珍しく朝一からやってきたライゼルが俺に告げた。
朝早くからなんだって言うんだよ。
正直言えば、面倒臭い。
こいつの話が真面であった事は一度もない。

「なあ、ジョニー」

「なんだよ?」
どうせどうでもいいことに決まっている。
それに俺はお店の開店準備に忙しのだが?
お前の相手なんてしていられないのだよ。
まあ口には出さないけどね。
俺は紳士なんでね、大人の嗜みってところかな?
フフフ・・・

するとライゼルがひょんな事を言い出した。
案の定である。

「この庭先に鳥小屋を設置してもいいか?」
なんで鳥小屋?

「まあ、好きにしてくれ。庭先の事はお前に任せた」
もう庭先は俺の出番はほとんどない。
たまに水をやったり、雑草を抜いたりするぐらいだ。
ライゼルに任せるよ。

「そうか、分かった」
ウンウンと頷くと大きめの鳥小屋を作り出すライゼル。
よく分からんが勝手にやってろ。
庭先のことはもうお前に任せっきりだからな。
俺にとってはお前は庭師だな。
働け!庭師ライゼル!

でも・・・鳥がそうやすやすと鳥小屋に住むとは思えない。
確か鳥はとても注意深くて、人には近づかないはずだ・・・
まあライゼルの好きにさせておけばいいだろう。
お好きにどうぞってな。
別に鳥が住み着かなくてもどうだっていい。
見た目的には悪くない。
俺はそう考えていた。
でも・・・数ヶ月に奇跡が起こっていた。
この時の俺はそんなことを知る由もない。
どうでもいい事と適当に考えていた。



それにしてもこの庭先にライゼルは相当思い入れがあるみたいだ。
実際ライゼルは冒険者を引退したら庭師になると言っていたぐらいだ。
どうやらガーデニングに嵌ってしまった様子。
何となく気持ちは分かるよ。
土に触れると心が落ち着くからね。
そう想う俺は年を重ねているということなのかな?
やだやだ、年齢のことは考えたくないね。
もう俺も中年だっての。
分かってるよ、言われなくても。

その後、結局樹に鳥小屋が括り付ける事が出来ないと、鳥小屋は俺に託される事になっていた。
なんだよライゼル・・・最後までやっていけよな。
しょうがない、ここはごっつぁんゴールを決めておくか。
俺は針金とペンチを取り出して作業を開始した。



話は変わって、タックスリーさんがやって来た時のこと。
そろそろ本気で伯爵からの褒美について考えなければならない。
というのも、伯爵はこの美容院を気に入ってくれた様で、毎月カットの予約が入っているのだ。
そして非番の時にはギャバンさんもカットに訪れてくれる様になった。
その為、伯爵とギャバンさんが訪れた時に、褒美はどうするのか?と聞かれてしまったのだった。
いい加減返事をしなければならない。
流石にここまで引っ張ってきて、何も要らないとは言えないよ。
伯爵が残念がることが目に見えている。
今では俺は伯爵とギャバンさんとは、人間関係がそれなりに構築出来ている。
そんな相手を悲しませるのものねえ。
ほんとは褒美なんて、御大層な物は要らないんだけどさ。
そうと言えるタイミングはとうに逸していた。
困ったものだよ。

実は考えていることがあるにはあるが、其れなりのお金が必要な為、どうしたものかとこれまで控えてきていたのだ。
こういった褒美の相場なんて俺は知らないし、でも常識的に考えて、余りに安い物をお願いするのも返って失礼かもしれない。
でも考えている事は逆に大きな買い物になるので迷っていたのだ。

そこでメイデン領の財政に明るいタックスリーさんに相談しようと考えたのだ。
それにタックスリーさんとも俺は良好な関係が築けている。
彼は俺の相談を無下にはしないだろう、ということだ。

