今回は美容院の業務の中でも、一般的にはサイド業務と捉えられがちなお話である。
でもここは異世界、どう見繕ってもサイド業務ではないのである。
美容院の売上は大きく分けて二つになる。
それは技術売上と店販売上である。
先ず技術売上とはその名の通り、技術によって造られる売上。
それはカットしかり、カラーしかり。
シャンプーやパーマも当然これに該当する。
要は美容師の手によって行われた施術が、全てこれに当たるという訳だ。
そしてそれ以外の売上のほとんどが店販売上になる。
これは簡単な事で、美容院で仕入れた美容商材をお客さんに販売した売上である。
分かり易い所のシャンプーやリンスがこれに当たる。
厳密にはその他売上という物が存在する。
それはその名の通り、技術と美容商材以外からなる売上である。
例えば今の『アンジェリ』にはまだ取り入れられていないが、訪問カットの際に得られる出張代金などがこれに該当する。
他にも多々あるが、今は細かい話はいいだろう。
今回はその中の店販商品についての話である。
因みにだが、この技術売上と店販売上は、売上としては別項目として管理する必要がある。
その理由は、掛かる税金のパーセンテージが違うからだ。
まぁ日本でならというお話しではあるのだが・・・
税金についての細かい話は、機会があったらお話しさせて頂こうと思う。
最初に最も販売されている商品は、言わずもがなのシャンプーとリンスだ。
揺るぎなき不動の第1位人気商品である。
この異世界の汚れ落とし品は、殆どが石鹸である。
中には魔法という手立てもあるらしく、ここは俺はよく分からない処だ。
石鹸で髪の毛を洗った経験があるだろうか?
俺にはある。
興味本位で試してみたのだ。
結果から言うと、とてもではないがお勧めできない。
髪が嘘でしょ?というぐらい引っ掛かる。
おそらく油分を取り除き過ぎているのだろう。
手櫛すらも通らなかったよ。
髪に引っかかり過ぎて痛かったぐらいだ。
そしてアイレクスさんから聞いた話だと、リンス替わりに植物油を使っているみたいだ。
椿油とかだろうか?
自然とそうなるよね。
分からなくはないよ。
そして髪にオイルを塗るのは、べたつき感が半端ない。
それに物によっては伸びにくいオイルもある。
パサパサの髪にはよいのかもしれないが、髪がべたつくのも考えものである。
シャンプーとリンスに関しては、買いに来ない人が居ない日は一度もない。
有難い話です。
中にはまとめ買いする商人が数名いた為、どうしてかと尋ねてみた処。
「贈答品としてお渡しすると、とても喜ばれるのです」
とのこと。
嬉しい事だよ。
日本にもお歳暮やお中元でシャンプー等が贈られることはある。
でも最近ではお歳暮やお中元自体が無くなりつつある。
これも時代なんでしょうね。
少し寂しい気もするが。
話は脱線するが。
このシャンプーとリンスのボトル。
所謂ポンプ式のプッシュタイプのボトルだが、これに興味と商売の匂いを嗅ぎ取ったマリオさんが。
「ジョニー店長、ひとつご相談があります」
相談を投げかけてきた。
「どうしましたか?」
「このシャンプーのボトルですが、画期的です!ボトルだけ売って貰ませんでしょうか?」
「・・・」
マリオさん・・・俺は道具屋ではありませんよ。
前に言わなかったかい?
「駄目でしょうか?」
「駄目です」
断られることは想定済と顎を引くマリオさん。
「ならばこうしましょう、販売する際に、空になったボトルはマリオ商会で買い取り出来るとご紹介いただけないでしょうか?」
「はあ・・・まあいいですけど・・・」
外ならぬマリオさんからのお願いとなれば協力はしますが・・・
ぶっちゃけ面倒臭いんだよね?
