クリスタルちゃんが今にも教えてくれと俺に言い寄ってきそうだ。
そんな目線をこちらに送っていた。
こんな副産物が生れるとは少々意外だったよ。
でも相手は国王。
俺も脇は開いてはいない。
何の話があるのかは知らないが、直接乗り込んでくるほどなのだから些事とはいかないだろう。
でも俺はあくまでもいち美容師に過ぎない。
出来る事には限りがある。
間違っても俺が異世界人だとはバレていないだろう。
もしそうであるのなら対応を考えないといけないが・・・
先ずは様子見かな?
それ以外の糸口はなさそうだ。

一通りの見学を終えた国王が俺に告げた。

「ジョニー店長よ、素敵なお店であるな」

「ありがとう御座います」
素直に俺は頭を下げた。
国王にお店を褒められるのって、それなりに嬉しいものなんだな。
鼻が伸びそうだよ。

「それにスタッフの教育も行き届いてる様子。天晴である」

「どういたしまして」
急に態度を改めた国王は俺を見定めた。
それを察してシュバルツさんがこちらに視線を送る。
俺は分かってますよと、ゆっくりと頷いた。
さて、本番に入りましょうか?

のその前に。
飲み物ぐらいはお出ししないとね。
多少はもてなさないとさ。
折角足を運んでくれたんだからね。

「何か飲まれますか?」
たぶん毒味とかはしないだろう。
それっぽいお付きの人は見受けられないしね。

「ほう、振舞って貰えるのか。ならばあれを頂こう。確か・・・コーヒーとかいう名の飲み物ではなかったか?」
それにしても、どうやらこのお店についてかなり調べ上げているようだ。
お客さんの中に密偵が紛れていたに違いない。
国王が自分で直接足を運ぶ所ともなれば、下調べは当然のことなんだろう。
警護の問題もあるし、なにかとねえ。
こちらとしては調べられて困る事等皆無だから、いくらでも調べてくれて構わない。
着付け室以外はね。
あそこだけは見せられないよ。
特に神棚はね。
困ったものだ・・・

「シュバルツさんは何になさいます?」

「私も宜しいので?」
意外とでも言いたげな表情で見つめられてしまった。

「はい、国王様。構いませんよね?」
俺は国王に確認をとった。
別にいいでしょうよ。
飲み物ぐらい。
それに弟さんも普通に飲んでいますよ?

「よいぞシュバルツ、ジョニー店長からの折角の申し入れだ。付き合いなさい」
シュバルツさんは仰々しくお辞儀をした。

「はっ、では遠慮なく」
嬉しそうに目尻が緩んでいる。

「シルビアちゃんお願いできるかな?」

「了解です!」
元気よく答えるシルビアちゃん、随分と緊張が解れたみたいだ。
クリスタルちゃんとマリアンヌさんも手伝い出した。
本当は警護の人達にもお茶ぐらい振舞いたい処だが、彼らは仕事中だから流石にねえ。
断られるのは目に見えているしね。

俺はカウンター前の椅子に国王とシュバルツさんを誘導した。
シュバルツさんは椅子に座ることはなかった。
そりゃあそうか、執事だしね。
コーヒーを待っている間にも会話は続く。

「ジョニー店長はどちらの御出身かな?」
国王が気軽に声を掛けてくる。

「東方にあるジャポンという国の出身です」

「ほう、その様な国名は始めて聞くな」
でしょうね、嘘ですもん。
ごめんね国王さん。
この設定は変えられませんので悪しからず。

「小さな国ですし、島国ですので知らなくても当然かと」

「そうであったか・・・」

「国王様の御年齢は?」
逆にこちらからも聞いてみる事にした。
会話のキャッチボールを楽しもうということだ。
それを耳にしてロイヤルガードの数名が俺をひと睨みした。
それをシュバルツさんが首を振って窘める。
おー、怖!
そんな身構えなくてもいいでしょうよ。
質問ぐらいさせてくれよ。