今日もタックスリーさんは税金の徴収に訪れていた。
シルビアちゃんと共に日計表を基に計算を行っている最中。
俺は計算中に話し掛けて良いものかと、たたらを踏んでいたのだが、それを察したタックスリーさんから声をかけられた。

「ジョニー店長、どうしましたかな?私に用事でも?」
意外そうな表情で俺を見つめるタックスリーさん。
今日もズラがバッチリと決まっている。
ちゃんと本物に見えてますよ!
いいですねー、ナイスです!
ここはアデランスタックスリーと脳内ネームを刻んでおこう。

「タックスリーさん、計算中に話し掛けていいものか戸惑っていましたが、せっかくですので相談に乗って貰ってもいいですか?」
それを受けて嬉しそうに俺に向き直るタックスリーさん。

「ほう、ジョニー店長からの相談ですかな?私でよければ是非に」
ありがとう御座います。
では遠慮なく。

「ありがとう御座います、伯爵からの褒美の件ですが、聞いてますよね?」

「それは勿論でございますな、どうなさるおつもりですかな?」
興味津々な視線が俺を刺す。

「実は褒美として欲しい物があるにはあるのですが・・・金額がね・・・」

「どうやらお高い物のようですな?」
目を細めてそうなんだろ?と視線を送ってくる。

「ええ、褒美として貰う金額としてはどれぐらいが相場なのでしょうか?」
腕を組んで手を顎の下に置くと、逡巡するタックスリーさん。
俺の相談を真摯に考えてくれているのだろう。
視線が鋭い。

「ふむ、相場ですな・・・しかし今回の件は通常の褒美とは訳が違いますな。そこは気にせずともよいのでは?ジョニー店長はある意味伯爵のお命をお救いになられたのですからな」
いやいや、流石に大袈裟だろうそれは。

「・・・」

「それに伯爵は自分に出来ることなら何でもと仰ったと伺っております。金額はお気になさる必要も遠慮も無用かと、逆に余りに過小な要求であっては、伯爵の面子を汚すことに成りかねませんからな」
そういう考えになるのか・・・分からなくはないが。
面子とかってほんと難しいよね。
相手が貴族となると尚更ね。
俺にはそんな面子なんてありませんけどね。
逆に安く済むならそれに越したことはない。
俺は金持ちじゃないからさ。
でも余りに謙遜されるのも嫌かもしれない。
そういうことだろうね?

「そういう物なんですかね?」

「ええ、それにこのメイデン領は経済的に潤っておりますので遠慮は無用ですな。いっその事、金貨一万枚と言われても全く困る事等ありせんでしょうな」
マジか?
金貨一万枚って・・・一億円だよな?
それを全く困らないって、いったいどれぐらい税金を徴収しているんだ?
逆に要らない心配が先に立ちそうだぞ。
領収とはそんなものなんだろうか?
領地の経営なんて、した事も想像した事もないからちんぷんかんぷんだよ。

「そうですか・・・」
ここは遠慮なく言ってみるかな?
なんか吹っ掛けているみたいで心苦しいと感じてしまうのだが・・・
だってさあ、生まれてこの方、褒美なんて貰った試しがないんだから。
小学生の頃にテストで満点を取って、ポテチを買って貰ったぐらいでしかないんだからさ。
小市民が過ぎるよね。
でも我等平民の褒美なんてこんなものじゃありません?
違うかな?
家はそうだったよ。
でもそのポテチは各段に旨かったなー。
どうでもいいか?