「でもマリオさん、おそらくあまりボトルの回収は上手くいかないと思いますよ」
「と、いいますと?」
「詰め替え用があるからです」
「・・・えっ!」
俺はバックルームに入って詰め替え用のシャンプーとリンスを持ってきた。
目ん玉が飛び出るぐらい眼をひん剥いているマリオさん。
「なななっ!なんと!」
「知りませんでしたか?」
「ええ・・・」
「どうしましょうか?」
「一応お願いします・・・あと・・・その詰め替え用のシャンプーとリンスを、両方共購入させていただきます・・・」
この様なやり取りがあったのだ。
ボトルの買い取りが出来ることに関しては、毎回お客さんに告げるのは面倒な為。
その旨を記載したPOPを張り出すことにした。
POPはシルビアちゃんに造って貰った。
マリオさん曰く、少数ではあるがボトルの買い取りに来た人はいたらしい。
買い取ったボトルを、その後どの様に使っているのかは不明である。
これで分かる事だと思うが。
今は詰め替え用のシャンプーとリンスが最もよく売れている。
エコでいいと思いますよ。
でもボトルタイプのシャンプーとリンスも、毎日誰かが買っていく。
いつまで続くんだろうね?
俺にとってはありがたい話なんだけどさ。
次によく売れるのは洗顔だ。
それも男女共に。
女性は分かろう物なのだが、男性に関しては洗顔を流行らせたのは実はライゼルだった。
切っ掛けはなんてことない出来事だった。
仕事を終えて賄いを食べ終わった時のこと。
今日の賄いは辛口のカレーであったこともあり、汗をかいたので俺は顔を洗いたくなった。
その為、俺はシャンプー台で顔を洗っていた。
カチューシャで髪が濡れない様に、気は使っている。
これも嗜みってね。
使っていたのは某メーカーのスクラブ洗顔。
異世界の季節が夏という事もあり、しっかりと汚れを落としたかったのでスクラブ洗顔を選択した。
俺は洗顔は季節によって変えるようにしているのだよ。
スクラブ洗顔は通常の洗顔とは違って、小さな粒粒が洗顔に含まれている。
その為、ダイレクトに顔に塗るのは厳禁だ。
泡立ててから使わないと、皮膚を傷つける恐れがあるからだ。
俺は手を器に見立てて、スクラブ洗顔にお湯を足して、泡立てを行っていた。
そこに賄いを食い終わったライゼルが満足げに近寄ってきた。
「お!ジョニー、何やってんだ?」
「ん?洗顔だ。お前もやるか?」
「洗顔ねえ・・・」
「すっきりして気持ち良いぞ」
「本当か?じゃあ俺もやる」
もう一台のシャンプー台で準備を始めるライゼル。
こいつもシャンプー台ぐらいはお手の物で扱える様になっている。
そりゃあ毎日飽きずに眺めていればそうなるさ。
「ほれ、これを手の平の上に出して、こうやって泡立てるんだ」
「ほうほう」
ライゼルは俺に倣って泡立てを始めた。
ぶっきら坊のこいつにしては、ちゃんと泡が立っている。
少々意外だ。
絶対に洗顔を手の平の上から溢すと思っていたのにな。
「いいかライゼル、顔を擦っちゃ駄目だぞ、ゆっくりとマッサージする様に洗うんだ」
「おうよ」
俺達は洗顔を始めた。
うーん、スクラブの粒粒が気持ちいいな。
肌を傷つけない様に注意しながら、顔をマッサージする。
小鼻辺りは特に入念に。
お湯で洗い流してタオルで顔を拭く。
あー、すっきりした。
ライゼルにもタオルを渡してやった。
「んん!ジョニー、顔がスースーするぞ!」
「ハハハ、メンソール入りの洗顔だからな」
「気持ち良いー!おい!リック、お前も洗顔してみよろ!」
おい!勝手に俺のスクラブ洗顔を使うんじゃねえよ!