「余は齢55である、老けたものだよ」
しみじみと語っていた。

「でも私から見るに、国王様はよい年の重ね方をしている様に見えますよ」

「ほう、そう言ってくれるか」

「美容師ってのは一日に何十人もの人と接する仕事なんです。ただ髪を切るだけでは無く会話も行います。すると自然と悩みの相談を受けたり、逆にこちらの相談に乗ってもらったりと、人間関係を築いていく仕事なんです」
国王は真剣に俺の話に耳を傾けていた。
それと同時に俺はクリスタルちゃんに聞かせる為にも、この様な会話を行っている。
クリスタルちゃんはカウンター内で会話に耳を傾けているのが気配で分かった。
お勉強の時間ですよ、クリスタルちゃん。

「そしてお客さんの年齢も様々です、小さな子供からお年寄りまで。特にお年寄りは話好きな方が多く、たくさんのお話を聞かせて頂きます」

「フムフム」

「その人の半生や、これまで行ってきたこと。人生の先輩から得られる貴重な話まで」

「・・・」

「そしてその人が語る時の表情を俺はよく観察させてもらうのです、するとその人のこれまでの人生が満足できるものであったのか、そうではなかったのか・・・それが何となく分かる様になってきたのです」

「なるほどのう」

「そして国王様の表情を見る限り、充実したお顔をされています。だからいい年齢の重ね方をしてきているのではないかと考えたのです」

「そうであったか、美容師とは素晴らしい仕事の様だな。これはシュバルツも見習わないといけないようだ」

「国王様の仰る通りかと」
頭を下げるシュバルツさん。

「いやいやいや、シュバルツさんには俺は到底及びませんよ。ギャバンさんから聞く限り、シュバルツさんは相当修羅場を潜り抜けてきているじゃないですか。止めて下さいよ!」

「いいや、私などまだまだで小僧で御座います」
謙遜するでもなく真剣に答えるシュバルツさん。

「小僧!勘弁してくださいよー。であれば俺はまだまだ赤子じゃないですか?」
これに国王が反応する。

「ハハハ!これは面白い!小僧に赤子か!であれば余はまだ生まれてもおらぬということか?」

「ちょっとー」
俺達の和気藹々とした雰囲気にローヤルガードも微笑んでいた。
そこに俺の嗅ぎなれた匂いが漂ってきた。

「ん?これは・・・不思議な匂いがするではないか・・・」

「コーヒーですね、コーヒーは匂いも楽しむ物なんです。俺はこの匂いを嗅ぐのが好きなんですよ」

「分かる気がします、心休まる匂いかと・・・」
シュバルツさんが俺を擁護した。

「そうであるな・・・フム、匂いを楽しむとするか・・・」
国王は目を瞑って鼻から息を吸い込んでいた。
その表情がより穏やかになっていく。
どうやら気に入って貰えた様子。
シュバルツさんもロイヤルガードも目を瞑っていた。
いや、ロイヤルガードは駄目だろうが。
仕事してくださいよ。

そうこうしているとシルビアちゃん達がコーヒーを運んでくれていた。
国王の前にはコーヒーカップとミルク、そしてお砂糖ポットが並んでいる。

「ジョニー店長、御指南いただこうか?」
喜んで!
どこの居酒屋だよ・・・

「先ずは匂いを楽しみましょう、直ぐに口を付けても構いませんが、近くで匂うのも御一興かと」

「ほうほう、では・・・」
国王はコーヒーカップを顔に近づけて匂いを嗅いでいた。

「ふむ、これはこれまでに嗅いだことのない臭いであるな、しかし何とも評し難い心地よい香りであるな」

「ですね、頭がすっきりする様な、そんな気がします」
シュバルツさんも続く。

「次に何も入れずに一口含んでみて下さい」

「ほう、ではお言葉に甘えて・・・」
国王はコーヒーに口を付けた。
シュバルツさんは国王の反応を見ている。

「フム、これは・・・苦い・・・が、芳醇な味と口いっぱいに広がる大自然を思わせる味・・・なんと不思議な味であるな」
国王様は食レポが上手ですね。
大自然を思わせる味・・・一度言ってみたいよね。
今度はシュバルツさんがコーヒーに口を付けた。