「因みに何を御所望ですかな?」

「それは・・・まあ・・・」
言いにくそうにしている俺に気を使ってくれたのか、

「どうやら踏み込み過ぎたようですな、これは失敬」
タックスリーさんは引いてくれたみたいだ。

「心使いありがとうございます」
俺とタックスリーさんのやり取りを、特に気にも止める事無く、シルビアちゃんが見守っていた。
実は君にも関係することなんだけどね。
俺は笑顔でシルビアちゃんに、タックスリーさんをどうぞとお返しした。
ふう、伯爵に話してみるか。



伯爵の来店時に褒美について話しをしようかと思ったが、それも失礼に当たるかと思い、こちらから褒美について話があるとの使いの者を送ることにした。
使いの者とはライゼルである。
それぐらいいくらでもやってやる、でも今晩はピザを食わせろと強請られてしまった。
ちょうどそろそろピザが食べたいと、シルビアちゃんからも要請があったからどうってことはない。
ピザは簡単だし、全然いいのだよ。
俺も好きだしね。
先ずはマルゲリータからだな・・・
後はペパロニも欠かせない・・・いや、ここはホワイトソースの・・・

それを受けてその日の昼にはライゼルから、明日にでも伯爵に会いに行けと言われた。
流石にこちらから伺わないとね。
少々無理を言う事になるだろうしさ。
なんとか時間を工面しましたよ。

シルビアちゃん始めスタッフにその旨を伝えておいた。
明日は休日である為、そんな気遣いは不要ではあるのだが、家のスタッフ達は休日でも修業に励んでいる。
というより、休日にこそ気合を入れて技術向上に勤めている。
因みに今は三人ともパーマのロッド巻を修業中だ。
この世界のパーマはその日限りの簡易なものでしか無い為、ロッドを使ったパーマは存在しない。
似た物を使用しているらしいのだが、俺は実際にそのロッド擬きを見たことがない。
ここに関しては一から学んで貰うしかない。
頑張ってくれよ。
ちゃんと指導はするからね。

ロッド巻に関しては、ドM眼鏡からも教えて欲しいと言われているだけではなく、パーマ液やロッドを購入させて欲しいと言われているが、今はとり合ってはいられない。
詳細はまた後日という事になっている。
予定は未定なのだが・・・
俺は美容材料屋にでもなりそうだよ。
これはこれで困ったな。
どうしようか?
余りに手を広げすぎるのも考え物だよ。
こんな儘ではスローライフなんて程遠い。



お迎えの馬車に乗り込むと伯爵の屋敷に向かった。
こちらから伺うと言ったのに、迎えの馬車が準備されたことに俺は恐縮したのだが。
そんな事は気にするなと、強引に馬車が迎えに来てしまった。

伯爵の屋敷に伺うのは今回が初めてだ。
お迎えの使者はまさかのギャバンさんだった。
伯爵の第一執事がお迎えとは・・・少々腰が引けそうだった。

そんな俺を見てギャバンさんからは、
「ジョニー店長は大事な賓客でございます。私が窺うべきかと」
その様なありがたい言葉を頂いた。

VIP待遇に浮かれそうになる。
賓客だなんて生まれてこの方始めてだぞ。
日本ではあり得ない待遇だ。
返って緊張しそうだよ。
こちとら小市民なんでね。
まあ伯爵もギャバンさんも、既に親しい間柄になっているから緊張なんてしないのだが。
でも改めて伯爵は高貴な方なんだなと思ってしまう。
そう想う俺はズレているのだろうか?

特にお店の中では、俺は相手が誰であろうと不要な気遣いはしないからね。
お店の中ではある意味俺が王様なんだから。
地位や立場に関係無くってね。
ここは譲れない。
間違っても跪くなんてあり得ないからさ。
相手が国王であっても俺は特別扱いはしないし、平等に扱うつもりだ。
偉そうにされたら追い返す気満々なのである。
相手が誰であれど、特別扱いなんてする気は全くない。
それが嫌だと言うのなら他を当たって欲しい。
まあこの世界には美容院は外にはないとは思うがね。



馬車の中でもギャバンさんとの軽快なトークが行われていた。
そして分かったことがある。
この人の途轍もない存在感の理由が。

ギャバンさんの半生は壮絶だった。
どうして俺に気軽に彼の半生を話してくれたのかは分からない。
でもその話を聞いて、俺はギャバンさんにこれまで以上の信頼を置くことになった。
この人の実直さ、この人の伯爵を思う想いは本物だと思い知らされてしまったからだ。