まあ、いいけど・・・
結局こいつらは、メイランを除く全員がスクラブ洗顔を購入していった。
それが話題となり、冒険者のみならずスクラブ洗顔を購入する者が続出したのだ。
特に禿げたおっさん達はこぞって買いに来た。
油ギッシュな肌には効果覿面ですからね。
良いチョイスです。
そしてマリオさんも大のお気に入りになったみたいだ。
外にも男性化粧品が無いかとおねだりされてしまう始末。
清潔にすることは紳士の嗜みと心得ている様だ。
そこで俺が薦めたのは、鼻毛切り専用の小さなハサミと、毛抜きだ。
毛抜きは主に眉毛を整えるのに使用する。
そして一番喜ばれたのはT字剃刀。
要は髭剃りだ。
この世界ではナイフで髭を剃る事が一般的である。
ちょっと怖くないかい?
間違えて首でも切ってしまったら一大事だろうに。
慣れてしまえばどうってこともないのだろうがね。
俺は間違ってもそんな事はしないよ、流石にね。
安全第一です。
そして髭剃り用の泡シェービングクリームが当然の如く売れた。
髭を剃った後の肌触りが絶妙に気持ち良いとの感想が多かった。
気持ちはよく分かるよ。
因みに俺は電気シェーバーを使っている。
それも二階の自宅でね。
お店の中では使わない。
だって使わせてくれとか言われかねないからさ。
使わせねえよ、絶対にな。
そう言えばこれまで話して来なかったが、この様な美容材料を購入するのは美容材料屋さんからだ。
家のお店が贔屓にしている美容材料屋さんは実は1社しかいない。
これは通常の美容院ではあり得ないことだ。
だいたい3社から5社ぐらいはお付き合いがあるものである。
それは相見積もりを取る為であったり、取り扱う美容商材の種類が各社で違っていたりするからである。
相見積もりは当然金額交渉の為だ。
株式会社柴山、美容院『アンジェリ』の担当者は森君。
この森君だが、20台後半の頑張り屋さんだ。
くっきりとした目鼻立が好印象を与える好青年だ。
というのもこの子はなかなかガッツがある。
実に好感が持てる。
森君はこのお店が建設中であるにも関わらず、何度も顔を出し、大工さんにも顔を覚えられていたぐらいだった。
建設看板に美容院「アンジェリ」の名前を見つけ、新規営業に飛び込んできたという訳だ。
これはなかなか出来る芸当ではない。
新店ともなれば、大体が既に太い繋がりのある美容材料屋さんを抱えているものだ。
そこに割り込むのは勇気がいる。
下手をすると門前払いなんて当たり前だからだ。
俺は本当は以前勤めていたお店の美容材料屋さんの支店が、この地方都市にもあるとのことだったので、そこからお付き合いを始めようかと思っていたのだが、彼の頑張りに答えてあげたいとの気持ちに切り替わった。
前途多望な若者を応援しようということだ。
それに森君は話が分かる子で、お値段などの交渉でも無理を言わないし、押し売りめいたこともしない。
どちらかと言えば、こちらからこういった美容商材を探してくれと、発注を依頼するぐらいだった。
新規オープンの時の品揃えにはそれなりに無理を言わせて貰ったのだが、彼はしっかりと俺の期待に応えてくれた。
そういった事もあって、他の美容材料屋さんとの付き合いを一切していないのだ。
まあ今と成ってはこの店に美容材料屋さんが、飛び込み営業をしてくるとはあり得ないからね。
日本では営業出来ていないし・・・
ちぇっ!・・・
彼は口が堅く、信頼できる人物だという事もポイントが高い。
万が一異世界と繋がっていると知れたとしても、それを大きく騒ぎ立てるとは思えない。
まあ今はまだ気づかれていないようだけどね。
不思議とさ・・・
俺なら気になってしょうがないのだけどもね。
だって、一人でやっている美容院の仕入れ数としては、あり得ない数とラインナップを仕入れているのだ。
それに日本での営業実態も無い訳だし。
何でだろうか?
もしかして・・・これもお店のチート能力なんじゃなかろうか?
女神様がなにかしているのか?