「なんと・・・深い味わいと・・・香ばしい香り・・・これは・・・何かの豆ですか?一度火を入れて焙煎しているのではないでしょうか?」
なにこの人?!
怖っわ!
一発で当てたぞ!
兄弟揃って優秀過ぎるでしょうよ。

「シュバルツさん・・・あなた何者ですか?・・・正解です・・・」

「ほう、流石はシュバルツ。ジョニー店長、実はな、この者の淹れる紅茶は絶品でな」

「へえー、一度飲んでみたいものですね。ギャバンさんの紅茶は飲んだことがありますが、あれは秀逸でしたからね」

「フフフ・・・弟には負ける訳にはいきませんねえ」
ええー!
あれより上があるのか?
紅茶って奥深いんだな。
俺はコーヒー派だから紅茶には疎いんでね。
でもシュバルツさんの淹れる紅茶は飲んでみたいな。
絶対に旨いに決まっている。

「後は好みでそのまま飲んだり、ミルクを入れたり、砂糖を入れたりしてください。因みに私はそのまま飲みます。これをブラックと言います」

「なるほど、では余は砂糖を頂こうか・・・」
お砂糖ポットに手を伸ばす国王。
中を覗き込んで眉を潜めていた。

「これは・・・なんという純度・・・光輝いておる」
横から覗き込むシュバルツさん。

「左様で御座いますね」

「フム、これはたくさん入れなければ・・・」
砂糖を三杯も入れた国王。
ありゃまあ、甘くなりすぎても知らないよ。
文句は受け付けませんからね。
シュバルツさんはミルクを入れていた。

「フム!これは甘い!」
声を上げる国王。
でしょうね。
無茶苦茶甘いコーヒーになっちゃってんだろうね。
でも満足そうな顔をしているからいいのかな?

「これはまろやかになりますねえ」
シュバルツさんも目尻が緩んでいた。
そんな優雅な一時を過ごしていた。



コーヒーを飲み終えた俺は声を掛けた。

「それで、どうしましょうか?」
俺は敢えて問いかける。
というのも、相当コーヒーが口に合ったのか、二人は余韻を楽しんでいたからだった。
お楽しみ中に申し訳ないが、そろそろ本題に入りましょうよ。
時間は有限ですよ。
気持ちは分かるけど・・・

「ジョニー店長、出来れば人払いをお願いできればと・・・」
シュバルツさんは俺に聞こえるかどうかというボリュームで話し掛けてきた。
そこに一定の配慮が伺える。

「人払いですか?よろしいですけど・・・警護とか大丈夫なんですか?」
国王に警護が付かないなんて不用心過ぎないか?
もうそんなに俺を信用してもよろしいので?
実際国王を囲むようにロイヤルガードの兵士が配備されている。
少々大袈裟なぐらいだ。

「構いません、私から伝えておきますゆえ」

「・・・分かりました」
そうなるとバックルームに入るしかないけど・・・いいのかな?
もしかして国王と対一なのか?
まあ別にいいけど・・・
シュバルツさんはロイヤルガードに指示を出していた。
一様に驚く兵士達。
だろうね。
でも第一執事の言葉はすんなりと受け入れられた様子。
第一執事は国王の代弁者ということなんだろう。

「シルビアちゃん、バックルームを使うから。入って来ないようにね」

「はい!」
マリアンヌさんとクリスタルちゃんも頷いていた。

「では国王様、こちらにどうぞ」
俺はバックルームに国王を誘導した。
どうなることやら。
まだまだ気が抜けませんねえ。
困ったものだよ。
それにしてもどうしてこうなった?