ギャバンさんが言うには、生まれはなんてことない平民の子供だったらしい。
農家の家に生まれ、兄がいるらしい。
今では訳あって疎遠になりつつあるらしいが、ギャバンさんに言わせると、

「私は兄には一生を掛けても敵いますまい」
ということみたいだ。
そしてその兄は国王の執事をしているらしい。
兄弟揃って執事とは・・・因果なものだ。
お互い仕える相手は違えど、やっていることはさして変わらないだろうに。
それにしても兄弟揃って優秀だな。
執事の様な仕事が出来る人を俺は尊敬するよ。
礼儀作法は元より、言葉使いや気回し等。
俺の出来ないことだらけなんだもん。

そんなギャバン兄弟はある時期裏稼業者であったようだ。
事の顛末の詳細は省かれてしまったが、農家に生まれた兄弟がどうして裏稼業者になったのか・・・
それはある組織が関係していたらしい。
その名も『満月の宵』
ギャバンさんに言わせると、未だに組織は健在であるらしい。
それを不服に思っているみたいだ。



ある日突然牧歌的な農家に事件が起きた。
これまで平然と農家の日常を暮らしていた家族を、暴力的な一団が取り囲んだ。
その理由は人の良い父親が借金の連帯人に名を連ねた事に端を発していた。

ギャバン兄弟の両親は、実にお人好しを絵に書いた様な人となりだった。
困った人が居れば何を考えることも無く手を差し伸べ、出来る限りの援助を行う。
徳に徳を重ねている人達だった。
そんな両親の事を理解出来た頃には、ギャバンさんはそんな両親を誇らしく受け止めていたみたいだ。
こんな両親の事を誇らしく感じていたと言っていた。
だが、その優しさが裏目に出てしまう。

借金の取り立てにと、あろうことか子供が借金の形にと捉えられてしまったのだ。
両親の抵抗むなしく、ギャバン兄弟は闇組織の構成員となる事になってしまったのだった。

始めは抵抗して略奪や盗みなどに手を染める事に抵抗があったが、このままでは自らの命が危険だと悪事に染まる体を取る事にしたらしい。
子供ながらに凄い洞察力と演技力だ。
そして裏側に身を潜めつつも、組織解体を目論む内部通報者となったのである。

その功績が後に認められて、伯爵の執事へとギャバンさんは成り代わったらしい。
正に小説よりも奇なりな話である。

ギャバンさんの存在感がただ者でないことがこれで分かった気がする。
正義感に満ちた、世間の裏側を知る老齢の紳士。
そしてギャバンさんはこんな事を言い出した。

「フェリアッテの事は本当に感謝しております。私も疑ってはおりましたが、証佐もなく、糾弾することなど敵いませんでした。ジョニー店長、本当にありがとうございます」
深々と頭を下げられてしまった。

「いえいえ、たまたまですよ、たまたま」

「そうご謙遜なさらず」

「これは・・・困りましたね・・・」
マジで困るよ。

「ジョニー店長は欲張らない人ですね、自分の手柄だと大見えを切ってもいいのですよ?」
そんな事は出来ませんて・・・

「いやー、そう言われましてもねえ・・・」
本当に俺の手柄では無いのですよ、お守りとお店の力なんですから・・・
でもそれを言う事は憚られる。
心苦しい所だが。
何とも言えない気分だった。

そして気が付くと伯爵の屋敷に到着していた。

ギャバンさんの半生を聞いていた所為か、もう着いたのか?
という印象を受けた。
もっとこの人と話をしたいと俺は思っていた。
でもそうとは言ってはいられないみたいだ。
それを察してか、ギャバンさんは苦い顔をしていた。
しょうがないよね・・・
それでは、伯爵に会いに行きましょうかね。
等と俺はお気楽に考えていたのだが・・・
果たして・・・