それに異世界でも仕入れについては、これまで真面に聞かれたことは一度もないのだ。
たぶんお店のチート能力の線が濃さそうである。
ここについては助かっているから文句はないのだけどね。
というか、勝手に俺のお店を異世界に繋げたんだからそれぐらいして貰わないと割に合わないよ。
ですよね!女神様!
・・・こういう時に限って聞いていないんだからさ。
いずれにしても、森君に言わせると。
「美容院『アンジェリ』だけで、今月の売上ノルマを超えてしまいした。いやー、神野さんに出会えて僕は幸運でしたよ」
それはよかったね。
とは手放しで喜べないぞ。
やっぱり相当数の売上になっているんだな。
だと思ったけどさ。
いつか知らないどこかから監査だとか、調査だとか入ってこないだろうか?
逆に心配になってしまうよ。
こちとら小市民なんでね。
でも今となっては、森君以外から仕入れを行う事は考えられないしね。
彼はフットワークが軽いし、上客になっている今よりも前から、とても親身に接してくれている。
たまに会社からの要請で、これ美容院でいるの?
という商材をお勧めされることはあるが、こちらとしても付き合えれる処は付き合ってあげている。
最近では何故か健康食品を進められてしまったよ。
少しだけ買わせて頂いたけどね。
どんな健康食品かって?
肝臓にいいやつです。
詰まる所、持ちつ持たれつが出来上がっているのだ。
今後もよい付き合いを期待するよ。
仕入れは決まって水曜日の早朝に行っている。
毎回無理を言ってすまないね。
本当は早朝なんてあり得ないのにね。
詰め替え用のシャンプーなんかは毎週200本は仕入れる。
その為、水曜日の午前中は着付け室が倉庫代わりになっていたりもする。
こうなってくると、美容院『アンジェリ』は異世界の美容材料屋さんだな。
でもそのお陰であり得ないぐらいに売上が上がっている。
このペースでいったら十年で住宅ローンは完済できそうだよ。
まあ、家電やお店の設備が壊れたら、買い換えないといけないから、そんな事にはならないだろうけどね。
ありがたいという話だよ。
こう言った点では異世界で美容院が営業出来たのは嬉しい。
通常の美容院の売上からは考えられない金額になっているしね。
でも俺が描いていたライフワークからは程遠いんだよな・・・
やっぱり日本で美容院が開きたいです。
お金も大事だけど、長年の夢だった訳ですよ・・・
ふう・・・切り替えようか。
話を戻そう。
実は本格的に手を付けていないのが化粧品である。
どうしたものかと思案処だ。
というのも化粧品には合う合わないが有るからだ。
極力誰でも使える物から徐々に手は広げている。
今は洗顔、クレンジング、口紅ぐらいだ。
次はファンデーション当たりかなとは考えている。
その為、森君には。
「極力合う合わないが無い化粧品を持ってきてくれ。何であれど検討するからさ」
という無理難題を押し付けている。
「頑張って探します!」
心強い返事は貰ってはいるが・・・期待のし過ぎは禁物である。
でも何か物足りないと感じた俺は、美顔ローラーを仕入れることにした。
それもRe●aだ。
安定のブランドだね。
森君には無理を言って7割でしか仕入れられない処を、5割で仕入れられることにして貰った。
その分仕入れ数は強気の百個単位なんだけどね。
でもここは異世界、それに俺は知っている。
この世界の人達は流行りに群がる。
そして先ずは体験用にお店用として一つを開封した。
全スタッフで体験してみる。
「ええ!凄い!」
「まあ!ほんとねえ!」
「この様なローラーでどうしてこんなにも浮腫みが取れるの?」
三人とも好反応。
こうなるともう売れない訳が無い。
案の定噂が広まり、百個が一週間で売り切れてしまった。
売上として日本円にして約150万円。
これは右手団扇だな。
笑いが止まらんよ。
ハハハハハ!
おっと調子に乗ってはいけないな。
この世界の人達の金銭感覚はよく分からんが、今後も飛ぶ様に売れるかどうかは分からない。
でも・・・あざっす!
今度亜紀になにかおもちゃでも買ってあげようかな?
という話である。
でもここは異世界、どう見繕ってもサイド業務ではないのである。
美容院の売上は大きく分けて二つになる。
それは技術売上と店販売上である。
先ず技術売上とはその名の通り、技術によって造られる売上。
それはカットしかり、カラーしかり。
シャンプーやパーマも当然これに該当する。
要は美容師の手によって行われた施術が、全てこれに当たるという訳だ。
そしてそれ以外の売上のほとんどが店販売上になる。
これは簡単な事で、美容院で仕入れた美容商材をお客さんに販売した売上である。
分かり易い所のシャンプーやリンスがこれに当たる。
厳密にはその他売上という物が存在する。
それはその名の通り、技術と美容商材以外からなる売上である。
例えば今の『アンジェリ』にはまだ取り入れられていないが、訪問カットの際に得られる出張代金などがこれに該当する。
他にも多々あるが、今は細かい話はいいだろう。
今回はその中の店販商品についての話である。
因みにだが、この技術売上と店販売上は、売上としては別項目として管理する必要がある。
その理由は、掛かる税金のパーセンテージが違うからだ。
まぁ日本でならというお話しではあるのだが・・・
税金についての細かい話は、機会があったらお話しさせて頂こうと思う。
最初に最も販売されている商品は、言わずもがなのシャンプーとリンスだ。
揺るぎなき不動の第1位人気商品である。
この異世界の汚れ落とし品は、殆どが石鹸である。
中には魔法という手立てもあるらしく、ここは俺はよく分からない処だ。
石鹸で髪の毛を洗った経験があるだろうか?
俺にはある。
興味本位で試してみたのだ。
結果から言うと、とてもではないがお勧めできない。
髪が嘘でしょ?というぐらい引っ掛かる。
おそらく油分を取り除き過ぎているのだろう。
手櫛すらも通らなかったよ。
髪に引っかかり過ぎて痛かったぐらいだ。
そしてアイレクスさんから聞いた話だと、リンス替わりに植物油を使っているみたいだ。
椿油とかだろうか?
自然とそうなるよね。
分からなくはないよ。
そして髪にオイルを塗るのは、べたつき感が半端ない。
それに物によっては伸びにくいオイルもある。
パサパサの髪にはよいのかもしれないが、髪がべたつくのも考えものである。
シャンプーとリンスに関しては、買いに来ない人が居ない日は一度もない。
有難い話です。
中にはまとめ買いする商人が数名いた為、どうしてかと尋ねてみた処。
「贈答品としてお渡しすると、とても喜ばれるのです」
とのこと。
嬉しい事だよ。
日本にもお歳暮やお中元でシャンプー等が贈られることはある。
でも最近ではお歳暮やお中元自体が無くなりつつある。
これも時代なんでしょうね。
少し寂しい気もするが。
話は脱線するが。
このシャンプーとリンスのボトル。
所謂ポンプ式のプッシュタイプのボトルだが、これに興味と商売の匂いを嗅ぎ取ったマリオさんが。
「ジョニー店長、ひとつご相談があります」
相談を投げかけてきた。
「どうしましたか?」
「このシャンプーのボトルですが、画期的です!ボトルだけ売って貰ませんでしょうか?」
「・・・」
マリオさん・・・俺は道具屋ではありませんよ。
前に言わなかったかい?
「駄目でしょうか?」
「駄目です」
断られることは想定済と顎を引くマリオさん。
「ならばこうしましょう、販売する際に、空になったボトルはマリオ商会で買い取り出来るとご紹介いただけないでしょうか?」
「はあ・・・まあいいですけど・・・」
外ならぬマリオさんからのお願いとなれば協力はしますが・・・
ぶっちゃけ面倒臭いんだよね?
「でもマリオさん、おそらくあまりボトルの回収は上手くいかないと思いますよ」
「と、いいますと?」
「詰め替え用があるからです」
「・・・えっ!」
俺はバックルームに入って詰め替え用のシャンプーとリンスを持ってきた。
目ん玉が飛び出るぐらい眼をひん剥いているマリオさん。
「なななっ!なんと!」
「知りませんでしたか?」
「ええ・・・」
「どうしましょうか?」
「一応お願いします・・・あと・・・その詰め替え用のシャンプーとリンスを、両方共購入させていただきます・・・」
この様なやり取りがあったのだ。
ボトルの買い取りが出来ることに関しては、毎回お客さんに告げるのは面倒な為。
その旨を記載したPOPを張り出すことにした。
POPはシルビアちゃんに造って貰った。
マリオさん曰く、少数ではあるがボトルの買い取りに来た人はいたらしい。
買い取ったボトルを、その後どの様に使っているのかは不明である。
これで分かる事だと思うが。
今は詰め替え用のシャンプーとリンスが最もよく売れている。
エコでいいと思いますよ。
でもボトルタイプのシャンプーとリンスも、毎日誰かが買っていく。
いつまで続くんだろうね?
俺にとってはありがたい話なんだけどさ。
次によく売れるのは洗顔だ。
それも男女共に。
女性は分かろう物なのだが、男性に関しては洗顔を流行らせたのは実はライゼルだった。
切っ掛けはなんてことない出来事だった。
仕事を終えて賄いを食べ終わった時のこと。
今日の賄いは辛口のカレーであったこともあり、汗をかいたので俺は顔を洗いたくなった。
その為、俺はシャンプー台で顔を洗っていた。
カチューシャで髪が濡れない様に、気は使っている。
これも嗜みってね。
使っていたのは某メーカーのスクラブ洗顔。
異世界の季節が夏という事もあり、しっかりと汚れを落としたかったのでスクラブ洗顔を選択した。
俺は洗顔は季節によって変えるようにしているのだよ。
スクラブ洗顔は通常の洗顔とは違って、小さな粒粒が洗顔に含まれている。
その為、ダイレクトに顔に塗るのは厳禁だ。
泡立ててから使わないと、皮膚を傷つける恐れがあるからだ。
俺は手を器に見立てて、スクラブ洗顔にお湯を足して、泡立てを行っていた。
そこに賄いを食い終わったライゼルが満足げに近寄ってきた。
「お!ジョニー、何やってんだ?」
「ん?洗顔だ。お前もやるか?」
「洗顔ねえ・・・」
「すっきりして気持ち良いぞ」
「本当か?じゃあ俺もやる」
もう一台のシャンプー台で準備を始めるライゼル。
こいつもシャンプー台ぐらいはお手の物で扱える様になっている。
そりゃあ毎日飽きずに眺めていればそうなるさ。
「ほれ、これを手の平の上に出して、こうやって泡立てるんだ」
「ほうほう」
ライゼルは俺に倣って泡立てを始めた。
ぶっきら坊のこいつにしては、ちゃんと泡が立っている。
少々意外だ。
絶対に洗顔を手の平の上から溢すと思っていたのにな。
「いいかライゼル、顔を擦っちゃ駄目だぞ、ゆっくりとマッサージする様に洗うんだ」
「おうよ」
俺達は洗顔を始めた。
うーん、スクラブの粒粒が気持ちいいな。
肌を傷つけない様に注意しながら、顔をマッサージする。
小鼻辺りは特に入念に。
お湯で洗い流してタオルで顔を拭く。
あー、すっきりした。
ライゼルにもタオルを渡してやった。
「んん!ジョニー、顔がスースーするぞ!」
「ハハハ、メンソール入りの洗顔だからな」
「気持ち良いー!おい!リック、お前も洗顔してみよろ!」
おい!勝手に俺のスクラブ洗顔を使うんじゃねえよ!
まあ、いいけど・・・
結局こいつらは、メイランを除く全員がスクラブ洗顔を購入していった。
それが話題となり、冒険者のみならずスクラブ洗顔を購入する者が続出したのだ。
特に禿げたおっさん達はこぞって買いに来た。
油ギッシュな肌には効果覿面ですからね。
良いチョイスです。
そしてマリオさんも大のお気に入りになったみたいだ。
外にも男性化粧品が無いかとおねだりされてしまう始末。
清潔にすることは紳士の嗜みと心得ている様だ。
そこで俺が薦めたのは、鼻毛切り専用の小さなハサミと、毛抜きだ。
毛抜きは主に眉毛を整えるのに使用する。
そして一番喜ばれたのはT字剃刀。
要は髭剃りだ。
この世界ではナイフで髭を剃る事が一般的である。
ちょっと怖くないかい?
間違えて首でも切ってしまったら一大事だろうに。
慣れてしまえばどうってこともないのだろうがね。
俺は間違ってもそんな事はしないよ、流石にね。
安全第一です。
そして髭剃り用の泡シェービングクリームが当然の如く売れた。
髭を剃った後の肌触りが絶妙に気持ち良いとの感想が多かった。
気持ちはよく分かるよ。
因みに俺は電気シェーバーを使っている。
それも二階の自宅でね。
お店の中では使わない。
だって使わせてくれとか言われかねないからさ。
使わせねえよ、絶対にな。
そう言えばこれまで話して来なかったが、この様な美容材料を購入するのは美容材料屋さんからだ。
家のお店が贔屓にしている美容材料屋さんは実は1社しかいない。
これは通常の美容院ではあり得ないことだ。
だいたい3社から5社ぐらいはお付き合いがあるものである。
それは相見積もりを取る為であったり、取り扱う美容商材の種類が各社で違っていたりするからである。
相見積もりは当然金額交渉の為だ。
株式会社柴山、美容院『アンジェリ』の担当者は森君。
この森君だが、20台後半の頑張り屋さんだ。
くっきりとした目鼻立が好印象を与える好青年だ。
というのもこの子はなかなかガッツがある。
実に好感が持てる。
森君はこのお店が建設中であるにも関わらず、何度も顔を出し、大工さんにも顔を覚えられていたぐらいだった。
建設看板に美容院「アンジェリ」の名前を見つけ、新規営業に飛び込んできたという訳だ。
これはなかなか出来る芸当ではない。
新店ともなれば、大体が既に太い繋がりのある美容材料屋さんを抱えているものだ。
そこに割り込むのは勇気がいる。
下手をすると門前払いなんて当たり前だからだ。
俺は本当は以前勤めていたお店の美容材料屋さんの支店が、この地方都市にもあるとのことだったので、そこからお付き合いを始めようかと思っていたのだが、彼の頑張りに答えてあげたいとの気持ちに切り替わった。
前途多望な若者を応援しようということだ。
それに森君は話が分かる子で、お値段などの交渉でも無理を言わないし、押し売りめいたこともしない。
どちらかと言えば、こちらからこういった美容商材を探してくれと、発注を依頼するぐらいだった。
新規オープンの時の品揃えにはそれなりに無理を言わせて貰ったのだが、彼はしっかりと俺の期待に応えてくれた。
そういった事もあって、他の美容材料屋さんとの付き合いを一切していないのだ。
まあ今と成ってはこの店に美容材料屋さんが、飛び込み営業をしてくるとはあり得ないからね。
日本では営業出来ていないし・・・
ちぇっ!・・・
彼は口が堅く、信頼できる人物だという事もポイントが高い。
万が一異世界と繋がっていると知れたとしても、それを大きく騒ぎ立てるとは思えない。
まあ今はまだ気づかれていないようだけどね。
不思議とさ・・・
俺なら気になってしょうがないのだけどもね。
だって、一人でやっている美容院の仕入れ数としては、あり得ない数とラインナップを仕入れているのだ。
それに日本での営業実態も無い訳だし。
何でだろうか?
もしかして・・・これもお店のチート能力なんじゃなかろうか?
女神様がなにかしているのか?
それに異世界でも仕入れについては、これまで真面に聞かれたことは一度もないのだ。
たぶんお店のチート能力の線が濃さそうである。
ここについては助かっているから文句はないのだけどね。
というか、勝手に俺のお店を異世界に繋げたんだからそれぐらいして貰わないと割に合わないよ。
ですよね!女神様!
・・・こういう時に限って聞いていないんだからさ。
いずれにしても、森君に言わせると。
「美容院『アンジェリ』だけで、今月の売上ノルマを超えてしまいした。いやー、神野さんに出会えて僕は幸運でしたよ」
それはよかったね。
とは手放しで喜べないぞ。
やっぱり相当数の売上になっているんだな。
だと思ったけどさ。
いつか知らないどこかから監査だとか、調査だとか入ってこないだろうか?
逆に心配になってしまうよ。
こちとら小市民なんでね。
でも今となっては、森君以外から仕入れを行う事は考えられないしね。
彼はフットワークが軽いし、上客になっている今よりも前から、とても親身に接してくれている。
たまに会社からの要請で、これ美容院でいるの?
という商材をお勧めされることはあるが、こちらとしても付き合えれる処は付き合ってあげている。
最近では何故か健康食品を進められてしまったよ。
少しだけ買わせて頂いたけどね。
どんな健康食品かって?
肝臓にいいやつです。
詰まる所、持ちつ持たれつが出来上がっているのだ。
今後もよい付き合いを期待するよ。
仕入れは決まって水曜日の早朝に行っている。
毎回無理を言ってすまないね。
本当は早朝なんてあり得ないのにね。
詰め替え用のシャンプーなんかは毎週200本は仕入れる。
その為、水曜日の午前中は着付け室が倉庫代わりになっていたりもする。
こうなってくると、美容院『アンジェリ』は異世界の美容材料屋さんだな。
でもそのお陰であり得ないぐらいに売上が上がっている。
このペースでいったら十年で住宅ローンは完済できそうだよ。
まあ、家電やお店の設備が壊れたら、買い換えないといけないから、そんな事にはならないだろうけどね。
ありがたいという話だよ。
こう言った点では異世界で美容院が営業出来たのは嬉しい。
通常の美容院の売上からは考えられない金額になっているしね。
でも俺が描いていたライフワークからは程遠いんだよな・・・
やっぱり日本で美容院が開きたいです。
お金も大事だけど、長年の夢だった訳ですよ・・・
ふう・・・切り替えようか。
話を戻そう。
実は本格的に手を付けていないのが化粧品である。
どうしたものかと思案処だ。
というのも化粧品には合う合わないが有るからだ。
極力誰でも使える物から徐々に手は広げている。
今は洗顔、クレンジング、口紅ぐらいだ。
次はファンデーション当たりかなとは考えている。
その為、森君には。
「極力合う合わないが無い化粧品を持ってきてくれ。何であれど検討するからさ」
という無理難題を押し付けている。
「頑張って探します!」
心強い返事は貰ってはいるが・・・期待のし過ぎは禁物である。
でも何か物足りないと感じた俺は、美顔ローラーを仕入れることにした。
それもRe●aだ。
安定のブランドだね。
森君には無理を言って7割でしか仕入れられない処を、5割で仕入れられることにして貰った。
その分仕入れ数は強気の百個単位なんだけどね。
でもここは異世界、それに俺は知っている。
この世界の人達は流行りに群がる。
そして先ずは体験用にお店用として一つを開封した。
全スタッフで体験してみる。
「ええ!凄い!」
「まあ!ほんとねえ!」
「この様なローラーでどうしてこんなにも浮腫みが取れるの?」
三人とも好反応。
こうなるともう売れない訳が無い。
案の定噂が広まり、百個が一週間で売り切れてしまった。
売上として日本円にして約150万円。
これは右手団扇だな。
笑いが止まらんよ。
ハハハハハ!
おっと調子に乗ってはいけないな。
この世界の人達の金銭感覚はよく分からんが、今後も飛ぶ様に売れるかどうかは分からない。
でも・・・あざっす!
今度亜紀になにかおもちゃでも買ってあげようかな?
という話である。

